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1672/1702

1672:領都の教会を目指す。

 ――ジークと私の婚姻式当日となった。


 各地から集合したお偉いさん方が更に増えて、リーム王とヴァンディリア王に聖王国の教皇猊下と大聖女ウルスラさま――一緒にアリサさまもいる――がアストライアー侯爵領へと辿り着いていた。


 アルバトロス王国内からもロステート伯爵さまとリヒター侯爵さまとジータス侯爵さまの名代としてご子息であるユルゲンさまに、フェルカー伯爵さまとがご夫人方と一緒にやってきている。私は準備があるため国外からこられた賓客の方たちに挨拶を済ませて裏に引っ込んでいる。先程、お風呂に連れられて隅々まで磨かれたところだ。侍女の皆さまの気合の入れ方が尋常ではなく、少し恐怖を覚えてしまった。


 クロとヴァナルと雪さんと夜さんと華さんと毛玉ちゃんたちも昨日はお風呂を済ませて身綺麗にしている。クロは代わり映えしないけれど、ヴァナルたちはぺしょんとなっていた毛がもっふもふになっていて、お陰で二割くらい身体が大きく見えていた。

 天馬さま方とグリフォンさんたちも厩の方に身体を洗って貰い艶々になっている。飛べないおばあ――クロエと名前が決まった――は、みんなと一緒に空へと出れないことを拗ねていたけれど、お猫さまであるトリグエルさんたちと一緒に過ごすことになってご機嫌になっている。


 侯爵領領主邸にある自室で私はふうと息を吐いて腰を掛けた。あとはウィッグで髪の長さを誤魔化して、教会で着替えをすることになる。しかしまあ、侍女の方たちの美容に対する意識は凄く高いと私は自分の腕を見る。産毛とか分からなくなる上に、確実に肌が白くなっている。むーんと唸っていれば、リンが私の後ろに立って小さく笑っている。無言のままは面白くないと私はリンを見上げた。

 

 「つるんつるんになった」


 「すべすべだね。ナイの肌」


 目を細めたリンは私の髪に触れて感触を確かめている。いつになくサラサラの髪になっていて、ちょっとウィッグを付けるのが勿体ない気もした。でもまあ髪が短いままドレスを纏うのは少々勿体ないというか。盛れるなら盛っておいた方が良いだろうし、遠目からではウィッグを被っているとは分からないはずだ。クロたちは部屋の外に追い出されていて、ユーリの相手を務めてくれている。


 ユーリは私のベールを持ってくれる大役をお願いしておいた。多分、ユーリは己の役割を分かっていないだろうけれど、楽しみにしているようで、乳母さんとアンファンと一緒に何度か練習を務めたそうである。

 ユーリが公の場に出るのは初めてだから、今回のことで公的に私の妹であると宣言しているようなものである。まあ、ユーリが失敗したとしてもかまわないし、文句を言う方がいるのであれば会場から速攻で追い出す所存だ。

 

 少しリンと話し込んでいれば、道具を持った侍女の方たちが姿を現す。やはり彼女たちのテンションは普段よりおかしな方へ向いていると私は苦笑いを浮かべる。


 「よ、よろしくおねがいします。お手柔らかに」


 私の声と共に五、六人の侍女の方に囲まれて、髪を纏めて貰うのだった。


 ◇


 クレイグとサフィールが自室で俺のつま先から頭まで下から順に見上げている。二人が見終われば、にっと笑みを浮かべた。


 「おー決まってんじゃねーか」


 「真っ白な衣装が様になるのは羨ましいね」


 二人の声に俺は衣装の襟を直して、下へと視線を向けた。視界には己のつま先と足と腹が映っている。靴もなにもかも白の燕尾服に苦笑いが漏れる。


 「教会の騎士服も白が基調だったが、真っ白な衣装は慣れないな。汚さないように気を付けないと……」


 ふうと俺は息を吐いた。ナイは今頃風呂に入り終えて、部屋で侍女に囲まれている最中だろう。男の俺は風呂も直ぐに終わり、髪もさっと整え、着替えも終えてしまっていた。

 ナイはドレスを教会で纏うことになっているので、まだまだ時間が掛かりそうである。教会の式まで別々に行動して会えないというのは少し寂しい気もするが、愚痴を言っても仕方ないと俺はクレイグとサフィールに視線を向けた。


 「馬車で移動するんだ。要らない心配だろ?」


 「足下だけ気を付けないとね」


 アストライアー侯爵領邸では多くの賓客が訪れ、馬車で領都の教会を目指し始めたところだ。爵位の低い者から向かっているため、全員の移動までまだ時間が掛かるだろう。

 希望者は小型の竜に天馬にグリフォンの背に乗って移動することになっているのだが、果たして利用する者はいるのだろうか……いや、何名か面白がって乗りそうな者がいる。言い出す方がいるだろうというナイの一声が切っ掛けだったし、竜も天馬もグリフォンも軽い調子で許可を出すから止められなかった。


 もしかすると誰か乗って飛んでいるかもしれないと窓の外を見れば、教会の方を目指して飛んで行く天馬とグリフォンの姿が見える。俺は苦笑いを浮かべて、視線を部屋の中へと戻した。


 「クレイグとサフィールはまだ教会に向かわなくて良いのか?」


 俺の問いに二人が時計の方を見る。


 「そろそろだな」


 「信徒席で見せて貰うよ。ジークとナイの晴れ姿」


 俺が『ああ』と声を上げれば、二人は手を振りながら俺の部屋から出て行く。二人を見送れば部屋の中がしんと静まり返っている。アズも部屋から出ていて、ネルとクロたちと一緒に過ごしている。

 流石に今日は肩の上に乗っていたら駄目だとクロが言い出してこうなった。少し寂しそうにしていたアズには申し訳ないが、婚姻式が終われば構ってやらないと拗ねてしまうだろう。クロのように話すことができれば良いが、喋れなくとも意思疎通はできている。いずれ人の言葉を覚えれば喋るようになるらしいが、果たしていつになるだろう。


 自然と笑みが零れ落ち、俺はまた窓の外へと視線を向けた。


 「無事に終わるように……と願えばなにか起きそうだな」


 ナイはトラブルを引き寄せてしまう傾向がある。これからもきっといろいろなことに巻き込まれていくのだろう。だから俺が側にいて守らなければと誓っていれば、係の者に呼ばれて馬車に乗り込むようにと指示されるのだった。


 ◇

 

 ――アストライアー侯爵領にある教会へと辿り着いた。


 良く晴れた空の青が眩しいと俺は目を細める。すると俺の隣にいるフィーネさまがへらりと笑う。いつもよりめかし込んでいる彼女は凄く雰囲気がある。婚姻式だから花嫁と花婿の白と被らない青色のドレスを纏い彼女はご機嫌だ。聖王国で大聖女を務めていたお陰か『白』の衣装を身に纏う機会が多く、婚姻を果たしてからは色とりどりのドレスを身に纏うことが楽しいとのこと。幸せなら良かったと俺は彼女を見つめて口を開く。


 「綺麗です。フィーネ」


 「ありがとうございます、旦那さま」


 彼女の声と同時にお互いの顔が赤くなった。婚姻を果たして六ヶ月。致すことは致しているというのに、何故か旦那さまと呼ばれると恥ずかしさが勝ってしまう。フィーネさまもなにか思う所があるようで、耳を赤く染めていた。でもまあ、恥ずかしくはあるものの悪い気はしない。片眉を上げながら、教会の正面扉前にある階段を二人で一緒に昇り切れば見知った顔が並んでいた。


 「エーリヒ、奥方、久しぶりだ!」


 「久しぶりだ。婚姻式に参加できなくて済まないことをしてしまった」


 「おう、久しぶりだな」


 「お二人ともおめでとうございます。同じく参加できず、申し訳ないことをしてしまいました」


 ギド殿下と婚姻を果たしたハイゼンベルグ嬢、もといブルゴーニュ子爵と、マルクスとヴァイセンベルク嬢――婚姻したから違うけれど――が俺たちを出迎えてくれる。

 ギド殿下とマルクスは俺たちの婚姻式に参加していたが、奥方たちは子供がいるという理由で欠席していた。仕方ないことだから責める気はないのに、向こうは気になるようである。挨拶を終えると、直ぐにナイさまの話題となった。ご令嬢方、これも違う……ご夫人方はナイさまの婚姻はいつになるかとやきもきしていたようで、ようやく果たせることに安堵しているようである。


 「やっとだな」


 「ようやくですわ」


 肩を竦めて見つめながら笑う二人を見て、俺は学院生時代が懐かしくなる。一年生の一学期の頃、二人はバチバチと火花を飛ばしていたのに、五年という時間は随分と関係を丸くさせたようだ。ふうと息を吐いたご夫人お二人を見たフィーネさまは、握り拳を作ってぐっと胸元に寄せる。

 

 「中に入りましょう! ナイさまとジークフリードさんの花嫁花婿姿を目に焼き付けないと!!」


 たしかにジークフリードとナイさまの晴れ姿なのだから、目に焼き付けておかないと。俺とフィーネさまの時は一杯一杯で婚姻式のことはあまり記憶に残っていない。確実に残っていることはフィーネさまが凄く綺麗だったことだ。

 写真に残したかったと俺が残念がっていると、ジークフリード経由で婚姻式の絵が届けられている。そういえば写真の魔術具をヴァレンシュタイン副団長に開発して貰っていたなと思い出した。そして俺はジークフリード経由でナイさまと彼の婚姻式の写真を撮りたいから売ってくださいと乞えば、断られてしまっている。ナイさまは恥ずかしいからと言って記録に残したくないとのこと。

 

 記憶に残っているからということであるが、その記憶はいつか色褪せてしまう。どうにかならないかと考えながら中へと入れば、ヴァイセンベルク嬢が魔石を取り出している。なんだろうと気になってしまい俺は彼女の手元を注視してしまっていた。すると即、気付いた彼女が俺と視線を合わせる。


 「気になりますの?」


 「失礼を。どうして祝いの場で魔石をと……」


 俺の言葉にヴァイセンベルク嬢が『ああ』と声を上げる。


 「ナイ曰く、シャシンを撮るものだと。ベナンター子爵であればご理解いただけるでしょうか?」


 「それが噂の」


 まだこの世界には写真機は登場していない。とはいえ技術的にはもう直ぐではないだろうか。魔術がある世界だから、仕組みを理解していれば作って貰えることができるのは有難い。俺の声にヴァイセンベルク嬢はふふと小さく笑みを浮かべた。


 「ナイは嫌がるでしょうが、一生に一度のことですもの。収めておいた方が良いかと思いまして」


 「そうでしたか。ナイさまにシャシンの魔石を譲って欲しいと頼んだのですが、すげなく断られてしまいました」


 俺が手を後ろに回して頭を掻くと、フィーネさまは『ナイさま、写真に収まると寿命が縮む! とか言いそうですからね』と目を狭めていた。フィーネさま以外にも同じことを考えた人がいるようで、微妙な表情になっていた。


 「ナイは自分のことは後回しにする気があるからな……しかしセレスティアが用意しているとは」


 ブルゴーニュ子爵が少し呆れた顔を浮かべたあと、ヴァイセンベルク嬢へとなんとも表現できない視線を向ける。


 「あら、自身が仕える主人の晴れ姿ですもの。当然のことですわ!」


 ふふんと笑い鉄扇を広げるヴァイセンベルク嬢もブルゴーニュ子爵に妙な視線を向けていた。ああ、なんだか学院生だった頃が懐かしいという思いに耽っていれば、お偉いさま方も上階にある信徒席に腰を下ろし始めるのだった。

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