1675:挨拶する方たくさん。
神父さまとの宣誓を終えて、ジークと私は控室へと戻っている。
多くの招待客の方に見守られながら永遠の愛を誓ったわけだけれど、恥ずかしいような照れ臭いような。ジークは平気なのかなと部屋にいる彼を見上げれば、いつも通りの雰囲気で目線が合った途端に小さく首を右に傾げた。
「ジークは大勢の人に見られながら、宣誓するって恥ずかしくなかった?」
「特には」
私の疑問にジークが短く答えてくれたあと『ようやくという気持ちの方が強かった』と小さな声で言葉を付け足した。待たせてしまった件については申し訳ないけれど、招待客の皆さまに見られていても平気な強心臓が欲しいものである。
私の心臓から生えている毛をさらに増やす気かと突っ込みが入りそうだが、ジークとリンのような泰然とした落ち着きは私にはない。心臓に生えている毛の量なら私よりジークとリンの方が多い気がする。誰も信じてくれそうにないが、サフィールとクレイグなら分かってくれるだろうか。
互いに肩を竦め合えば、控室にいたユーリとアンファンがこちらへとやってくる。ユーリには私のドレスのベールを持って貰っていた。大役を終えて二人は先に聖堂から控室に戻っていたのだ。
にっこりと笑みを浮かべるユーリがとことこと歩いてきて、私たちの前で止まる。アンファンはユーリより二歩後ろで立ち止まっていた。ユーリは手に小さな花を握っている。それを私の方へと差し出して大きく口を開けた。
「ねーね、じーくにいに! おめでとー!」
ユーリは手に持っている小さな花をあげると言いたげに踵を上げて背を伸ばしていた。アンファンの説明によれば侯爵邸の庭師の方にお願いして、花を一輪譲って貰ったとか。私が床へとしゃがみ込むと『はい』とユーリが握っている花をまた差し出す。私は手を伸ばしてユーリが持っている花の茎の部分を優しく持った。
「ありがとう、ユーリ。あと、お勤めご苦労さまでした。夜ご飯のあとはケーキ食べようね」
そう私が伝えれば、ユーリは『ケーキ!?』と目を輝かせた。やはり結婚式といえば特大のケーキだから、侯爵家の料理人の方たちには大きいものを作って欲しいとお願いしたのだ。
デザインのセンスはさっぱりだから、果物をたくさん使ったものを食べたいですと伝えただけであとはお任せとなっている。どんなものがでてくるのか楽しみなものの、ケーキ入刀する予定なので失敗は許されない。
身内だけで食べるなら多少崩れても笑い話になるけれど、各国の陛下方やグイーさまとテラさまとシェクトさまたちもいらっしゃる場だ。宣誓よりもケーキが崩れない方が重要かもしれないと私は苦笑いを浮かべる。
「あい!」
「あと、皆さまとの顔見せもあるから……疲れるけれど我慢してね」
ごめんねと私が言葉を付け加えると、ユーリは頭の上に疑問符を浮かべている。まあ、まだ分からないかと思うものの、各国の皆さまに可愛いユーリを紹介するチャンスだ。
侯爵邸に滞在したことがある方には紹介しているけれど、アルバトロスの国王陛下にユーリの顔見せを済ませていない。将来ユーリはアストライアー侯爵位かミナーヴァ子爵位あたりを継ぐ予定があるから、紹介していても損はあるまい。
「さて、教会の前に出ようか。ユーリも一緒に行こうね。アンファン、ユーリをよろしくお願いします。外には大勢の方が集まっているので」
私は床から立ち上がってアンファンにも話を告げる。外には竜の方たちと天馬さま方にグリフォンさんたちが控えているし、侯爵領の方たちが集まっているのだ。あまりの人数の多さにユーリは驚いてしまうこともあるだろう。そうなれば直ぐに教会の方へ避難するようにとアンファンにお願いをしておく。
「承知致しました。ご当主さま。ご成婚、おめでとうございます」
「ありがとう。アンファンもいつか良い方と巡り合えるように祈っております」
私の声掛けにアンファンが一瞬だけ目を丸くする。けれど直ぐに鳴りを潜めてユーリの方へと顔を向け『お嬢さま、行きましょうか』と声を掛けていた。一体なんだろうと私がジークを見上げれば、彼は小さく肩を竦めながら片眉を上げている。
なんだろう、揶揄われているような気もしなくもない。けれど大事なことであればジークはきちんと私に教えてくれるから、大したことはないのだろうと控室を出ようと扉を指差す。ジークの腕を取って控室の外へ出れば、懐かしい顔が二つある。少し後ろにはお二人の伴侶の方が控えていた。私は目を細めながら、久しぶりに顔を会わせた方の名を口にした。
「ソフィーアさま! セレスティアさま!」
本当に久方振りに彼女たちと顔を会わせた。婚姻して暫く経って妊娠報告を聞き、そのままお二人は産休に入っている。今、二人目を妊娠中だから腹回りの緩いドレスを纏っているのだけれど……品を失っていないのは何故だろうか。私がマタニティードレスを纏えば野暮ったくなりそうなのに。私はお二人に視線をむけたあと、ポッコリと出ているお腹も見てしまう。するとお二人は笑みを浮かべて言葉を紡いだ。
「久しぶりだ。話す機会が設けられそうにないから、様子を見にこさせて貰った。ナイ、ジークフリード、おめでとう」
「本当にお久しぶりですわ。ナイ、ジークフリードさん、ご結婚おめでとうございます」
ソフィーアさまとセレスティアさまの言祝ぎにジークと私は『ありがとうございます』と返す。本当に久しぶりに顔を会わせたけれど、妊娠中のお二人は無理をしていないだろうか。
「ソフィーアさまもセレスティアさまも身重ですから無理はしないでくださいね。調子が悪くなれば部屋を用意して貰いますので」
私の言葉に一緒に部屋を出てきていたユーリが首を傾げている。ソフィーアさまとセレスティアさまのぽっこり出ているお腹をじーっと見ていた。アンファンは不躾な視線を向けてはいけないと言いたそうだけれど、ソフィーアさまとセレスティアさまは気にした様子はない。
むしろジークと私との話は終えたと言わんばかりにお二人はユーリの下へとしゃがみ込む。なんとなく以前よりお二人は子供に対する苦手意識というものが減っている気がする。やはり子を生み育てていれば変化があるようだ。
「ユーリ、久しぶりだ。私のことは覚えているだろうか?」
「お久しぶりですわ、ユーリ。会わない間に随分と大人びましたねえ」
お二人が言葉を紡ぐと、ユーリがぱあっと顔を輝かせた。どうやらユーリはソフィーアさまとセレスティアさまをアストライアー侯爵家の一員としてきちんと覚えていて、しばらく顔を会わせられていないことも分かっているようだ。ユーリはハグして欲しいと言わんばかりにお二人に向けて両手を広げる。
「そふぃーあねーね、せれしゅてぃあねーね!」
ユーリがしゃがみ込んだお二人の肩に手を伸ばしてぎゅっとしていた。凄く可愛らしい光景だけれど、私に対してユーリはやってくれない。もしかして私からユーリをぎゅっとしているのが悪いのだろうか。しかしユーリからぎゅっを求められるまでハグを我慢できる自信がなかった。お二人はユーリの背に手を伸ばして、慈愛溢れる表情になっている。
「覚えていてくれたか。安心したぞ、ユーリ」
「わたくしのことも覚えていてくださったのですね。ありがとうございます、ユーリ」
なんだろう。お二人から今まで感じ取れなかったものを受けているような。なんとなく大人の余裕というか、優雅さというかが出てきているような気もしなくもない。何度かユーリの背を軽く叩いたソフィーアさまとセレスティアさまが立ち上がり、ユーリがもう終わりと言いたげな顔になっていた。ユーリはむむむと考える素振りを見せたあと、ジークに両手を広げて抱っこを要求している。
ユーリはあざといなと感心していると、ジークは仕方ないと肩を竦めてひょいとユーリを抱き上げたあと片腕にお尻を乗せている。随分と重くなっているユーリだというのに、顔色一つ変えずに抱き抱えられる男性の筋力が羨ましい。
ソフィーアさまとセレスティアさまはアンファンとも言葉を軽く交わしたあと、戻ると告げて場から去って行く。私たちは教会の大扉の前に向かおうと頷き合った。しばらく歩いていると今度はリンが私たちと合流する。宣誓式の最中は警備に就いていてくれたが、今からは私たちの下でリンは控えるようだ。
「リンねーね」
「仕事中だから、またあとでね。ユーリ」
ユーリは訪れる方みんなに抱っこを強請っていないだろうかと私は首を傾げる。リンはごめんと謝れば私たちの後ろに控えてくれていた。ユーリはジークの胸に顔を埋めて不機嫌を隠さないでいる。
そうして教会の大扉の前へと辿り着いて開かれるのを待っていると、外の雰囲気が随分とガヤガヤとしていた。本当に多くの方が集まってくれているようで有難い限りである。教会の中には来賓の方がまだたくさんいて、主だった方たちは私たちより先に外へ出る予定となっていた。そろそろ外に出る時間だと私はジークの腕の中にいるユーリに顔を向けた。
「ユーリ。外に出るから降りようね」
「……ん」
少し間があったけれど、なにかを察したユーリは私の言葉に従ってくれる。私がそんなユーリの頭を撫でていれば、外に出る予定の参列者の方たちが集まってきていた。
私の下へと一番初めにやってきたのは二階の貴賓席で見守ってくれていたアルバトロスの国王陛下である。隣に聖王国の教皇猊下と大聖女ウルスラさま、後ろにグイーさまとテラさまとシェクトさまとヴォイドさまとプライムさまに、ナターリエさまとエーリカさまを連れている。
「アストライアー侯爵。婚姻、おめでとう。これからもアルバトロス王国の発展に寄与して欲しい」
「ありがとうございます、国王陛下。非才の身でありますが、アルバトロス王国に忠誠を誓い、益々の発展を願います」
私の返事に国王陛下は『……ああ』と口にしたあと、消え入りそうな声で『頼んだ』と言っていた。そうして教皇猊下に場を譲り、私は彼と対面することとなる。
「アストライアー侯爵。此度は貴殿の婚姻式に招待して頂き感謝する。二人が神の名の下に幸せであれるように願おう」
教皇猊下は神さまの名を出した途端にソワソワとし始めている。彼の後ろにはグイーさまとテラさまとシェクトさまがいらっしゃるので『神の名』を使って声を上げたことが気になって仕方ないようである。
当の神さま方は全く気にしていないようだし、聖王国のご本尊さまは西の女神さまであるヴァルトルーデさまだ。ヴァルトルーデさまであれば特に言及することはないから、そんなに顔を青褪めさせなくても良いような。
「教皇猊下、ご足労頂き感謝致します。大聖女ウルスラさまも遠い所まで足を運んで頂きありがとうございます」
でもまあ、教皇猊下の隣にいるウルスラさまにも声を掛けねばなるまいと、私は彼女と視線を合わせた。
「いえ! アストライアー侯爵閣下の婚姻式に参加できたこと、また、創星神さま方とご一緒できたこと、言葉では言い表せませんが感謝申し上げます」
ウルスラさまが礼を執れば、今度はグイーさまがぬっと前に立つ。なんだろうと私が首を傾げると、何故かテラさまがグイーさまの耳を引っ張って扉の方へと身体を向けた。
「主役はジークフリードとナイだから、グイーはみんなと一緒!」
「えー! おもしろくないぞ!!」
「はいはい。行くわよー」
ずるずるとグイーさまの巨体がテラさまにより引き摺られていく。そしてナターリエさまとエーリカさまは私に手を振りながら『またあとで』と声を掛けてくれた。私は残っているシェクトさまに視線を向けたあと、このままではいけないと床にしゃがみ込んだ。するとシェクトさまが七色のスライムボディーをぽよんと動かす。
『ナイ、おめでとう。今は時間が迫っているから、またあとで』
「はい、シェクトさま。ヴォイドさまとプライムさまもグイーさまの星までご足労頂き感謝申し上げます」
普段より控えめな光り方のシェクトさまにお礼を告げて、私は立ちあがって自分にそっくりな二柱さまを見上げた。
「いえ。母上の婚姻式です。参加できたこと、嬉しく思います」
「母上、またあとでお話をしましょう」
ヴォイドさまとプライムさまに返事をすれば『そろそろ扉を開けます』という係の人の声が聞こえるのだった。




