1684:パレード。
アストライアー侯爵閣下の宣誓式が王都の教会で始まろうとしていた。
私は南大陸にあるA国の王としてアルバトロス王に頼み込み、信徒席にいる権利を頂いていた。アストライアー侯爵には随分と世話になっていたから、どうしても祝いの席にいたかったのだ。アルバトロス王には無理を押し通させて貰ったが、その分の見返りは用意しているし、アルバトロス王も損をするようなことはしない。
王都教会の信徒席には多くの王族と貴族が集まっていた。目敏い者は目当ての国の王を見つけ、外交の場を取り持とうとやっきになっているとか。今日はアストライアー侯爵の祝いの場なのだから、静かに過ごす気はないのかと私は呆れてしまう。とはいえ国を統べる者としては正しい判断であろう。せめて式が終わってからにして欲しいものだと私は息を吐き、目の前にある立派な祭壇を視界に入れる。
祭壇の一番上にはステンドグラスがあり西大陸の女神さまが描かれている。きっとステンドグラスを作成した者は名工だったのだろう。ふくよかなお姿の女神さまの身体から陽光が差し込んで、女神さまの神秘さが更に増している。そうしてステンドグラスの下には教会のシンボルマークが鎮座している。南大陸のものとは様相が違い、随分と簡素なデザインであった。
「あのお方が西の女神さまであらされるのか」
きっと二階の貴賓席にいらっしゃる西大陸の女神さまは同じお姿をなさっているのだろう。後ろへ振り向いて四女神さまのお姿を見てみたい気持ちがあるものの、南大陸の女神さまが怖くて見れなかった。ふうと息を吐いた私の声が少し離れた場所に座る者にも届いていたようで、にこやかな表情となっていた。
「そのようですな。南の女神さまもご参加なされている上に、北と東の女神さままで同席されている。アストライアー侯爵領で執り行われた昨日の式には創星神さま方の姿もあったとか」
いやはや、一目お姿を納めたかったと私の隣に座している西大陸のどこかの王がにこやかな表情から残念そうな雰囲気に変えている。女神さまのお姿を見られるというだけでも奇跡であろうに、私の隣に座す王は随分と贅沢なことを言っている。
創星神さまとは夢で出会えているのだから、人間が高望みなどすることではなかろうかと私は目を顰める。まあ、それぞれの考え方、捉え方かと私は更に視線を下げた。そこには教会の神父と枢機卿が緊張した面持ちで立っている。そろそろアストライアー侯爵とロウ男爵が登場する時間に差し掛かっているなと、私は息をごくりと飲んだ。
「――新婦、新郎、入場!」
聖堂の祭壇の方から大音声が上がると、信徒席に座す者たちが『おお』とどよめきの声が上がる。祭壇横の扉からアストライアー侯爵とロウ男爵が二人一緒にゆっくりと歩き、神父とカルヴァイン枢機卿の前へと進んでいる。真っ白な衣装を纏う二人の姿にほうという感嘆の声が周りから漏れている。そして私の口からも同様のものが零れていた。
「なんと美しい」
南大陸の婚姻用の衣装とは少し趣が違うものであるが、質とデザインはとても優れたものだと分かる。国へ戻って仕立て屋に作らせアストライアー侯爵とロウ男爵が纏っていた衣装だと喧伝すれば、これから式を挙げる者たちが挙って採用しそうだ。まあ、私が座している場は祭壇から遠い場所のため、細かいところまでは分からず手落ちも良いところになるから、やろうとは思わないが。
「ドレスはとても良い品だ。新郎の衣装も同じく良い品のもの……あれはどこで手に入れられるのか」
先程、私に声を掛けてきた王がそう呟いている。本当にどこで手に入るのだろうか。アストライアー侯爵の縁はとても広いと聞いている。西大陸の亜人が住む国とも縁があるそうだし、北大陸、東大陸のアガレスと共和国とも外交を結んでいると聞く。
たしか彼らも式に参加していると聞いていたのだが一体どこにいるのだろう。すわ、アガレス帝国か共和国か北のミズガルズで手に入れた品だろうか、もしかすると神さまから譲られた品である可能性も低くはないと考え付けば、おいそれと口にできないことだと私は悟る。
近くの王は欲に目を掻いて失敗しなければ良いのだがと私が肩を竦めると宣誓式が始まれば、聖堂内はシンと静まり返っていた。
西大陸の宣誓式は神父が問いを放ち、新郎と新婦が答える形のようだ。南大陸は神父が見守る中で新郎と新婦がお互いに言葉を紡いで永遠の愛を誓う。私も若かりし頃、妃に永遠の愛を誓ったが……どこか遠くへ消えていたかもしれない。
随分と懐かしい若い頃の気持ちが蘇り、必要に迫られた婚姻であったが妃を守ろうと誓ったなと懐かしいものが心の中から溢れ出る。妃とはいろいろとあり、心の距離が開いてしまっているが、縮めることはできるだろうか。凄く果てないもののような気がするものの、改めて私の不甲斐なさを詫び関係を再構築するのもアリだろうか。いや、もちろん国の政を疎かにするつもりはないから、随分と遅い歩になってしまうかもしれないが。
アストライアー侯爵とロウ男爵の宣誓式が無事に終われば、二人は信徒席の真ん中を歩いて教会の外へ出るべく歩みを進めている。
割れんばかりの拍手が鳴り響く聖堂では皆が良い顔を浮かべて、二人の門出を祝っていた。どうか私と妃のような冷めた関係にならないようにと願わずにはいられない。もし私が王でなければ彼女とは平凡な夫婦生活を送っていただろうか。
いや、考えても仕方ないと頭を振り、少しでも夫婦仲の状況を改善させようと改めて私は誓う。遅いと言われるかもしれないが、なにもしないよりマシだろう。アストライアー侯爵とロウ男爵も上手く夫婦生活が回りますようにと願いながら。
◇
教会の大扉の前にある踊り場に出たジークと私は広場に集まった方たちに手を振っている。誰も彼もが笑顔で私たちに手を振ってくれていて、疲れやしないだろうかと心配になってきた。
王都の壁の外には赤竜さんと青竜さんと緑竜さんが顔を出して、こちらに視線を向けている。広場では小型の竜の方や天馬さま方にグリフォンさんたちも一ヶ所に固まって、ジークと私に視線を向けていた。
彼らの周りに人がいないのはちょっと面白いというか……なんというか。苦笑いを浮かべて私たちも手を振っているのだが、あまりの人数に言葉がなかなか出ず暫くの時間が経っていた。無言でいるのもアレかなあと考えた私はジークを見上げる。
「凄い人だかりだね」
「ああ。流石、王都だな」
苦笑いを私が浮かべると集まっている人たちが『おお』と声を上げていた。ジークを見上げた私が珍しかったのか、それとも背丈の差に驚いているのか。まあ、気にしては駄目だと私は前を向いて再度手を振る。王都の教会に辿り着いた私たちは、王都でお世話になった方たちに挨拶をして婚姻報告も行っていた。皆さま揃って祝福をしてくださったし、隊長さんに限っては『良かったな、ロウ男爵』としみじみと呟いていた。
どうやら隊長さんはジークの気持ちに早い段階で気付いていたようで、離れも縮まりもしない私たちの関係にやきもきしていたとか。隊長さんたちの部下の方たちも同じ気持ちだったようで、ようやくくっついたというのが正直な気持ちだったらしい。いや、本当にジークには待たせ過ぎて申し訳ないことをしてしまった。でもまあ、今日でいろいろと積もり積もった気持ちは昇華できるはずと私はこっそりジークの横顔を見つめる。
惚気になるのか分からないけれど、ジークはカッコ良い。
気持ちを内に秘めて私の側にずっといてくれたことにも感謝している。これからは夫婦として共に同じ時間を過ごしていくのかと気恥しいものが湧いて出てきた。とはいえ関係性はそう変わらないのだろう。リンもクレイグもサフィールも側にいてくれるし有難い限りだ。状況が変わることを私はあまり良しとしていないけれど、大人になったのだから変わることもあると腹を決めなければ。
あとはアストライアー侯爵家の方たちやロウ男爵家の方たちに周りの人たちも幸せであるようにと願う。
「昨日も伝えた気がするけれど、これからよろしく」
「ああ。頼む」
お互いに笑い合っていると、パレード用の馬車が教会前広場に辿り着いていた。前と後ろには近衛騎士の方が警備に就くようで、たくさんの方たちも一緒に移動してきている。更に後ろには小型の竜の方たちや天馬さま方にジャドさんたちも一緒にくるようである。クロエばあは期待に胸を膨らませているのか、尻尾をぶんぶんと振っていた。
「予定になかったのに」
「魔獣と幻獣のみんなの行動を阻害できる者はいないからな。でもまあ、ナイのパレードらしいじゃないか」
ふふとジークが目を細めながら笑うと、私の影からヴァナルと雪さんと夜さんと華さんと毛玉ちゃんたち三頭が飛び出して列に加わると胸を張った。良いのかなと私は迷うものの、彼らのしたいようにすれば良いかとある意味開き直る。パレードの最中にディアンさまとベリルさまと赤竜さんと青竜さんと緑竜さんたちが空を飛んでくれる予定がある。ダリア姉さんとアイリス姉さんも魔術師団の方と協力して花火を打ち上げてくれるそうだ。
陛下や王太子殿下方のパレードより豪華では……という疑問を抱いてはいけない。
もし王族の方の誰かが婚姻してパレードを行うなら、竜の方たちやみんなに協力して貰い、ジークと私の婚姻式を目立たないようにしようと心に決める。ヴァルトルーデさまにお願いすれば、式にも参加なさってくれるのではないだろうか。美味しいご飯を出汁にして。
余計なことを考えている場合ではないと私は頭を振って、ジークと共に階段をゆっくりと降りていく。そうして屋根のない馬車に乗り込んで出発をすれば、王都の街のそこら中から花びらが撒かれて歓迎を受けた。
「アストライアー侯爵閣下ー!」
「黒髪の聖女さまー!」
「ロウ男爵ー! 羨ましいぞー!」
そんな声を受けながら、なんとなく見知った顔もチラチラと見受けつつ、王都の街をゆっくりと移動する。アルバトロス王都にはこれからもお世話になるつもりだし、陛下方にもいろいろと相談をしたり受けたりするのだろう。まだまだ人生は長いと肩を竦め、パレードを終えて夜会へと突入するのだった。




