1651:幸せを誓う。
王都でのパレードは終わり、夜を迎えていた。
婚姻式も無事に終え、晴れて俺とフィーネさまはアルバトロス王国で夫婦となったわけである。明日には領地で婚姻式が執り行われ、何度実施しているのだと突っ込まれそうなものの、それはそれ、これはこれというべきか。
貴族故の超過密スケジュールに追われつつも、フィーネさまとの時間が増えたことに俺は嬉しいことだと王城にある迎賓室で各々を差配している。誰がどこに腰を掛けるのかは凄く重要なことであり、失敗すれば俺の力量を周りから疑われることになるだろう。気が抜けないと配置図とにらめっこしながら苦笑いを浮かべた。
パレードのあとは俺とフィーネさまが主催する晩餐会が開かれる。陛下が場所が決まっていないなら王城の迎賓室を使えば良いと、提案してくださったのだ。俺は有難いと陛下の提案を受け入れ、王城で晩餐会をすることに決めた。
子爵位なのに随分と高位の貴族の方が晩餐会に参加してくださることを恐縮だと感じてしまうものの、直ぐに伯爵位に就くのだから当然のことだろう。俺が夜会を催せば低位貴族の方は誘い辛い状況になってしまったが、各家ときちんと縁を結べることができるのか。
フィーネさまも子爵夫人として会場で指揮を執ってくれている。彼女は会場の飾りつけ等に気を配って貰っている。男の俺では気を回せないところだから適材適所だろう。
そんなこんなで忙しさで時間を追われていれば、いつの間にか開場時間になっていた。陛下もご参加くださるから本当に緊張してしまう。宰相閣下に内務卿、外務卿、財務卿、農務卿方に外務部の同僚。
貴族家からはメンガー伯爵にハイゼンベルグ公爵閣下、ヴァイセンベルク辺境伯閣下、フェルカー伯爵閣下にロステート伯爵。それにボルドー男爵閣下とナイさまにブルゴーニュ子爵代理としてギド殿下はいわずもがなであった。クルーガー伯爵代理としてマルクスも参加してくれている。カルヴァイン枢機卿と筆頭聖女と筆頭聖女補佐も参加してくれるから、本当に大勢の人の祝福を受けていた。
そうして入場が始まり、爵位の低い招待客から迎賓室へと入って行く。乾杯の音頭を取るため、最初だけは席に着いて貰いあとは立食形式としている。何故、立食形式かといえば、某二柱さまのためである。
二柱さまはナイさまのご友人枠での参加である。招待状も届けて、きちんと参加の返事を貰っているのだから問題はない。ただ女神さまと知らない人は驚くだろうなあと俺が目を細めていると、豪華なドレスを身に纏ったフィーネさまが俺の顔を覗き込んでいた。
「始まりますね、エーリヒさま」
「緊張しますか、フィーネ?」
ふふと笑うフィーネさまに俺は片眉を上げる。すると彼女は悪戯な表情になって小さく笑った。
「皆さまにご挨拶をきちんと果たさなければと気合が入っていますよ! エーリヒさまの夫人として初仕事ですからね!!」
どうやら彼女は俺より肝が据わっているらしい。流石、聖王国を立て直した人であると俺は彼女に惚れ直す。
「じゃあ、俺の奥さんには頑張って貰わないと……というのは冗談で、昨日は聖王国、今日はアルバトロス王都、明日はベナンター子爵領に向かわなければなりません。あまり無茶はしないでくださいね」
本当に過密スケジュールだからフィーネさまは大丈夫だろうか。俺の言葉にフィーネさまは『魔術で誤魔化すことができますから! 倒れるなら明後日以降ですよね』と軽く笑う。そしてなにか考え込んだ彼女がかっと目を見開いた。どうしたのかと俺が身構えていると、彼女はぼそりと呟く。
「……倒れたらエーリヒさまに看病される!?」
「寝込んで辛い顔をしているフィーネを俺は見たくないです」
看病するのはやぶさかではないけれど、好きな人が辛い表情で寝込んでいる姿を俺は見たくない。俺の言葉を聞いたフィーネさまは瞬間的に顔を真っ赤にさせた。
なにか明後日なことを彼女は考えていたなと俺が笑うと、招待客の人たちが俺たちの下へとやってくる。次々と挨拶を交わしていれば、国王陛下がやってきた。俺の前に立つアルバトロス王国の陛下の隣に王妃殿下と王太子殿下夫妻も一緒だった。目が合って礼を執れば、直ぐに陛下から顔を上げろと声が掛かる。顔を上げれば柔和に笑う陛下が俺と視線を合わせて口を開いた。
「おめでとう、ベナンター子爵。陞爵の件について使者から話を聞いたかな?」
「ありがとうございます、陛下。はい。少し間を置き、状況が落ち着いてから叙爵式を執り行うと」
陛下からのお言葉に俺は頷いた。少し前、陛下から俺の下に使者が訪ねて陞爵の件についての話を交わしていたのだ。フィーネさまも交えて行っており、三ヶ月後に式を執り行おうとなっている。本当にただの伯爵家の三男坊が大出世したと苦笑いを浮かべると、陛下が少しばかり意地悪な顔を浮かべる。
「うむ。本物の聖遺物と堕ちた神の一件、そして聖王国の大聖女の心を見事に射止めたのだ。盛大なものにしなければな」
ニヤリと笑う陛下に俺は恐縮するしかない。彼の隣で控えている王妃殿下は『小動物を見ているようですわ』と呟やき、王太子殿下は『父上はベナンター子爵が相当に気に入っておられるようで』と揶揄いの声を上げている。陛下の言葉に俺が礼を伝えると、まだまだ挨拶は続くだろうから早々に退散しなければなと彼はフィーネさまと幾度か言葉を交わして席へと就いている。
このあと宰相閣下や他の官僚トップの方たちの挨拶が続いて、次は教会の人たちへと移り変わっていた。緊張した面持ちでカルヴァイン枢機卿が俺の前に立ち、彼の隣には筆頭聖女と筆頭聖女補佐であるフライハイト嬢とリヒター嬢が控えている。
「ベ、ベナンター子爵、この度はご成婚おめでとうございます! アルバトロス教会一同、祝福を贈らせて頂きます!」
カルヴァイン枢機卿が言葉を詰まらせながら祝いの言葉を贈ってくれる。信仰心の高い彼は元であれ聖王国の大聖女さまがいるという事実に驚きを隠せていないようだ。大聖女ウルスラと対面すればどうなるのだろうと俺が礼を告げると、フィーネさまの番となる。
「カルヴァイン枢機卿。教会ではいろいろとお世話になりました。聖痕は消えてしまいましたが、アルバトロス王国で聖女の活動を行うご許可頂き、誠に感謝しております」
しずしずとフィーネさまが頭を下げれば、耳に掛けている彼女の長い髪がはらはらと落ちていた。礼を解いたフィーネさまは耳から落ちた銀髪を元へと戻す。その仕草が凄く綺麗で俺は見惚れていれば、カルヴァイン枢機卿が背筋を更に伸ばした。
「い、いい、いえ! 治療術を使える方で、教会の許可が降りれば聖女として活動できるのはアルバトロス王国では当然のこと。礼には及びません、はい!」
緊張した顔でカルヴァイン枢機卿が答えると、筆頭聖女と筆頭聖女補佐が半歩前に出て軽く頭を下げた。
「おめでとうございます。ベナンター子爵閣下。アルバトロス教会所属、聖女一同も祝福を贈らせてください」
「良きご夫婦をなれることを、心より願っておりますわ」
フライハイト嬢とリヒター嬢はそのままフィーネさまとも挨拶を交わしている。女性同士であり南の島で顔を合わせる面子だからか、凄く話が弾んでいた。婚姻生活が羨ましいとか、仲良くなれる秘訣を教えて欲しいとか。フィーネさまは凄く嬉しそうな表情で『また今度、お茶の席を設けるのでその時に』と約束を取り付けている。その時に俺の愚痴大会になりませんようにと願うしかない。
また数度言葉を交わせば、彼らもまた俺たちの下を去って行く。今度は貴族家の方たちが俺たちの下へとやってきた。挨拶を終えた人たちは席へと着かず、なにか立ち話をしている。
取り残されると辛いよなあと考えていれば、爵位の高い人たちから祝いの言葉を貰い、今度はナイさまとジークフリードの番になる。ナイさまの後ろにはヴァルトルーデさまとジルケさまも控えていた。どうやら招待された客人そして俺たちに言葉をくれるようだ。ナイさまは俺たちに『今日はお誘いありがとうございます』という平々凡々な挨拶をくれる。まあ彼女とジークフリードからは祝いの言葉は貰っているのだから無難な台詞だ。
「ナイさま、ご参加頂き感謝いたします」
俺が声を上げると、今度はジークフリードが言葉を紡ぐ。
「おめでとう。幸せに」
ジークフリードの言葉は短いものだけれど、友人として嬉しい言葉である。友の期待を裏切らないように努めなければと誓っていれば、フィーネさまもナイさまとジークフリードと言葉を交わしていた。そうしてナイさまが少し後ろに下がって、ヴァルトルーデさまとジルケさまが前に出た。
「おめでとう。エーリヒ、フィーネ」
「ありがとうございます。ヴァルトルーデさま」
お礼の言葉を告げるヴァルトルーデさまはふくよかな恰好のままである。元の姿に戻らないのか不思議でならないが、まあ元の姿を女神さまと認識して欲しくないだろうから、ふくよかな姿はアリといえばアリだろうか。俺が考えていることをヴァルトルーデさまは気付いたようで小さく口を開いた。
「ん。姿を頻繁に変えるのは面倒。このまま明日まで過ごす」
「あたしも髪色変えてるけどよ、なんつーか、長年黒髪で過ごしてきただろ? 違和感があるんだよなあ。こんなんあたしじゃねーって」
ジルケさまも髪色を変えて参加してくださっていた。どうやら容姿の変化は女神さま方にとって、彼女たちの在り方を否定する行為に近いようである。能力が下がるわけでもなく、なにかペナルティーがあるわけではないけれど、ジルケさまが仰った通り違和感が大きいらしい。そういうことがあるのだなと感心していれば、ヴァルトルーデさまとジルケさまとナイさまが口を揃えて『料理を楽しみにしている』と俺たちの下を去って行く。
「相変わらずですね、ナイさまたちは」
「ええ。ブレないですよね」
フィーネさまと俺は面白おかしくなって肩を竦めた。すると今度はメンガー伯爵、俺の親父が挨拶にきてくれる。俺と何度か言葉を交わした親父はフィーネさまへと顔を向けた。
「聖王国の元大聖女さまが私の息子に嫁ぐとは驚きです。息子をよろしくお願い致します」
「こちらこそよろしくお願い致します。お義父さま」
親父の言葉にフィーネさまが深々と頭を下げれば、親父が慌てて頭を上げて欲しいと声を上げる。親父にとって俺が聖王国の大聖女さまを娶ることは予想外過ぎて、なかなか受け入れられない現実だったようだ。でも、俺はフィーネさまとの婚姻を叶えた。だから、彼女を不幸せになんてできやしないと親父の前でフィーネさまと幸せな家庭を築くと誓うのだった。




