1668:行事中の調理場は忙しい。
ジークと私の婚姻式まであと五日。
アストライアー侯爵領、領主邸には各国から賓客の方たちがぞくそくと集まっていた。グイーさまも滞在したいという申し出があったのだが、創星神さまがくると他の方が緊張してしまうからということで、婚姻式当日にきて貰うことになっている。
天馬さま方やグリフォンさんたちの名付けも無事に終わり、お猫さまの二代目のお仔たちは屋敷の方たちが仮名を贈っていたのでそのまま採用させて頂いている。屋敷に訪れる竜の方たちには名前を贈っていないけれど、望まれれば……ということになった。
――扱いが悪いぞー。
グイーさまの声が聞こえたような気がするけれど、空耳だろうと自室で腰掛けていた私は前を向く。視線の先には真っ白なドレスが飾られていた。五日後に私が纏う花嫁衣裳である。
まさか私が花嫁衣裳を纏うことになろうとは。前世は独身だったし、仮に誰かと結婚したとしても挙式は上げずに小さな食事会のようなもので済ませば良いだろうと考えていた。
今世は職業が聖女だから別に婚姻しなくとも、働いていれば一生お金に困ることはなく平穏な人生を送れそうだった。だというのに学院に入学してからというもの、私の人生は大きく変わっている。ま、そういうこともあるのだろうと目を細めていれば、部屋で一緒に過ごしているリンも私の花嫁衣裳に目を向けていた。
「ナイが花嫁衣裳を纏っている姿、楽しみ」
リンが凄く良い顔で私を見た。
「私はリンが花嫁衣裳を纏っているところを見たいなあ」
私的にはリンが花嫁衣裳を着てヴァージンロードを歩いているところを、後方彼氏面しながら見守っていたいのだけれども。しかりリンが変な虫に付かれても困る。というか私は盛大にキレ散らかす自身がある。とはいえリンが変な男に引か掛かっているところは想像し辛いし、仲間意識の強い彼女が外から花婿を貰い受けることも考え辛い。ふと、リンが花婿を迎える前提になっているのかと私は首を傾げた。するとリンも一緒に右へと首を傾げている。
「そのうち? 運が向けば? 見せられる?」
「全部、疑問形になってるよ」
うーんと唸るリンに私は苦笑いを浮かべる。肩の上に乗るクロはリンの顔を見上げながら目を細めた。
『ボクもリンの花嫁姿を見たいねえ』
クロは若い個体だというのに思考がお爺ちゃんである。ご意見番さまの記憶を引き継いでいるから仕方ないのかもしれないが、クロはどこか私たちに一歩引いている節があった。
「期待されても困るけど……努力してみる」
「まあ、無理にとは言わないよ。でも、リンの子供がユーリと遊んでいたら微笑ましいしね」
困り顔のリンに私たちが苦笑いを浮かべる。やはり婚姻を果たしたならば子供の話となるし、仲の良い人同士なら子供も付き合いがあってもおかしくない。将来生まれてくるであろう子たちには幸せになって欲しい。
不幸なんて知らずに育って欲しいと願うのは親として当然のことなのだろう。まあ、前世で捨てられてしまった私には皮肉なものであるが。今世の父親は一応は私の幸せを願ってくれていたものの、最悪な出会いとなってしまって関係再構築は無理だろう。なんて考え込んでいれば、隣にいるリンもなにやらぶつぶつと声を出していた。
「ナイの子供と私の子供……絶対、可愛い」
そりゃ、自身が腹を痛めて生んだ子は凄く可愛いだろう。ユーリでさえ凄く可愛いのだから、更に愛しいと思えるはず。
「あ……ナイの子供と私の子供が婚姻すれば……」
リンの独り言がなにやら熱くなっている。流石に次代が繋がるのは近親過ぎだから、三代くらい経なければならないのではないだろうか。ジークとリンは兄妹であり双子である。遺伝子的に更に近くなるから三代開けても不味いかもしれない。
私が片眉を上げながらいつリンの妄想を止めようかと考えていると、肩の上のクロが『止めなくて良いの?』と声を上げ、足元にいるヴァナルと雪さんと夜さんと華さんは困惑し、毛玉ちゃんたち三頭はいつの間にか距離を取っていた。
「西の女神を頼れば、最悪は……でも、負けた気がする……創星神は……やらかしてナイに怒られそう……」
リンの思考が明後日どころか明々後日くらいに飛んでいる。そろそろ止めないと不味いと判断した私は、リンの服の袖を掴んでちょんと引っ張った。
「リン、それ以上は口にしちゃ駄目」
「え?」
私の声に気付いたリンはきょとんとした表情になる。本気で考え込んでいたようだから、止めて良かったと私は安堵の息を吐く。そして更に声を続ける。
「ヴァルトルーデさまもグイーさまもやってくれそうだから、余計に駄目」
そう。ノリと勢いで西の女神さまと創星神さまは『面白そう』と言ってリンの願いを叶えてくれそうである。子供が増えるのは悪いことではないとも言いそうだ。大変有難いことではあるものの、子孫が続けばリンの願いは自然と叶うだろう。私のお願いにリンは小さく首を傾げている。そこにクロが私とリンの間で視線を彷徨わせていた。
『二人とも神さまの扱いが雑だよ? もっと敬うことをしなきゃねえ』
クロの声にリンが『十分敬っている』と真顔で言い返している。私は私で言いたいことがあるため口を開いた。
「でもヴァルトルーデさまとグイーさまだし……テラさまも軽いからなあ。シェクトさまは真面目な方だけれど」
私がそう言葉にすればクロがすっと視線を逸らした。どうやら言い返せないようだと肩を竦めれば、ふっと空気が重くなる。
――酷い!
――ちょっと、ナイ! とばっちりじゃない!?
頭の上からグイーさまとテラさまの声が響いた。盗み聞きをしていたのか、それとも悪いことを呟けば自動で感知されるようになっているのか。分からないけれど、覗きをしている神さまに尊敬の念はなかなか抱けないわけで。
「呑み助と地上でオタクを好んでやっている神さまにとばっちりと言われても」
私が言葉を吐けば重くなった空気がすっと引いて行くのだった。
◇
「くちっ!」
「姉御、大丈夫かよ」
「どうしてくしゃみが?」
「知らねーよ。誰かが姉御の噂をしてんじゃねーか?」
◇
――忙しい。とんでもなく、忙しい。
ご当主さまの婚姻式があと五日となっており、アストライアー侯爵領領主邸の台所を預かる調理部の者たちは必死に働いている。一週間前から各国からの賓客を迎えており、通常作業と来賓用の食事提供となさなければならない。
とはいえご領主さま方の美食振りが効いているのか、作る量を増やせば良いだけになっているため、頭を悩ませることはない。ただ手を止める暇がないというのが凄く大変というか。以前であればベナンター閣下が助けてくれていたが今回は彼も来賓として招かれるため猫の手も借りたい様である。
そんなことを口にすればお猫さま、もといトリグエルさまが『応援くらいははしてやるぞ』と顔を舐めながら現れそうである。調理場をのぞく離れた位置でちょこんと座ってカツオブシを強請りながら、気怠そうに見ているだけだが。
猫好きな者からすれば偉大な応援であろうが私は特に興味はなく、調理部の長として皆に指示を的確に出さねばならぬだろう。忙しい、忙しいと調理場を右往左往していれば、丸く光るなにかが調理台の上に現れた。
『タスケル!』
『ハコブ!』
『タイカ。ゴハン!!』
くるくると三十センチほどの黄金色した小人が現れて、私たちに声を上げた。
「へあ!?」
私は持っていた皿を落としそうになるものの、寸でのところで堪える。他の者たちも作業の手を止め、現れた小人に視線を釘付けにしていた。
「よ、妖精が!」
「は、畑にいる妖精では?」
「ご当主さまの欲望に影響されたのか!?」
部下たちが思い思いに声を上げている。しかし誰かが口にした言葉はご当主さまに随分と失礼なものではなかろうか。しかし反論はできない上に確実に影響を受けていそうだなあと同じ思いを抱いてしまう。
くるくると調理台の上を回る黄金色の妖精は私たちに『テツダイ!』『ハコブ!』と繰り返していた。おずおずと次の料理のために出していた食材を指定の場所に運んで欲しいと頼めば『ガッテン』『ショウチ!』と妖精たちが声を上げる。今のはフソウの言葉ではと訝しみながら、彼らの行動を見守った。すると指定した流し台へときちんと運び終え『アラウ?』『シタショリ?』と首を傾げた。
「お願いできますか?」
おずおずと妖精に向かって私が声を掛ければ、妖精はこてんこてんと首を傾げる。一体なんだと私が凝視していると、妖精はまたくるりくるりと身体を回す。
『テホン!』
『ミホン!』
な、なるほど。やり方が分からないから先に提示して欲しいらしい。私が運んだ野菜を手に取り、水を流しながら付いていた泥や不要な部分を取り除く。その間、妖精は私の手元から視線を離さないまま無言で見続けている。
『リカイ!』
『ヤル!』
妖精たちは運んだ野菜を手に取って流し台の中へと進み、私が見せた手本通りに作業を行う。これは凄いと皆で感心しながら、妖精たちに頼れそうなことはないかと思案し始める。私はご当主さまにも連絡を入れた方が良いと、部下に命じて事情を伝えてこいと命を下す。すると一人が調理場を出て行くのだった。しばらくして。
「どうして……こんなことに」
ご当主さまとジークリンデさまたちが料理場へとやってきた。黄金の妖精を見るなりご当主さまは目を丸く見開いて、ぼそりと呟いたのだ。そりゃそう言いたくなるご当主さまの気持ちは十分に理解できる。私だってどうしてこんなことに!? と驚いたのだから。
「その、突然、妖精が現れまして。手伝うから仕事を寄越せと……」
私の説明にご当主さまが『……畑の妖精さんの進化版』と首を傾げ、クロさまが『そんなところだろうねえ』と言葉を交わしている。ご当主さまは少し考え込んだ末に私を見上げた。
「ご迷惑でしょうか?」
「いえ。忙しいので、雑事を手伝ってくれる方がいるなら我々は助かります」
片眉を上げながらご当主さまは私を見上げている。今伝えた通り、手伝いがあれば凄く助かる。ご当主さまが妖精が迷惑を掛けるようなことがあれば、直ぐに呼んで欲しいと声に出した。少し煤けたご当主さまの背を見送りながら、私たちは料理作りに勤しむ。妖精たちは素直に私たちの言葉に従ってくれ、用事がなければトリグエルさまの隣に座って調理場を面白そうに眺めていた。
『妖精が妾の隣に! どうしてぇ!?』
と、混乱するトリグエルさまを尻目に。




