1659:たまにはデートに。
小型の竜の方二頭に連れられて、ジークの領地にある商業地区の一店舗の前に立っている。
お店はなんでも屋といったところで、日用品、食料品、衣料品等を雑多に扱っている店だった。中に入ろうとすれば、お店の人が急いで出てきた。ジークと私の顔を見るなり驚いて、勢い良く頭を下げる。
「ご領主さま、アストライアー侯爵閣下! ようこそおいで下さいました!」
「突然訪ねてしまい失礼を。竜の方たちが貴店を紹介したいと告げられて、やって参りました」
ジークが私の代わりに対応をしてくれる。ジークの丁寧な言葉使いは領地の方にも適用されるようだ。聖女でも女性でもないから、もう少し言葉は砕いても良いのではと思ってしまうものの、彼なりに考えがあるのだろう。小型の竜の方はジークの方を見て楽しそうに口を開いた。
『そうなのー』
『聖女さま、案内した~』
へへへと笑う竜の方二頭にお店の人は『手伝って貰っていましたが、まさかご領主さまと侯爵閣下をお招きするとは……』と頭を抱えていた。竜の方二頭はおそらく深くは考えておらず、果物をくれる人だと紹介したかっただけだろう。これも縁だと私は笑みを浮かべて、お店の人を見る。
「そういうことですので、お気になさらず。店内を見せて頂いても宜しいでしょうか?」
黙っているわけにもいかないし、店の中を見ないまま戻るのも駄目だから私は中を見せて欲しいと乞う。竜のお方二頭は『僕たちも見たい~』『お店の中、見たことないー』と声を上げていた。
扉で身体が入らないから窓から覗き込むことを提案すれば、竜のお方二頭は『そっか~』『そうすれば良かったんだ~』とケタケタ笑っている。無理矢理入りたいと強く請われなくて良かったと私は安堵して、お店の人を見上げる。
「も、もちろんでございます! どうぞ……!」
お店の中に入ると、本当に雑多な商品が並んでいる。決して乱雑ではなく、取り扱っている種類が多い。男爵領規模だから、こうなるのは当然だろう。侯爵領の領都になれば高級品を扱うお店も増えてくる。いつかジークの領地でもそういう嗜好品を取り扱うお店が増えて欲しいものだ。私が店の中をきょろきょろ見渡していれば、蜂蜜の入った小瓶が目に入る。
「支店となりますので規模の小さな店ですが、品揃えは悪くないかと……――そちらは領内の養蜂家が自慢の一品だと店に卸している蜂蜜でございます。季節によって蜜の味が替わり、お客さまによって好みが別れます」
お店の人のお薦めはアカシアの蜂蜜なのだとか。夏になればアカシアの木の花が咲き、蜂がこぞって蜜を集めにくるそうだ。男爵領の中にある森でアカシアを植林し、蜂蜜を取ったり、薪を取ったり、家具の材木として使用されているそうである。結構、使い道があるのだなあと感心していれば、春には果樹の蜜を集めてくるとか。そういえば今日の朝、同じ説明をジークから聞いていた。領地の人たちも特産品である蜂蜜を誇りに思っているようだ。
しかし店の人の口振りでは本店があるという。どこの領地にあるのかと私は気になって『本店がどこかにあるのですか?』と問うてみる。
「はい、ベナンター子爵領に。私は本店を経営しているご店主さまより、この店を任されております」
ジークの領地とエーリヒさまのベナンター子爵領は元は同じ領内だった。町の規模はベナンター子爵領の方が大きいため、自然とジークの領地の店の方が支店となったようである。領地が別れたことで入城税が発生するようになったのではと聞いてみると、通行許可証を発行して貰い税を支払わずに済んでいるようだ。私がジークと視線を合わせれば、片眉を上げながら説明をしてくれる。
「この店は領の人にとって欠かせないものが多い。だからエーリヒと相談してお互いの領地を行き来する許可証を発行している」
ジークの領地にとって今いるお店は不可欠なもののようである。お店の人はジークの声を聞いて感動しながら『ご店主さまぁ、良かったですねえ……!』と零していた。随分と慕われているけれど、縁故採用が根強くのこる地域で本店の店主を名前で呼ばないのは何故だろうかと、また疑問が頭に浮かぶ。お金も関連しているので他人に任そうとはしない。
うーんと私が考え込んで入れば、お店の方が何事だろうと顔を青褪めさせている。いや、単に気になることを考えていただけで、お店の方にはなにも罪はないわけだけれど……不敬を働いたと勘違いしているらしい。私は苦笑いを浮かべて『本店の店主を慕われているのですね』と口にする。
「ええ、私が、私たちがご店主さまを裏切ることはありません! 孤児だった私たちに教育を施し、店のことを任せ、独り立ちもさせて下さる方なのです!」
店員の人が口に出すと、止まらなくなったようである。本店の店主を褒め称え、目の前の彼が出会った頃から今日までを事細かく教えてくれた。ジークが途中で止めようとしたけれど、私は構わないと伝えて最後まで話を聞いたのだ。窓から店の中を覗いている竜の方二頭は涙ぐんだお店の方を見てケラケラ笑う。
『話、ながーい!』
『でも、あのおじさん、果物をくれる良い人!』
竜のお方二頭の突っ込みでお店の方がはっとした。
「た、大変、大変失礼なことを!!」
「いえ、良い話を聞かせて頂きました。孤児院はいつ、どこでも、保護される子供が絶えませんね」
がばりと深く頭を下げる店の方に私は肩を竦めた。一緒にきているヴァルトルーデさまとジルケさまは『仕方ない』『ま、良いんじゃね?』と言いたげである。リンも熱弁していたお店の方には事情があると分かったようで黙ったままだ。孤児院なんてない方が良いに決まっているけれど、ままならない世の中だからしかたないし文明が発達しても現存している。
「はい、本当に。本来はあってはならぬものですが、なければ助かるはずの子供が助かりません……」
「我々大人は、できることをコツコツと……ですね」
ジークも元孤児だったから領内の教会に併設されている孤児院に資金提供をしているそうだ。大きな額を渡せば不正に繋がる可能性が高くなるため、必要な時に必要な額をという感じにしているらしい。
何処の領地も孤児院には子供が生活している。巣立っていく子供たちを見るのは成長を感じられて嬉しいけれど、本来なら彼らの面倒は彼らの両親が見なければならないものである。
複雑な気持ちが湧いてくるものの、本当に大人ができることをコツコツと支援していくしかないのだろう。時折、目の前の彼が語ったような人格者も出てくる。私はお貴族さまとして責任を果たすため、お金を出す側になった。サフィールのように孤児院で働くことを決めた子もいるから、決して無駄にはならないだろう。
何故かしんみりとしている店内の空気を換えるように、竜のお方二頭が声を上げる。
『聖女さまー』
『蜂蜜、味見したいー!』
呑気な声に私は片眉を上げながら、竜の方二頭へと視線を向ける。
「興味あるの?」
私がそう問えば肩の上のクロが『美味しかったよ~』と声を上げたために、竜のお方二頭は更に興味が増したようだ。仕方ないと私は笑って、店の方を見上げた。
「食べ比べをしたいので、蜂蜜をいくつか頂けますか?」
「ご用意いたします!」
そう告げて慌てて用意してくれるお店の方の背を見届けて、竜の方二頭は『転ばないでね~』『痛いよ~』と呑気な声を上げるのだった。
――翌日。
朝。ジークの屋敷で目覚めた。緊張している介添えの方――初日の小母さまではなかった――に苦笑いを浮かべ、朝食を摂り、談話室へと入っている。今日も視察をしようと意気込んでいたけれど、昨日で領内を回ることはできたようだ。
今日はどうしようかとみんなで話をしていると、ジークと私で出掛けてくれば良いということになる。ヴァルトルーデさまは一緒に行きたそうにしていたけれど、ジルケさまに『我慢しろ、姉御』と言われて止められている。
クロもアズもリンとネルと一緒に過ごし、ヴァナルと雪さんと夜さんと華さんと毛玉ちゃんたちも留守番組となった。そしてジークと私は男爵邸から、ぽいっと追い出される。護衛の方が数名付いているけれど、遠巻きでこちらを眺めているだけである。
男爵邸の門扉の前。ジークと私は茫然と佇んでいる。とはいえずっとこのままでは不審者だとジークが片眉を上げながら私を見下ろす。
「ナイ。町は見て回ったが……また広場に行って買い食いをするか?」
「んー……せっかくだから、落ち着いて話せる場所はない?」
昨日はいろいろと歩き回ったから、なにか買って静かなところでゆっくりしようと私は提案する。ジークに異論はないようで、それならと商業区の美味しい店の品をいくつか挙げてくれて、食べたいものをチョイスしていく。領主と侯爵が一緒に店に尋ねると驚かれるものの、昨日のこともあって少しばかり領地の人は慣れた気配を見せている。
「美味しそうだね」
「だな。行こう」
私の声にジークが腕を差し出してくれるけれど、少し飽きてしまっていた。そしてジークの大きな手に自分の手を重ねる。
「こっちの方が良いや」
「……そうか」
ジークがそう告げて、一歩を進み始める。何故か大股になっているので私は引っ張られる形になってしまうものの、直ぐに気付いたジークが『すまない』とこちらへ振り返った。
私は左右に首を振りながら彼の横に並ぶ。男爵領の正門の反対に位置する小門から、ジークと一緒に小高い丘を目指して歩いて行く。以前は直ぐに疲れていたけれど、ウォーキングマシンのお陰か疲れを感じるのが遅くなっていた。少しサボっているから侯爵邸に戻れば、直ぐに再開させなければまた筋肉が落ちてしまう。そうして小高い丘の上に昇りきれば、目の前には男爵領と森の景色が広がっている。
「良いところだね。ウチの領都にある丘の景色も好きだけれど、こっちも良い感じ」
「規模は小さいけれどな」
心地良い風が吹いて、髪をサラサラと撫でていく。ジークは敷物をさっと敷いてくれ、荷物もそこに置いていた。仕事が早いと感心しながら、私はジークを見上げる。
「ねえ、ジーク」
「ん?」
「恋人らしいことしてないけれど、ジークは良いのかなって」
ずっと抱えていた疑問というか、蟠りというか。エーリヒさまとフィーネさまを見ていると、私たちももう少し進んでしまっても良いのではないかと考えてしまう。とはいえ貴族だから婚姻前の過度な接触は禁止と言われるのが辛いところというか。距離感が難しいなと私はジークから視線を外した。
「エーリヒたちと俺たちは違うからな。ナイのペースで良いさ」
そう告げたジークは敷物にどっかりと座って、私にも座るようにと促した。冷える前に食べようと言いたいようで、ジークは荷物に手を伸ばしていろいろと広げていく。急造にしては豪華なピクニックになったと私の顔が綻ぶ。
「食べよう、ナイ」
「そうだね、いただきます!」
結局、デートはできたけれど進展はあまりなかった。でも、こうして緩い時間が流れるのは良いことだと実感するのだった。




