1652:割と進んでた。
――順調に、穏やかに晩餐会の時間が過ぎていく。
迎賓室でそれぞれが話を交わしているのだが、俺の下に近衛騎士が近づいてくる。目礼をした近衛騎士はフィーネさまの方をチラリと見て、席を外して欲しいような表情になっていた。
俺は少し席を外したいから、フィーネさまはナイさまの下へ行って欲しいと告げれば素直に頷いてくれた。どうやら彼女は俺がお手洗いに向かうと勘違いしてくれたようだ。
少し彼女を騙すことになって申し訳ない気持ちが湧くものの、近衛騎士はパレードの一件を伝えにきてくれている。彼女の耳に入るのは好ましくないと、心を鬼にしなければとふうと息を吐いた。俺が一人になった途端に近衛騎士が目の前に立つ。少し物陰になっている場所だから迎賓室で過ごされている方にはバレていないだろう。まあ、察しの良い方からは視線を受けているけれど。
「ベナンター子爵。尋問が終わりました」
少しばかり疲れた様子の近衛騎士が俺に告げた。尋問を受けた相手はヴァナルとロゼさんが捕まえてくれた不届き者のことである。ヴァナルの前脚で抑えられ、ロゼさんの簀巻きにされた者は無事にアルバトロス王国の近衛騎士団に引き渡されていた。
そうして先程まで尋問を行っていた。俺の下に近衛騎士の彼が訪ねてきたならば、情報を吐いたかと胸を撫でおろす……こういうことに、いつの間にか心が慣れているのは良くない兆候かもしれない。でも、自分で選び取った道だし、嫌でも慣れなければいけないと頭を振って俺は目の前の近衛騎士と視線を合わせた。
「逆恨みで貴殿に危害を加えられればとパレードで狙っていたようです。叶うようであれば、元大聖女を攫ってしまおうとも。聖王国の者がアルバトロス王国で無頼を働こうなどと……いえ、なんでもありません」
聖王国で事件は起こせないからと、聖王国の七人の騎士との対戦を終えたあと時間を掛けてアルバトロス王国へと入ったようである。よく検問を抜けられたなと感心してしまう。あとで聖王国に連絡が入れば、話を聞いた教皇猊下が吐血してしまいそうだ。悪いのはパレードを台無しにしようと考えた者だと俺が息を吐けば、片眉を上げた近衛騎士が真面目な表情になる。
「如何なさいますか?」
「晩餐会が終われば、当事者との面会をお願いしたく」
フィーネさまには知られずにと俺は言葉を付け足しておいた。いつかは露見して彼女の耳に入るかもしれないが、今は幸せな気分を台無しにしたくない。妖精さんたちも空気を読んでフィーネさまの耳に入れてくれるなよと考えていれば、近衛騎士が今度は反対の眉を上げた。
「陛下のご許可が下りれば可能ですね」
「何故、陛下が?」
本当に何故そこで陛下の名前がでてくるのだろう。俺が鸚鵡のように言葉を返せば、近衛騎士が小さく肩を竦めた。
「この三日の間に碌でもない話は聞きたくないだろうと仰られておりました」
陛下に気を使わせていたようである。確かに祝いの席では聞きたくない話だろう。けれど。
「私が私自身で招いたことでもあります。聖王国の大聖女さまを自身の下へ迎え入れると決めた時に覚悟はしております」
そうだ。フィーネさまを俺の下へと迎え入れると決めた時、いろいろなことがあると想定していた。外務官として聖王国へ向かい、彼の国の事情も把握していた。だからこうなることはある程度予想していた。
ただ俺の想定が甘く、なにかが起きるのであれば聖王国内だろうと安易に考えていた。もっと深く考えていればヴァナルとロゼさんが動くこともなかっただろうに。こればかりはなにか起こる前にとヴァナルとフソウの神獣さまとロゼさんと俺とフィーネさまに付けてくれたナイさまに感謝しないと。彼女は念のためであり、結果論に過ぎないと苦笑いを浮かべそうだけれど。
「承知致しました。陛下にお伝え致します」
「よろしくお願いします」
近衛騎士に軽く頭を下げた俺は早くフィーネさまの下へ戻ろうと踵を返す。フィーネさまはナイさまの隣でひっきりなしに訪れているアルバトロス王国の貴族と話をしていたようだ。
用意している軽食が美味いと褒められれば、フソウの納豆を進めるのは彼女らしい。フェルカー伯爵閣下にはフソウの納豆の素晴らしさを解きつつ、美容やお通じに良いと説いたそうである。
フェルカー伯爵閣下がフィーネさまの話に食いついてくれるかわからないけれど、数年後に多くのアルバトロス王国の貴族女性が毎朝食べることになるのだろうか。シュールな光景だなあと苦笑いを浮かべながら、俺はフィーネさまと共にまた迎賓室で各人と談笑を始めるのだった。
――晩餐会が終わった。
主催者として最後まで残っているのだが、ガランとなった大きな部屋は随分と寂しい雰囲気を醸し出している。フィーネさまに件の話をどうやって切り出そうかと悩んでいれば、彼女が俺の顔をじっと覗き込んできた。
どうしましたと問われた俺は彼女に隠し事はできないと小さく息を吐いた。いずれにせよ、聖王国の聖冠騎士団の一人が捕まったことを彼女は知っていると、俺が経緯を伝えればフィーネさまが少し考えた様子を見せて顔を上げる。
「エーリヒさま、私もご一緒させてください!!」
「しかし……」
むんと口を真一文字に結んだ彼女が俺に問いかけてくる。でも俺は地下牢に彼女を連れて行けないと渋ってしまった。するとフィーネさまは俺の気持ちを読んだのか、ふっと笑って言葉を紡ぐ。
「私もエーリヒさまの下へ嫁いだのです。嫌なことも幸せなことも二人で分け合いましょう。ね?」
フィーネさまが言葉を紡げば俺の腕の袖口を握り込んだ。何度か彼女はこの行動を取っているのだが、癖かなにかだろうか。他の人にして欲しくないという嫉妬を抱えながら俺は『分かりました』と告げ、あまり捕らえている者に近寄らないようにとお願いをする、そうして晩餐会の途中で俺と顔を合わせた近衛騎士がやってきて、陛下から許可が出たと教えてくれた。案内しますという言葉と同時に彼は『女性もくるのか?』という困惑を抱えていた。
「大丈夫です! 聖王国で何度か牢に足を運んだことはあります。他の貴族のご令嬢よりは耐性を持ち合わせているかと」
フィーネさまの声に近衛騎士が怪訝な表情を浮かべるものの、直ぐに鳴りを潜めさせた。そうして近衛騎士は『参りましょう』と声を上げ、俺たち二人を件の場所まで案内してくれる。
王城にある地下牢には政治犯が多く収容されている。貴族の政治犯は彼ら用のものがあり、内装が凄く豪華になっているとか。罪を犯した貴族が良い環境にいるのは少し違うのではと思ってしまうが、そういうものらしい。地下へと進んだ俺たちは階段をゆっくりと降りていく。
「足下に気を付けて」
「はい。ありがとうございます、エーリヒさま」
俺が先に歩いて後ろを振り返り、フィーネさまに手を差し出す。すると彼女は遠慮気味に俺の手に手を重ねた。歩き始めれば、石畳を蹴る靴音が響いている。案内役の近衛騎士と他の護衛の人たちの音もあって、不思議な音色を奏でていた。
もしかすると、牢にいる人たちには不吉な音に感じているかもしれない。木製の扉を開けば、中は奥になる半分が牢屋となっている。手前の部分には見知った顔が揃っていた。
「どうしてナイさまが?」
俺が声を上げると、ナイさまとジークフリードとジークリンデさんがこちらに顔を向けた。ナイさまは身体の向きを直して俺たちに軽く礼を執る。
「ヴァナルとロゼさんが捕らえてくれましたからね。話は当然、聞き及んでおります」
「しかし、ナイさまがここにくる必要はなかったのでは?」
彼女の主張は理解できるけれど、俺たちの問題だからここに立つ必要はなかったはず。暴漢を捕らえてくれたことはあとで礼をしようと考えていたのにと俺が後ろ手に頭を掻けば、フィーネさまも言葉を紡いだ。
「そうです。私たちの問題なのに……」
「たしかに管轄違いというか、私が関わるといろいろと面倒になるかもしれませんが……友人を狙われて怒らない者はいないでしょう?」
フィーネさまも俺と同じ気持ちらしい。するとナイさまが片眉を上げ、少し照れ臭そうに言い切った。俺とフィーネさまも少し照れてしまい『ありがとうございます』と牢の中で頭を下げる。するとフィーネさまを認めた件の元騎士が鉄格子を掴んで『美しい大聖女フィーネさま!!』と声を上げた。するとナイさまが凄く嫌そうな顔に、ジークフリードも嫌そうに、ジークリンデさんは無表情のままで鉄格子を掴む元騎士を睨んでいた。
若干、ナイさまから魔力が漏れているのに件の元騎士は気付いていない。フィーネさまは呆れて少し息を吐いている。二人の様子に気付けない鈍さは少し羨ましいと感じながら、俺はナイさまに元騎士と話がしたいと声を掛けた。
「話が通じないので、言葉を交わしても意味がないかもしれませんよ?」
ナイさまの言葉に俺は構いませんと告げて、聖王国の元騎士と相対した。フィーネさまも俺の隣に並ぶのかと思いきや、ナイさまと一緒に様子を伺うようだ。一先ずはありきたりなことを聞かないとと俺は声を上げる。なるべく穏やかに。
「何故、私たちを襲おうとしたのでしょう? 貴方の行為は大将格の方が責任を全て背負ってくださったことを無下にしていると分かっているのですか?」
本当にどうして大将格の人の想いを目の前の元騎士は踏みにじったのだろうか。執念は認めるけれど、無謀なことを企てても失敗に終わる可能性が高い。それならばきちんと成功率を高めて行動に移すべきだ。俺なら何年も掛けて周到に用意するけれど、目の前の元騎士には無理だったようである。
「分かっているさ、そんなもの! だから自分は聖王国を捨ててアルバトロスまでやってきた! 皆、美しい大聖女フィーネさまに対する思いが足りなかっただけのこと!! 覚悟が足りなかったのだ!!」
うっと涙を一筋流した元騎士が更に言葉を続ける。
「お前は偶々、聖遺物を見つけ、堕ちた神の件についても関わったことで、美しい大聖女フィーネさまの意思を踏みにじり、教皇猊下、いや教皇に取り入ったのだろう!!」
随分と感情的になっているけれど、俺はフィーネさまを騙したつもりなど微塵もない。フィーネさまがなにか言いたそうに半歩足を踏み出したが、俺が片手でこないようにと制し、ナイさまも彼女の腕を掴んで止めている。
「フィーネの意思を私が踏みにじったことなど一度もありません」
そう告げて俺はフィーネさまの方を見れば、彼女は一つ頷いてくれる。彼女のことを呼び捨てにしたのは、元騎士の感情を逆なでるためである。分かってやっているのだから、割と俺は意地悪らしい。
「そんなわけない! 絶対、教皇猊下も聖王国の皆もお前に騙されているのだ!! 薄汚い手を使って美しいフィーネさまに手を出した! 真っ白でいるべき彼女を汚したのだ!!」
ナイさまが言った通り目の前の元騎士に話は通じないと俺は諦めた。けれど、フィーネさまに対する思いは断ち切って貰わないと迷惑過ぎるだろう。俺はジークフリードにナイさまの耳を塞いでおいて欲しいと、どうにかこっそり伝える。ジークリンデさんとフィーネさまには聞かれても構わないと、俺は元騎士に顔を近付ける。
「そうだな。俺は彼女の心を奪ったし、身体も奪った。意味は分かるよな?」
俺はワザと相手を煽るように、口元を歪に伸ばす。まだ物理的に結ばれていないけれど、前世の記憶を持つ者同士、同じ屋根の下で過ごしていれば結婚まで我慢するのはなかなか難しく。
屋敷の人たちの目を盗みつつ、ギリギリの所まで進んでいた。まあ、途中で止められたというのが事実だけれど……それにしてもジークフリードは本当に凄いよなと感心するのだが、今は目の前の元騎士のことである。どうやらきちんと勘違いをしてくれたようで、鉄格子から手を外してぶつぶつと言葉を紡いでいた。
「エーリヒさまは情熱的でしたよ?」
少し照れているフィーネさまの援護射撃にナイさま以外がぎょっとすれば、目の前の元騎士は涙を流しながら絶叫するのだった。




