1653:花束を貴女に。
涙を流しながら絶叫した聖王国の元騎士は、無国籍ということでナイさまが預かると手を挙げた。一体どうするつもりなのかと問えば、フソウのご老体に預けて鍛えて貰うそうである。
性根が直るようであればそれで良し。直らなければ服部と風魔直伝のアレやコレを行って貰うとのこと。えーっと忍者の人たちのアレやコレって想像が付かないけれど、凄くヤバいのではと俺は首を傾げる。地下牢を出ると、ふいにジークフリードが苦笑いを浮かべて俺の下へときた。どうやらナイさまが時間をくれたか、ジークフリードが離れることの許可を得たのか。なににしろ、赤毛の背の高いイケメンは俺を気遣ってくれているようだ。
「言うな、エーリヒ」
ふふと目を細めながらジークフリードが笑う。まあ、元騎士のような人は拗らせたユニコーン状態に陥っているから、現実を突き付けた方が分かりやすいと口にしたわけで。俺がきつい言葉を吐いたとか、相手の心を壊すために言葉を吐いたわけではない……あ、いや。止めは刺したけれど。
「俺に敵意が向いていれば良いけれど、いつかはフィーネさまに代わりそうだからね」
俺が肩を竦めるとジークフリードが真面目な顔になる。
「良かったのか、周りの皆に知られて」
目の前のイケメンは俺とフィーネさまがどこまで進んでいるのか牢にいた人たちに知られて良いのかと問うているようだ。フィーネさまとギリギリのところまで攻めていることは事実である。
屋敷の中で行為をすれば確実に働いている人にバレるわけで。そうなれば確実に上へと報告が行くだろう。フィーネさまは聖王国の元大聖女さまである。元とはいえ、嫁入り前の行為は頂けないと論じられている世の中なのだから。
「なんのこと、ジークフリード」
「いや、なんでもない。そもそも立ち入るべき話でもないしな」
「そう言ってくれると助かるよ」
軽口を叩きながら俺ばかりのことを聞かれるのは癪だと口を開いた。
「ジークフリードはナイさまとキスくらいした?」
俺の声にジークフリードが片眉を上げて視線を逸らす。
「……聞くな」
どうやら彼とナイさまはピュアな関係のままなようである。俺はそうかとジークフリードの方に手を伸ばした。
「俺の肩を叩くな」
「頑張れ、ジークフリード」
むっとしているジークフリード――怒ってはいない――に俺は笑みを浮かべて、みんなの所へ行こうと一緒に歩き出す。明日はベナンター子爵領での婚姻式だ。
◇
聖王国の元騎士がアルバトロス王都で執り行われていた、エーリヒさまとフィーネさまのパレード中に襲撃を企てていたことは聖王国の教皇猊下の耳にも入ることになった。
猊下は血相を変えてアルバトロス王都へとこられ、アルバトロス王国の陛下とフィーネさまとエーリヒさまに謝り倒していたそうな。フィーネさまをお迎えするための三つの条件のうちの一つ、七人の騎士との対決で大将を務めていた方も猊下と一緒にこられており、それはもう凄い勢いで謝っていたそうだ。
なんなら首が飛んでも構わないと。でも首なんていらないし、元騎士は聖王国の籍を捨てていた。無国籍の者だったこと、襲撃はヴァナルとロゼさんによって未然に防げたことでアルバトロス王国側からは聖王国を責める気はないと話がついたそうである。
夜に行われた晩餐会の料理が凄く美味しかったけれど、終わったあと地下牢に向かうことになろうとは。でもまあ、牢屋に現れたエーリヒさまの言葉で元騎士は抜け殻のようになって、大人しくなったそうだ。日が変わった今朝も牢の中でぼーっとしているらしい。私たちアストライアー侯爵家一行は今度は王都からベナンター子爵領へと足を運んでいる。
――ベナンター子爵領領都。教会前。
アルバトロス王都にある教会や、アストライアー侯爵領領都に建つ教会と比べれば、ベナンター子爵領の教会は随分と規模が可愛らしいものであった。聖王国の大聖女さまだったフィーネさまが嫁ぐとなって、改修計画があるようだけれど。私は招待客として参加する予定である。王都で開かれた婚姻式は凄く立派なもので多くの人たちが集まっていた。ベナンター子爵領でも、領地で暮らす方たちがパレードは今か今かと待ち構えている。
その前に教会の祭壇前で誓いの儀式があった。エーリヒさまとフィーネさまは聖王国でもアルバトロス王都でも祭壇の前で誓いを立てているのに、これで三度目である。神さまのちゃんぽんは宜しくないのではと考えていると、ご本尊さまは『問題ない』と口にしていた。祝い事だから何度聞いても構わないとのことらしい。
私たち一行は新婦の様子を伺いに行こうと、教会にある控室を目指していた。小さい規模の教会のため、直ぐに辿り着くことができた。許可を得て控室へと入れば、着替えを済ませたフィーネさまが私を見るなり席から立ち上がる。
「あ、ナイさま! エルフの反物、ありがとうございます! 我が儘を言わせて貰って、あっちのデザインでドレスを作って貰ったんです! すっごく可愛いですよね!」
フィーネさまは元の世界のことを誤魔化しつつ声を上げた。私はフィーネさまの衣装を上から下へと視線を向ける。むう……メロンが目立つ仕様だ。とはいえ、きちんと隠れているけれど。
「確かに王国や聖王国の流行りの衣装とは趣が違いますね」
花嫁衣装はスカートの部分が大きく広がっているものが主流である。フィーネさまが身に纏っているものは、すらりとしたタイプでアルバトロス王国や聖王国では珍しいと言える。
良し悪しは私に判断できないけれど、明るい雰囲気のフィーネさまに似合っていた。彼女の長い銀髪はいつもと違って綺麗に纏め上げられている。結構複雑に編んでいるので、時間が掛かったのではないだろうか。私は式の段取りをフィーネさまから聞いていれば、ふと彼女が私を見下ろしている。なんだろうと私が首を傾げると、フィーネさまが言葉を紡いだ。
「ナイさまはもう婚姻式のドレスは決まりました?」
「一応」
私も半年後にはジークとの婚姻式が控えている。招待客の方たちは既に決まっているし、王都でも式を挙げ、パレードも行う予定だ。侯爵領だけで執り行うつもりだったけれど、陛下が王都でも式を挙げようと提案してくださったから飲むしかない。
巻き込んでしまうジークには悪いけれど……でもまあ、ジークの顔が皆さまに売れるなら良い機会だろう。最近、ジークは『邪竜殺しの英雄』とともに『アストライアー侯爵の伴侶』と呼ばれているようだし。
私が纏うドレスも決まっていた。亜人連合国のダリア姉さんとアイリス姉さんが反物を用意してくれ、デザインもいくつか提案を頂いていた。お二人からはアルバトロスでの流行りがあるから、無理に亜人連合国のものにしなくて良いと言ってくれていたけれど、私が良いデザインと判断したため亜人連合国の花嫁ドレスである。
フソウからもすっごい豪華な着物が贈られてきた。白無垢と振袖である。アガレス帝国とミズガルズ神聖大帝国からもドレスが贈られているため、婚姻式のあとの夜会では衣装替えを何度か行おうとなっている。
フィーネさまは私の適当な返事に片眉を上げていた。
「一応ってなんですか、一応って。一生に一度の晴れ舞台ですよ? 女の子の憧れですよ!?」
「うーん……マリッジブルーとか空港離婚とか、結婚後の旦那が豹変した話を聞くと……」
まあ、生まれがアレだったためか、いろいろと話を耳にしてしまうのだ。フィーネさまの前世は良いところのお嬢さんだったようだから、結婚に憧れるのも理解できる。一番身近であろうご両親の仲が良ければ、子供心に目標として定めそうだから。
「噂や話を鵜吞みにしちゃ駄目ですよ! 他の人は他の人、ナイさまとジークフリードさんはナイさまとジークフリードさまですからね! お二人ならきっと良い家庭を築けます、絶対に!!」
フィーネさまが顔をぐっと寄せて力説した。ジークとなら私は穏やかな家庭を築けるのは分かる。意見がぶつかることはそうないし、仮にぶつかったとしても話し合って解決できるだろう。
でも、フィーネさまとエーリヒさまのような熱々状態ではないから、どうにも彼女が掲げる理想像に私は届かない。でもまあ、フィーネさまも無理矢理に熱々になれというわけではなく、私たちは私たちの夫婦の形を築けば良いと考えてくれているようだ。
「ありがとうございます。もしエーリヒさまと喧嘩して、家出したければ匿いますよ?」
「……逃げ場所としてバレバレじゃないですか……あとエーリヒさまと私は喧嘩なんて絶対にしません! エーリヒさま、すっごく優しい方ですので!」
私の冗談にフィーネさまがドヤ顔になる。たしかにエーリヒさまは穏やかな方で怒っている姿は珍しい。さしずめ昨日の地下牢の時くらいではなかろうか。
ジークは私に対して無礼な態度を執る方がいれば雰囲気が鋭くなる。同じくリンも機嫌が悪くなるので分かりやすい。クレイグとサフィールが危ない目に合いそうなら身を挺して守ってくれていた。その点を考えるとジークもエーリヒさま並に優しいはず。まあ、優しさのベクトルが違うから比べようがないかもしれないと、私が考え込んでいればフィーネさまが近づけていた顔を元の位置へと戻す。
「変な顔しないでくださいよ、ナイさま」
「良いじゃないですか、惚気られて」
こうして揶揄えるのはフィーネさま相手だからだと私が感心していると、彼女が視線を逸らして窓の方を見た。
「もう! なんだかナイさまが可愛くありません。恋バナに余裕を持って対応し始めましたよね?」
「今までも普通に対応していたはずですが?」
視線を戻したフィーネさまに何故か以前の私は恋バナについていけない女だと思われていたようだ。たしかに誰と誰がくっつきそうとか、良い感じだとか、そういうことには鈍いけれど、恋の話には普通にしていたはず。なんだか不本意だと私が拗ねていると『そろそろお時間です』と教会の人から声が掛かった。
「では信徒席で見守らせていただきますね」
「はい。よろしくお願いします。あ、あとブーケトス! ナイさまに投げるので受け取ってくださいね?」
「私の婚姻は決まっていますし、他の方で良いのでは……」
「良いじゃないですか! まあ、変な所に飛んで行ったら元も子もないわけですけれど」
そんなやり取りを経るのだが、アルバトロス王国の教会の婚姻式でブーケトスの文化はあったかなあと私は首を傾げるのだった。




