1646:たまには安堵。
ヴァルトルーデさまが生理痛を抑えてくれるなんて、凄く贅沢な気がする。
まあ、微妙な顔と態度だった私を見たヴァルトルーデさまが、はわはわして痛み止めを施してくれたわけだが。ジルケさまはそんなヴァルトルーデさまを苦笑いしながら『おー、おめっとさん』という言葉を私にくれたわけだが。
私に月のものがきたと判明して四時間が経っているが、侍女長さまのお陰かこの話は屋敷の皆さまに知れ渡っているようだ。恥ずかしいというか、照れるというか。前世を経験しているから、二度目のことになるため誰にも言わないで欲しいという気持ちは湧かなかった。
ただ月のものに理解を示せない男性が多い上に、女性まで『穢れ』という認識を持っている方が少なからずいるようで。
私的には子供を生むためには必要なものだし、妊娠し辛い体質の方たちは苦労しているのも知っている。科学が進んでいない世界だけれど、少しは理解が進んで欲しいと願わずにはいられない。
自室から執務室へと戻ればセシリアさまとアルティアさまが嬉しそうに私を迎えてくれたのだが、顔を見るなり微妙な雰囲気になった。あまり顔色がよろしくないと言われて、今日はもう休むようにと執務室を追い出される。ジークとリンと一緒に部屋に戻れば、クロとヴァナルとロゼさんが凄く困り顔で私を見ている。雪さんと夜さんと華さんはしたり顔でヴァナルの隣に控え、毛玉ちゃんたちはイマイチ状況を掴めていなかった。
痛み止めは効いているから仕事も普通にできるのに、顔色が悪いと追い出されようとは。
生理痛が酷い人は吐き気があるとか、実際吐いたりするらしい。前世で子宮に五キロだか七キロの腫瘍ができ、内臓が圧迫されて吐血、即入院、即手術をした友人によると、生理で痛みがある人は病気だから産婦人科に早く行けと豪語していた。
とはいえ病院に掛かるほどではないんだよなーと私はジークに部屋から出て欲しいと伝え――理由はきちんと説明した。臭うと恥ずかしいからと――て、クレイグとサフィールにも部屋にこないで欲しいとお願いしておく。怪訝な表情を浮かべるジークだけれど、リンに『兄さん早く出て行く』と言われて渋々出て行ってくれたところである。追い出してゴメンと言いたいが、いろいろと思う所があるわけで。
ヴァナルと雪さんたちと毛玉ちゃんたちも鼻が良いから、分かっているかもしれない。でも、今までお屋敷の女性陣に対して口にしているところは見ていないから、ヴァナルたちは紳士なのかもしれない。
私の体調が伝わっているのか、ロゼさんはヴァナルの頭の上でうねうねとスライムボディーを動かしていた。クロはご意見番さまの知識があるお陰で、生理のことは知っているそうである。エルフの女性陣から話を聞いたとか。ちなみに百年に一度の頻度らしい。
「うーん……微妙な感じ」
机に身体を倒して私は突っ伏した。リンが苦笑いを浮かべながら側に寄ってくれて、腰を擦ってくれる。おお、なんだかちょっと楽になったと顔を上げれば、眉を八の字にさせたリンの顔が見えた。
「大丈夫、ナイ?」
「うん。座っているとね……立ち上がりたくなくなるんだよねえ」
「ああ」
へへと笑えばリンが小さく笑っていた。そういえばリンが月のものの時は普通にしているし、私の警護にも就いてくれていた。一応、大丈夫かと問うて大丈夫と返事がくるから問題視していなかったけれど。私に月のものがきたから、話を聞く良い機会かなと話題を振った。
「リンは痛いとか気持ち悪いとか言わないね?」
「私は違和感があるなってくらいだから。人それぞれみたいだね。女の騎士の人で休んでることあった」
私とリンはこうして話ができるのも女同士だからだねえと笑う。そして私はそうだと机から身体を起こす。
「フィーネさまに生理用品の開発をしたいって要請送ったから、環境がマシになると良いなあ。あとは貴族の人たち向けと平民の人たち向けの品も考えてみないと。激しい動きする人用にもなにか考えたいけれど……」
「関係なく動けるようになるなら嬉しい」
リンは月のものがくると訓練を休んでいる。生理用品が発達していないため激しい動きをすれば、言わずもがなである。なんだか商機を見出したかもしれないと、お金がちゃりんちゃりんと落ちる音が私の頭の中で鳴った。伸縮性のある布と吸湿性の高い布か綿があれば良いけれど。あとは撥水加工ができれば今の状況よりマシになりそうだ。リンと話していれば、眠気が襲ってきた。
「今日と明日はゆっくり過ごそうね、ナイ」
「うん。あ、リン」
そう告げるリンに私は素直に頷くも、伝えておかなければならないことがあると口を開く。
「今日の夕食だけれど、お代わりを用意しなくて構わないって伝えてくれる?」
食欲はあるけれど、あまりお腹に納められる気がしない。だからお代わりはいらないかなとリンに伝えたものの、何故か彼女は凄く微妙な表情になる。
「良いけれど。本当に大丈夫、ナイ?」
「心配しすぎ。明日も同じ調子かもしれなけれど、明後日にはマシになってるから」
こればかりは、その時になってみないと分からないと私が笑えばリンが分かったと告げて。いつの間にか私は椅子の上で寝扱けているのだった。
◇
――アストライアー侯爵領領主邸・調理場。
ご当主さまに女性の証が訪れたそうである。先程、ほくほく顔で侍女長が知らせにきてくれ、我が調理部は夜の食事を作りながらやったやったと喜びあっていた。私は料理長として調理部の皆を指示する身である。こういう時こそ職権を乱用しなければと私は声を上げる。
「今日はめでたい日だ! 急遽となるが、ご当主さまが好きな料理をたくさん作ろう!」
私の声に皆の表情が輝いて、一斉に私を見る。
「そうですね。ご当主さま、喜んでくださるでしょうし!」
「ユーリさまがいらしてくださるから、そう心配はしていなかったけれど、やはりご当主さまの子が爵位を継ぐべきですからね!」
はははと笑い合いながら、慣れた手つきでそれぞれ担当の料理を作っている。手の空きそうな者はいるかと、私が声を上げれば方々から手が上がった。
なにを作るかは食糧庫と相談しなければならないが、ご当主さまがたくさん量を確保してくれているし、自由に使って良いものがたくさんある。ご当主さまが美味しいと目を細めながら、食事を摂る姿を夢想した。
背が伸びて少し大人びているご当主さまであるが、まだまだ成長の余地はある。背が伸びると言われている食材を使って料理を作れば、ご当主さまは我々を怒るだろうか。いや、しかしもう少し背が伸びて、安産型になって欲しいと思うのは私の身勝手になるのか。ともかく、めでたいことが起きたと皆の調子が高い内にパパっと作ってしまおう。
「ああ! アストライアー侯爵家の未来は明るい! 半年後にはご当主さまの婚姻式だからな! 離乳食を今から考えておいても、神さまは怒らないはず!」
「気が早いのでは?」
私の声に即座に若い調理人が反応した。はははと皆で笑えば、自然と私の口角も上っている。
「なに、すぐに訪れるさ!」
ボウルに入ったソースを器具で混ぜながら私が答えれば、料理場に静かに訪れる者がいた。
「ごほん! ご歓談中、失礼致します。料理長、ご当主さまからの知らせでございます」
侍女長が驚きの言葉を言い放ち、私はボウルの中身をぶちまけてしまう。即座に調理部の者が『なにやっているんですか、料理長』と告げ布巾で零れたソースを拭き取った。
「え? ご、ご、ご当主さまが!? た、体調が優れぬので?」
以前もご当主さまがお代わりをなさらないことがあったが、あの時は事前に連絡が入ることはなかった。もしかして天変地異の前触れだろうかと私が目を見開いていれば、侍女長が呆れた顔を浮かべている。
「月のものなので個人差はありますが、そういうこともありましょう……ご当主さまからのお言葉はお伝えいたしました。では」
颯爽と去っていく侍女長を見送って、私は調理部の皆の顔を見た。皆、困惑の表情で『ご当主さまが?』『大丈夫なのか?』『病人食を用意した方が良いのでは?』と口々にしている。
「……と、と、とりあえず、お代わりは必要ないとのことだから、いつも通り、あ、いや。少くなめに用意しよう。余れば屋敷の皆の食事に回せば良いだけのこと……あとは……ぬう」
私が考えあぐねていれば、皆も一緒に思案してくれているようだ。ご当主さまに食欲がないのであれば、食べやすい品を提供した方が良いだろう。しかし今から大きくメニューを変更するには少々問題がある。なにか良い手はないかと眉間に皺を寄せると、一人がぱっと挙手をする。
「スープはどうでしょう? たしか、身体が冷えるから温めた方が良いと聞いたことがありますよ」
「はっ! それだ!!」
良く思いついた! と私は彼を褒めたあと、南瓜のスープを作ろうと作業を開始するのだった。
◇
アルバトロス王国、王城・執務室。
執務室で政務をしていれば、なにやら廊下の外が騒がしい。なにごとだと執務机に腰掛けたまま私が顔を上げれば、警備の近衛騎士が様子を見てまいりますと告げた。
彼が廊下へと進もうとすれば、宰相がバタバタと走って執務室にいる私の前に立つ。息も絶え絶えだから、少しは運動をした方が良いのではと口から出そうになるのを我慢していると、宰相が息を整えたあと口を開いた。
「へ、陛下!! アストライアー侯爵に、アストライアー侯爵にっ!!」
「落ち着いてくれ。嫌な予感しかしないが……話はきちんと聞く」
アストライアー侯爵の名を反芻する宰相の口からなにが聞こえてくるのかと私は身構える。彼の慌てぶりからするに、また創星神さまがやってきたのだろうか。それとも別の創星神さまがやってきたとか。女神さまがまた引き籠もってしまい、西大陸に危機が訪れたのだろうか。それとも新たな聖遺物がまた見つかったのか。どんなことが彼の口から飛び出しても、私は泰然としていなければと己を律する。
「女性の証が訪れたそうです!!」
宰相の声に執務室にいる者が『おお』と感嘆の声を上げた。私は宰相の言葉を頭の中で『ジョセイノアカシガオトズレタ……?』と何度か反芻した。あれ、なんだ。事件が起こったのではないのかと、手に持っていたペンがぽとりと落ちる。
「なんと、なんと!!」
私はようやく宰相の言葉を理解して、両手を机に置いて椅子を少し跳ね飛ばして立ち上がる。
「これでアストライアー侯爵家、一番の心配事が解決したな!」
珍しくアストライアー侯爵からの報告が慶事であることに驚きを隠せないが、めでたいことだと胸が躍った。最悪、アストライアー侯爵家が一代で終わることも頭の片隅にあったのだ。半年後には赤毛の双子の兄と婚姻を果たす。その前に訪れて良かったと、私は脱力して椅子に腰を下ろした。
「陛下、良かったですねえ」
宰相がなんとも言えない調子で声を上げ、私は『ああ、本当に……』と呟いて大きな息を吐く。本当に事件ではなく、めでたいことで良かったと安堵して。




