1685:懐かしい方々。
ヴァルトルーデさまとジルケさまは王城の迎賓室の隅っこで料理を楽しんでいる。ナターリエさまとエーリカさまも周囲の目は気にせず、ちょこちょこと料理をお皿の上に乗せ味を楽しんでいるようだ。
ジークと私は会場の一段上がったステージで本日のゲストとして夜会に参加している方たちと挨拶を終えたところだ。
気が遠くなりそうなほどの人数がいたけれど、皆さま長話は控えてさっくりと済ませてくれて有難かった。宰相閣下、内務卿、外務卿、農務卿に魔術師師団長さま、近衛騎士団長さま、騎士団長さまとか王国中枢部の方と挨拶を交わしたし、諸外国からやってきていた陛下方とも挨拶を交わした。向こうからアルバトロス王国の陛下に是非参加をしたいと頼み込んで、ようやく権利を勝ち取った方もいるそうで私と会えて良かったとグイーさまの石のお礼と共に言葉を交わした方もいる。
次はアルバトロス王国内の貴族の皆さまとの挨拶だなあと私は隣にいるジークを見上げた。
「ヴァルトルーデさま、ふくよかな姿のままだね」
会場の軽食を掻き込んでいるヴァルトルーデさまは教会のステンドグラスそっくりな姿のままであった。でも、アルバトロス王国上層部の皆さまはその姿は仮のものだと知っている。
それ故かふくよかな西の女神さまのお姿を見て『!?』と驚いている方が多数いた。私が理由を説明すれば『な、なるほど』と少し引きつつ納得してくれている。彼らの中ではせめて他国の上層部の人たちも本来のお姿を知っておいた方が、良いのではないかという気持ちがあるようだ。
ヴァルトルーデさまは大陸を旅する際には人間として行動したいようなのでバレない方が良いのだろう。知らぬが仏とも言うし、ヴァルトルーデさまがキレることはほとんどないだろうから、国が滅ぶようなことはあるまい。多分。私的にはまあどちらでも良いけれど、話のネタとして使わせていただいただけである。ジークは横目でヴァルトルーデさまとジルケさまの方を見て肩を竦めた。
「知らない者もいるからな」
軽食コーナーを陣取っている凸凹女性コンビを女神さまだと気付く方は一体どれほどいるだろうか。美味しい美味しいと食べている姿は全く女神さまらしくない。私の肩の上ではなく止まり木に乗るクロも二柱さまの方を見て小さく笑った。
『旅に出るなら、ふくよかなお姿だって周知される方が良いからねえ』
ふふふとクロが笑えば、今度はアルバトロス王国内のお貴族さまたちがジークと私の前に列を成している。高位貴族の方は既知の方ばかりである。低位貴族の方で知っているのはフライハイト男爵さまとラウ男爵さまくらいであろう。
陛下が仰るには勢いのある低位貴族で利益になりそうな者を選んでいるから、私の判断で今後付き合いを続けるかを判断すれば良いとのこと。そんなこんなで国内の皆さまとの挨拶が始まり、ハイゼンベルグ公爵閣下夫妻、ヴァイセンベルク辺境伯夫妻から始まって、リヒター侯爵夫妻やジータス侯爵夫妻、クルーガー伯爵夫妻、フェルカー伯爵夫妻、ロステート伯爵夫妻、メンガー伯爵夫妻との挨拶を終える。
昨日、アストライアー侯爵領で皆さまとご挨拶していたから凄く簡単なもので済ませられたためほっと息を吐く。しかしまあ、本当にいろんな方と縁が繋がったなと肩を竦めていれば、エーリヒさまとフィーネさまがにこやかな笑みを浮かべて私たちの前に立つ。
「エーリヒさま、フィーネさま。昨日振りです」
「閣下、ご婚姻おめでとうございます」
「昨日も同じことを言っていますけれどね」
私が苦笑いを浮かべると、エーリヒさまとフィーネさまも苦笑いになる。お二人が口にした通り、昨日も挨拶を済ませているので本当に短いもので終わりそうだった。しかしお二人は婚姻を果たして半年という時間が経っているのに、懐妊報告は聞いていない。それもそのはず。婚姻を果たして一年間は二人でのイチャイチャ時間に当てるとフィーネさまから聞いていた。仲がよろしいようでなによりだが、周りの方たちは良しとしているのだろうか。
「それでは失礼いたします」
「ふふ」
エーリヒさまが礼を執り、フィーネさまが意味ありげな表情になって場を去って行く。
「なんだろう?」
「さあ?」
フィーネさまの表情に一体どんな意味があったのかとジークと私は互いに視線を合わせて首を傾げるのだった。エーリヒさま夫妻のあと何組かの貴族の方との挨拶を済ませれば、今度はヴァレンシュタイン男爵さまの番になった。
というか副団長さまは本当に既婚者だったのかと失礼なことを考えてしまった。美丈夫の隣に立つ女性は少しふっくらとしているどこにでも居そうな女性だ。でも柔らかい雰囲気が彼女から伝わってくるし、仲が良いのかこちらにくるまで話ながらきていたのを確認していた。
「ヴァレンシュタイン卿、夫人、本日はご参加くださりありがとうございます」
私が声を上げれば、副団長さまが少し照れ臭そうに笑みを作る。魔術に囚われた人だというのに、まさかそんな表情を見ることになろうとは。驚きを隠せない私にジークが失礼な態度を執るんじゃないぞと言いたげになっていた。副団長さまと夫人は私の様子を気にもせず礼を執って言葉を紡ぐ。
「侯爵閣下、お誘い頂き感謝申し上げます。こちらが僕の妻のヘレネです」
副団長さまが紹介してくださると、夫人のヘレネさまもジークと私に礼を執る。たしか『ヘレネ』という名前には『美しい人』という意味が込められているはずだが、ヘレネ夫人は少しばかりその名には遠い方である。朴訥としており、穏やかな表情でなんとなく癒し系の雰囲気が漂っていた。
「お初お目にかかります、アストライアー侯爵閣下、ロウ男爵閣下。この度はご婚姻おめでとうございます」
どうやらあまり話すタイプではない方なのか最低限のもので留めていた。夫人との初対面を終えれば魔術か南の島の話に移るのかと思いきや、長々話しても悪いからと副団長さま夫妻も早々と私たちの下を去って行く。
そういえば猫背さんはいないようだけれど、爵位を持っていないから仕方ないのだろうか。なんだか魔術師団の隊舎で不貞腐れていそうだなと私は肩を竦めてしまう。その後、いくつかの貴族家の方との挨拶がまた始まれば、割と同じことを繰り返していた。
「アストライアー侯爵閣下、ロウ男爵。此度はおめでとうございます」
「貴殿らのお子の誕生が楽しみですな」
「もし縁があるのであれば我が家とも繋がりを……」
とかなんとか。子供はまあ神さまの気まぐれだから、なるようになるとしか言えないし、縁を今後結ぶとなってもお互いに旨味がなければ結ばれないものである。とはいえアストライアー侯爵家は王国内の他家との繋がりが薄いから今回の件は実入りが多かったかもしれない。ジークもロウ男爵家と付き合いを続けられそうな家を見繕っていたようで、養蜂関係のことには自ら口を開いてやり取りをしていた。ジークの家の役に立てたなら、私的には挨拶は大成功だろう。
次はラウ男爵夫妻の番となったようで、品の良い総白髪のご夫婦が私たちの前に立った。祝いの言葉を交わしたあと、フリートークタイムとなる。私は伝えておかなければならないことがあると先を切らせて貰った。
「ラウ男爵さま。ジークフリードとジークリンデがお世話になりました」
「いえいえ。私と妻は二人を我が家に迎え入れられて、楽しい日々を送らせていただきました。ボルドー男爵の差配でしたが、良い縁を頂きましたなあ」
私の言葉にラウ男爵夫妻が小さく笑う。夜会で何度かご挨拶したけれど、個人的に会う機会がなくそのまま流れてしまっていた。本当にジークとリンをラウ男爵家の籍に入れて貰い感謝している。お二人的にはボルドー男爵さまの命に従っただけかもしれないが、ジークとリンがご夫妻を気に入っていたのだから人格者であることは確実だ。
「これからも縁が続くようにと願っております」
私が言い終えると、ジークが半歩前に進んで礼を執る。
「本当にありがとうございました。もしかするとこれからもご迷惑をお掛けするかもしれませんが……」
「なに。ジークフリードとジークリンデは息子と娘のようなものだ。迷惑を掛けてくれて構わんよ」
「ええ、またお茶を飲みにいらっしゃいな」
そう口にしてお二方は私たちがいる場から去って行く。入れ替わりで、緊張した面持ちのフライハイト男爵夫妻と苦笑いを浮かべるアリアさまが挨拶にやってきた。私が口を開く前にフライハイト男爵さまが礼を深く執った。アリアさまとご夫人はあちゃーと言いたげな顔になるものの、ジークと私は構わないと片眉を上げる。
「あ、あ、アストライアー侯爵閣下! お、お、お久しぶりでございます!」
「フライハイト卿、力を抜いてください。本当にお久しぶりです。フライハイト領のご活躍をたくさん聞かせて頂いております」
魔石の鉱脈が見つかってからというもの、フライハイト男爵領には天馬さまが飛来したりとうだつの上がらなかった領地が竜の如く高く飛んでいる。目の前の彼は貧乏男爵領を切盛りする能力しかないとご自身を評していたが、国王陛下のお陰か発展していく男爵領を運営できていた。
アリアさまが発破を掛けたこともあるだろうけれど、能力がなければ失敗に終わっていたはず。だからご自身の力だと理解して欲しいところであるが、ずっと貧乏領地だったことでなかなか認められないことのようであった。
「い、いえ! 陛下にも侯爵閣下にもご尽力いただき、今のフライハイト男爵家があります! 本当にどう感謝を申し上げれば良いものか……」
燕尾服の内ポケットからハンカチを取り出したフライハイト男爵さまは流れる汗を拭き取っている。大丈夫かなあと止まり木にいるクロが心配そうに見ていた。アリアさまは『お父さん、もっとしっかりして!』と言いたそうだけれど、話に口を出さないと決めているのか言葉を紡ぐ気はないようである。
「そういえば陞爵の話も出ていると小耳に挟んでおりますが」
「ま、まさか! フライハイト男爵家が陞爵など恐れ多い!!」
とフライハイト男爵さまが仰っているけれど、決めるのはアルバトロスの陛下だからそのうち話が舞い込みそうだなあと苦笑いを浮かべれば、挨拶が一通り終わるのだった。軽食コーナーに美味しい品は残っているだろうか。




