1664:侯爵家の侍女服。
テオさんが訓練場で警備部の人たちと手合わせをしている。
木剣の小気味よい音が屋敷の中まで聞こえてきていて、私は窓の方へ視線を向けた。二年前より随分と背が高くなったテオさんは大人と変わらない身長になっている。けれどまだ幼さが残る顔つきだ。
私もあまり人のことは言えないなと笑っていれば、侍女の人たちが集まる部屋で先輩方の視線が刺さっていた。詰め込み過ぎは良くないと、手帳に内容を纏めながらゆっくりして良い時間のため私が外を見ていても問題はない。ないけれど、侍女の皆さまは良い顔になって私へと視線を向けている。侍女長がいないので苦言を呈する人もいない。
「気になるの?」
「おやおやおやおや~?」
エッダさんと、エッダさんと仲の良い侍女の人が私に声を掛ける。微笑ましそうな表情になっているけれど、興味の方が強いようだ。テオさんとは仲良くさせて貰っているけれど、侍女の人たちが想像しているような関係ではない。とりあえず誤解を解くよりも、サボっていたと思われる方が不味いと考えて私はお二人の方を見た。
「そ、そんなことはありません! 余所見をして申し訳ありませんでした!」
私が頭を下げるとエッダさんと仲の良い侍女の人は目を丸くしたあと直ぐに苦笑いに変わった。
「いや、ゆっくりして良いよって言ったのは私たちだしね」
「外を見ても問題ないけれどさ、アンファンが女の子の顔をして見ているから、そりゃあたしたちは気になるよ」
先程まで私はお二人に、留守の間に屋敷の中で変わったところや、新しくできたもの、新たに雇われた人の紹介をして貰っていた。
二年という時間は凄く長かったようで、結構いろいろなことが変わっている。別館は食糧庫になっているし、本館には身体を鍛える部屋ができていた。天馬さまやグリフォンさまも増えている。竜の方も小型の方たちが以前より多く中庭に降り立っているそうだ。ご当主さまは竜の方からまた卵を預かっているとのこと。一体、何頭孵せば終わりが見えるのだろう。しかし。
「女の子の顔って……」
一体、どんなものだろう。私はユーリの侍女となるために侍女養成校に入った。無事に卒業でき、ユーリの侍女になるべく侯爵邸で説明を受けている。うーんと私が考え込んでいると、エッダさんとエッダさんと仲の良い侍女の人が苦笑いを浮かべた。
「無自覚みたいだねえ」
「それとも気付いてるけれど、知らない振りをしているのか」
お二人が肩を竦めて笑ったあと、そろそろまとめ終わったと聞かれて私は素直に頷いた。先程の時間で聞きたいことはほぼ終わったはずだ。なにかあれば都度聞けば良いだろうと、私は机の上に広げていた手帳を閉じる。貧民街にいたままなら、文字は読めず、字も書けず、学校に通うこともなかったはずだ。本当に運命というのはどう転ぶか分からないと、私は席から立ち上がる。
「さて、次は採寸だね」
「ご当主さまはあたしたちの仕事の道具はケチらないからね。ご自身の衣装に興味を持って欲しいけれど」
エッダさんとエッダさんと仲の良い侍女の人が笑う。お二人が纏っている衣装はアストライアー侯爵家の侍女服だ。アルバトロス王国の侍女の人たちが身に纏う平均的なデザインである。
古くもなく、目新しくもないデザインであることは間違いないはず。凝っている貴族の家はフリルがたくさん施されていたり、スカートの丈が短かったりするそうである。足が見えるのは恥ずかしいので、私はアストライアー侯爵家の侍女服で良かった。
しかしエッダさんと仲の良い侍女の人はご当主さまの衣装に対する興味のなさに呆れている。
聞いた話によれば、ご当主さまの衣裳部屋は随分とスカスカだとか。女性当主の例が少ないためなんとも言えないそうだけれど、貴族の女性はドレスをたくさん抱えている。
高位貴族のご令嬢となれば一度袖を通したドレスは二度と纏わないこともあるとか。貧乏性の私はそんなことは絶対にできないけれど、それが貴族というものである。だというのにご当主さまはドレスや貴金属に興味はないため、困っているとか。側仕えの人たちがご当主さまに似合いそうな衣装を見つけては、衣裳部屋に放り込んでいるそうだけれど、毎日似たような衣装で過ごされていて侍女の人たちは面白味がないとのこと。
だというのに、ご当主さまは侍女や下働きの人たちや警備部の人、というか従業員に対して良いデザインのものを選んで身に纏うようにと指示を出されるため、凄く不思議らしい。使用する素材も良いものを使っているし、夏用、冬用、春と秋用も存在しているそうだ。ご当主さまは自分のことよりも他者を良く見て動くからと私は前にいるお二人に視線を合わせる。
「ご当主さまらしいです」
「そうだけれどね……婚姻式のご衣装もさっくり決めちゃうし」
私の声にエッダさんが溜息を吐く。そしてエッダさんと仲の良い侍女の人は頬を膨らませた。
「ああ、そう! 全然、迷われなかったよね。もっと悩んで良いのに!」
可愛いデザインの花嫁ドレスもあったけれど、ご当主さまは迷わずシンプルなデザインを選ばれたそうである。逆にジークフリードさんに対しては、あれも、これも似合うと悩んでいたとか。
そんな話をしながら私たちは侍女部屋を出て、仕立て屋さんが待ってくれている部屋に移動をした。そこには巻き尺を手に持った店の女性が二人いて、私の姿を見るなり各場所のサイズを手際よく測ってくれる。まさかオーダーメイドとはと驚くものの、侯爵家の侍女であれば当然だろうと納得した。神さまを迎え入れることもあるそうだから、丈の合っていない衣装なんて見せられないはずだから。
私の採寸の様子をエッダさんとエッダさんと仲の良い侍女の人は少し離れた位置で見守ってくれている。
「アンファンはもう少し背が伸びそうだね」
「丈が合わなくなる前に、替えの衣装が欲しいって侍女長さまに申請だしてね」
お二人の言葉に仕立て屋さんの人たちが『調整できるようにしておきましょうか?』と尋ねた。お二人は『可能であれば』と口にしているのだが、背が伸びれば直しをしてくれるのだろうか。新しいものを直ぐに頂くのは申し訳ないから直して貰えるなら嬉しい。そうして採寸を終えた私はふうと息を吐いた。すると一緒についてきてくれているお二人が小さく笑っている。
「楽しみです」
「だよね。私も初めて侍女の衣装に袖を通した時は期待と緊張で胸が一杯だったなあ」
「ユーリさまはお元気だから大変だよ。若いアンファンに期待しているからね!」
どこか懐かしそうな表情のエッダさんと、揶揄うように笑うエッダさんと仲の良い侍女の人。二週間後に届く衣装が楽しみだなあと笑って部屋を出れば、入れ替わりでテオさんが警備部の人と一緒にやってきていた。
「アンファン?」
「テオさん?」
視線が合って声が自然と出れば、エッダさんとエッダさんと仲の良い侍女の人が『おや』と良い顔になっていた。これはあとで揶揄われるなと私は覚悟を決めて口を開いた。
「テオさんも衣装の採寸に?」
「おう。まだ背が伸びてるから直ぐ合わなくなるけど、必要な物だからな。アンファンは終わったのか?」
テオさんはまだ背が伸びているようだ。ご当主さまの前で口走ろうものなら、凄い表情になっているから言わないように気を付けようとあとで伝えないと。
「うん。侯爵家の侍女服、私は好きだから楽しみ」
意見は様々で少し古臭いという人もいるかもしれないが、私は侯爵家の侍女服は好きな部類にはいる。テオさんも警備部の人たちが纏っている衣装を着ることになるそうだ。
ご当主さま直属の護衛になればまた違う衣装になるため、警備部の人たちの中では目指す人が多いと聞いている。ジークフリードさんとジークリンデさんは更に特殊となっていた。テオさんの警備部の衣装を見るのが楽しみだと私が笑うと、テオさんが手を腰に当てて小さく笑う。
「そっか。良かったな」
彼の声に私も笑えば、周りにいる人たちが生温かい視線を向けていた。テオさんは少し顔を赤く染めながら、彼らへと視線を向けて言葉を紡ぐ。
「揶揄わないでくださいよ!」
多分、逆効果ではないだろうかと私が訝しんでいれば、警備部の人が『はいはい、ごちそうさん』と言いながらテオさんの肩に腕を回して部屋の中へと入って行く。
「初々しいわね」
「目の保養だねえ。若いって良いなあ」
エッダさんもエッダさんと仲の良い侍女の人もまだ若いのになにを言っているのだろう。私が首を傾げていれば、お二人からユーリ関係の場所を案内しておくからついてきてと声が掛かる。そういえばまだ侯爵邸内を全て回ったわけではなかった。きっと全てを一気に紹介するのは大変だろうからと分けてくれたのだろう。
ユーリの部屋の近くにある場所へと辿り着けば、エッダさんとエッダさんと仲の良い侍女の人が『引いちゃ駄目だよ』『覚悟してね』と声を出してから、ドアノブを握って扉を開いた。部屋の中には子供服がびっしりと並んでいる。床の上に置かれた箱や篭の中には玩具がたくさん入っていた。
「うわあ……」
「本当に凄い数を揃えているよね」
「ご当主さま、ユーリさまのモノもケチらないから。凄いことになっているんだよね。止められる人が今はいないし」
どうやら婚姻で実家へと戻ったご当主さまの側仕えの方がいなくなってから、服や玩具の数がどんどん増えていっているとか。周りの人も止めているけれど、ご当主さまはユーリに良さそうなものがあれば見境なく買い付けているとか。
衣装はアルバトロス王国のものではなさそうな物もあるし、玩具も独特な品が多い気がする。あの人は本当になにをやっているのだろうと引いてしまうものの、あの人だからなあと思ってしまう。ジークフリードさんとジークリンデさんはご当主さまの行動を止めることはない。サフィールさんも強く言わないだろう。クレイグさんは突っ込んでくれるだろうけれど、お出掛けの際は侯爵邸に残っていることが多い。
「早く戻ってこられないかしら」
「二人目妊娠してるそうだから、戻ってくるのが遅くなるね」
顔を見合わせるエッダさんとエッダさんと仲の良い侍女の人の声に私は『あー……』と声を上げそうになるのだった。




