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1642/1646

1642:時間の流れ。

 ――親父、大丈夫か?


 俺の父であるメンガー伯爵がアストライアー侯爵、もといナイさまに声を掛けられていた。ナイさまの出世の速さに驚いている父は、年下の女性に声を掛けられることで凄く緊張をするらしい。

 肩の上には竜が乗っているし、ナイさまの影の中にはスライムとフェンリルとケルベロスが潜んでいることも知っている。彼女の一声で亜人連合国、ヤーバン王国、フソウ国、アガレス帝国も動いてくれると分かっていることも、父の緊張感を高めるらしい。


 招待客の人たちとの挨拶を終えた俺とフィーネさまは会場の中で周囲を見渡していた。暇にしている人はいなか、飲み物にありつけない人はいないかと、結構気を配るべきことが多い。

 そんな中、視界の隅っこで父とナイさまが話している姿を見つけたわけである。父は鯱張っているようで、緊張からマトモにナイさまと話せていないようだった。多少の失礼であればナイさまは見逃してくれるから、首が飛ぶような心配はしていない。ただ緊張から変なことを父が言ってしまわないかと気になってしまう。すると俺がエスコートしているフィーネさまにちょんちょんと服の袖を引っ張られる。


 「エーリヒさま、如何なさいました?」


 身長差でフィーネさまは上目遣いになっていて、俺の婚約者は今日も可愛くて綺麗だと自惚れそうになる。ちゃんと彼女の疑問に答えなければと緩くなりそうな顔を引き締めて、俺は視線を合わせた。


 「父がナイさまと話をしておりまして。大丈夫かな、と」


 「……なるほど。ナイさまの人となりというか……プライベートな部分を知らなければ、女傑で通りますからね」


 フィーネさまが俺を見上げながら眉尻を下げて困り顔になっていた。そうしてフィーネさまは俺から視線を外して会場を見渡す。父とナイさまを見つけた彼女は目を顰めて、数瞬無言になると今度はまた俺と視線を合わせる。

 

 「ナイさまに変なことを言わなければ大丈夫かと」


 たしかに。父がナイさまになにか言うことはないはずだが、お願いとかでれば彼女は話を真に受ける可能性が十分にある。隣にジークフリードやジークリンデさん、そして高位貴族の夫人と二柱の女神さまが控えているから、今の懇願は聞き入れない方が良いと助言してくれるはずだ。


 あとは父よりも他の招待客の人が彼女になにかを望んだり、言いがかりを吹っかけなければ良いけれど。ナイさまは今や四大陸全土で名を馳せている人物で、喧嘩を売っても得るものはないとマトモな人なら分かっている。ただ、マトモでない人が割と多く彼女に突っかかって行くと、俺は外務部の報告書を読んで学んでいる。本当に世の中はいろいろなことが起こって、突飛な人も数多くいると知った。


 「そうですね。行きましょうか」


 そう声を上げた俺にフィーネさまが小さく笑う。やはり俺の彼女、いや婚約者は可愛いと思い直して、会場にいるボルドー男爵閣下の下へと二人で進むのだった。


 ◇


 メンガー伯爵さまと会話を終えて、次は誰に声を掛けようかとジークと話していた。


 フェルカー伯爵さまとロステート伯爵さまには、いつもお世話になっておりますと挨拶を済ませて、いえいえこちらこそと穏やかに話を終えたのだ。マルクスさまとギド殿下とユルゲンさまとも軽く話をして、ボルドー男爵さまにも声を掛けた。


 自分から進んで声を掛けるべき人はいなくなったと私は息を吐いて、隣にいるジークを見上げる。相変わらず背が高く顔の良いジークだけれど、黒い詰襟の衣装は似合って普段と雰囲気が違う。

 本当にジークがこうして私の隣に立っていることが不思議だ。いや、婚約者となったのだからパートナーとして夜会で隣に立つのは当然だけれど。うーんと考え込みそうになったから、これではいけないと私の口から適当な言葉が漏れてしまう。

 

 「ジーク。カッコ良いね」


 私の言葉にジークが口元に手を当てて顔を赤く染めて視線を外す。セシリアさまとアルティアさまがなにか言いたげにしているけれど、会話に加わることはなさそうだ。ジークは口元に当てていた手を放して、凄く真面目な顔で私を見下ろした。


 「ナイも綺麗だ」


 言われ慣れない言葉に自分の顔が赤くなるのを自覚する。今日の衣装は可愛い系というより、綺麗系のものを選んでいた。まさかジークから綺麗という言葉が飛び出してくるとは思わず、私は彼から思いっきり視線を外して軽食コーナーに身体を向けた。


 「……ありがと。ご飯、食べに行こ」

 

 「ああ」


 ジークの返事を聞いた私は彼の腕を引っ張って先を歩く。更に後ろの人たちがにやにやしているような気配を感じて無視を決め込んだ。誰かが見ているところで迂闊なことを口走るものではないと悟って、軽食コーナーの一角に立つ。

 美味しい数々の料理が並んでいて、中にはクリームコロッケが鎮座している。他にも手に取りやすい料理がたくさんあって、目に優しくお腹を刺激する光景が広がっていた。私が胸を躍らせているならば、二柱さまも同じ心境だろうと彼女たちに視線を向ければ目を輝かせている。流石、エーリヒさまがチョイスした料理だと感心しながら、自分一人で味わうのは駄目だと二柱さまに声を掛けた。


 「ヴァルトルーデさま、ジルケさまもいただきましょう」


 「いいの?」


 「いいのか!」


 私の声にヴァルトルーデさまとジルケさまが身を乗り出した。二柱さま――特にヴァルトルーデさま――は興味本位で夜会に参加したようだけれど、私のあとを付いて回るだけではつまらないはず。

 二柱さまであればご飯に一番興味を示してくれると声を掛けたわけだが、喜んでくれるなら良かった。セシリアさまとアルティアさまにも勧めてみたけれど『太るので』と若干羨まし気にお断りの言葉が飛んでくる。リンは護衛だからと言って食べる気は全くないようだ。それなら遠慮なくと軽食コーナーに立つ私たちは興味の引く品をお皿に取り分けていく。


 私は最初に目についたクリームコロッケをお皿に盛った。あとはローストビーフに鴨肉のコンフィ、硬いパンの上に盛られたキャビアが乗った品もあるからどんな味がするのかと興味を引かれてお皿に乗せる。

 

 「ジークは食べないの?」


 「ああ、今日は十分に食べたからな」


 私の言葉にジークが小さく顔を横に振る。ジークは夜に食事をあまり食べない主義だから、強くは勧められないかと私は苦笑いを浮かべる。騎士の人たちも体重管理を行っているのだろうか。格闘選手のように体重別で階級を分けることはないから、気にせず食べても良さそうに思えるけれど。もしかして自身にとって一番動き易い体重のラインを見極めているのだろうかと片眉を上げれば、ジークが少し離れた場所を見ていた。


 「ナイ、あっちに甘いものがある。行くか?」


 「あとで行こうかな。教えてくれてありがとうジーク」


 私が返事をすれば、逃げやしないから一先ず取った料理を食べようと少し人気が薄い場所に移動する。二柱さまもお皿の上の料理を落とさないようにと歩いていた。セシリアさまとアルティアさまは私たちを見ながら微笑ましそうにしている。

 ソフィーアさまとセレスティアさまとは違う視線にむず痒さを感じながらも、お皿の上に持った料理を見れば気にならなくなった。さあ食してみようといただきますと私は声を上げる。何故か二柱さまも続き、料理を口に頬張った。そうして一品目を嚥下すれば幸せな気分が湧いてくる。


 「美味しい」


 「美味しいね」


 「美味いな」


 ふふふと私とヴァルトルーデさまとジルケさまが笑う。そうしてどんどんお皿の上の料理をお腹に納めていくのだがどの料理も美味しい。侯爵家で出てくる料理と同じ品もあるけれど、少しばかり味付けに特徴があったり、盛り付け方に工夫があったりと違っていて面白い。まだまだ食べようとお皿の上を片付ければ、近くに寄ってくる方がいた。なんだと空になったお皿をテーブルの上に置けば、ボルドー男爵さまが誰かを連れてこちらへきている。


 「アストライアー侯爵閣下」


 「ボルドー卿、如何なされました?」


 苦笑いを浮かべるボルドー男爵さまが私に声を掛けた。隣には彼と同じ年齢くらいのダンディーな小父さまが並んでいる。謁見場では見たことがない方であるが、ボルドー男爵さまと会話できる方ならば知人か友人か果ては家の関係者か。ボルドー男爵さまが仮に敵対人物を連れてきたならば、今のような穏やかな雰囲気ではないだろう。それならば特に気を張る必要はないかと私はお二人と相対する。


 「紹介したい者がおりましてな。よろしいかな?」


 「ええ、卿の紹介ならばもちろんです」


 ボルドー男爵さまには迷惑を掛けるなよと私は牽制しておく。するとボルドー男爵さまが小さく肩を竦めた。今の彼の仕草で政敵ではないと確信した私は連れの方に目礼をする。


 「初めまして、アストライアー侯爵閣下。私は――」


 どうやら手広く商いを営んでいる方のようだ。フェルカー伯爵さまのように国外との取引はしていないものの、アルバトロス王国内の品であればどんなものでも扱っているという触れ込みを聞かされる。

 気が向けば発注を掛けてみて欲しいと店の名前を教えてくれる。王都の商業区に本店があり、支店を各領地にいくつか持っているとのこと。彼の目的はアストライアー侯爵領にもゆくゆく支店を出したいのかもしれない。私はどんな商品を取り扱えるのかを聞き出せば、話は終わったようである。丁寧な礼を執った彼はボルドー男爵さまの横に並ぶと、また一礼して場を去って行く。

 

 「すまないな、ナイ。いろいろと声を掛けられているが、断れない者もいてな」


 「大丈夫です。複数、買い付けをする店があった方がもしもの時のためになりますからね」


 ボルドー男爵さまが断れない人がいることに私が驚いていると、二柱さまが『美味しいものが手に入りそう?』『ヨウカンを超える甘味がねーか期待だな』と声を漏らしていた。二柱さまの声にボルドー男爵さまは苦笑いを浮かべながら私を見下ろす。


 「そう言って貰えるなら助かる」


 なんだかボルドー男爵は丸くなったと、私は片眉を上げるのだった。

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― 新着の感想 ―
エーリヒ君とフィーネ様はメンガー伯とナイ様のやり取りを気にしつつ 会場周りの様子にナイ様方に喧嘩を売るようなマトモでナイ人が近づかないかと「外務部」調べに寄ると意外にヘンな輩が多大居るらしく……(*^…
2026/07/11 21:53 あかマント
更新お疲れ様です。 ひと通りの挨拶を終えた後は、エーリヒ君とフィーネちゃん主催のパーティーという事で、ナイちゃんと女神様方が楽しみにしていた御飯タイム~♪ (╹ڡ╹ ) ナイちゃんと女神様方は食べて…
軽食コーナーで、しっかりと主食を摂取する勢いで取り皿満杯にするアストライアー侯爵閣下と従者2柱(初見の人には意味不明w)……彼らの食い付きを基準に読んでるから、ご馳走に手を付けないでいられる人達に感嘆…
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