1671:酒盛りと菓子盛り。
――アストライアー侯爵の婚姻式は夜が明ければ執り行われる。
夜。食事を終え――城の料理に劣らないものだった――て、前日にアストライアー侯爵領領主邸へ前入りしている私は何故か各国のトップが集まっている談話室にいた。どうしてこうなってしまったのか。きっかけは叔父であるボルドー男爵の一声だったように思える。錚々たる面子が集まっているのだから、折角なら腹を割って話をしてみても良いのではないかと笑っていた彼をフソウのナガノブ殿が同意し、亜人連合国の代表殿まで頷いたために断れなくなってしまった。
だから談話室にはボルドー男爵とフソウのナガノブ殿と亜人連合国の代表殿と白竜殿にミズガルズの皇太子と共和国の大統領と私、少々居心地悪そうにハイゼンベルグ公爵とヴァイセンベルク辺境伯とカルヴァイン枢機卿が席に腰を下ろしている。
机の上にはフソウの酒にドワーフの火酒、ミズガルズの酒――ウォッカというアルコール度数の高いものだそうだ――、共和国の蒸留酒、アルバトロス王国のワイン……それに各国の酒がたくさん並んでいた。酒を飲まないアストライアー侯爵の屋敷に何故、大量の酒があるのは創星神さまが無類の酒好きと知った者たちが贈ってくれるとか。消費しきれないから飲んでくださいとアストライアー侯爵から頼まれたものの……――
「――良いのだろうか」
そう口にして私は目を顰める。創星神さまへと贈るはずの品を我々が飲んだと知ったのであれば、酒好きな神の怒りを買ってしまうのではないだろうかという不安がある。ミズガルズの皇太子も私と同じ気持ちなのか、黙ったまま何度も首を縦に振っていた。私たちの不安な気持ちを察したのか、ボルドー男爵がニッと笑う。
「なに。ナイが構わないと言ったのだ。創星神さまに苦言を呈されたならば、ナイの所為にしておけば良い」
その考えは叔父上だけができる特殊能力ですと凄く口に出したい。出したいが、他の者もいる手前、いつものように叔父上に軽口を叩けなかった。叔父上の隣に腰掛けているフソウのナガノブ殿は片手を膝に当てて『パン!』と音を出す。
「男爵は相変わらずですな!」
ははと笑うナガノブ殿の隣では亜人連合国の代表と白竜殿が穏やかな表情で声を上げる。
「彼女は創星神さまに我々が酒を飲む連絡は入れていると聞いた」
「創星神さまは北と東の女神さまにあまり酒を飲むなと注意を受けており、我慢するしかないそうですよ。西と南の女神さまの目も厳しいようです」
どうやらアストライアー侯爵は創星神さまに酒を飲んでしまうことを知らせているようだ。ほっとするものの、アストライアー侯爵は創星神さまに対してなにを言っているのだろうか。
創星神さまに意見などすれば命はないに等しいだろう。万能の神を前にして、アストライアー侯爵が『お酒頂きますね』と軽い調子で伝えている姿を幻視してしまった。叔父上は早く飲もうと言いたげに、グラスに手を伸ばしている。
「皆、どれを飲む?」
「では、ミズガルズ自慢のキツイ酒を!」
叔父上の声にフソウのナガノブ殿が片眉を上げながらもうたまらんという顔で答えていた。するとミズガルズの皇太子が小さなグラスを手に取り、ウォッカの瓶を手に取って注ぎ込む。どうぞ、というミズガルズの皇太子にフソウのナガノブ殿が『かたじけない。頂こう』と口にして、一気に口に含みグラスに入った酒が消えていた。
「くう! 喉に染みるな!!」
目を閉じて顔に皺を寄せるナガノブ殿はご機嫌なようである。彼を見た部屋の者たちは自分たちも飲むかと、それぞれ手を伸ばしていた。近くに腰掛けている者が酒を組み、グラスを受け取って賞味している。
たしかにこんな機会は一生に一度あるかないかだろうと私も亜人連合国の火酒を頂くことにした。叔父上が火酒を手に取りグラスへ注ぎ、私に渡してくれた。私は叔父上に礼を短く伝え、火酒を一口嚥下する。口に含んだ途端、焼けるような熱さを感じた。喉を通っても熱さは消えず、胃の腑でも火酒の存在を感じることができた。
「流石、ドワーフたちが好む品と言ったところか。胃の腑に染みる」
ふうと私が息を吐けば、亜人連合国の代表殿と白竜殿が肩を竦める。
「飲み過ぎると、明日抜けないぞ、アルバトロス王よ」
「ええ。ドワーフも酔うという火酒ですからね。お気を付けを」
彼らの言葉に私も肩を竦めた。
「己の限界は把握しているつもりだが……飲み口の良い酒は確かに危ないな」
流石に明日、私が酔い潰れていては大問題となるだろう。賓客として参加するのだからアストライアー侯爵に失礼なことをしてはならないのは承知の上だ。だが机の上に並べられている世界各国の酒を賞味したいという欲求はある。先程まで創星神さまへ贈る品だと遠慮をしていたのだが、一口飲んでしまえば罪悪感はどこかへ飛んで消えている。ふうと息を吐いた私は隣に座る叔父上に声を掛ける。
「男爵はなにを?」
「ベナンター子爵が考案した蜂蜜酒を頂こう」
蜂蜜酒は古くからある酒で、作り方は一般的に広まっている。ただベナンター子爵は亜人連合国のエルフから作り方を教わり、アレンジしたものを邪竜殺しの英雄の片割れであるジークフリードが領内で穫れた蜂蜜で試作品を作っていると聞いていた。
まさかもう試飲ができる状態になっていたとは驚きだが、私も飲みたい欲求が生まれてしまう。だが、叔父上が言い出したのだから彼が先だとラベルもなにも付いていない瓶を私は手に取った。手に取った瓶に入った液を少し揺らした。部屋の明かりに照らされた蜂蜜酒は琥珀色にさざ波を打っている。瓶の栓を開けてグラスに注ぐ。すると亜人連合国の代表と白竜殿がこちらを見ていた。
「試作品ができていたのか」
「施設の用意も大変でしょうに。無事、成功したようで良かったです」
小さく笑う二人、いや、二頭に私も笑みを浮かべる。ベナンター子爵のアレンジが入ったものであれば、さぞ美味い品であろう。亜人連合国の代表殿と白竜殿も興味があるようで、蜂蜜酒を頂こうと言葉にした。
私も飲みたいが、先程飲んだ火酒の味が口の中に残っている状態だ。もう少し時間を置いてから楽しもうと決めれば、他の者たちも飲んでみたいと手を挙げる。私は瓶からグラスへと注いで、希望する者へと手渡す。
「うむ、良い香りだ」
「ええ、口当たりも良いですね」
皆は蜂蜜酒を次々と胃の腑へと流し込んでいる。試作品ということで量はなく、私が持っている瓶一本で最後のようだ。
「……」
期待していただけに、蜂蜜酒を飲めなかったことに少し落ち込んでしまう。空になった瓶を見つめていれば、私の肩を叔父上が軽く叩く。
「またジークフリードに言えば譲ってくれよう。子供のような顔になっとるぞ」
「そ、そんなつもりは」
私たちのやり取りに、場にいた者たちが小さく笑う。まあ今いる面子であれば私のことを馬鹿にする者はいないと分かっているから、少しくらい恥を掻いたところで問題はない。空になった瓶をテーブルに置いた私はアルバトロス王国にある有名な蔵のワインをたっぷりと注ぎ込む。そうしてまた皆と乾杯をするのだった。
◇
――甘い匂いが部屋に立ち込めています!
夜、食事を終えた私たちアルバトロス王国教会一行である私とロザリンデさまは来賓室に集まっています。明日にナイさまの結婚式を控え、アストライアー侯爵領領主邸へと前入りしているのですが、隣の来賓室ではアルバトロス王国の陛下方や他の国の男性たちが集まってお酒を酌み交わしているそうです。男性が楽しんでいるならばとナイさまが気を使ってくださり、女性陣も甘いお菓子で盛り上がろうとなった次第です。部屋には凄いお方たちが集まっておりました。
「いや、邪魔をして済まないな! 酒も好きだが、甘い物も大好きだ! 今宵はナイの友人としてこの場にいさせて貰うから、皆、気を使わないでくれ!」
「そうですわね。今宵はナイさまの親しい者たちが集められた場でございます。立場はお気になさらぬように願いますわ」
ヤーバン王国の国王陛下であるアレクサンドラさまとアガレス帝国皇帝陛下であるウーノさまがお互いに笑みを浮かべました。
「私たちも立場や力関係は気にしていないわ」
「そうだね~今日くらいは楽しくお喋りしようよ~せっかくナイちゃんが用意してくれた場だしね~」
亜人連合国のエルフの女性二人も和やかな雰囲気で腰を掛けておられます。
「まさかナイさまは私たちも集まるようにと告げられるとは思っておりませんでしたが……皆さま、よろしくお願い致します」
「ええ。今宵はよろしくお願い致しますわ。娘の代わりを果たせるかどうか」
ハイゼンベルグ公爵夫人とヴァイセンベルク辺境伯夫人が少し困ったような表情で告げられました。ソフィーアさんとセレスティアさんの代理ということで、ナイさまは部屋に集まるようにとご夫人方に伝えたようです。
そう伝えなければご夫人方はこの部屋を訪ねてこなかったのではないでしょうか。ご夫人方と一緒にこられた王妃殿下は所在無さげに視線を彷徨わせています。王宮では凄くハツラツとしている方というのに一体どうしたのでしょうか。
そして西の女神と南の女神であるヴァルトルーデさまとジルケさまが机の上に並べられたお菓子をうっとりと見つめていました。
「ナイ、お菓子たくさん用意してくれた。楽しみ」
「ナイは明日のために早く寝るって子供かよ」
ふふふと笑う西の女神さまと南の女神さまが微妙な表情で腕を組みました。ナイさまがいないのは、いつもの就寝時間が近いからという理由でした。
「魔力量が多い方は睡眠時間が長い傾向にありますから」
「ええ、アリアさん。ナイさまも例外ではないということですわ」
私とロザリンデさまはナイさまが不在になった理由を告げれば、ジルケさまは分かってるけどよ、これナイの分も含まれているだろ絶対とテーブルの上に視線を向けられました。
色とりどりのお菓子が並べられておりますが、たしかに今いる方たちで食べることはできるのか。残してしまっても怒られることはありませんが、少し気が引けてしまいます。とはいえナイさまが気を使って場を設けてくださいましたし、美味しいお菓子も用意してくださっているのですから、楽しまなければナイさまが明日悲しまれることでしょう。
「ナイちゃんがいないのは寂しいけれど、楽しみましょう!」
「そだねー美味しそうなお菓子が一杯だ~」
「食べよう」
「文句言っても仕方ねえか。明日、みんなでナイに美味かったって自慢してやろーぜ」
エルフのお二方と女神さま二柱さまの声に部屋にいるみんなでお菓子を楽しみます。本当に各国のお菓子が提供されていて目移りしてしまいます。明日も美味しい料理がたくさん出されるでしょうし、少し体重の増加が心配というか……でも、お菓子を食べる手は止まらず。フソウ国のマッチャを使ったロールケーキが独特の風味がして、また食べたいと願ってしまうのでした。




