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1655/1665

1655:パレードは華やかに。


 教会前に集まっている者たちが口をあんぐり開けて空を見上げている。既に消え去ってしまった光景を反芻するかのように。意識の回復が早い者は隣の者や近くにいる者と言葉を交わしていた。


 「お、驚いた」


 「誰か攫われてしまうんじゃないかと思ったぜ!」


 ご領主さまであるエーリヒ・ベナンターさまから『婚姻式の際に超大型竜の方たち――他の竜と天馬とグリフォンも――が子爵領領都の空を飛ぶけれど驚かないで欲しい』と通達が成されていたが……まさか凄く低い位置を飛ぶなんて。生まれてこの方、子爵領で商売をしている家に生まれた私も本当に驚いた。小型の竜の方は最近、子爵領内をウロウロして新規の街道や土地開拓に携わっている。領都にも姿を見せて、愛嬌を振りまいていた。


 小型の竜の方の体長は五メートルほど。しかし先程飛んで行った超大型竜の方たち五頭は……軽く十倍を超えている。あんな巨体が空を飛んでいることが信じられないが、私が見た光景は本物で、現実である。別の領地にいる商家の友人に話をすれば信じて貰えるだろうか。


 集まっている者たちから他のことは聞き出せないかと耳を澄ませていると、別の方向からも声が私の耳に届く。


 「ご当主さまは竜と仲良くしていると聞いてはいたが……本当だったのか」


 「アストライアー侯爵さまとも懇意にしていると聞くし、ベナンター子爵領は安泰だな! ご当主さまの世継ぎが誕生するのが楽しみだ!」


 あははと嬉しそうに大人の男が肩を組んで笑っていた。ベナンター子爵領がこれから安泰なのは事実である。数年前、デグラス伯爵領の一部であったこの地は随分と寂れていた。重い税金が課されて苦しんでいた我々は、王家とご領主さまに救われたのだ。

 更にご領主さまはいろいろと領地に手を尽くしてくれており、傷んだ街道整備を急いでくれ、他の領地から商売人の行き来が盛んになった。もちろんベナンター領からの商売人も他の領地へ赴いて商いに勤しんでいる。

 

 私はこの領地に根付く商売人だから、外へ出ることは滅多にないけれど。隣領であるガル男爵領も発展の兆しを見せているとも聞いている。

 

 「しっかしご領主さまは随分と別嬪な奥方さまを貰ったなあ!」


 「おい、あまり失礼なことを言うんじゃないぞ! なんたって聖王国の元大聖女さまなんだからな!」


 そう。ご領主さまの下へと嫁いだ方は聖王国の元大聖女さまである。なんでも腐敗していた聖王国を立て直したお一人らしい。教皇猊下も聖王国の改善に努めているが、大きな切っ掛けを作ったのは教会の扉の前に立っていた銀髪の女性、その人である。

 ご領主さまは彼女に惚れ込んで教皇猊下に打診した結果、三つの試練が与えられて見事に成功したということだ。状況が落ち着けばベナンター子爵から伯爵へと陞爵するとも聞いている。かなり綺麗なお方だし、ご領主さまが羨ましい。私の嫁との間には子を儲けることができなかったから、本当にご領主さまには子が成せるようにと願ってしまう。


 「お、おう。けど、美人にちげーねえだろう?」


 「まあ、確かに。俺の母ちゃんと比べると……はあ……」


 「アンタ! お貴族さまと平民を比べるんじゃないよ! お貴族さまは洗濯なんてしたことのない、選ばれた方々! あたしと比べるんじゃないよ!」


 盛大な溜息を吐いた男の隣には恰幅の良い女性がいた。たしかに美人ではないが、働き者のようで手が随分と荒れている。彼女の旦那に塗り薬を勧めてみても良いのかもしれない。

 貴族女性は大金を払い、美容に気を使っている。庶民の者にも広がれば、別の販路が開けるのではと私はにたりと笑いそうになった。その時。教会の扉の前に立つご領主さまの奥方が手に持っていた花を集まった人たちの方へと投げる。教会の階段前近くにいる者たちは奥方さまが投げた花を取ろうと躍起になっていた。私がいる位置は離れているため飛んでこない距離だ。物珍しい光景に周りの者たちは首を傾げている。


 「奥方さまが集まった連中に花を投げ込んだのはなんで?」


 やはりよく分かっていないようだ。私も分かっていないので人の事は言えないが。少し揉み合った末に奥方さまが投げた花は若い娘の手元へと渡ったようである。

 

 「よく分からん。けど受け取った奴は良いよな。豪華な花なんて俺たちが買うことはねーし。家に飾ったら幸運が舞い込むかもしれねー!」


 たしかに、元大聖女さまが投げた花には聖なる力が宿っていてもおかしくはない。だが、たしか奥方さまの聖痕は消えてしまっていると風の噂で聞いたことがある。本当かは分からないが、噂になっている時点で消えている率が高いだろう。そうしてご領主さまと奥方さまは子爵領の町を一周するために馬車に乗り込むのだった。


 「よっしゃ! じゃあ祝いのための花びらを放ちにいこうぜ!」


 「領民から祝福がないとなればご領主さまが悲しむだろうしな!」

 

 私の周りにいた者たちが口々に告げている。誰かが口にした通り、領民が領主を気に入っていなければ花びらを撒くことなどしない。まあ、領主命令、というか領主の部下によって俺たちに祝福の花びらを撒けと命令されることもあるが。ご領主さまのように領民から慕われていたならば自主的に行うものである。その証拠に『花びらを撒け』なんて命令は下っていないのだから。私も我が商家に戻り花を用意しようと広場から踵を返す。


 しばらく歩いて商家へと戻れば、外へ出られなかった店の者たちに取り囲まれた。真っ先に私に質問を飛ばしてきたのは、孤児院から引き取ったまだ幼い少年である。


 「ご店主さま! 婚姻式は如何でしたか!?」


 キラキラと目を輝かせながら彼が問うてくる。まだ背が小さく広場に赴いても押し潰されるだけと私が留守番を命じていた。集まってきた者たちは私に真っ先に声を掛けた少年と同じような境遇の子供たちが多い。私と妻との間に子を儲けることができなかった。だから余裕ができれば孤児院から子供たちを引き取っていた。親子としてではないが、皆、可愛く、私の家のために、商売のために必要な知識を身に着けている。

 

 「ああ。ベナンター子爵さまも奥方さまも素敵だったよ」


 「本当に嫁がれた方は聖王国の元大聖女さまなのでしょうか?」


 私が笑って答えると幼い少女が首を傾げていた。女の子は聖女や貴族女性に憧れていることが多いなと私は笑みを深める。


 「私に確かめる術はないけれど、見た限り凄く雰囲気のあるお方だった。それに大陸を司る四柱の女神さまとアストライアー侯爵さまもご出席されていたから、嘘ではないだろうね」


 「どうしてそのようにお考えになられたので?」


 私の言葉に一人の子が首を傾げた。


 「女神さまの前で嘘は吐けないだろう。直ぐに見破られてしまうよ」


 「あ……そうですね……僕も見たかったです!」


 私の言葉に質問を投げた子がへらりと笑う。


 「ご領主さまのお子さまが誕生すれば、我々領民にお披露目されることになる。その時は君たちも随分と大きくなっているから、私と一緒に見に行こうか」


 私の声に集まった皆が『はい!』と元気良く返事をしてくれた。


 「さあ、二階の窓でご領主さまが乗った馬車がくるのを待とうか。店の前の道を通る予定だから、ご領主さまと奥方さまのご尊顔を見ることができる」


 更に私が言葉を紡げば、子供たちが腕を取って二階へ行こうと急かす。ふいに視界に映った我が妻の姿絵に微笑みながら。


 ◇


 王都の人たちも祝福してくれていたけれど、ベナンター子爵領の人たちも凄く俺とフィーネさまとの婚姻を凄く祝福してくれている。


 その証拠にパレードをしている間中、二階や三階のベランダや屋上から舞い降りてくる花びらが途切れることはない。一体、どこからかき集めてきたのだろうと考えてしまうほどには、花びらが舞っていた。


 「余所者なので少し不安でしたから、皆さまが歓迎してくださっていて凄く嬉しいです!」


 馬車の隣に乗っているフィーネさまが良い笑顔を浮かべる。他国の者だからという不安は彼女の中で常にあり、屋敷の中でもいろいろと気を使っていた。国が違えば風習も違うため、その部分に関してフィーネさまは苦労している。とはいえ真面目に分からないことは分からないと、屋敷の人たちから助言を受けて今まで身に就いていた癖を直している。俺もフォローしていたけれど、直ったのは彼女の努力のたまものだ。


 「そうですね。王都には負けてしまいますが、領地の人たちがこんなに喜んでくれるなんて俺も嬉しいです」


 彼女に俺が笑みを返すと、綺麗に纏めた髪の上に花びらがくっついている。


 「フィーネ、じっとしていてくださいね」


 「はい?」


 俺の声によく分からないけれど頷いてくれたフィーネさまが少しだけ首を傾げた。俺は手を伸ばしてフィーネさまの髪についたオレンジ色の花びらを取った。手に持った花びらをフィーネさまに見せれば、そういうことかと状況を理解してくれたようである。


 「ありがとうございます、エーリヒさま」


 「いえ、お礼を言われるほどのことはしていませんから」


 ふふとお互いに笑みを浮かべれば、パレードを見ている人たちから『熱いねえ!』とか『お似合いですよ!』とか声が降り注ぐ。商業区に入ったから、商売人が多くなっているようだ。

 こういうことに目敏い人たちだったの中で、安易な行動に出るべきではなかっただろうか。しまったと思ってもどうやら遅かったようである。俺とフィーネさまが照れていると、更に揶揄いの声が上がる。とはいっても酷くなれば俺の機嫌を損ねてしまうと分かっているのだろう。きちんと節度を保っているのだから、彼らの目はたしかなものだ。


 割と大きな店の前を通りかかれば、二階から花びらが降り注ぐ。結構な量が降り注いでいるなと俺とフィーネさまが顔を見上げれば、子供たちが笑みを浮かべて一生懸命に花びらを撒いてくれている。そうして子供と共にいる一人の男性がなにやら合図を取れば、窓の側に立つ子供たちが大きく息を吸い込んだ。


 「ご領主さまー!」


 「ごけっこん」


 「おめでとうございます!!」


 各々の子供が声を上げて、俺とフィーネさまを祝ってくれる。俺たちは彼らに向けて手を振れば、わっと二階の窓の側で子供たち同士が盛り上がっている。小さい子供のためにも、ベナンター子爵領を盛り立てていこうとフィーネさまと約束する。そして俺は心の中で誰も不幸になんてさせたくないと思う反面、凄く難しいことだと思うのだった。


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― 新着の感想 ―
ペナンター子爵領地住民のエーリヒくんフィーネさまへの祝福と新郎新婦からの歓迎への感謝 良いものです(^o^) ただ気になるのがブーケトスナンです ナイ様無事ナンですか?リンちゃんガード出来たの?!
2026/07/24 23:58 あかマント
更新お疲れ様です。 デグラス伯爵領だった地を三分割して、ベナンター子爵領・ガル男爵領・アストライアー侯爵領飛び地になった訳ですが、デグラス伯爵領だった頃は寂れ荒れ果て疲弊し切っていた地を活気付けてく…
今回の語りを担当した領地根付きの商人さんは奥方に先だたれてしまってるんでしょうかね……とても穏やかで商人というより教師向きな実直さを感じて爽やかでした♪……アストライアー侯爵領地とも交流深まるだろうか…
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