1674:粘り強く。
アストライアー侯爵領にある教会の信徒席で私はエーリヒさまと共に今日の主役が現れるのを待っている。
ナイさまはウエディングドレス姿は似合わないと言っていたけれど、控室で見せて頂いた姿は可愛らしかった。ご本人は『衣装に着せられている』と愚痴っていたけれど、エルフの反物で仕立てたドレスは本当に見事なものだ。
亜人連合国のエルフの方たちが考え抜いてデザインしたもので、細かな刺繍がたくさん施されていた。現代日本でもあまり見ない職人の技に私は見惚れてしまっていた。
そして見惚れている私にナイさまが『ドレスは凄いんですけれどね』と愚痴を零すのは、もうお約束になっている。どうしてナイさまは自分の容姿に自信を持てないのだろう。化粧をきちんと施せば大人っぽく見えるし、衣装だって良い物を纏えば似合っている。まあ、ご本人は可愛い系の顔より美人な顔が良かったと散々言っているからかもしれないけれど。
王都の教会の信徒席は多くの参列者が腰を下ろしている。ぱっと見た限り、アガレス帝国のウーノさまにミズガルズ神聖大帝国の皇太子殿下、フソウ国のナガノブさま、ヤーバン王国のアレクサンドラさまに、共和国の大統領閣下。
亜人連合国の代表さまに白竜さまとエルフのお二人が席に腰を下ろし、教会の外にはお祝いだと言って訪れている竜の方たちがたくさんいる。他にもリーム王とヴァンディリア王の姿があるし、外には竜の方以外にも天馬さまとグリフォンさんたちがいて時折、窓から顔を覗かせていた。
アストライアー侯爵家の主だった面々も参加していて、ヴァルトルーデさまとジルケさま、サフィールさんとクレイグさん、家宰の方とソフィーアさんとセレスティアさんも控えている。二柱さまが侯爵家の面子に混じっているのはどうかと首を傾げてしまうが、もうかなりの時間を領主邸で過ごされているので構わないんだろう。
他にもボルドー男爵さまにハイゼンベルグ公爵閣下、ヴァイセンベルク辺境伯閣下は当然ナイさまからの招待を受けている。他にもリヒター侯爵閣下とジータス侯爵閣下、フェルカー伯爵閣下とロステート伯爵閣下にメンガー伯爵閣下とクルーガー伯爵閣下とアルバトロス王国で有名な高位貴族家が集まっている。
少し場違いそうにアリアさまのお父さまであるフライハイト男爵さまが信徒席の端っこで小さくなっていた。二階にある貴賓席にはグイーさまとテラさまと七色に光っているスライム姿の創星神さまと下位神であるナイさまそっくりな二柱さまと北と東の女神さまがいらっしゃっている。
その中に聖王国の教皇猊下とアルバトロス王国の陛下が顔を引き攣らせながら席に座していた。二階の貴賓席から感じる波動は凄いことになっていた。猊下も陛下も大丈夫か心配だけれど、納豆のように粘り強く耐えるしかない。きっと耐え抜けば一味違う方となって戻ってくるのではないだろうか。そんなことを考えていると、私の隣に座っているエーリヒさまが小さく笑いながらこちらを見ていた。
「もう直ぐのようですね、フィーネ」
「はい、エーリヒさま。いろいろありましたけれど、二人が結ばれて良かったなって」
私の言葉にエーリヒさまが『ナイさまが随分と悩んでいましたからね』と苦笑いを浮かべた。本当にジークフリードさんの気持ちに気付いていなかったナイさまは朴念仁過ぎるというか。
まあ、きちんとジークフリードさんから告白を受けて凄くテンパったようだけれど……無事、恋人となれたのだからなによりだ。前世の日本のような恋人ではないけれど、二人が互いを思いやっていることは他人の私から見ても分かるものだ。
本当にここまでくるのに時間が掛かったと祭壇の方へと視線を向ければ、扉からナイさまとジークフリードさんが一緒に並んでゆっくり歩を進めている。二人の姿に信徒席で集まっている方たちが『おお』と感嘆の息を漏らす。
ナイさまが被っている長いベールの裾をユーリちゃんが持ってトコトコと二人の後ろを歩いている。ユーリちゃん付きの侍女の子――アンファンというそうだ――心配そうに後ろを見守っていた。小さい子は数ヶ月顔を合わせないだけでも大きくなっていく。私が生んだわけではないけれど、ナイさまたちアストライアー侯爵家の人たちが慈しんで育てている子が今日、公の場に出ることとなった。周りの反応はどうだと耳をすませば、そこかしこからベールを持つ子は誰だという声が聞こえてくる。
「アストライアー侯爵の腹違いの妹だ。知らなかったのか?」
「噂には聞いていたが、嘘か真かは判断が付かなかったからな」
ナイさまはユーリさまの存在を隠してはいない。けれどアルバトロス王国もアストライアー侯爵家もユーリちゃんの存在を大々的に発表することはなかった。だから知らない人がいても当然だと私はうんうんと頷く。エーリヒさまも聞き耳を立てているのか、周りの声を聞き逃すまいとしていた。
「アストライアー侯爵の伴侶の座は得られないが、妹の夫であれば可能か。侯爵は領地を飛び地管理しているから希望はある……しかし息子がもう少し幼ければ……」
悔しそうにしている声が耳に届いて、エーリヒさまが微妙な表情になる。どこで誰が話しているのは分からないから、あとで座席表を見せて貰って声の主を探してみよう。
「滅多なことを口にするな。目を付けられるぞ」
誰かが先程口にした男性を咎めているけれどもう遅い。話はしっかりと聞かせて貰ったし、エーリヒさまも耳にしている。ユーリちゃんの将来の夫となる人はユーリちゃん本人が決めるか、ナイさまが決めることだ。
他人が口を挟んではいけないと私が息を吐けば、ナイさまとジークフリードさんが祭壇の前に並んで立つ。正面には凄く緊張した面持ちのアストライアー侯爵領教会の神父さまとカルヴァイン枢機卿に筆頭聖女であるアリアちゃんと筆頭聖女補佐となるロザリンデさんが控えている。王都教会のシスターもきているようで、侯爵領教会のシスターさんと一緒に並んでいた。そうして緊張した面持ちの神父さまが一歩前に出る。
「お集まりの皆さま、ただいまより、ナイ・アストライアーとジークフリード・ロウの婚姻の儀式を執り行います」
緊張した面持ちの神父さまの声に聖堂内がしんと静まり返るのだった。
◇
まさか私が本当に結婚するなんて。
自分の人生に於いて一番縁遠いものだと考えていたのに、好きになってくれた人が身近にいるとは驚きである。蓼食う虫も好き好きというが、ジークは変わり者が好きなのだろうか。とはいえ、彼が私を愛していること、好いていてくれることは分かっている。だから、まあ。今日という日を切っ掛けにもっと二人の距離を縮めていかないといけないだろう。
お互いに忙しい身で子供を設けても育てられないけれど、貴族社会では親が子の面倒を見るのは稀である。
そういう部分は有難いことだけれど、私とジークの子が誕生したならば寂しい思いはさせたくない。手探りになるけれど、子供との丁度良い距離感を測らないと。小難しいことは子供が生まれてからだなと苦笑いを浮かべて、私は祭壇の前に立つ侯爵領領都にある教会の神父さまとカルヴァイン枢機卿に視線を合わせた。二人は顔を青くしているけれど大丈夫だろうか。
二階にある貴賓席にはグイーさまとテラさまとシェクトさまとヴォイドさまとプライムさまにナターリエさまとエーリカさまがいる。更にアルバトロスの国王陛下と聖王国の教皇猊下がいるので、彼らの視線が気になってしかたないのだろう。
「ナイ、アストライアー。貴女はジークフリード・ロウを生涯愛し抜くと誓えますか?」
青い顔をしたカルヴァイン枢機卿さまが私に問う。正直、ジークを生涯愛し抜けるかなんて分からない。でも、彼とであれば穏やかな老後を迎えることができると頭の中で思い描くことができる。なら。
「はい」
私の声にカルヴァイン枢機卿さまがほっとしながら、ジークの方へと視線を向けた。
「ジークフリード・ロウ。貴方はナイ・アストライアーを生涯守り抜くと誓えますか?」
「はい」
ジークは即座に声にしていた。ジークにはこれからいろいろと迷惑を掛けることもあるだろうけれど、夫婦として同じ屋根の下で暮らすことになる。きちんといたせるかどうか不安はあるけれど、まあ……どうにかなるだろう。そうして宣誓が終わり、私たちが信徒席の方へと身体を向けると割れんばかりの拍手が沸き起こるのだった。
◇
ナイが結婚するとはなあ。
前筆頭聖女が見出した痩せっぽちな少女が今や侯爵位を持ち、西大陸を、いや全大陸を騒がせ、他の星の創星神まで連れてくるとは誰が想像できようか。できてもアルバトロス王国の国境沿いに展開されている障壁維持が彼女が生きている間は安泰だというくらいだったのに。祭壇の前で照れ臭そうに笑いながら手を振っているナイを見た儂は目を細めて小さく息を吐く。すると近くに座していた南の女神さまが不思議そうに儂を見た。
「フランツのおっちゃん、どうした?」
「少々、昔を懐かしんでおりまして」
南の女神さまの問いに儂は肩を小さく竦める。ナイと初めて出会った際、地面に張り付いて儂に頭を下げる子供はなにも持ち得ていなかった。ただ知恵は回っていたからこそ、儂を相手に自身の未来を差し出し仲間の未来を守った。
見る者によっては取引ではなく懇願ではと訝しむだろうが、あれはなにも持っていない彼女ができうることだった。それから魔力量は多大に持ち得ているものの、制御の方は下手糞だと教会の者たちからはっきりと告げられたり、ナイに教えを説いていた者が魔力酔いを起こしたりと愉快な日々を送っていた。魔力を抑える魔道具によりようやく魔術がモノになったのだから、本当に規格外の少女であった。もしナイが貧民街で野垂れ死にしていれば今のアルバトロス王国はない。
南の女神さまが不思議そうに儂を見ながら首を傾げていると、隣に座している西の女神さまが私の方を見る。
「フランツ。昔も良いけれど、ナイはきっとこの先も私たちが驚くことをたくさん提供してくれる」
本物の女神さまと気軽に言葉を交わせるようになるとは一体誰が思うだろうか。しかし女神さまに面白いことを引き起こすと言われてしまうナイもナイだと儂はまた肩を竦めた。
「ええ。ナイですからなあ」
甥の胃の腑が悲鳴を上げてしまうだろうが一国の王である。耐えるしかない。そしてナイには儂の庇護など必要ない状況となっている。とはいえこれからもナイは西の女神さまが仰ったように、なにかに巻き込まれて大事に発展するのだろう。今はただ、祭壇の前に立つ若人二人に祝福を贈ろうと皆と一緒に拍手をするのだった。
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