1640:とある夜会に参加です。
ご当主さまは相変わらず、優しいというか、おせっかいというか、私たちに気を使い過ぎている。
王都にある子爵邸を管理している人から『テオとアンファンは侯爵家のタウンハウスに向かうように』と告げられ、言われるままに足を向けていた。先程、ご当主さまとの面会が終わっている。
私もテオさんも成長期が身長がどんどん伸びているため、ご当主さまが凄く小柄に見えてしまった。ご当主さまは『背が伸びました』と嬉しそうにしていたけれど、私たちにご当主さまの喜びは理解できそうにない。
ご当主さまは相変わらずアルバトロス王都の中で有名人である。つい最近、堕ちた神さまの一件を片付けることができたという創星神さまの夢を見たのだが、ご当主さまも解決の一助を担っていたとか。聖王国の大聖女フィーネさまがアルバトロス王国のエーリヒ・ベナンター準男爵、いや子爵の下に嫁ぐのも、ご当主さまがなにか聖王国に揺さぶりをかけたのではないかと噂されていた。
私はご当主さまが他の人の婚姻話に介入するか不思議であった。ベナンター子爵も大聖女フィーネさまもご当主さまの友人と聞いている。お二人は自然と惹かれ合ったとも屋敷の人から聞いているから、噂は結構適当のようだった。
私たち二人が呼び出された理由は大きなことではなく、世間話程度のものだった。執務室を出てテオさんと暫く一緒に歩いていれば、彼がはあと溜息を吐く。
「子供扱いじゃねえ、俺たち……?」
「だね」
呆れたような、困ったような顔を浮かべたテオさんに私は答えた。一年半、彼と一緒に王都のミナーヴァ子爵邸で過ごしたお陰か、敬語は取れており今ではため口で話している。テオさんも私に対しての遠慮や性別の差は薄くなっているようで、自然と会話ができているはずだ。本当に一年半という時間はあっという間だったと私は肩を竦めた。
「まあ、仕方ねーけど」
「うん」
テオさんも私もご当主さまに助けられた身だ。だからきっとアストライアー侯爵家で働いている人たちより、ご当主さまに目を掛けて貰っていた。助け出されたばかりの頃はいろいろと反発していたから、凄く恥ずかしい。
ご当主さまはなにも言わないけれど、屋敷の人たちは『良い方向に変わったね』と口にして頭を撫でてくれる。扱いが子供なのは仕方ないけれど、もう十四歳となったし、養成校を卒業するのだから頭を撫でるのは止めて欲しかった。お互いに肩を竦めると、テオさんが両の手を頭のうしろに回した。彼が後ろに手を回した時はなんだか落ち着きがなさそうな感じを受ける。何故かは分からないものの、私は彼のその仕草が好きだった。
「ようやく、ユーリさまの下に戻れるな」
「長かったけど、ご当主さまが長期休暇の時は領地に戻れるように手配してくれていたから。半年後はユーリと会い放題」
ユーリと数ヶ月顔を合わせないだけで随分と成長している。私たち同年代の成長よりも、ユーリくらいの幼い子供の成長の方が凄く早い。半年後にアストライアー領主邸へと戻れば、また成長したユーリの姿が見えるだろう。
ユーリもいろいろと屋敷の中を理解してきているようで、ご当主さまを『お姉さま』と呼んでいる。私のことは『アンファンお姉ちゃん』と呼んでくれるから、ユーリがご当主さまを『姉』と呼ぶことに不満はない。
そもそも私とユーリは血の繋がりを持っていないから、お姉ちゃんと呼んでくれるだけで満足だ。ただ、ユーリがもう少し歳を重ねれば、きちんと上下関係を理解して私のことを呼び捨てにするはず。そう考えると、姉妹というより侍女と仕える主人ということになるなと私は目を細める。
「良かったな。あとはユーリさまの侍女になれるかどうかか」
テオさんが両手を頭のうしろに回したまま、私に視線を向けた。にっと笑っているから『ユーリさまの侍女にちゃんとなるんだぞ』と言いたいらしい。
「だね。せっかく養成校を卒業するから、他の人たちに負けたくないなあ」
ご当主さまは私と同年代の子を集めて、ユーリの側仕え試験をすると仰っていた。他の子はご両親から直接、侍従や側仕えとしての教育を受けている。私は訓練校に通わせて貰っているし、卒業して、試験に落ちたとなれば、学校に迷惑が掛かってしまうだろう。
だから落ちることはできない。不安はあるけれど、訓練校の厳しい講師の授業を受けてきた。耐えられず訓練校を辞している子もいるのだから、私は堂々としていれば良いはず。しかし、テオさんは騎士訓練校を卒業したあとはどうするのだろうか。あまりこの手の話はしていなかったと、私は言葉を紡ぐ。
「テオさんは領地に戻るの?」
「おう。領地に戻って、もっと強くなる。訓練校の教師陣よりヤベー人がいるからな」
私の声に、テオさんが頭に回していた両手を解いた。たしかにアストライアー侯爵家の警備部の人たちは特殊かもしれない。フソウという北大陸にある小さな島から招かれたお爺ちゃんたちは、警備部の人たちをばったばたと薙倒している。
ジークフリードさんとジークリンデさんは『邪竜殺しの英雄』の名にふさわしく、物凄く強いと聞いていた。そりゃご当主さまの専属護衛だから強いのは当たり前だけれど、二人は細身だからあまり信じられないというか。時折、警備部の訓練には亜人連合国から遊びにきた小型の竜の方も混じっていて、尻尾で警備部の人が吹っ飛んで行く姿を見たことがある。テオさんも同じ目に合いそうだと私は目を細める。
「頑張って」
「なんだよ、そのお前には無理みたいな視線は!」
テオさんがうがー! と怒るけれど、怖さは全く感じない。冗談だと分かっているし、こういうやり取りが私は好きである。
「そんなこと思っていないよ! 失礼だなあ」
私が笑えばテオさんが『なんだよ』と愚痴っている。養成校の友人とも違う心地の良い時間を楽しく感じながら、私とテオさんは王都の侯爵邸をあとにするのだった。
◇
私がアルバトロス王都にある侯爵家のタウンハウスに寄った理由は他にもある。
茜色の空の下。私はめかし込んで、夜会に参加するため王都の商業地区にある大きな催事場を目指していた。馬車の中にはジークが一緒に乗っていて、今まで護衛として外で控えていたから私にとって凄く新鮮だ。後列の馬車にはヴァルトルーデさまとジルケさまが乗っていて、二柱さまと一緒にセシリアさまとアルティアさまも同席している。ご夫人方は女神さまと一緒で緊張すると言っていたが、ソフィーアさまとセレスティアさまのように慣れてしまうだろう。
私が窓の外に視線をやれば、リンが真面目な顔で周囲を警戒している。でも、なんとなくいつもと様子が違う……というか、私が窓の外を見ればリンと視線がよく合うのだが、今日は全くと言って良いほど合わない。苦笑いを浮かべて、私は前に座るジークを見た。
「リンがちょっと不貞腐れてる」
ジークは真っ黒な詰襟の衣装に身を包んでいる。身体にフィットしている衣装だけれど、ジークは細身で鍛えているからバッチリ似合っていた。腰に佩いているレダもおめかししていて、普段の鞘とは変わっていて儀礼用のものを着用している。私の声にジークは窓の外をチラリと見て片眉を上げた。
「仕方ないんだが……あとで構ってやってくれ」
私は『そうする』と返すと、ジークが小さく肩を竦めた。ジークの横には長い箱が鎮座している。中身は主催者さまへの贈り物で、ドワーフの職人の方が鍛えた鉄製の剣だ。私の横にも四角形の箱があって、中身はエルフの方が編んだ反物である。流石に衣装を贈るわけにはいかず、反物を選んだのだが気に入って頂けるだろうか。
「もう用意したから、渡すだけだろう?」
ジークが悩んでも仕方ないと言えば、私の肩の上に乗っているクロが口を開いた。
『気に入ってくれると良いねえ』
すりすりと顔を擦り付けるクロに私は『そうだね』と答えれば、会場へと辿り着く。馬車がゆっくりと止まれば、ジークが先に降りて、私をエスコートしてくれる。リンが兄さんズルいと言いたげな表情になっているが護衛に徹してくれていた。
私がリンに向けて苦笑いを浮かべると『あとで一緒に寝よう』という視線が飛んでくる。私はまあ良いかと小さく頷くと、リンが途端に小さく笑うのだった。そうして後列の馬車からは二柱さまとご夫人お二方が降りてきて、私たちと合流する。
「ナイの側仕えとして控える」
「あたしは姉御の面倒をみなきゃな」
「私も側仕えとしてご当主さまの側に控えさせていただきます」
「ええ、わたくしも。不埒な輩は吹き飛ばしましょう」
二柱さまとご夫人お二方が良い顔で私を見ていた。ジークは女性に囲まれているため黙り込んでいる。私とジークの立場が逆なら両手に華だったねえと彼を見ながら『行こう』と告げて、玄関ホールを目指した。
まだ、招待客はまばらであるものの、ちらほらと見知った方がいる。ユルゲンさまにマルクスさまにギド殿下が声を掛けてくれ、皆さまの奥方さまはご実家で穏やかに過ごされているとか。ソフィーアさまとセレスティアさまは侯爵家当主である私の側仕えとして、なるべく早く復帰すると意気込んでいるそうだ。私は無理をしないようにと彼らに告げて、控室へと係の人に案内される。
控室に入れば、ボルドー男爵さまが椅子に腰かけていた。私の姿を見るなり、席から彼が立ち上がる。
「ボルドー卿」
「アストライアー侯爵閣下、久方振りですな」
私は先に声を上げておいた方が良いだろうと彼の名を呼べば、髭を撫でながらにっと笑った。そして二柱さまにも会釈をしている。相変わらず元気そうで良かったと私は安堵していれば、霧隠れの亡国について問われた。
「これで聖王国が潰れたら、高笑いが止まらないのだがな」
くつくつとボルドー男爵さまが笑う。聖王国が潰れると、本日の主催者さまの片割れが泣いてしまいそうだけれど良いのだろうか。だから私はボルドー男爵さまと視線を合わせてから言葉を紡ぐ。
「不敬ですよ、ボルドー卿。聖王国を失えばどうなるか分かっておられるのでしょう?」
「アストライアー教が立ち上がるだろうな!」
むうと私が顔を顰めれば、ボルドー男爵さまがにっと歯を見せながらまた笑う。そうなると困るから是非とも聖王国は永遠に続いて欲しいのだ。聖王国よ、永遠にと私が願っていれば、係の人が部屋を訪ねてくる。どうやら時間になったようで、呼び出しが始まったとのこと。ボルドー男爵さまは私との会話を止める。
「呼ばれたな。先に行って参りますぞ、閣下」
「また後ほど」
全く、変なことを言い出すものだと私は肩を竦め、私が呼ばれる番をみんなと一緒に待つのだった。




