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1644/1646

1644:無事に終了。

 ――ふう。どうにか無事に終わった。


 ナイさまに先程の外務部の同僚について語れば『身の回りに近付けないようにしておきます』と言い、側仕えとして控えていたハイゼンベルグ公爵夫人とヴァイセンベルク辺境伯夫人が青筋を立てていた。ヴァルトルーデさまはイマイチ分かっていない様子だったけれど、変な者がいたということだけは理解してくださったようである。ジルケさまはナイさまは苦労しているなと溜息を吐いていた。

 

 俺はフィーネさまと一緒に会場を去る人たちを見つめているのだが、また、夜会を開くことがあるのだろう。


 ただ聖王国の元大聖女さまというネームバリューが大きく、しばらくは参加する側に回りそうだ。彼女に無理をして欲しくないから、俺がきちんと彼女の様子を気にしておかなければと肩を竦めた。


 「フィーネさ……フィーネ、お疲れさまです。戻って、ゆっくりしましょうか」


 さま付けを払った彼女の名を言い慣れないけれど、慣れていかなければなと俺は苦笑いを浮かべた。


 「お疲れ様です、エーリヒさま。そうですね、早くお風呂に入りたいです」


 やはり元日本人ということで風呂は大事な要素となっているようである。ナイさまも風呂の時間を大切にしているようだが、アルバトロス王国の人たちは水が無駄になると言って毎日入ることはない。貴族家出身の綺麗好きは毎日入ると聞いているが、果たしてどれだけの人が毎日入っているのやら。少し疲れた様子で笑うフィーネさまを見た俺は早く戻りましょうと告げて、彼女の手を取った。


 小さくて細いその手に、俺は彼女を大切にしなければと再度誓う。消えた聖痕の影響によって、彼女の魔力量が減少しているそうだ。それでも一般的な魔力量より多いとか。

 ナイさまには遠く及ばないが、アルバトロス王国で聖女として勤めることも可能らしい。フィーネさまはベナンター家を盛り上げるためにと今は必死に教育を受けている。無理はしないで欲しいけれど、俺のためと分かっているので止めて欲しいとは言えない。


 随分と静かになっている会場の廊下を二人で歩く。こつんこつんと靴底の音とヒールの音が高い天井に響いて耳に心地よい。ふと、お腹が空いたと感じて、俺はフィーネさまの方を見る。


 「なにか食べたいものはありますか?」


 「納豆です!」


 真剣に答えるフィーネさまに俺は目を丸く開くのだが、彼女らしいと直ぐに目が細くなる。アルバトロス王国にきてからというもの、アストライアー侯爵家経由で納豆が届けられている。

 ストックは十分にあるので食することに関しては問題ない。ただ食べ過ぎると身体に影響があると前世で芸能人が言っていた気がするから、少し気を払っておかないと。とはいえ今日は夜会の準備で朝から忙しく、俺もフィーネさまも軽くしか食べていない。手早く和食を作っても良さそうだなと俺は笑った。


 「本当に好きですね、納豆」


 「美味しいですからね」


 ふふと笑うフィーネさまに俺は和食で食べたいものはあるかと聞いてみる。どうやら彼女は白ご飯とお味噌汁に卵焼きと納豆という黄金セットを望んでいるようだ。作ることに手間は掛からない品だと俺は考えて、ある提案をしてみる。


 「朝ご飯みたいですが……今から食べられますか? ご飯を炊くから時間が掛かってしまいますが、俺、作るので」


 王都にタウンハウスを持つことができたため、結構自由が利くようになった。厨房の人たちも俺が料理をすると知っているし、女神さまに食事を提供したことがあると知って、それ以降は厨房に入っても嫌な顔を全くしない。

 むしろいろいろと教えて欲しいと言っているので、技術や知識を貪欲に吸収している人たちである。俺は自身の料理の腕や知識を誰かに教えることに抵抗はないし、むしろ美味しい料理を作ってくれる人が増えるなら大歓迎だ。焼き菓子も教えて欲しいと彼らから乞われているから、これからベナンター家の厨房はどうなっていくのだろう。少し期待していることに気付けば、フィーネさまがきょとんとしながら口を開いた。


 「え、良いんですか? もちろん嬉しいです。あと納豆を忘れないでくださいね!」

 

 彼女の呆けた顔は直ぐに笑みに変わった。


 「ええ」


 単純な料理をそんなに楽しみにしてくれるなら、ちょっと凝ったことをしてみようか。といっても、卵焼きにネギを入れるとか、変わり種でチーズとか。マヨネーズもあれば更に優しい味の卵焼きになる。味噌汁もキノコ類を入れても良いし、ロステート伯爵閣下から頂いている豚肉を使って豚汁にしても良し。このメニューなら鮭か鯖が欲しいところだけれど、生憎と食糧庫に保管はされていない。

 

 フソウに問い合わせをすれば手に入るだろうか。


 輸送に関してはナイさまがフソウから取り寄せる際に、俺が発注したものを一緒に持ってきて貰えば凄く安上がりになる。ナイさまはフソウから頻繁に取り寄せているため、ほとんど激安価格で輸送できているのだから有難い限りだ。

 それにナイさまが気を使って提案してくれたことだから、本当におんぶにだっこというか。でもまあ、ちゃっかり新作料理はありませんかと言われたことには、食べることに対して本当に貪欲だなと感心したけれど。


 「エーリヒさま?」


 「はい?」


 フィーネさまが俺の腕の袖を何度か引っ張った。


 「なにかありましたか? 何故か楽しそうです」


 「いえ、ナイさまと出会えて、快適な生活を送っているなと」


 もちろん大変なこともある。彼女がなにかトラブルに巻き込まれると、外務部は一気に忙しくなる。今は人員も増えて余裕が出てきたけれど、俺が入部したときは人手が足りずみんな仕事に追われていたのだ。今は予算が増やされたお陰で人員も増えている。各国との交流が増えているから仕事は常にあって、シャッテン外務卿曰く『昔、外務部が左遷部署と言われていたことが懐かしい』と感慨深そうに呟いている。


 俺は昔の状況をしらないけれど、外務部歴が長い先任の人はシャッテン外務卿の言葉にうんうんと力強く頷いていた。だから本当のことのようだが、やはり俺は過去の外務部が左遷部署で暇だったという事実が呑み込めないというか。

 

 でもまあ、ナイさまと出会えたお陰で今の俺があるし、隣にはフィーネさまがいる。それはとても幸せなことで、明るい将来をいろいろと夢想してしまう。


 「そうですね。ナイさまがいなければ私は聖王国で大聖女のままだったでしょうし……ナイさまには感謝しないと! でも、怒ると怖い一面もあるので……敵に回したくないですよねえ」


 「あはは。でもナイさまは一度仲間と認めれば、早々怒ることはないですから。呆れて注意されるくらいではないでしょうか?」


 うん。ナイさまが身内と認めている人にキレている姿を想像できない。懐の深い良い人だよなあと俺は目を細めれば、フィーネさまが微妙な表情になっている。


 「怒ったナイさまを目の前にしたことがない人が言える台詞かもしれません、エーリヒさま」


 「そうかもしれませんが……フィーネさ、フィーネはナイさまを怒らせる気なんて全くないでしょうに」


 もしかすると一度、敵に回したことがあるフィーネさまだからこその台詞かなと俺は納得して、二人で馬車に乗り込んでタウンハウスへと戻るのだった。

 

 ◇


 ――本当は私がベナンター子爵主催の夜会に向かいたかった。


 とはいえアルバトロス王国の頂点を務める私が、子爵位を持つ者の夜会に参加したとあれば少々問題がある。流石に伯爵位以上の家が主催した夜会でないと面子が保てないというか……周りがなにを言うか分からないのだ。

 だから私は息子である第二王子のライナルトを向かわせた。今頃、楽しんでいる最中だろうかと私は息を吐く。執務室で双子星を見ながら晩酌をしていた私の下に近衛騎士の者がやってきた。近衛騎士は私の姿を認めれば、出入口の扉の前で敬礼を執り口を開いた。


 「陛下、ご報告でございます。ライナルト殿下がお戻りになりました。時間が許せるならば、ご報告をしたいと殿下が仰っておられます」


 「わかった。連れてきてくれ」


 承知致しましたと告げた近衛騎士は早々に執務室を出て行く。その姿を見送った私は執務室に一緒にいた宰相と視線を合わせた。すると宰相が片眉を上げながら言葉を紡ぐ。


 「無事に戻ってこられたようですなあ」


 「アストライアー侯爵主催の夜会ではないし、ベナンター子爵の身内を多く招待したと聞いている。であるならば、なにも起こらないはずだ」


 宰相に私は溜息を吐いた。ベナンター子爵主催の夜会でまで事件が起こったなら、私はどうすれば良いのだろうか。持っていたワイングラスを執務机に置き、私は息子の到着を待つ。

 いったいどのような夜会であったのだろうか。私がまだ殿下と呼ばれていた頃に爵位の低い家が開いた夜会に参加したが、やはり高位貴族が開く夜会とは違う雰囲気があった。王城の迎賓室で開かれるものとは違い、少し華やかさに欠けるというべきか。招待されている者たちも、高位貴族の所作と比較すればやはり足りない部分がある。


 ライナルトの到着を宰相と共に待っていれば、執務室に二度ノックの音が鳴り響く。取次ぎを経てライナルトが執務室へと入ってきた。ここ五年で、随分と逞しく成長したものだなと彼の父親として感慨深くなる。教育も滞りなく進んでいるし、将来の妃とも関係は順調なようだ。このまま無事に学院を卒業してアルバトロス王国のために働いて欲しいと願わずにはいられない。


 「陛下。夜分遅くに申し訳ありません」


 「構わない。して、夜会はどうであった?」


 私が応接用の椅子に座るように促せば、ライナルトは失礼しますと声を上げる。ゆっくりと腰を下ろした彼を見た私も応接用の椅子に腰を下ろせば、宰相がすかさず私の後ろに控えるのだった。


 「軽食やデザートが充実していたようですが、他は至って普通かと。ベナンター子爵は物腰柔らかい方でしたし、聖王国の元大聖女もにこやかな方でございました」

 

 ライナルトが笑みを携えて報告を入れる。どうやら食事関係が充実していたようで、流石はベナンター子爵と言わざるを得ない。女神さま方や創星神さまに食事を提供した彼だ。手は抜けない部分だろうと私はうんうんと頷く。

 

 「他にはあるか?」


 「そうですね。夜会がそろそろ終わるという頃に、アストライアー侯爵の下へ行こうとした者がおりました」


 「ぬ」


 ライナルトの言葉に私の片眉がぐっと上がる。なにをしているのだろうか、その者は。アストライアー侯爵と既知であればまだ問題はないのだが、きっと、おそらく、知人でも友人でもあるまい。アストライアー侯爵はアルバトロス王国内での貴族との繋がりは薄い。一体どうなったと私がライナルトに問おうとすれば、先に彼が口を開いた。


 「ベナンター子爵に止められておりましたよ」


 苦笑いを浮かべるライナルトに私は心の中で盛大に安堵の息を吐いた。流石、ベナンター子爵だ。災害の芽を先に摘んでくれるとは。私はなにか彼に褒美を与えた方が良いだろうかと思うものの、碌な者でなければアルバトロス王国に必要ないと決め、ライナルトに無謀な者は誰か分かるかと問えば外務部の者だと教えてくれるのだった。

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ナイ様本人と女神様・侯爵家一同そして陛下にもヘンな輩が出たと報告が ナイ様は警戒しますって……甘い甘いですよ!外務部の不埒者は近近に処分が下されるでしょうが しかーし黒い悪魔の例の如く一匹居れば百匹居…
2026/07/13 21:18 あかマント
更新お疲れ様です。 ご飯に納豆、味噌汁、玉子焼き。更に塩鮭か鯵の干物かメザシと漬物が付けば、ザ・日本の朝ご飯ですな〜w まぁこのセットが揃うのもアストライアー侯爵家の恩恵と言えますが、エーリヒ君も料…
エーリヒ君、すさまじく陛下の評価が高い。まあ、侯爵がいる限りそうもなるか。
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