1686:どんな夜着を。
夜会は案外早く終わり、王都のタウンハウスであるアストライアー侯爵邸に私たち一行は戻っていた。戻ったら戻ったで屋敷で働く方たちがてんてこまいしており、ご飯は十分に食べたかとかお風呂は如何なさいますかと忙しない。
当主部屋に戻るのはもう少しあとだと迫られてしまったので休もうにも休めない。とりあえず夜遅いけれどご飯をしっかり食べようかと、ジークと私は食堂に向かっている。ヴァルトルーデさまとジルケさまは侯爵邸ではなく、ミナーヴァ子爵邸へと戻っている。クロたちも空気を読んだのか女神さま方とそちらへ向かっていた。
王都にきてくれていた竜の方や天馬さま方にグリフォンさんたちも、夜会が始まる前にそれぞれの場所へと戻っている。なんとなく肩が軽いなあと苦笑いを浮かべながら、廊下を歩きながら私はジークを見上げた。夜会用の衣装から部屋着に着替えたい気持ちを抑えつつ、静まり返る廊下で私は言葉を紡ぐ。
「終わったね」
「終わったな」
二日間続いた婚姻式は無事に終わった。なにかトラブルに巻き込まれるかなと思いきや、なにも起こらなかった。グイーさまとテラさまとシェクトさまとヴォイドさまとプライムさまが参加なされていたので、緊張している方が多くいたくらいだろうか。
ジークと私は夫婦になったわけだけれど、あまり実感は湧いてこない。流石にこのあと初夜が控えているから、なんとなく気恥しいものがある。彼とは長く一緒に過ごしていて家族のようなものだから、男女の関係になるのは照れるというか。行為が嫌なわけではないが、ちゃんといたせるのか少々心配ではあった。だから私は緊張を誤魔化すようにまた言葉を紡ぐ。
「疲れたね」
「疲れたな」
あれ。ジークから同じような言葉しか戻ってこない。そういえば私がいつもジークを見上げれば、ちゃんと視線を合わせてくれるというのに前を向いたままである。窓から差し込む双子星の星灯りに照らされる横顔はなんとなく赤いような。お酒は飲んでいないから、アルコールの所為で朱を帯びたわけではないのは当然なわけで。
「そういえば、ジークはお酒を飲まないの? エーリヒさまとフィーネさまは嗜んでいたけど」
エーリヒさまとフィーネさまは二人でお酒を楽しんでいた。もちろん鱈腹飲んで酔っ払うような飲み方はしていない。美味しいワインをちょこちょこ飲んで、お二人で味の感想を言い合っていた。
私はお酒よりもご飯を食べることが優先されているため、あまりそういう楽しみ方はしない。ジークがお酒に興味があるなら飲んでも良さそうだし、ラウ男爵さまとボルドー男爵さまとの付き合いには必要なものではなかろうか。って、そう考えるなら私もお酒を飲んで味が分かるようになるべきだなと片眉を上げれば、ジークがようやく私と視線を合わせてくれる。
「ナイが飲まないなら、俺が飲むわけにいかないからな」
小さく笑うジークは私のことを慮って飲んでいなかったようだ。
「気にしなくて良いのに」
「そういうわけにもいかないさ」
私が片眉を上げれば、ジークも片眉を上げていた。あれ、でもアルコールが駄目ってことはないよねと、私はジークとまた視線を合わせる。
「お酒飲めないとかじゃないよね?」
「ある程度は飲めるが……慣れていないから、どれくらいの量で酔うのか分からない」
ジークが飲んでいるところを私は見たことがないけれど、ラウ男爵さまとの食事会とかで飲んだことがあるかもしれないと問うてみれば、案の定飲んだ経験はあるようだ。私は前世で職場の打ち上げとか忘年会、新年会で飲んだことがある。でも酔い潰れるまで飲んだ経験はないし、生まれ変わってからはアルコールは少しだけしか飲んでいない。
聖女だからということもあるけれど、貧民街で酔っている大人を見ていたら、同じようになりたくないという気持ちが強くなっていたからかもしれない。お貴族さまになったことだし、付き合いで飲めるようになっても良さそうだ。あと限界を知っておくのもアリだろうか。
「屋敷で飲み会開いても良いかもね。迷惑を掛けるかもしれないけれど」
ちょっとジークとリンとクレイグとサフィールが飲み潰れるところを見てみたいと私は肩を竦める。
「俺もナイが飲み潰れるところを見てみたいな」
ジークが苦笑いでそんなことを言っているけれど、みんなが飲み潰れたなら私が酔い覚ましの魔術を施せば良いだけである。私が飲み潰れた場合、寝るしか対処方法がないのだ。絶対にみっともないところを見せるだけで良いところがなにもない。
「うーん。吐いて、みっともない所を見せるだけのような気もする」
「たまには良いんじゃないか」
小さくジークが笑えば、食堂に辿り着いている。領主邸ではないから、夜食でどんな品が提供されるのか楽しみだ。食堂に入って席に着けば、料理人の方が緊張した面持ちで現れる。夜会で多少は食べていると聞いたものの、領主邸の料理に負けたくはないと気合を入れてくれたそうな。どんな料理が出てくるのかなと笑みを浮かべれば、料理人の方が今日のメニューを紹介してくれた。
「前菜は牡蠣の香草マリネ」
牡蠣は王妃さまの母国であるガレーシア王国から飛竜便を使って輸入した品だそうである。オリーブ油を敷いたフライパンに牡蠣を乗せ酢と胡椒とバジルで味付けした品だそうな。想像しただけで美味しそうだなあと顔が綻ぶのが分かる。スープは鶏と茸の香草スープで、にんにくと香草をふんだんに使っているとか。
「メインは黒鰻の葡萄酒煮込みでございます」
肉厚な黒鰻を手に入れたそうで、赤葡萄酒に玉ねぎにんにく香草、黒胡椒を入れじっくり煮込んだものだそうである。隠し味はロウ男爵領の蜂蜜をほんの少し加えたことだとか。
付け合わせに自然薯の香草焼きが出されるそうだ。居酒屋の定番メニューだが、味付けは西洋風になっているのだろう。期待しておりますと料理人の方に伝えれば『はい!』と背を伸ばして、手を一度鳴らした。すると給仕の方が私たちの目の前に料理を運んでくれる。
目の前にはオリーブ油で焼いた牡蠣が白いお皿の上に綺麗に並んでいた。ソースもいくつか用意されており、好みで味を変えて良いようだ。絶対に美味しい奴だと期待に胸を膨らませていると、ジークが神妙な表情で料理を見つめていた。こんなに美味しそうな品なのにジークはあまり気が向かないようだから、二日連続のイベント続きで疲れているのかと心配になってきた。
「どうしたの? あまり好きじゃない?」
「いや……なんでもない。食べよう」
ジークははっとした顔になって、用意されていたカトラリーを手に取った。私もカトラリーを手に取って、牡蠣を自分の口のサイズに合わせて口に運ぶ。やはり想像した通り、美味しいし、好みで味を変えられるのが嬉しい配慮だ。
次に運ばれてきたスープはにんにくが効いていて、香草も使用しているからパンチのあるものだった。口臭が気になるけれど、ジークも同じ品を食べているのだから気になることはないだろう。そうして前菜とスープを食べ終えると、タイミングを見計らってメイン料理が運ばれてきた。
「鰻かあ。鰻重以来かな」
「フソウの鰻は美味かったな」
アルバトロス王国では鰻は川や湖で獲れ昔から食べられてきた食材である。鰻の蒲焼のようにタレに付けて焼く料理もあれば、ワインで煮込んで食べる料理もあった。泥臭さを誤魔化すためなのか、香草で味を誤魔化す品が多いと料理人の方たちから聞いている。
「鰻重に触発されて、料理人の方たちがこっちの料理ももっと美味しくなるんじゃないかって悩みまくっていたからね。今日は料理人の皆さまの成果を味わえる日かな」
フソウの鰻重を知った料理人の皆さまはフソウの鰻の捌き方や前処理方法に注目していた。泥抜きをしてからフソウでは捌いているため、こちらの国のような独特の臭さはフソウの鰻料理にはない。
焼いただけで食べる白焼きの存在に驚いていたし、ご飯と鰻とタレのハーモニーもぶったまげたと言っていた。それ故か自国の料理に改善の余地があると、鰻重の存在を知ってから今日まで試行錯誤していたようである。
お皿の上に綺麗に盛り付けられた黒鰻にナイフとフォークを入れて口に運ぶ。煮込んでいるため鰻の身がホロホロと口の中でほどけていく。煮込んでいるため、皮と身の間にある脂が解けていることが勿体ないけれど、泥臭さが全くなくフソウの技術とアルバトロスの文化が見事に融和していた。
「美味しい……!」
「美味いな」
ジークと二人で美味しいと言いながらメインの料理を胃に納める。そうして最後にデザートが運ばれてきた。蜂蜜と胡桃を使ったタルトである。これもまた甘さも絶妙な品で箸が止まらない。夜会の軽食では物足りない気持ちがあったから、きちんと夜ご飯を食べることができて良かった。全ての料理を食べ終えて、ふうと息を吐けば侍女の方たちがズラリと食堂へ入ってくる。
「では、ご準備を」
キリっとした顔を浮かべる年配の侍女の方が参りましょうと私に声を掛けた。ジークの下にも侍女の方が控えているけれど、人数が私の方が圧倒的に多い。そうしてお風呂に導かれ、あれよあれよと身体の隅々まで磨き上げられる。そうしてようやく自室に戻れば寝台が綺麗にベッドメイクされていた。ジークはまだ用意ができていないようで部屋にはいなかった。待っていれば直ぐにくるかと私は寝台の隅に腰掛ける。
えっちい夜着も用意されていたけれど、私は普段着ている物を選んでいた。侍女の方たちがあからさまに顔を微妙なものにしていたけれど、女当主という特殊事情で強制はされなかった。それを考えるとジークはとんでもない格好で私の前に姿を現すのだろうか。もっこりバニー姿できたら私は吹き出す自信があるし、スケスケ夜着でこられても困るなあと苦笑いを浮かべる。
さて、ジークは煽情的な衣装でくるのか、それとも普通の衣装なのかと私は肩を竦めて彼がくるのを待つのだった。




