1663:警備部にて。
――なんだ、あのへっぴり腰は。
アルバトロス王国の騎士訓練校を卒業した俺はアストライアー侯爵領へと戻っていた。妹のレナのことが唯一の気掛かりではあるが、店のみんなに可愛がられているうえに、天職だったのか教えを受けて服飾師として頭角を現しているようである。
レナは俺に『一人前の騎士になるんだよ、お兄ちゃん!』と言って、王都で見送ってくれた。だからレナに恥じないように、そして好きな子が振り向いてくれるように日々を過ごしていこうと決意している。俺が領主邸へと戻って直ぐに警備部に顔を出せば、いつも通りの面々と二年間離れていた間に新しく雇われている人が増えていた。
侯爵位の家だから新興過ぎて人手が足りていないと警備部の部長が嘆いていたけれど、少しはマシになっただろうか。詳しいことは分からないが、侯爵領にある孤児院から男子数人が警備兵見習いとして雇われているから俺は先達となる。騎士訓練校を卒業したため、アストライアー侯爵家の騎士として正式登録もされた。俺は新米警備兵の世話係にも任命されるそうだから、彼らに負けていてはいけないと背を正す。
侯爵家へと戻った次の日。さっそく訓練場に顔を出せば、俺の目の前にジークフリードさんが立つ。彼の右手に長剣があった。普段、彼が使用しているものではない。まだ真新しそうなそれをジークフリードさんが俺の前に翳す。
「テオ。卒業おめでとう」
「え?」
ジークフリードさんが笑って持っていた長剣を差し出した。俺は受け取ってしまっても良いのかと、一瞬迷って呆けた声が出てしまう。
そんな俺にジークフリードさんが『ほら』と再度、長剣を俺の方へと近付ける。簡素な造りだけれど、一目見れば良い品だと分かってしまった。一応、座学で目利きができるようにと学んでいるのだ。訓練校を卒業する前なら俺は嬉しくて直ぐに彼から受け取っていただろう。でも今は価値のあるものではと頭に過って、簡単に受け取れないとなってしまった。
「アストライアー侯爵家の騎士に就いたんだ。自前の剣を持っていても良いだろう。俺から卒業祝いと就任祝いだな。二年間、あまり面倒を見てやれなくてすまなかった」
ジークフリードさんが片眉を上げている。たしかに二年間、彼とはほとんど顔を合わせていない。でも王都とアストライアー侯爵領という物理的距離が開いてしまっていたのだから仕方のないことだろう。
今までさんざん俺の面倒を見てくれていた人に『どうして様子を見にきてくれなかったんですか!』なんて子供染みたことを口にするのは卒業している。
困り顔のままのジークフリードさんは俺が受け取ることを迷っていると、だんだんと剣を俺の方へと近付けてきた。周りの警備部の人たちは俺とジークフリードさんのやり取りを微笑ましそうに見ながら『受け取れよ!』と言いたげである。もう、これは遠慮する方が失礼かと俺は両手を差し出した。
「い、いえ! 凄く嬉しいです! ありがとうございます!!」
両手に持った剣はずしりと重い。いや、騎士だから剣を持つくらい軽くこなさなければいけないけれど、ジークフリードさんの期待を裏切れないと考えてしまう。
「テオの背格好に合わせて鍛えて貰っている。俺が扱うには少し長さが足りないからな。遠慮なく貰ってくれ」
『良かったですねえ。実戦で使うことになれば、遠慮なく力を振るいなさい』
少しほっとしたジークフリードさんと腰に佩いている喋る剣が声を上げた。いや、剣が喋るなんて信じられないけれど、ジークリンデさんが持つ黒い剣も喋るし、そういうこともあるのだろう。ジークフリードさんが昔使っていた長剣を譲り受けたことがあるけれど、俺専用の剣を持つのは初めてだ。受け取った剣を両手で抱えて、俺はジークフリードさんを見上げる。
「あ、あの! 抜いてみても良いですか!?」
俺の言葉にジークフリードさんは『構わないが、気を付けてな』と口にした。すると周りにいる警備部の人たちが大きな声で言葉を紡ぐ。
「テオ、自分の手を切るんじゃねーぞ!」
「ははは! そんなことになれば末代までの恥になるぞ!!」
その声と同時に先輩方の笑い声が訓練場に響いた。俺はその声にむっとしていると、ジークフリードさんの右手が伸びてきて頭をぐしゃぐしゃと撫で付ける。
「抜かない方が良いことではある。けれど俺たちは騎士だ。仕える者が危険に身を晒された時は迷わず剣を抜いて守り切れ。斬ってしまった後悔はあとからすれば良い」
そういえば訓練校の講師も口にしていた。武器は使わずに朽ちていく方が幸せだと。でもままならない世の中だからそうはいかないとも。仕える主のために、仲間のために、剣を使いこなしてみせろとも。俺は受け取った剣を十全に使えるだろうか。柄と鞘を持って俺は半身だけ引き抜いた。陽の光に反射して剣が光る。すると、警備部長がジークフリードさんの隣に立った。
「テオは次の機会に天馬の森の巡回の面子に組み込むぞ。魔物が出ることもあるからな。覚悟を決めておけ」
「承知しました!」
ふふんと笑う警備部長に俺は抜いた剣を元に戻して左手に握り直す。そして右手は胸の位置に持っていき敬礼を執った。するとジークフリードさんと警備部長が答礼してくれる。するとまた周りの人たちがわっと湧いた。
「俺たちに扱かれて涙目になっていた小僧がなあ!」
「いっちょ前に敬礼してやがる!!」
笑われているけれど、俺が彼らに扱かれていたのは事実だし、負けたくないと何度も挑んだ俺に文句も言わず訓練に付き合ってくれていた。笑わないでくれと反論したい気持ちを押し込んで、次の巡回に組み込まれた時のことを考える。ちゃんと動けるだろうか。誰かの足を引っ張ってしまわないだろうか。もしかすると俺がとちって誰かが怪我を負ったり死んでしまうかもしれない。
「テオ。深く考えるな。誰にだって初めてのことはある」
「そのために隊になって、相方と共に行動する。厳しい訓練を乗り越えたテオなら務めを果たせる」
ジークフリードさんと警備部長が俺を落ち着かせようと助言をくれる。彼らの言葉に俺が『はい!』と返事をすれば、フソウのハットリとフウマのご老体が訓練場に姿を見せた。二人の後ろにはびしっと背を正した、俺より五つほど上の人がこちらへと歩いてくる。少しアルバトロス王国の人の顔つきではないと俺は目を細めて、ジークフリードさんと警備部長に『見たことのない方ですね』と声を掛ける。
「まあ……なんだ」
「聖王国の元聖冠騎士団の一人だ。事情があってな。ご当主さまがウチで引き取って、真人間にさせるとご老体に預けたんだ」
ジークフリードさんが言い淀み、警備部長が理由を教えてくれた。暈して話しているのは、あまり詳しく事情を言えないようである。もっと上の階級の騎士になれば、もっと詳しいことを教えてくれるはず。まだまだ下っ端でしかない俺が全てを知りたいなら、昇進するしかないなと左手に持っている剣を握りしめた。
「おお、小僧っ子!」
「お前さん、無事に卒業できたのじゃなあ!」
ホッホッホと笑いながら二人のご老体は俺と視線を合わせる。元々、小柄な方たちであったが、二年の間に身長差が随分と出てしまっている。彼らを見下ろしていることに違和感を覚えるが、彼らは全く気にしていないようだ。
「訓練校で厳しい授業に耐えられたのはお二人のお陰でもあります」
「おお、おべっかも言えるようになっとるぞい!」
「一皮向けたのだなあ! どれ、あっちの方は?」
俺が挨拶をすると、ケタケタと笑いながらハットリのご老体が俺の股間に目を向ける。もしかして『あっちの方』というのは、女性を知ったと言いたいのだろうか。
たしかに訓練校の連中にそういう所に行ってみようと誘われたことはある。けれどお金が勿体ないと言って俺は断っていた。そのうち付き合いの悪い奴と認識されて、声が掛からなくなっていた。俺が暮らしていた貧民街で日銭を得るために女の人がそういうことをしていたのは知っている。理不尽な目に合っている人もいた。だから、あまり行きたいとは思わなかったのだ。俺が苦笑いを浮かべると、ご老体二人はからっとした表情になる。
「あははは! まだ初心のようだ!」
「早く一人前にならなくてはなあ!」
意味が違うようなと俺が困り顔を浮かべていれば、見かねた警備部長がご老体に声を掛けて訓練を始めようとなった。朝の訓練は以前から変わらない面子と見習い警備兵の子たちに、俺がいなかった二年の間に新たに雇われた大人が参加している。
ジークフリードさんも参加しているし、ジークリンデさんも姿を現して『おかえり』と俺に声を掛けてくれた。相変わらず彼女の表情は読めないけれど、向こうから言葉を掛けてくれる。話が続かないのは難点だけれど、ジークリンデさんは時折的確なアドバイス……になっているか分からないが、助言をくれるし、対戦相手も努めてくれる。
邪竜殺しの英雄と手合わせできるし、フソウという全く別の国からやってきた凄く動けるご老体。それに警備部のみんながいて、また俺の日常が始まると気合を入れた。警備部長の『朝練を始めるぞー!』の声に雑談を交わしていたみんながぞろぞろと集まってくる。
準備運動を終え、俺と手合わせをしてくれる人はいないかと周りをきょろきょろと見渡していれば、フソウのご老体が一人引き連れてやってくる。
「小僧~此奴の相手をしてみんか?」
「貴方は」
「お久しぶりです、テオさん」
俺の相手になってくれるのは数年前に武芸大会で優勝した人である。以前よりも筋肉が付いて一回り大きくなっていた。首も腕も太ももも一回り大きくなっているような。
俺が凄いなと感心していると、目の前の彼が『背が伸びて、大人っぽくなりましたね』と懐かしそうな顔をしていた。俺は彼の変わり具合に驚きつつも、きっと楽しい手合わせになると心を躍らせる。しかし何故、そんな立派な身体つきにと俺が首を傾げると、目の前の彼は照れ臭そうに笑った。
「侯爵邸のご飯が美味しい上に、訓練部屋ができてからというもの入り浸っております。まだ剣の腕前は皆さまには敵いませんが、身体は一番鍛えているつもりです」
なるほど、と納得した俺にご老体にどうだと問われた俺はもちろんですと返事をする。そうして訓練場の片隅で模擬刀を構える。目の前で模擬刀を構える彼とは以前手合わせで勝ったけれど、さて今回はどうなるだろうか。気合を入れていれば、俺たちの横でハットリのご老体が元騎士の人を扱いていた。凄く早い動きだから、本当にご老体なのだろうかと疑問を感じてしまう。
「メソメソせんと、早く模擬刀を取れ!」
「……ひい! 大聖女さま、お助け下さいぃ!」
「そのような者、おらんわ! 道は己で切り拓くもんじゃぞ!!」
彼らのやり取りに苦笑いを浮かべるものの、何気に元騎士の人は急所を避けていた。すごいへっぴり腰で。でも結局、ご老体から繰り出される訓練刀を捌き切れず『ごふっ!』と凄い呼気が漏れている。
周りの人たちも『痛そうだな』『やべーだろ』『ご老体は容赦ない』『元騎士も懲りずによく付き合うな』『逃げられないからな』『更生できるのか?』としみじみと視線を向けている。俺は前を向いて、久方ぶりの手合わせに胸を躍らせる。結果、勝負がつかずに引き分けとなった。まさかの結果に驚きつつ、俺は。
――また侯爵領で鍛え直して貰わなければと『もう一本、お願いします!』と声を上げた。




