1641:誰に声を掛けよう。
係の人に名前を呼ばれたため、ジークと並んで会場へと向かう。後ろにはリンとセシリアさまとアルティアさまとヴァルトルーデさまとジルケさまが控えている。
会場にはいろいろな方がいるものの、外務部関係の方が多い雰囲気があった。メンガー伯爵さまも招待を受けていたようで、会場で談笑に興じている。私のあとにはアルバトロス王国の第二王子殿下であるライナルトさまが婚約者さまと共に入場していた。
陛下の名代かなと私が首を傾げていると、鼻をくすぐる良い匂いが漂ってくる。匂いの元は軽食コーナーからのようで、係の人が忙しなく料理を運んでいた。あとで食べに行こうとジークの腕の袖を引っ張った私に彼は『挨拶周りが終わったら行こう』と告げる。もちろん主催者さまへの挨拶は大事なことだし、招待客の方たちとの会話も大事だろう。
今回、エーリヒさまの関係者が多いから、新規にご縁を結べる方がいれば良いけれど。
きょろきょろと周りを見渡せば、随分と私に視線が刺さっている。今まで後ろで控えていたジークが隣に並んでいるから珍しいのだろうか。それともセシリアさまとアルティアさまが招待客ではなく側仕えとして控えているからだろうか。うーんと私が考え込んでいると、ジークがいつの間にか私の顔を覗き込んで片眉を上げた。
「見られているな」
小さく笑いながら私に聞こえるだけの小声で彼が言葉を紡いだ。まあ私に刺さっている視線はジークにも刺さっている視線と同じかと肩を竦める。
「見られているね」
『だねえ』
クロも視線を感じているようで、尻尾を私の背中にてしてしと打ち付けている。毎度、痛くないので力加減が上手いと感心して、私たちはエーリヒさまとフィーネさまがいる壇上を目指した。
エーリヒさまは礼装に身を包み、フィーネさまもドレスを纏いハーフアップに髪を結っている。胸元には綺麗な首飾りが光っており、結構な値段が張りそうだ。エーリヒさまが贈ったのだろうかと考え込む前に挨拶をしなければと私は小さく頭を下げた。
「本日はお誘い頂き感謝いたします。ベナンター卿」
「ようこそお越しくださいました。アストライアー侯爵閣下」
お互いに頭を下げれば、小さく笑い合う。私はジークに視線を向ければ、小さく頷いた。
「ベナンター子爵閣下。今宵は楽しませて頂きます」
「ガル男爵。長剣、ありがとうございます。使いこなせるか分かりませんが、大切にさせて頂きます」
ジークとエーリヒさまはお互いに照れ臭そうに笑っていた。ジークが挨拶をする姿は珍しいと新鮮な気持ちを抱きながら、私は今度はフィーネさまの方を見る。
「フィーネさま。衣装、似合っておられますよ」
「ありがとうございます、ナイさま。ナイさまもとても素敵ですよ。あと、反物をありがとうございました! エーリヒさまと相談して、アルバトロス王都の服飾店で仕立てて貰おうと決めました! すっごく楽しみです!!」
フィーネさまが楽しそうに笑う。まるで遊園地に行く子供のような無邪気な顔だけれど、エーリヒさまは彼女を見て照れているようである。
何気に熱が冷めていないようだから、邪魔しては悪いと言い残して私はジークと共に壇上を去れば、次々とエーリヒさまを目指して招待客の方たちが足を進めていた。私は壇上から降りれば、周りをきょろきょろと見渡す。伯爵位以上を持つ方は少なく、目立つところでメンガー伯爵さまとフェルカー伯爵さまにロステート伯爵さまだろう。彼らは固まって、なにやら話込んでいる。
「うーん……食品関連で右に出る人はいなさそうだね」
食べ物関連はフェルカー伯爵さまとロステート伯爵さまが一番有名であろうと、私はジークを見上げた。
「食べ物も良いが、他のことも関係を広げておいた方が良いんじゃないか?」
ジークは片眉を上げながら他の家とも縁を繋げる方が良いのではと告げる。たしかに他家とも縁を繋ぐべきかもしれないが、多く関係を持つと少々面倒になりそうだ。
しかし、エーリヒさまの人脈はしれっと凄い方とあるのだなあと感心していれば、私はライナルト第二王子殿下を見つけた。おそらくライナルト第二王子殿下は陛下の名代であろうから、挨拶を真っ先にしておこうかとジークと相談する。ジークも私の意見を取り入れてくれて、ライナルト第二王子殿下の下へ行こうと告げた。ライナルト殿下は婚約者の方を連れ、誰に挨拶をしようかと迷っているようだ。それならばタイミングが良いだろうと私は殿下の下へと歩いて行く。
「ライナルト殿下。お久しぶりでございます」
「お久しぶりです。アストライアー侯爵閣下。閣下の御活躍にはいつも心を躍らせております」
ライナルト殿下が苦笑いを浮かべていた。隣に控える婚約者さまは少し緊張しているようである。取って喰いやしないのだが、もしかしてヴァルトルーデさまとジルケさまが怖いのかもしれないと、私はちらりと二柱さまを見た。すると件の二柱さまは『力は抑えている。完璧』『ナイが怖いだけじゃねーか』と言いたげな表情になっていた。セシリアさまとアルティアさまは私の邪魔をしてはならないと、本当に静かに控えてくれている。
ちゃんと話をしなければと私は視線を戻して殿下を見据えた。
「いえ。私が問題を起こしてしまい、アルバトロス王国上層部の皆さまにはご迷惑をお掛けしております」
本当に私がなにかに巻き込まれる度、相談しているのはアルバトロス王国上層部である。尻拭いをして貰っているのだから、アルバトロスには足を向けて眠れない。他にも女神さま関連で忙しかった時期があるようだから、本当にいろいろとお世話になっている。第二王子殿下は小さく笑いながら言葉を紡いだ。
「お気になさらないでください。閣下が御活躍するたびに、アルバトロス王国の名も上っていますので」
「そう仰って頂ければ助かります。また、ご迷惑をお掛けすることがあるかもしれません。その時はまたよろしくお願い致します」
「はい」
私が頭を下げれば殿下が短く返事をくれた。私は婚約者さまにも声を掛けておいた方が良いだろうと、彼女と視線を合わせる。相変わらず、私が見上げる形となるのは致し方ない。テオもアンファンもライナルト殿下もタケノコのように身長が伸びているのだから。そしてライナルト殿下の婚約者さまももう少し時間が経てば、アルバトロス王国の成人女性の平均身長になるだろう。
「以前はお声掛けできず、申し訳ありませんでした」
「い、いえ! 閣下の数々の功績に、私は驚いてばかりです!」
まだ学院生だろうに、こうして夜会に出て社交に励まなければならないのは本当に大変である。とはいえ第二王子殿下の妃となるのであれば必要なことだ。まだあどけなさが残る彼女に私は苦笑いを浮かべ、長居はしない方が良いだろうと殿下の下を去った。そうしてメンガー伯爵さまと視線が合ったので、私はジークに『メンガー伯爵さまにご挨拶しようと』声を掛けるのだった。
◇
あ。アストライアー侯爵と何故か目が合った。
我が息子、エーリヒから招待を受けた私は、王都の商業地区にある夜会会場に立っている。ライナルト殿下と閣下が会話を交わしていると私の視界に偶々入って、少し様子を伺っていただけなのに……先程まで話を交わしていたフェルカー伯爵とロステート伯爵は私の下にはいなかった。
え、もしかして私一人でアストライアー侯爵の相手を務めるのかと、胃の腑がキュッと締まる。だって……だって……彼女の隣にいる赤毛の背の高いロウ男爵はただならぬ気配を醸し出しているし、後ろに控えている赤毛の双子の妹も並々ならぬ雰囲気である。
そしてなにより、何故、ハイゼンベルグ公爵夫人とヴァイセンベルク辺境伯夫人を従えているのか。更に後ろには西の女神さまと南の女神さま――息子から不敬を働かないでと教えて貰っている――もいらっしゃるのだ!
「ぐふぅ」
これから起こり得る未来をありありと描いてしまい、私の口から変な声が出た。すると私の従者に『ご当主さまお気を確かに!』と耳打ちされて我に返る。いかん、曲がりなりにもメンガー伯爵家の当主である私がみっともない態度を執るわけにはいかないと背筋を伸ばした。
「メンガー伯爵卿、この度はご子息のご婚約、おめでとうございます」
「あ、あ、ありがとうございます。アストライアー侯爵閣下! まさか我が息子が聖王国の大聖女を娶ることになろうとは。夢にも思っておりませんでした」
侯爵の言葉に私は乾いた笑いしか出なかった。だって、そうだろう? 自身の息子、それも三男が自力で聖王国の大聖女さまと縁を持ち、なんと見事に彼女の恋心を射止めたのだから。
政治的に判断され、聖王国の大聖女を娶ったというのであれば、まだ納得ができるかもしれない。息子が学院の一年生の時は平凡な息子と評していたのに、今ではメンガー伯爵家の中で一番出世した者となった。次男がエーリヒに嫉妬して少しやさぐれているが、その内、功績が大きすぎて嫉妬も湧かなくなるだろう。
「自慢の息子さんですね」
「ええ、それはもう!」
小さく笑うアストライアー侯爵に私は冷や汗が止まらない。だって、後ろにいる方たちが『うだつの上がらない伯爵など相手にしなくても良いのでは?』『メンガー伯爵家は以前からぱっとしない家柄ですもの』と聞こえてきそうなのだ。
つつがなく伯爵家という大きな家と領地を無難に運営するのも才能だが、公爵位や辺境伯位を持つ方たちには分からないことのようだ。そして女神さま方も『話が終わったら、やっと食べられる?』『挨拶回りが終わるまで我慢しろよ、姉御』と囁いていた。
「彼らの婚姻式が楽しみです。私も招待を受けておりますので、その際はよろしくお願い致します」
「は、はい! 息子が閣下にご迷惑をお掛けすることもありましょうが、何卒お許しください」
私の言葉にアストライアー侯爵が『私がベナンター卿にご迷惑を掛けておりますので。ご協力できることがあればお申し付けください』と仰った。本当に我が息子はアストライアー侯爵と仲が良い。一応、彼らの過去を私は知っているのだが、男と女が友人のように親しくなるものかと疑問を抱えていれば、アストライアー侯爵が私の下を去っていく。
「はあああああ」
私の口から盛大な息が漏れるのは当然だった。
7/10~ コミックシーモアさまでコミカライズ版第九話、他配信サイトさまにて第八話が配信開始されますー! よろしくお願いいたします!!┏○))ペコ




