1677:新たな飲み友達を。
宣誓式とパレードが終われば、陽が傾いていた。
ジークと私と他の面々はアストライアー侯爵邸に戻り迎賓室に集まっている。披露宴のような形で夜会を開いており、皆さまがホストである私たちの下へと挨拶にくればあとは自由時間となっていた。
大勢の方たちとの挨拶を雛段で終えたジークと私は会場に集まっている方たちを見渡す。会場の隅ではテオが警備に就き、アンファンも給仕として奉仕している。ユーリはケーキを食べて満足したのか、早々に夜会に飽きて自室へと戻っていた。屋敷の方たちとは一週間後にお疲れさま会と称したパーティーを開く予定なので、楽しんでくれていると良いけれど。
会場ではいろいろな所でいろいろな方たちが談笑している。グイーさまの下にはボルドー男爵さまとヤーバン王国のアリーさまにフソウのナガノブさまがお酒を酌み交わしていた。
テラさまはヴァルトルーデさまとジルケさまと一緒に料理をお腹に溜め込んでいる。側では少し呆れつつもナターリエさまとエーリカさまが見守りつつ、食事に手を付けていた。シェクトさまは壁際でヴォイドさまとプライムさまと一緒に会場を見渡していた。あとで挨拶に行った方が良さそうだと私は片眉を上げる。
他にも共和国の大統領とアガレス帝国のウーノさまが談笑している姿が見えるし、北大陸のミズガルズ神聖大帝国の皇太子殿下も西大陸の陛下方となにか話込んでいるようだ。亜人連合国の皆さまはアルバトロス王国の陛下方となにか言葉を交わしている。ソフィーアさまとセレスティアさまは身重のため、客室に戻り少しお休みを取っていた。
エーリヒさまとフィーネさまは招待客の方と話をしつつ、納豆布教に務めているようだ。クロとヴァナルと雪さんと夜さんと華さんと毛玉ちゃんたちは侯爵家の一員として、会場の端っこで待機してくれている。行動が怪しい方を発見に努めると言っていたけれど、身内しかいない場だから大丈夫なはず。毛玉ちゃんたちは暇なようでワンプロを始めているから、本当にまったりと過ごしている。
そしてアリアさまとロザリンデさまと教皇猊下とウルスラさまにカルヴァイン枢機卿が一塊になっている。なにを話しているか分からないけれど、教皇猊下とカルヴァイン枢機卿が顔を青褪めさせているので神さま関係だろう。創星神さまがいらっしゃっているのだから突撃してみても良いのではないだろうか。お酒片手に向かえば喜んでグイーさまは受け入れてくれるはず。
会場の様子を一通り伺って私は隣に立つジークを見上げた。
「暇にしている人はいなさそうだね」
正装姿のジークはイケメンである。とはいえ慣れた顔で緊張することもない。私が緊張するのは他の方と比較して少ないかもしれない。いや、待て緊張することくらいはあるぞと思い返してみれば、卵が孵る時や赤子が生まれる時は確実に緊張している。私も人の子だと安心しながらジークと視線を合わせた。
「暇がどうこうより、緊張している面々の方が多いな」
ジークが片眉を上げながら肩を小さく竦める。慣れていない方はチラチラと神さま方の様子を伺っている。取って喰われやしないのに緊張するだけ無駄になるのだが、言っても詮無いことかもしれない。
「私たちも行こうか。ジークは誰か挨拶したい方はいる?」
「俺は身内くらいだから、あとで良い。ナイは?」
身内というのはエーリヒさまとギド殿下とマルクスさま辺りだろう。クレイグとサフィールは侯爵家の面々だからサポート役に回っているから数には入っていない。それならばと私は口を開く。
「じゃあ、ちょっと挨拶しておきたい方たちの所に行って良いかなあ」
私の希望にジークが分かったと頷いてくれた。それじゃあ行こうかと私はジークの腕を取り、護衛のリンと他の方を連れて人並みの中へと潜り込むのだった。
◇
――アストライアー侯爵家で行われている夜会に参加したいと願う者は四大陸中に無数にいるのだろう。
そのくらい集まっている者たちがとてつもなく身分が高く、影響力のある者ばかりであると言えた。もちろん四大陸で一番影響のある者はアストライアー侯爵自身であろうが。錚々たる面々に私はこっそり胃の腑を抑えていれば、隣にいるウルスラが私を見上げている。
「猊下、大丈夫ですか?」
眉尻を下げながらウルスラが問うてきた。心配させないようにと気を払っていたのだが、異変に聡い彼女は私の様子をすぐさま察知したようである。
「あ、ああ。緊張していたが、ようやく会場の空気に慣れてきたよ。しかし……ボルドー卿とヤーバン王とフソウの将軍は創星神さまと酒を酌み交わし、あまつさえ言葉まで交わしている……何故、そんな恐れ多いことができるのだろう」
すりすりと私は胃の腑の辺りを撫でてウルスラを安心させるために手を腹から離す。本当に創星神グイーさまと酒を酌み交わしている面々はどんな胃の腑を持っているのだろうか。
私は幼いころから信仰してきたためか、自分の中にある信仰心が簡単に創星神さまと話すことを良しとしていない。しかしアストライアー侯爵は『グイーさまは話やすいお方ですよ』と笑って、私と創星神さまの縁を持とうとする。
有難いことではあるし、栄誉なことである。今回も教会の二階にある貴賓席で創星神さま方とご一緒させて頂いていた。それだけでも神職者として格が上がるというのに、酒を酌み交わそうなどと……私が眉間に皺を寄せればウルスラが苦笑いになる。
「ナイさま、アストライアー侯爵閣下と共に創星神さまとお話されている方々ですから。創星神さまは気さくな方ですし、奥方さまもお優しい方ですので親しみやすいのかと」
ウルスラと同じことを元大聖女フィーネも口にしていた。聖女アリサも同じだ。アストライアー侯爵と懇意にしているため、価値観が変わっているのではないだろうか。いや、神さま方と縁を持つ聖女は貴重だから聖王国としては有難い話ではある。あるものの、信徒として普通の感覚を持っている私にはやはり恐れ多いことなのである。
「教皇猊下、大聖女ウルスラさま」
「アストライアー侯爵、如何なされた?」
いつの間にか伴侶であるロウ男爵を連れたアストライアー侯爵が私たちの下に立っていた。にこやかな笑みを浮かべているのだが、婚姻を果たしたためか女性の雰囲気が更に醸し出されているような。
以前よりも背が伸びているものの、侯爵はアルバトロス王国に住まう女性としてはまだ低い。彼女の隣に立つロウ男爵の背が高い故に余計に目立っているのかもしれない。大聖女ウルスラは私を立てるために侯爵には目礼で済ませている。侯爵も理解しているようで彼女の態度に言及することはなかった。そして侯爵がゆっくりと言葉を紡ぐ。
「グイーさまの下へ行きませんか?」
どうして大きな大きな竜が吐き出すブレスのような威力の言葉を侯爵は放てるのだろう。疑問を呈したい気持ちを抑えて私は必死に頭を使う。
「いや、しかし。創星神さまが楽しんでおられるところを邪魔しては申し訳ないだろう?」
これで創星神さまの下へと向かいたい気持ちはあるが、恐れ多くて行けないとアストライアー侯爵に伝わっただろう。決して遠慮しているのではない。楽しまれているところを邪魔しては失礼だろうという配慮の結果である。胃が痛いとか恐れ多いとか聖王国の教皇として情けないことを考えているわけではないと……侯爵は理解してくれるはず!
「グイーさまは大勢と飲んだ方が楽しいと仰っておりましたし、いつもの面子だと愚痴を零しそうな勢いがあるので平気かと」
私の渾身の断りの言葉はアストライアー侯爵に通じなかったようである。これ以上断りの言葉を紡げば私は創星神グイーさまを嫌っていると勘違いされる可能性が高くなってしまう。ならばと私は最後の抵抗を示した。
「では、アルバトロスの国王も呼んだ方が良いのではないだろうか? たしか創星神グイーさまへの酒を準備していたはず」
巻き込んで済まないがアルバトロス王も一緒にいれば少しは気が紛れるはずだ。創星神グイーさまの下にはアルバトロス王の叔父であるボルドー卿がいるから少しは気が楽だろう。私の助言を聞いたアストライアー侯爵は『では陛下にも声を掛けてみましょう』と口にして、私からウルスラへと視線を変える。
「ウルスラさまは如何なさいますか?」
「私はお酒を嗜めないので、創星神さまにはご挨拶だけにしようかなと」
たしかにウルスラは酒を嗜んではいない。だが今日くらいは私と一緒に酒を飲むか、果実水を楽しんでも良いのではないだろうか。少し恨めしい視線を彼女に投げていれば、アストライアー侯爵はアルバトロス王の下へ向かおうと私たちに告げる。
ロウ男爵はただアストライアー侯爵の隣に控えているだけだ。彼は伴侶となったのだから、侯爵の無茶を止めてくれれば良いのに。いや、まさか……一緒に過ごした時間が長すぎて、ロウ男爵もアストライアー侯爵の言葉や行動が突飛なものだと気付いていないのだろうか。それもあり得るなと訝しんでいれば、侯爵はさっそくアルバトロス王を捕まえて私の下へと戻ってきていた。彼の妃はなにか理由を付けて逃れたようである。
「アルバトロス王よ」
私がアルバトロス王に手を差し伸べて握手を求めた。アルバトロス王は私の手をしっかりと握り込む。
「教皇。逝こう」
私とアルバトロス王のやり取りを見ている侯爵は不思議そうな表情を浮かべている。彼女の後ろには酒瓶を持って控えている者が増えている。どうやら創星神グイーさまに対する差し入れのようだ。酒の味は分からないと言っていた侯爵であるが、後ろに控えている者が持つ酒はどれも手に入れ辛い幻の酒ばかりであった。開けて消費してしまうことに後ろめたさを感じてしまう。
「向かいましょうか」
アストライアー侯爵は軽い調子で歩き始めた。私とアルバトロス王はごくりと息を呑んで鉛のように重い足を動かして、彼女の後ろをついて行く。大聖女ウルスラは侯爵と談笑しながら歩を進めていた。ウルスラは物怖じしない子になったなと感心していれば、私たちは創星神さまの下へと辿り着いていた。
「ナイ、どうした!?」
創星神グイーさまが持っていたグラスを侯爵に掲げた。侯爵はロウ男爵の腕を解いて、ゆっくりと礼を執る。
「グイーさま、いつもと同じ面子ではマンネリ化してしまうと仰っていたので、飲み仲間をお誘いしてみました。アルバトロス王国の国王陛下と聖王国の教皇猊下です。お酒に詳しい方たちですよ」
「おお、そうか、そうか! 気を使わせてしまったが、新たに飲み友達が増えるのは嬉しいことだ!」
アストライアー侯爵の気遣いに創星神グイーさまは凄く良い表情になった。従者に持たせた酒を創星神グイーさまへと渡しているが、少し考える素振りを見せる。
「良かったです。でも飲み過ぎるとナタ――エさまとエー――さまに苦言を呈されるでしょうから、酔わない量でお願いしますね」
何故か侯爵の声が聞こえないことがある。不思議に感じていれば、創星神グイーさまが私とアルバトロス王に手招きした。
「ナイまで言うか……まあ、良いか! 一緒に楽しもう!!」
ガハハと豪快に笑う創星神グイーさまにウルスラが『楽しんでください』と伝えていた。そうしてウルスラとアストライアー侯爵が場を去って行く。どうして侯爵の背には『良いことした』という雰囲気が漂っている。私は胃が破裂しそうだと息を呑み、アルバトロス王と一緒に創星神グイーさまたちの中へと加わるのだった。




