1654:ベナンター子爵領婚姻式。
なんだかナイさまに恋バナを振ってみれば、普通に対応されてしまった。
少し前までジークフリードさんのことを話題にすると、顔を赤く染めたり、難しい表情になったりと百面相、とまではいかないけれど、普段見ない表情を見せてくれていたというのに。ちょっと面白くない、いや、揶揄い甲斐がない。
式が始まると教会の人から呼び出しを受けた私は控室でナイさまと別れたあと、祭壇横の扉の前に立っていた。私が立っている正面の扉の前にはエーリヒさまが控えており、白色のタキシード姿に髪を撫で付けている。
普段のエーリヒさまもカッコ良いけれど、おでこを出したエーリヒさまも乙なものだなあと私はニヤニヤしてしまう。横に付いてくれている人が『良いことでもありましたか?』と問うてきたので、私は『旦那さまが凄くカッコ良いです』と告げれば、おやと小さく笑った。引かれなくて良かったと安堵していれば、前に出るようにと指示が出た。対面の扉に立つエーリヒさまも同じ指示が入ったようで、私と視線が合う。
「ああ、やっぱりカッコ良い」
「さあ、早くカッコ良い旦那さまの下へ」
私がつい口に出してしまった言葉は隣にいる教会の人に聞こえていたようである。教会の人からブーケを受け取った私は言われた通りにしようと、ドレスの裾を踏まないように、高いヒールで転倒しないようにと願いながら前に出た。
そうして祭壇の真ん中でエーリヒさまが正面に立って、私に手を差し伸べてくれた。彼は手袋を着けているから、いつも感じられる体温は伝わらないけれど……これから夫婦として共に生きていくのだなあと感慨深くなる。信徒席にはアリサとウルスラがいて、ナイさまたちもいる。こられなかった人たちもいるけれど、皆さまに祝福を受けながらエーリヒさまの下へと嫁ぐのだからこれ以上の幸せはない。
――それに祭壇の神父さまの隣には四女神さまが揃っている。
最高の結婚式だし、ナイさま以外で女神さまがご出席されている式はこの先、行われることはないかもしれない。そんなことを考えつつ私はエーリヒさまの手を取った。すると彼は小さく笑って言葉を紡ぐ。
「進みましょうか」
「はい」
二人で一緒に祭壇の前にいる神父さまと相対した。目の前の神父さまは聖王国の神職者のような衣装ではなく、随分と質素なものを纏っている。アルバトロス王国の子爵領にある教会ならば、神父さまのような衣装が標準なのだろうか。
流石にアルバトロス王都にある教会に所属しているカルヴァイン枢機卿や神父さまは目立つ格好だった。今、目の前に立つ神父さまくらいの衣装の方が落ち着いていて好みだなあと目を細める。神父さまがエーリヒさまと私に目配せして一つ頷いた。
「エーリヒ・ベナンター」
「はい」
「汝、いついかなる時もフィーネ・ミュラーを愛し抜くと誓えますか?」
「はい」
直接的な祝詞なのだなと感心していれば今度は私の番になる。
「フィーネ・ミュラー」
「はい」
「汝、どんな困難がこようともエーリヒ・ベナンターと共に乗り越えることを誓えますか?」
「はい」
そうだ。エーリヒさまと一緒ならどんな困難が迫ってきても二人で乗り越えられる。数年後には子供が増えているかもしれないし、新しい家族も守っていかなければならない。エーリヒさまに似た子が生まれると良いなあ。男の子でも女の子でも良いけれど二人以上は儲けたい。そういえばエーリヒさまと子供の話はしていなかった。今日の夜、話せる機会はあるだろうか。
「女神さまの祝福を」
考え事をしていれば神父さまが私たちに聖水を掛けてくれた。これで神事は終わりとなり、あとは信徒席の真ん中を歩き教会の外に出て、子爵領の人たちへの顔見世だ。そこから馬車に乗り込んでパレードとなる。夜は晩餐会が催され、また挨拶回りに奔走することになりそうだ。私はエーリヒさまと共に信徒席の間を歩いて行く。客席に座る見知った方を見つけては、頭を軽く下げてを繰り返していた。エーリヒさまも知り合いの方に頭を何度も何度も下げている。
そうして教会の正面扉が開かれた。陽の光が眩しくて、つい目を瞑ってしまいそうになる。目が慣れれば目の前には子爵領の人たちが大勢集まってくれていた。
「ご領主さまー! おめでとうございますー!」
「別嬪さんですなあ!」
広場からはそんな声が多く上がっている。皆さまエーリヒさまを領主として認めてくれているようだ。私も領主夫人として彼らに認められうようにならなければ。ベナンター子爵領は、エーリヒさまが官僚勤めということもあり代官の方に任せる形となっている。子供ができて大きくなれば、代官として勤めて貰うのもアリだろうか。なににせよ、今はたくさんの祝福を受け入れようと、広場に集まってくれた皆さまに手を振る。
階段下には馬車が待ってくれていた。車を引く馬はルカが務めるようで、凄く気合が入っていた。前脚で地面を掻きながら、早くこいと言いたげに私とエーリヒさまを見ている。集まった人たちに領主と領主夫人として手を振っていれば、信徒席に座っていた人たちも正面扉の前に集まってくる。最後に神父さまと四女神さまが姿を現した。すると。
「と、とんでもないお方がいらっしゃるのでは?」
「あのふくよかなお方は……西の女神さま!?」
「と、ということは横にいるお方たちは他の大陸の女神さまなのか!?」
「あ、アストライアー侯爵さまもいらっしゃるぞ!!」
集まってくださった人たちが口々に声を上げ驚きの表情になっていた。ヴァルトルーデさまは教会にあるステンドグラスに描かれた女神さまと同じ格好になっているから、広場に集まった人たちの驚きは仕方ない。
ナイさまとエーリヒさまが懇意にしていることは、市民の人たちは知る由もなく。ヴァルトルーデさまとジルケさまとナターリエさまとエーリカさまの登場に、泣いている人もいるようだ。祈りを捧げている人もいて、まるでウルスラを見ているようである。怒号のような悲鳴のような声が方々から上がって、広場はちょっと混乱状態に陥っている。
「少し不味いですね」
「ええ。興奮で妙なことにならなければ良いのですが」
エーリヒさまと私は顔を見合わせた。興奮の渦に包まれた広場はこちらへと近づこうとしている人が多く目立ってきた。護衛の人たちが必死に守ってくれているけれど、それもいつまで持つか分からない。
エーリヒさまが警備隊に視線をやってなにか伝えている。警備隊の指示に従えない人は捕らえるつもりのようだ。文化的に気の荒い人が多いためか、混乱が生じれば収拾がつかなくなることもある。聖王国であれば私の一声で人々は場を収めてくれるかもしれないが、ここはアルバトロス王国だ。どうしようと迷っていれば、ふくよかなヴァルトルーデさまが一歩、二歩と前に出て、エーリヒさまと私の横に並んだ。
「落ち着いて。今日はエーリヒとフィーネの祝いの場。暴れては駄目」
ヴァルトルーデさまが教会の前にいる人たちに声を掛けた。大きな声を上げていないというのに、人々はヴァルトルーデさまに視線を取られている。興奮して私たちの前にこようとしていた人たちも、西の女神さまに視線を釘付けにしていた。
流石は女神さまと感心していると、集まった人たちの様子が変わってくる。興奮が冷め落ち着きを取り戻したけれど、別のものが沸き立っているようだ。でも、そりゃ女神さまがいらっしゃって、声を聞けたとなれば人々の喜びは理解できる。あまりにも神さま方と関わりを持ち過ぎた私たちの感覚の方がおかしいのだ。きっと。その証拠に。
「西の女神さま……!」
「西の女神さまのお声掛け……!」
そう告げる人々は立ち止まったまま。西の女神さまと連呼している。中には女神さまの声を聴くことができたと涙を流している人までいた。ヴァルトルーデさまは彼らの様子が予想外だったようで、口元を伸ばしてなんとも言えない顔になっている。
「……酷くなった。ごめん、エーリヒ、フィーネ」
どうしよう、と困り果てているヴァルトルーデさまにエーリヒさまと私は慌てて言葉を紡いだ。
「いえ、ありがとうございます! 集まった方々の混乱は収まりましたので」
「あとは今の状況が収まれば、パレードを開始できるかなと」
集まった人たちがこちらまでくることはなくなったのだから御の字だ。エーリヒさまと私はヴァルトルーデさまに感謝する。しかし今の状況をどう収めれば良いだろう。ヴァルトルーデさまに手を振って貰うのもアリそうだが、女神さまに向けられた声が余計に大きくなりそうだ。だからと言って生まれた熱気が冷めるまで待つには時間が掛かりそうである。
「収まりそうにないね」
眉尻を下げるふくよかなヴァルトルーデさまにジルケさまとナターリエさまとエーリカさまも私たちと並ぶ。集まった人たちに向けて目を細めた三女神さまはなにを考えているのだろう。
「姉御が珍しく前に出たと思いきや。こんなもん強制的に黙らせりゃ良いじゃねえか」
「わたしくしたちが担いましょうか?」
「ええ。直ぐに終わりますもの」
割と三女神さまのお考えは凄くシンプルなものだ。どうやら神力で解決を図ろうとしているらしい。でもヴァルトルーデさまは眉尻を下げたままである。
「力を使うのは簡単。ナイ、どうにかならない?」
ヴァルトルーデさまは私たちから視線を外して、少し離れた位置にいるナイさまに声を掛けた。
「え?」
ナイさまは声を掛けられるとは全く考えていなかったようで、ジークフリードさんとジークリンデさんが『気を抜き過ぎじゃないか?』『ナイだよ、兄さん』と言葉を交わしている。
ナイさまの肩の上に乗っているクロさまも『ぼけーっとしてたでしょ、ナイ』と突っ込んでいた。どうやらナイさまは人々の態度に余裕を噛ましていたようだ。余裕しゃくしゃくのナイさまは驚きの顔から渋い顔になっている。
「とばっちりのような……ああ、でも、なんとかできるかもしれません」
そう告げたナイさまは影の中からスライムのロゼさんを呼び出し、なにやら話し込んでいる。しばらく様子を伺っていれば、ロゼさんが一瞬にして消えた。すると竜の方たちが教会の上空を飛ぶ合図の狼煙が上がる。また少し時間が経つと、大きな大きな黒と白と赤と青と緑の超大型竜の方たちと、ノリで参加してくださった大型、中型、小型の竜の方に天馬さま方が二十頭以上とジャドさんたちグリフォンの方たちが教会の上空……いや、割と近い位置を飛び去って行った。
「よ、予定より随分と低空ですね」
「ええ。昨日、アルバトロス王国の教会の上空を飛んだ高さに合わせると聞いていたのですが……」
エーリヒさまと私は目を閉じたり開いたりを繰り返して驚いていれば、集まった人々もあまりの竜の方たちとの距離の近さに驚いて静かになっていた。確かに静かになったけれどと私たちはヴァルトルーデさまに視線を向ける。そしてヴァルトルーデさまはナイさまへと顔を向けた。
「ナイが予定を変更した?」
「どうにかしろ、とのことだったので……私が魔力を放出しても良かったのですが、そうなると魔力酔いを起こす人と気絶する人が出てきそうですし……」
ナイさまはやっべやり過ぎたみたいな表情ですみませんと小さく頭を下げるのだった。




