1676:軽い調子の方々。
――前代未聞の光景を見ているのではないだろうか。
アルバトロス王国、アストライアー侯爵領領都にある教会の扉の前には宣誓式を終えたご領主さまと伴侶となるジークフリード・ロウ男爵が揃って立っている。お二方はにこやかな笑みを浮かべながら集まった領民に手を振ってくれている。
領都を囲む壁の外には大きな大きな赤と青と緑色の竜の方がこちらを覗いている。教会の周りにも小型の竜がきょろきょろとしながら、面白そうに集まっている者たちを観察していた。竜以外にも天馬が二十頭以上集まっており、フライハイト男爵領からやってきた天馬もいるとか。更にグリフォンも十頭以上揃っており、なかなかお目に掛かれない……いや、前代未聞の光景となっているのではないだろうか。
その証拠に教会前にある階段の踊り場では東大陸のアガレス帝と共和国大統領に北大陸のミズガルズ神聖大帝国の皇太子、西大陸からも亜人連合国の方たちも訪れている。
他の国の王も集まっている上に、アルバトロス王までご参加されている。極めつけは大陸を守護する女神さまが四柱に、創星神グイーさま、そしてグイーさまの伴侶である他の星の創星神さまと七色に光るスライムの創星神さまも顕現されている。ご領主さまの人脈の凄さが伺えるというよりも、どうして神さま方と縁を持てたという疑問が湧いてくるものの、下々に生きる私が知る術はないのだろう。発想を飛ばしてみても、神さま方と縁を持てることが思い浮かばなかった。
アストライアー侯爵領の前任者はバーコーツ公爵であり、領地の現状を良しとして、特になにもなされていなかった。だというのにバーコーツ公爵は税を上げ、我々領民から毟り取るばかりだったのだ。だが、ご領主さまが土地を統べるようになると税は軽くなり、壊れていた灌漑設備の修理や新規開拓、小麦を育てる以外に収入を得られるようにと奔走してくださっている。
種苗研究所なるものも開所されて、頭の良い連中が集まって日夜あーでもないこーでもないと質の良い小麦に天候に左右されない小麦と野菜の改良に取り掛かっているとか。
効果が表れるのはまだ先だろうと研究所の者たちは口を揃えて言っているそうだ。だが、ご領主さまに雇われたのだから成果を出し評価を得たいとのこと。私も農民として病害や水が少なくとも育つ小麦が登場すれば幸いだ。小麦に手が掛からなくなるのであれば、野菜を育てて売りに出ることもできるのだから。
ご領主さまがこの地にこられて数年を経ているが、確実に領地、特に領都は活気が以前よりもある。
ご領主さまの噂を聞きつけた吟遊詩人が情報収集に奔走していたり、ご領主さまの配下になると門兵に『アストライアー侯爵閣下に雇って頂きたい!』と直談判をする者――もちろん門前払い――や、興味本位で領都へとくる者が増えたのだから。領都にある商業地区の者たちは宿や商店の収入が増えたとホクホクしているのだ。その証拠に。私の隣では商業区で店を構える夫婦がご領主さまとロウ男爵に熱い視線を向けている。
「ご領主さまー! おめでとうございます!」
「おめでとう!!」
大きな声を張り上げた彼らは『こっちを見てー!』『手を振ってください!』とも声を掛けている。教会の大扉前の階段と今いる場所は割と離れているから、ご領主さまは気付いてくれただろうか。
少し様子を見ているとご領主さまに気付かれなかったことに女性の方が気落ちし、旦那が『人が多く集まっているから』と慰めている。そんな夫婦の隣では身綺麗な恰好をした男が手を口の横へと持って行った。
「アストライアー侯爵閣下ー!」
どうやら彼はアストライアー侯爵領の者ではないようである。領地の者であれば『ご領主さま』と呼ぶのがほとんどだ。彼は高級店の商人や貴族のようなビシッとした格好をしているというのに私は彼を知らない。わざわざ領外から祝いにきたのかと私は肩を竦め、教会の方へと視線を向けて大きく息を吸い込んだ。
「ご領主さま、おめでとうございますっ!!」
周りの声より私の声は大きかったのだろうか。一瞬、周りの者たちがぎょっとして私の方へと視線を向けた。でも、なにもないと分かれば皆は視線をご領主さまの方へと戻して、また声を上げている。
「ご領主さまが手を振ってくださったわ!」
「良かったな! 微笑んでおられたぞ!」
喜んでいる店の夫婦の近くでビシッとした格好の男が感激で目を潤ませていた。
「なんと、なんと! 侯爵閣下がこちらを見てくれた!」
ずっと鼻を啜る音まで聞こえてきて、少々ビシッとした格好の男には配慮というものがないと私は呆れる。感動する気持ちは分かるものの鼻を啜るのは少々周りの者たちに無礼ではないだろうか。私がはあと溜息を吐けば壁の外にいる大きな大きな竜の方三頭が天へと顔を向ける。すると竜の方の口元に赤い炎と青い炎に緑の炎が現れていた。
周りの者たちも大きな大きな竜の方に気付き、声を上げるのを止め壁の外へと視線を向けている。そうして炎は天へと顔を向けた竜の方の口元で丸く収束し、炎は空へと放たれた。轟っという音と共に凄い速さで空を上がり、五秒ほど時間が経つと炎が炸裂して、遅れて『パン!』という音が聞こえた。
「おお!」
「きゃ!?」
「分かっていても怖いな」
空に広がる赤と青と緑色の光の幻想さに私たちは意識を奪われる。すると領都を囲む壁の上からも『ぴゅー』と音が鳴り、空へと打ち上げられて『パン!』と音が鳴った。大きな大きな竜の方たちが吐き出したブレスは光り輝いていたが、壁の上から放たれたものは祝砲である。音だけは寂しいなという気持ちを抱きつつ、大きな大きな竜の方たちが放ったブレスには到底敵わない。
そしてブレスを放つという通達を聞いていなければ、私たちは今頃腰を抜かしていただろう。本当に物凄い方が我々が住む地を管理していると笑って、また『ご領主さまー!』と名を叫ぶ。ご領主さまとロウ男爵は屋根のない馬車に乗り込み、パレードへと出発するのだった。
◇
創星神グイーさまとグイーさまの伴侶である創星神さまがパレードに出たアストライアー侯爵の馬車を見送っていた。教会の階段上の踊り場で私はどうしようかと悩んでしまう。
アルバトロス王国の王として創星神さま方の相手を務めるべきであろうが、緊張により上手く言葉を放てない。教会にある賓客室へと招いて侯爵と双子の兄が戻ってくるまで接待すべきなのだろう。意を決して私が一歩踏み出そうとすれば、創星神グイーさまは大きな背を丸めながら教会前に広がっている広場へと視線を向ける。
「儂らがおるというのに皆が行ってしまった……寂しいのう」
「我慢なさいな、グイー。威厳とか尊厳とか全くなくなっているけれど良いの?」
そういえば先程、創星神グイーさまは伴侶である創星神さまに耳を引っ張られながら扉の前へと連れ出されていた。伴侶である創星神さまが仰る通り、威厳や神々しさは随分と薄れているようなと私ははっとする。全知全能といわれる存在からどうして圧を感じないのだろうか。私がそう気づいたあと、二柱さまは会話を続けていた。
「威厳やら尊厳は必要な時にあれば良いからなあ。皆がもっと儂に注目してくれるかと思うておったのに、ナイとジークフリードに気を取られていた」
創星神グイーさまが肩を落としながら、伴侶である創星神さまがぽんぽんと肩を数度叩く。
「そりゃ当然でしょ。主役は二人だもの。ああ、それと私がグイーの神力抑えておいたから」
「え!?」
伴侶である創星神さまが肩を竦めると、創星神グイーさまはぎょっとしたご尊顔になっていた。創星神さまから以前の圧を感じないのは伴侶である創星神さまが力を抑えてくれていたようだ。
そんなことができてしまうのかと思うものの同格であれば可能なのだろう。創星神グイーさまは『儂が皆に注目されなかったのは――の力の所為か!』と驚いている。すると七色に光る創星神さまが創星神グイーさまの足下に近づいていた。
『ナイの式。無粋はしない』
「だって、つまらんではないか。シェクトは真面目過ぎるぞ」
七色の創星神さまの声に創星神グイーさまが不貞腐れている。それで良いのだろうかと私が目を顰めると、創星神グイーさまはガラッと雰囲気を変える。
「ま、この後の酒が楽しみだ!」
創星神グイーさまが酒好きであるということは周知の事実となっており、アストライアー侯爵からグイーさまがくるので美味しいお酒を教えてくださいという助力願いの手紙が届いていた。
もちろん秘蔵の酒を差し出したので、本日の夜には提供されるのだろう。叔父上、ボルドー男爵も提供したと聞いているし、ハイゼンベルグ公爵とヴァイセンベルク辺境伯とフソウのナガノブ殿とヤーバン王とアガレス帝、共和国の大統領、ミズガルズ神聖大帝国の皇太子もこの日のためにと酒を用意している。
創星神グイーさまが気に入る品があれば良いのだが……毎度、酒を提供することで何故か神酒が増えている。アストライアー侯爵が創星神さまに『お酒を提供してくださった方々にお礼を』と伝え、返礼品として毎回『神酒』が届いている。
しかも観賞用と賞味用と保管用と必ず三本あるのは新手の嫌がらせかもしれない。しかし皆で飲んだ神酒は凄く上手かった。飲んだ者の話を聞くに、同じ品を飲んだはずなのにそれぞれ味が違っていた。
流石神酒と感心していたのだが、今のやり取りを見てしまった私は少しばかり創星神さまに対する目が変わったかもしれない。私がふうと息を吐けば、伴侶である創星神さまと創星神グイーさまがまた会話をしている。
「本当に現金ねえ」
「――だって提供される料理を楽しみにしていると言っていたではないか」
「そりゃあ、あっちで寂しい食生活を送っているもの。食い溜めしておかないとね!」
創星神グイーさまは伴侶である創星神さまの尻に敷かれているのではないだろうか。いや、まさかと疑っていると北と東の女神さまが片眉を上げながら、創星神グイーさまと伴侶である創星神さまへと近づいた。
「お父さまもお母さまも自重くださいまし」
「周りの皆さまが呆れていらっしゃいますわ」
大陸を司る二柱さまの声に創星神グイーさまと伴侶である創星神さまが周囲を見渡した。私たちはなにも見ていないとしらを切り、教会の中へと入っていく。侯爵とロウ男爵が戻れば、披露宴が開かれるだろうと私は小さく息を吐くのだった。




