1647:婚姻式前日。
慶事がきて数日が経っていた。方々からお祝いのお手紙が届いているのだが、少々恥ずかしいというのが私の本心である。
何故かグイーさまとテラさまからもお祝いの言葉を頂き、ナターリエさまとエーリカさまからも同じくお言葉を頂いていた。更にシェクトさまとヴォイドさまとプライムさまも通信機で祝ってくれた。グイーさまから情報が漏れたようで、私のプライベートはどうなっているのかと問い質したくなった。
生理用品の件についてはフィーネさまが快諾を下さり、吸湿性の良い綿か布はないかと探してみたり、伸縮性の高い布がないかと方々に当たっている。アルバトロスの王妃殿下と王太子妃殿下、亜人連合国のダリア姉さんとアイリス姉さんも興味を持ち、アガレス帝国のウーノさまも一枚噛みたいと申し出があった。さらにフソウの帝さまとヤーバン王国のアリーさま、ミズガルズ神聖大帝国の第一皇女さままで協力したとのことである。四大陸全土を巻き込みそうな勢いであるが、割とノリノリな方たちは近くにもいた。
「少しでも快適になるなら、ご協力は惜しみませんわ」
「ええ。気にせず、運動ができるとなれば女性騎士たちも喜びましょう」
アストライアー侯爵領領主邸の執務室で、セシリアさまとアルティアさまがにっこりと笑いながら言葉を紡いだ。冒険者ギルドにも問い合わせをして、なにか良さそうなものがないかと聞いている。
「あまり動けないのは頂けないですからね」
私はセシリアさまとアルティアさまに苦笑いを浮かべた。初めての月のものが終わり、私は仕事に励んでいた。生理痛は酷くなかったけれど、生理用品の発達が未熟なため部屋から出れなかったことが一番の苦痛だったかもしれない。本当にこの世界の女性たちはよく耐えていられるなあと感心してしまいそうになる。開発を始めたばかりなので特に進捗はなく、望んでいるものが手に入るまで待ちの状態となりそうだ。
「仕事に戻りましょうか」
「はい」
「ええ」
私の言葉にセシリアさまとアルティアさまが頷いて、窓から陽の光を浴びながら私は執務を開始するのだった。
◇
聖王国。大聖堂・祭壇前。
エーリヒさまとの婚姻が目前に控えているため、私は母国へと戻っている。久しぶりに祭壇の前で膝を突いて祈りを捧げたことに新鮮な気持ちを抱えながら、私が立ち上がれば控えていたアリサとウルスラが小さく笑っている。
彼女たちと一生会えなくなるわけではないけれど、お別れしなければならないと思うと感傷に浸ってしまいそうだ。大聖女の仕事はウルスラ一人できちんと回っていると聞いたし、聖女たちもアリサを筆頭に纏まっているとのこと。
変な神職者がいれば教皇猊下に直接連絡を入れられるようになったし、変な騎士がいれば連絡を入れられるようにもなっていた。私が聖王国を去る前に聖女の地位をもう少し高くできれば良かったけれど……そこだけは心残りかなと苦笑いを浮かべる。
「折を見て、また聖王国に戻ってくることもありましょう。その時は皆さま温かく迎えてくださると嬉しいです」
いつもより静かな大聖堂の祭壇前で私は言葉を紡ぐ。すると私の名前を呟きながら、すすり泣いている聖女が何人かいた。あー……私まで泣いてしまいそうだと、目尻に込み上げてくるものが流れないように努める。
「フィーネさま、またお会いしましょう。それに私たちがアルバトロス王国へ向かうことがあるかもしれません」
「その時はフィーネさまがお迎えしてくだされば、私たちは嬉しいです」
ウルスラとアリサが声を上げる。二人もちょっと泣きそうなっているけれど、懸命に笑みを作ろうとしてくれていた。おめでたいことだし、悲しいなんて全くないのに涙が出そうになるのは不思議だ。
納豆が常に手に入ることと、常にエーリヒさまが側にいてくれる環境になるのは凄く嬉しい。けれどやはり、長年共に過ごしてきた彼女たちと別れるのは寂しい。
みんなとそれぞれ別れの言葉を交わしていれば、神職者の方たちも聖堂の祭壇前へと姿を現している。ほとんどの方は元フィーネ派、現ウルスラ派か教皇猊下派だ。黒の枢機卿派と前教皇猊下派は壊滅状態であり、息を吹き返そうと意気込んでいるようだけれど教皇猊下が目を光らせて派手な動きは取れていない。
私は神職者の皆さまにも別れの挨拶をしていれば、四角い顔の宣教師の前に立った。あれ、いつの間に他国から戻ってきたのだろう。彼は熱心な宣教師としてほとんど聖王国にいない。一年で数日間過ごしているくらいではないだろうか。上背がある彼は私を見下ろして、細い目を更に細める。
「まさか、私がいない間にフィーネさまが国を出て行くことが決定していようとは。いやはや、悲しいです。しかし新天地で神の布教に努めてくださるとのこと。私も宣教師としてもっと頑張らねばなりませんね」
眉尻を下げる四角い顔の宣教師に私は口を開く。
「はい。大聖女の地位は失いましたが、アルバトロス王国で聖女として活動することが決定しております。聖王国の教え、いえ女神さまの教えの素晴らしさをアルバトロス王国の皆さまにお伝えできるよう努力して参ります」
すらすらと思ってもいないことが私の口から出る。目の前の彼が西の女神さまと私に面識があることを知れば、どんな表情を見せてくれるのだろう。まさか血の涙を流しながら『狡いです!』とか言い出さないよねと私は不安に襲われる。いや、でも明日で私は聖王国を去るのだから、妙な事にはならないとごくりと息を呑む。
「フィーネさまの聖痕が消え、なにがあったと心配しておりましたが、ええ。そういうことだったのですねえ」
四角い顔の宣教師の細い目がちょっとだけ開かれている。大聖女の持つ聖痕は愛している人のキ……ちゅーで消えてしまうことは、歴代の教皇猊下と大聖女と聖痕認定官しかしらない。
どうして目の前の彼はしたり顔をしているのだろうか。しかも、いつも開いているのか閉じているのか分からない目が確実に開いている。ひえーーーーと私の肝が冷えて行くのを感じて、逃げるように私は彼の下を去り次の人に声を掛ける。
そうして私が大聖堂の人たちと最後の挨拶を終えれば、四角い顔の宣教師はどこかに消えているのだった。
◇
今日は早く外務部の仕事を切り上げていた。
俺と一緒にユルゲンも早く仕事を切り上げて、アルバトロス城の廊下を歩いている。聖遺物を見つけたこと、堕ちた神さまの一件を解決した切っ掛けを起こしたこと、フィーネさまと婚約したこと、子爵位を賜ったことで俺は王城で一躍時の人であった。ナイさまと懇意にしているだけでも、結構いろいろと俺のことを口に出す人は多かったのだが、この半年間は本当に王城の中で俺はみんなから注目を浴びていた。
「エーリヒ。ついに明日ですね」
「うん……緊張してる。まさか三日も婚姻式を執り行うなんて思ってもいなかったよ」
ユルゲンが真面目な表情で問いかけ、俺は苦笑いを浮かべて言葉を返した。本当に婚姻式が三日も続くとは思ってはおらず、フィーネさまと領地でこじんまりと式を挙げる予定が、聖王国の教皇猊下とアルバトロス王国の陛下の打診によって大きく変わった。
一日目は聖王国で式とパレードを行い、二日目はアルバトロス王都で式とパレードを、そして俺の領地でも式を挙げるため、三日かかることになったのだ。
俺の領地で行う婚姻式も招待客は凄い面子となっている。グイーさまの使者として北と東の女神さまがやってきてくれるし、神さまの島からグイーさまとテラさまも見てくれているそうだ。ナイさまも当然参加してくれるため、ヴァルトルーデさまとジルケさまも一緒である。
フィーネさまはハイゼンベルグ嬢――今はブルゴーニュ子爵だけれど――とヴァイセンベルク嬢――マルクスがクルーガー伯爵位を継げば伯爵夫人――がこれないことに少し寂しさを覚えているようである。そしてフィーネさまは自由連合国の代表である、フォレンティーナ・サンドルさまにも招待状を送っていた。代表は聖王国の式に参加してくれるとのことで、フィーネさまは少し嬉しそうにしていた。
手紙のやり取りはまだ続いているそうだし、イクスプロード嬢と大聖女ウルスラさまとも代表とやり取りが続いているとか。
招待客は本当に大勢いるなあ。もし仮に前世で同じ規模の式を挙げるなら、世界的に有名であっても無理ではないかと俺は目を細める。するとユルゲンが肩を竦めて口を開く。
「元大聖女さまを娶るのですから当然でしょう」
たしかにフィーネさまは聖王国の大聖女だった。でもフィーネさまは普通のどこにでもいる女の子である。こじんまりと俺の領地で式を挙げようと二人で一緒に考えていた時は、本当に慎ましい規模だった。ブーケトスをしたいとか、両親へ手紙を読みたいけれど、親はいないからお世話になった人たちに向けて読みたいとか、本当にフィーネさまのお願いは可愛らしいもので。
だというのに聖王国では亜人連合国の巨大型竜の方たちがタイミングを見計らって大聖堂の上を飛行してくれ、アルバトロス王国では超大型竜の方とグリフォンさんたちと天馬さま方が王城の上と飛んでくれるとのことである。
俺の領地でも飛んでくれる話が出ていたけれど、領地の人たちが驚くからと丁重にお断りを入れた。アガレス帝国のウーノさまからは祝いの品を頂いているので、なにかお返しをしなければと考えている最中である。なにか良いものはないかなと考えるものの、俺にできることは限られていた。料理のレシピとかでは駄目かと首を傾げていると、ユルゲンがまた口を開く。
「やけ食いをしてはなりませんよ。衣装が合わなくなりますからね」
「分かってる。凄い細かく採寸された……しかもエルフの反物で燕尾服を仕立てるとは思っていなかった」
ユルゲンが苦笑いで俺に助言を送ってくれた。身体にフィットして綺麗なラインが出せるようにと、仕立て屋の人たちが俺の身体に巻き尺を凄く細かく当てていたことをはっきりと覚えている。仕立て屋からも測った時から体型が変われば不格好になる可能性があるため、体型維持に努めるようにと口酸っぱく言われたのだ。一年前から運動量を増やしているし、不格好になることはあるまい。
エルフの反物は婚約した時にナイさまからの贈り物で、上質な物を頂いていたのだ。
いや、本当にエルフの反物を俺が纏うようになるとはと驚くものの、やはり出来上がった燕尾服は一線を画すものであった。フィーネさまはエルフの反物、それも妖精の鱗粉が付与されているものである。
フィーネさまは目をキラキラと輝かせながら、これでウエディングドレスを仕立てれば凄く素敵なものになると喜んでいた。この辺りはあまり衣装に頓着していない男と、ファッションに興味を持っている女性との違いが如実に現れたというか。聖王国に向かえばそのウエディングドレスに身を包んだフィーネさまが待っているから、今から楽しみである。
「三日間、頑張ってくださいね」
「気合入れないと、途中でへばりそう……」
ユルゲンと会話を交わしながら俺はタウンハウスに戻って、早々に自室へと戻るのだった。
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