1648:聖王国婚姻式。
早朝。俺、エーリヒ・ベナンターは真っ白な燕尾服を着込んで、天馬さま方に乗り聖王国へと辿り着いていた。聖王国側の迎えの人に案内されて大聖堂の中へと入っている。
――わあ……。
ヴァルトルーデさまはバレないようにと変装していた。そう。大聖堂のステンドグラスに描かれたふくよかな女神さまそっくりに。西の女神さまの隣には北と東と南の女神さまである、ナターリエさま、エーリカさま、ジルケさまも並んでいる。大聖堂の中にある控室で俺たちアルバトロス王国一行は四女神さまに視線を集中させていた。ちなみに俺たち一行は、聖王国の七人の騎士と対戦した面子である。
ただヤーバン王国の国王陛下は予定がつかず、代役としてヴァイセンベルク辺境伯夫人が担ってくれていた。立候補してくれた理由は、天馬さまに乗っての移動が堂々とできるからだ。
背格好は同じだから誤魔化すことは可能だが、辺境伯の夫人が良いのだろうかと疑問を抱えるものの、ご本人曰くかまわないとのことだ。女神さまも一緒だから胆力のある人でなければ、俺たち一行には加われないから有難い申し出である。でもやはり、仮面を身に着け黒づくめの格好でいるのはかなり目立つ。まあ他の六人も黒づくめだから良いけれど……。
聖王国の教皇猊下はふくよかになった西の女神さまを見て気絶しそうになっていた。聖王国や各地の教会にあるステンドグラスの絵は変えられないと決まった瞬間でもあるだろう。
大聖女ウルスラさまは苦笑いを浮かべつつ、先程軽く挨拶を済ませている。やはり聖痕を持っていることと慣れもあり、西の女神さまに恐れを抱くようなことはないらしい。むしろ彼女がキラキラと目を輝かせていたことが印象的だった。
聖王国側の選ばれた数名と会話を交わしたヴァルトルーデさまは俺たちがいる控室で少し楽しそうな雰囲気を醸し出している。
「これで堂々としていられる」
ふふんとステンドグラスに描かれた西の女神さまにそっくりなヴァルトルーデさまが呟いた。両隣に腰掛けているジルケさまとナターリエさまとエーリカさまがヴァルトルーデさまを見て苦笑いを浮かべる。
「姉御……それで良いのかよ」
「お姉さまですもの。今回のことで大陸を堂々と闊歩できると考えられているのでは?」
「女神として声を掛けられるのを避けたいならば、丁度良い機会ですわ」
呆れるジルケさまと小さく笑うナターリエさまとエーリカさまにヴァルトルーデさまがまた笑った。
「都合が良い」
ヴァルトルーデさまは西大陸を渡り歩くつもりのようだが、いつから始めるのだろうか。しばらくナイさまの屋敷の世話になると宣言しているようだが、俺は聞くに聞けないと苦笑いを浮かべる。
「ヴァルトルーデさまは、いつから西大陸を渡り歩くのですかな?」
ボルドー男爵閣下が不思議そうにヴァルトルーデさまへと問う。よく女神さまに質問できるなと俺が感心していれば、ふくよかな女神さまは小さく首を傾げた。周りのみんなはボルドー男爵閣下になにを聞いているのですかと慌てている。声には出さないし、止めもしないけれど、不敬になりはしないかと心配しているようだ。問われたヴァルトルーデさまはボルドー男爵閣下と視線を合わせて、少し考える素振りを見せた。
「もう少ししたら。今はナイの屋敷にいることが楽しい」
「飯が美味えかんなー」
そう言っているが、百年くらいナイさまの屋敷で二柱さまは過ごしていそうだと、俺はナターリエさまとエーリカさまの方を見る。なにか西と南の女神さまに突っ込んでくれるかと思いきや『お姉さまは自由ですわ』『わたくしたちもナイのお屋敷でお世話になりましょうか』と呟いていた。北と東の女神さままでナイさまのお屋敷で過ごすことになれば、グイーさまがしょぼくれそうだ。それはいけないと俺がどうしようと悩んでいると、ボルドー男爵閣下が大きく口を開ける。
「ははは! それはようございました。楽しいことがあるのは良いことでございましょうし、食べる品が美味ければ食欲は増しますからな!」
「フランツも一緒に行く?」
カラカラと笑うボルドー男爵閣下にヴァルトルーデさまは放浪の旅に一緒にこないかと誘っている。ボルドー男爵閣下は表情を真面目なものに変えて言葉を紡いだ。
「そうできれば良いのですが、生憎、私はもう歳です。老いぼれを連れて歩けば、迷惑を掛けるだけでございましょう。ヴァルトルーデさまは行きたい所へ、気ままに向かえば宜しいかと」
ボルドー男爵閣下ならあと三十年は元気そうだけれど。女神さまのお誘いを断るなんてと聖王国の人たちであれば怒りそうだけれど、部屋には俺たち一行しかいない。外に聖王国の警備の騎士が立っているだけだから、話が漏れることはないだろう。漏れていれば、凄く大変な問題となりそうだが。
「残念」
「なに。ヴァルトルーデさまには良き妹君がいらっしゃるではありませんか」
眉尻を下げるヴァルトルーデさまにボルドー男爵さまがジルケさまに話を振っている。本当にボルドー男爵閣下の肝はどうなっているのかと俺は小さく笑っていると、ジルケさまが微妙な表情になっていた。すると外の扉からノックの音が聞こえ、どうぞと俺が入室を促せば神職者の人が現れて、部屋の中に二歩足を踏み入れて礼を執った。
「皆さま、そろそろお時間でございます」
「承知しました。行きましょうか、皆さん」
俺がみんなに声を掛ければ、各々席から立ち上がる。これから大聖堂の祭壇の前で教皇猊下が俺とフィーネさまの婚姻のために祝詞を挙げてくれることになっていた。聖王国側の招待客がたくさん集まっており、大聖堂は芋洗い状態になっているとか。
――緊張するなあ。
こんな大勢の前で結婚式、もとい婚姻式を執り行うなんて思ってもいなかった。書類だけ済ませれば、あとは自領でフィーネさまと小さな式を挙げるつもりだったのに。とはいえ費用は聖王国やアルバトロス王国が負担してくれているため文句なんて絶対に言えない。俺が部屋を出て行こうとすると、後ろに気配を感じて俺はなんとなく振り返る。
「エーリヒ、そう緊張するな」
「あれ、分かる?」
仮面を付けているジークフリードが俺を気遣ってくれる。聖王国の大聖堂の規模はかなり大きく、信徒席は五千人収容できるほどだ。五千人が俺とフィーネさまを見ていると考えれば緊張は致し方ない。俺がジークフリードに苦笑いを向ければ、今度はマルクスとギド殿下が声を上げる。
「顔が引き攣ってるぞ」
「緊張するのは致し方ない。簡単な宣誓で終わるから、あとは周りの者たちの視線に耐えられるかどうかだな。なに、エーリヒなら大丈夫だ」
肩を竦めるマルクスとギド殿下は祭壇横で控えているだけである。羨ましいと言いたくなるのを我慢して、俺はしっかりと頷いて大聖堂の祭壇を目指すのだった。
◇
今日は、聖王国の大聖堂で私とエーリヒさまの婚姻式が執り行われる日だ。
信徒席には五千人もの人たちがひしめき合っているし、聖職者の方もほぼ出席している。四女神さまも揃って式に参加してくださるから凄く嬉しいけれど、ヴァルトルーデさまがステンドグラスの西の女神さまに変装すると聞き吹き出してしまった。
ま、まあ、ヴァルトルーデさまは西大陸を漫遊したいそうだから、丁度良い機会なのかもしれないと深く考えないようにしている。私は教皇猊下とシュヴァインシュタイガー卿とアリサとウルスラと聖女さま方と自分で費用を出したウエディングドレスに身を包んでいた。
普段の衣装とはまるで違う感じだし、純白の長いドレスが待機室にいる私を彩っている。椅子に腰かけている私の前には鏡があった。化粧もバッチリと施されて、普段より五割増しで美人になっているはず。これから信徒席の間にある赤い絨毯の上を歩いて、エーリヒさまの下へと向かう予定だ。ドレスの裾を踏んで転んだりしないよねと、鏡の前の私を見た。
「緊張する」
ふうと息を吐いた私は前のめりになろうとして止める。ドレスに化粧が付いては駄目だと瞬時に判断できた。そうしてまた。
「緊張するよぉおお……うっ」
緊張すると言葉に出しても、身体のこわばりは取れそうにない。失敗した時のことを考えるのは止めて、良いことを考えようと愛しい人の姿を思い描く。
「カッコいいエーリヒさまが見られる。ふふ!」
真っ白なタキシードに身を包んだエーリヒさまが祭壇の前で私を迎えてくれると、私の顔の筋肉が緩んでくるのが分かる。ナイさまが初めて聖王国の地を踏んだ時の緊張感と比べれば、全く持って全然マシだろうと私は鏡を見据える。
「だらしない顔をしない。聖王国の元大聖女として気品を失うわけにはいかないもの。うん、そうだよね!」
鏡を見ながら呟いていると、アリサと聖女たちが待機室へと姿を見せた。彼女たちは私が被る長い長いベールの裾を持ってくれて、赤色の絨毯の上を一緒に歩いてくれる。メインで持ってくれるのはもちろんアリサだ。ウルスラも持ちたそうにしていたけれど、彼女には大聖女として教皇猊下の横に立っていなければならない。
「フィーネさま、そろそろお時間だそうです」
「ええ、行きましょうか」
アリサの声に私は返事をした。これでみんなともお別れかと考えてしまうと、また涙が出そうになる。しんみりするのは最後の旅立ちの時だけにしようと、私は小さく頭を振った。
そうして聖女の人たちが私の後ろに回って、ベールを持ってくれる。アリサは大聖堂までエスコートを担ってくれるそうだ。裏手から回り込んで、大聖堂の大扉の前へと私たちは立った。そこにはよく顔を知る人が私を待ってくれている。シンプルな聖職者の衣装に身を包む彼は、聖王国で最もお世話になった人かもしれないと私は礼を執った。
「シュヴァインシュタイガー卿。よろしくお願いします」
教皇猊下にもお世話になっていたけれど、目の前の彼とも凄くお世話になっていた。ナイさまの一件以降に彼と私は聖王国を断ち直すべく奔走していたのだから。両親と縁を切っている私にとって、彼は親代わりと言っても過言ではない。
「フィーネの父親役を私が務めるとはねえ。長く生きていれば、こういうこともあるのだね。感慨深いよ」
シュヴァインシュタイガー卿が皺を更に深めながら笑った。よろしくお願いしますと私が告げれば、係の騎士が『扉を開けます』と教えてくれた。そうして大扉が開いたずっと先の祭壇に。豆粒姿のエーリヒさまを私の視界が捉えたのだった。
◇
フィーネさまがゆっくりとヴァージンロードを歩いて俺の下へと辿り着く。
手を伸ばせば、シュバインシュタイガー卿の腕から彼女が離れて俺の腕を取った。ベールの奥に見える彼女がうっすらと笑っているのが見えた俺は、彼女に向かって誰にも聞こえないように囁く。
「世界で一番、綺麗です。フィーネさま」
「エーリヒさまも、誰よりもカッコいいですよ」
俺の言葉を聞いたフィーネさまは驚くものの、彼女も褒めてくれる。なんだか照れ臭くなって、自分の顔が赤く染まっている気がするけれど、フィーネさまと一緒に祭壇の下で待ってくれている教皇猊下へと進むのだった。




