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1683:託してみよう。

 ジークと共に教会前へと乗り付けた馬車から降りれば、多くの方が婚姻式を祝うために集まってくれていた。


 まだ式の開始には時間があるというのに、随分と気の早い方たちだと私は苦笑いを浮かべる。ジークがエスコートしようと差し伸べてくれていた腕を取って、私は集まっている方たちの方へと身体を向けた。

 そしてジークの腕を取った反対側の手を挙げて左右に振れば、集まっている方たちがわっと盛り上がった。私はアイドルではないけれど、アルバトロス王国の方たちにとっては目立つ存在のようである。とはいえいつかは人気というか注目度も下がるだろうと前を向いて教会の中に入ろうとした時、ふいに懐かしい女性の顔が視界に入る。はたと立ち止まったためなのか、ジークが私の顔を覗き込んでいる。


 「どうした?」


 「あ、うん。前に診ていた患者さんの顔が見えて。治らないものだから、定期的に痛み止めを施していたんだけれど……王都の教会に顔を出さなくなったから申し訳ないことをしたなって」


 ジークを見上げながら私が答えると、彼は考える仕草を見せた。私が王都の治癒院に頻繁に参加していた頃、慢性的な痛みに悩まされている方には痛み止めの魔術を施していた。

 一生効果があるものではないから、定期的に治癒院に顔を出して貰っていた。治せないのは聖女として不甲斐ないことであるが、それでも痛みが消えるからと患者さんたちは口にして私の下に通っていてくれていた。


 爵位を得てからというもの、治癒院に顔を出す機会が減ってしまい受け持っていた患者さんはきっと困っていただろう。一応、教会にはフォローを患者さんたちにしてくれとお願いしたが、果たしてどうなっているのだろうか。


 「そういう者たちが何人かいるんだったな」


 ジークの声に私は頷く。気になるなら呼び出して話を聞けば良いのではとジークが助言をくれた。私はそれもそうかと思うものの、侯爵に呼び出される平民の気持ちを考えるとちょっと頂けないよねと苦笑いになる。

 シスター・ジルとシスター・リズに話を聞いてみるのが一番良いかもしれないし、後任の聖女さまが分かれば挨拶に向かってお願いすれば良い気もする。ヤのつく職業の脅しのようにも見えるが、受け持っていた患者さんをおざなりに扱われるくらいならマシだろう。私はシスター・ジルとシスター・リズに話したいことがあると教会の方に告げる。教会の大扉の前にある階段を昇りながら私はジークの方を見た。


 「ありがとう、ジーク」


 「俺はなにもしていないぞ」


 そう告げてジークの声が返ってくると、教会前広場に集まった方たちからわっと声が上がった。誰か有名な方が他にもいるたのかと気になるものの、ちょっとジークに伝えておきたいことがあると私は口を開く。


 「ジークが言ってくれなきゃ、聖女さまにお願いすることなんて考えなかっただろうから」


 「まあ、あまり丁寧にし過ぎて相手の聖女を恐縮させるなよ?」


 ジークは肩を竦めながら揶揄いの言葉を紡いだ。するとまた教会前広場に集まった方たちがどよめいている。


 「そんなことしてないよ……」


 「そうか?」


 くつくつと少し面白そうに笑みを浮かべるジークに私はむっとしつつも、まあ良いかと教会の中へと入るのだった。


 ◇


 ――アルバトロス王都・教会前広場


 「アストライアー侯爵閣下のお顔を見たか?」


 「あれは男に惚れている女の顔だ!」


 「しかし本当に背丈がまったく違っていたな」


 「大人と子供だ。でもまあ似合いなのか?」


 「邪竜殺しの英雄と竜使いのアストライアー侯爵閣下だしなあ」


 「まあ、めでたいことなんだ! 盛大に祝わねーとな!!」


 ◇


 アルバトロス王国王都にある教会では本日、アストライアー侯爵閣下とロウ男爵閣下の婚姻式が執り行われる。あたしも聖女の末席として参加資格を頂き、教会の一室で平民出身の聖女の方たちとお喋りしながら開始時間を待っている。

 あたしはアストライアー侯爵閣下が聖女として教会に訪れる機会が減った頃、正式な聖女となった。侯爵閣下のご活躍ぶりは耳にしていたし、聖女としても『黒髪の聖女さま』として教会の中では有名な方だった。

 

 あたしの力は他の方に比べて強くないけれど、地道に活動を続けていれば聖女としてきちんと認めて下さる方が多くいる。アストライアー侯爵閣下が診ていたという患者さんも引き継いでいるのだが、最初こそあたしの聖女の力を信じて貰えなかったけれど術を何度か施していればいつのまにか信頼を勝ち取っていた。アストライアー侯爵閣下の患者さんを引き継いだお陰だったのか、それとも単に運が良かったのかあたしを指名してくださる方もいて有難い限りである。

 

 少し前に代替わりした筆頭聖女アリアさまと筆頭聖女補佐ロザリンデさまは優しい方で、聖女の扱いの悪い部分の改善に取り組んでくださっていた。逆に患者さんにとって不都合なことも改善してくださっていて『本当に良かった』と喜んでくださる方が増えているし、王都教会が開く治癒院は以前より盛況になっているとか。

 まあ、私は以前の治癒院の状態をあまり知らないから、患者さんや先任の聖女さまたちから話を聞くしかないけれど。


 部屋で聖女さまたちとお喋りをしていれば、静かに入口の扉が開いた。そこにはシスター・ジルとシスター・リズが立っていてにこやかな笑みを浮かべていた。

 二人はいつも一緒に行動している。シスター・リズが盲目のためシスター・ジルが補助についているのだ。慣れた王都教会の中であればシスター・リズは一人で行動していることもあるけれど、人が多い時はこうして二人一組で移動をしている。そんな彼女たちがどうしたのだろうかと部屋にいる聖女一同が首を傾げた。そして代表してと言わんばかりに年季の長い聖女さまが声を上げる。


 「シスター・ジル、シスター・リズ、如何なさいましたか?」


 「アストライアー侯爵閣下からのお呼び出しでございます」


 「今から名前を呼ばれた方はわたくしたちと一緒に閣下の下へ参りましょう」


 シスター・ジルとシスター・リズの声に部屋にいる聖女さまたちの半分がが『え?』と困惑し、半分が『どうしてだろう?』と不思議そうな表情になっていた。呼び出しを不思議に感じている方たちは聖女の年季が長い方であり、アストライアー侯爵閣下と面識があるのだろうとあたしは納得する。

 シスターたちは二人の聖女さまの名を挙げて、最後にあたしの名を告げた。あたしは名前を呼ばれてぎょっとする。どうしてアストライアー侯爵閣下に呼び出されるのだろうと。

 呼び出されるようなことはしていないけれど、アストライアー侯爵閣下が診ておられた患者さんを引き継いだからだろうか。平民出身の聖女であるあたしが侯爵閣下が受け持っていた患者さんを診ているから、能力が足りていないことを嘆いているのだろうか。


 考えれば考えるほど、嫌なことが湧き水のように頭の中に流れてくる。


 あたし以外の二人の聖女さまも『どうして呼び出しされているのだろう』と困惑していた。シスター・ジルとシスター・リズは苦笑いを浮かべて、待たせてはいけないので早く行きましょうと告げる。もう腹を決めるしかないと呼び出しを受けた私たち三人は顔を見合わせて頷く。侯爵閣下に怒られるなら覚悟を決めようと。首を跳ねられる可能性もあるけれど、呼び出しを受けたなら逆らえない。


 私たち三人は他の聖女さまたちに囲まれて身嗜みを整えて貰う。


 そうしてシスター・ジルとシスター・リズの後について歩いている途中、あたしたちの緊張が二人に伝わったようで『大丈夫ですよ』『そうご心配なさらず』とにこやかに声を上げる。シスター二人はアストライアー侯爵閣下と旧知の間柄であるそうだ。取って喰われやしないからと小さく笑うが、本当に私たちは喰われやしないだろうかと不安になる。


 少し悪い空気のまま、教会の中にある貴賓室へと辿り着く。この場所にアストライアー侯爵閣下がいるのだと、あたしはごくりと息を呑んだ。シスター二人はあたしの緊張なんて意も介さず、扉の前にいる護衛の方に声を掛けてから扉を二度叩く。どうぞという声が扉の向こうから聞こえると、シスター・ジルがドアノブを回して扉を開いた。ぎいと鳴る扉の音があたしたちの緊張を現しているようだ。

 

 部屋の中にはアストライアー侯爵閣下がいらっしゃった。彼女の後ろには背の高い赤髪の女性を控えさせ、肩の上には小さな竜が乗り、床の上には白い犬と三つ頭の黒犬に二回りほど小さな白い犬が三頭いた。もちろん噂で知ってはいるけれど、本当にいるとは驚きである。

 それに筆頭聖女のアリアさまと筆頭聖女補佐であるロザリンデさまも控えており、アストライアー侯爵閣下は私たちの姿を見るなり笑みを浮かべた。


 「忙しい時にお呼び出しをして申し訳ありません、中へどうぞ」

 

 侯爵閣下の声にシスター・ジルとシスター・リズが『入りましょう』と声を上げる。あたしたちは命令に従うしかないと緊張で固まる足に活を入れて、どうにか前へと進む。侯爵閣下に着席を促されたあたしたち三人は応接用のソファーに腰掛ければ、シスター・ジルとシスター・リズは立ったまま横に控える。


 「あまり時間がないので本題に入らせて頂きますね」

 

 侯爵閣下はあたしたちが席へ着くなり声を上げ、呼び出した理由を教えてくださった。アストライアー侯爵閣下が聖女として精力的に活動していた際の患者さんを受け持っている私たちにお礼を伝えたかったこと。

 そして患者さんには黙ったままの形で担当を交代したことを少し後悔していると仰った。まさか侯爵閣下がそんなことを気にするなんて。やはり『黒髪の聖女』という二つ名を持っていただけあって、侯爵閣下は聖女として素晴らしい方のようである。

 

 「あと、こちらを。受け持ちの患者さんに渡していただければ幸いです」


 そうして差し出したのは黒色の薔薇だった。王都にあるミナーヴァ子爵邸で育てているものだそうである。閣下はメッセージカードをとも考えたそうだが、残る品は不味いと考えて生花を選んだそうである。

 そしてそれぞれの患者さんの具合を伺う言葉も紡がれた。次に件の患者さんに会えば伝えて欲しいと、閣下はあたしたちに丁寧に語る。


 「では、よろしくお願いいたします」


 「しょ、承知いたしました!」


 アストライアー侯爵閣下の声にあたしたちは勢い良く立ち上がって頭を下げる。そうしてまたシスター・ジルとシスター・リズに導かれて部屋に戻った。すると部屋に残っていた同僚の聖女に囲まれてしまった。


 「なにを話したの!?」


 「アストライアー侯爵閣下はなんと!?」


 質問攻めに合うあたしたちだけれど、閣下が受け持っていた患者さんをよろしくお願いしますと言われただけと答えれば彼女たちは『なんだ、そんなことか』と興味を失っていた。

 たしかに胸をときめかせるような話ではないけれど、侯爵閣下は律儀な方だという意外な一面を知ることができた。あたしは侯爵閣下のような聖女になれるか分からないけれど、自分でできる範囲のことをやっていこうと決意するのだった。

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― 新着の感想 ―
教会前へとジーク君と共にナイ様ご到着(^-^)式の開始時刻には間があると言うのに多くの方が婚姻式を祝う為に集まってくれていて申し訳ないやらで苦笑いを浮かべて ジーク君がエスコートしてくれた腕を取って …
2026/08/22 01:46 あかマント
取りあえずドライフラワーにすれば長持ちするかな?
更新お疲れ様です。 爵位が侯爵位まで上がった事に加えて、創星神様の御使いとしての使命迄熟したないちゃんですからねぇ。高位貴族として色々と忙しくなった上、御使いとして四大陸を文字通り飛び回った事は、そ…
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