1639:婚姻時期。
霧隠れの亡国の一件やエーリヒさまの陞爵の件で私はアルバトロス王国の王都へと向かっている。報告すべきことを終えた私たちアストライアー侯爵家一行はタウンハウスに顔を出していた。いや、お客さまがくるために足を運んだというべきか。
来賓室にはアリアさまとロザリンデさまも同席しており、結構な大所帯となっている。私の前には銀糸の髪を綺麗に纏めた――いつもは下ろしているけれど、今日は気分で結んだそうである――フィーネさまが紅茶を一口嚥下して、ティーカップをソーサーの上へと戻した。
「いやあ、毎日エーリヒさまと顔を合わせられるので幸せです」
てれてれ、いや、でれでれとした顔を浮かべてエーリヒさまが物凄く素晴らしい方であると力説している。仕事が早く終わった日にはエーリヒさまは手料理をフィーネさまに振舞っているそうである。
婚姻式までは同衾は我慢すると二人で決めているため一緒に寝られないことが寂しいけれど、式のあとを凄く楽しみにしているそうだ。テンションの高いフィーネさまであるが、アルバトロス王国と聖王国を行ったりきたりしているため、割と忙しそうである。その合間に女主人としての教育も受けているそうだ。結構大変なことだが、これからエーリヒさまを支えなければいけないため気合が入っている。
私は少し呆れながらフィーネさまの話を聞いていると、肩の上のクロがご機嫌で言葉を紡ぐ。
『良かったねえ、フィーネ』
「はい。本当に! でもまさか天馬さまに乗って迎えにきてくださるとは思ってもいなくて……私の冗談だったのですが凄くサプライズになりました。きっとナイさまとクロさまたちがエルさんとジョセさんたちに話を通してくださったのですよね? 本当にありがとうございます」
頭を軽く下げたフィーネさまの顔が更に緩くなる。エーリヒさまから相談があって私がエルとジョセに話をすれば、良いですよと軽く受け入れてくれたのだ。
ジャドさんたちも面白いし、天馬さま方だけでは道中が心配だと言って一緒に聖王国へと向かってくれた。グリフォンがたくさん飛来したことで、聖王国の方たちは驚いたかもしれないが、ジャドさんたちは手を出してはいない。この機会に、凄く賢く大人しいグリフォンの個体がいると知れ渡れば良いのだが。魔獣や幻獣が暴れて被害を受けた話が多く残っているため、怖がられてしまうことが多い。竜の方たちのイメージも変わってくれれば良いけれど、さて、あと何年掛かるだろうか。
「ナイさまとジークフリードさんの婚姻はいつになるのですか?」
フィーネさまがエーリヒさまの話ばかりしていてもいけないと話の矛先を私に向ける。ジークとはきちんと話し合って、いつ婚姻するかを決めていた。でも、ざっくばらんというか、凄く曖昧な予定になっているため、もう少しきちんと話を詰めようとも話していた。特に秘密にすることではないと、私は壁際に控えてくれているジークに視線を向けて『言って良いよね?』と確認を取る。ジークは『構わない』という表情になったので、私は口を開いた。
「エーリヒさまとフィーネさまの婚姻式から少し時間を空けようかと。最低でも半年くらいはとジークと話しています」
婚姻時期を同じ頃にすれば参列者の予定が大変なことになりそうだ。おそらく参列者はダダ被りするはず。一緒に挙式を上げる手もあるだろうけれど、一生に一度の晴れ舞台を合同で行うのは乙女なフィーネさまであれば嫌がるだろうなと結論付けた。私が苦笑いを浮かべると、フィーネさまが小さく首を傾げる。
「私もエーリヒさまもナイさまとジークフリードさんの婚姻時期が被ることに問題を感じていませんよ。一緒に式を挙げても素敵なものになりそうですしね。あ、でもその場合はどこで式を執り行うかが問題になりますね……」
フィーネさまが目を細めてなにか考えるような素振りを見せた。
「そういえば、神さまの島で行うと仰っていませんでしたか?」
以前、フィーネさまが口走っていた気がするけれど、私はどこで聞いただろうか。とりあえず確認を取ってみようと聞いた私だけれど、フィーネさまは目を丸く見開く。
「あれは言葉の綾というか。グイーさまの許可が頂けるなら、島で挙げてみたい気持ちはありますよ。でも図々しいかなって」
フィーネさまが苦笑いを浮かべた。どうやら半分くらいは冗談だったようである。私がそうかと納得していると、私のうしろで椅子に腰かけているヴァルトルーデさまとジルケさまが声を上げた。
「父さんなら構わないって言うはず」
「親父殿なら神父役をやるって言い出しそうだな。すげえ似合わねえけど」
たしかにグイーさまであれば『構わんぞ』と軽い調子で言葉が返ってきそうである。教皇猊下のうしろにグイーさまが控えていたら、凄く面白おかしい光景になりそうだ。
聖王国で執り行えば、聖王国は数千年くらい安泰でいられそうだが……いや、でも聖王国だから、いつかどこかでまた亡国に陥る危機が起こるだろうか。まあ、なににせよ、フィーネさまとエーリヒさまの婚姻式は一年後に。私とジークの婚姻式は一年と半年後となりそうである。しかし、まあ。
「まさか私が結婚するとは思ってもいませんでした」
本当に私が誰かと結婚をするなんて全く考えていなかったので、実感が湧かないというか。爵位を得てからは次代を残さなければという気持ちがあったけれど、聖女のままでいたならば一生独身を貫いていたはず。
私がお貴族さまにならなければ、ジークとの関係も変わっていたのではないかと彼をチラリと見れば微妙な表情でこちらを見ている。本当に人生はままならないと私が肩を竦めると、フィーネさまが首を傾げた。
「どうしてですか? ナイさまは十分女性として魅力がありますよ。もし私が男だったなら、ナイさまを選ぶかなって」
フィーネさまが仮に男性として生まれ、私と縁を持ったなら婚姻していたのだろうか。
「えー……」
男性として生まれたフィーネさまと婚姻している姿が想像できないと私の口から妙な声が漏れた。肩の上のクロが『低い声だねえ、ナイ』と渋面になっている。来賓室にいる方たちもなにか想像を巡らせているようで、妙な沈黙が降りるかと思いきやフィーネさまが前のめりになって私に顔を近付ける。
「うわ、凄い顔をしてますよ! アリアさん、ロザリンデさま! なにか言ってあげてください! 自己評価低すぎます!!」
フィーネさまが声を上げれば、側に座っていたアリアさまとロザリンデさまが首を傾げていた。
「私も男性に生まれていたなら、ナイさまと結婚しても良いのかなって思ってしまいますね。優しい方ですから」
「ええ。穏やかな方ですし、良い婚姻生活を送れそうですわ」
アリアさまとロザリンデさまが苦笑いで答えてくれた。どうだろう。アリアさまとロザリンデさまが男性として生まれていたなら、果たして私の人生において出会えるのだろうか。本当に『IF』の話でしかないなと私は肩を竦めてから言葉を紡いだ。
「それは相手の方の態度によるのでは? 碌でもない人なら喧嘩が絶えなくなりそうですし……」
ジークと私が喧嘩をすることはないだろう。今まで過ごしてきて腹の立つことなんてなかったし、彼の嫌なところもない。もし私がジーク以外の人と婚姻すれば喧嘩をすることもあるだろうし、話が合わないこともあるはず。その点、ジークは分からない話があれば理解しようと努めてくれる。私が話していればキチンと耳を傾けてくれて、おざなりにされることはない。
「碌でもない方とお付き合いするのは嫌ですが、喧嘩をしても仲直りすれば良いだけですよ、ナイさま」
「意見が合わないことなんて、たくさんあるのではないでしょうか?」
「お互いに歩み寄れば、きっと良い夫婦となれますわ」
お三方の声を聞きながら、私はジークの方をこっそり見る。するとジークが気付いて片眉を上げながら笑い、リンが『ナイは可愛いよ』と無言で訴えている。
私の自己評価が低いというのはどうか分からないけれど、周りからよく言われている言葉だ。イマイチ分からないと、私が誤魔化し笑いを浮かべれば面会の時間が終わる。それではと告げて別れ、私とジークとリンとヴァルトルーデさまとジルケさまはタウンハウスにある執務室へと入った。そこにはセシリアさまとアルティアさまが待ってくれていて、もう直ぐ呼び出した人がくるとのこと。
執務机に腰を下ろして雑務を済ませていれば、呼び出した人がきたと声が掛かる。私は執務室に入って貰ってと伝えて、応接用のソファーへと移動した。暫くすれば、随分と成長したテオとアンファンが私の前に立つ。私は着席を二人に促してから声を上げた。
「お久しぶりです。テオ、アンファン」
本当に久しぶりに彼らと直接会った。報告書で二人がどう暮らしているのか、学校の成績は把握していたけれど、こうして面と向かって言葉を交わすのは一年半振りである。王都に寄ったついでに、学校の在籍期間が残り半年となっているので話を聞いてみようと、二人を侯爵邸の方へと呼び出した。私の声にテオとアンファンは揃って頭を下げる。
「ご当主さま、お久しぶりでございます」
「お久しぶりです」
背が随分と伸びて声変わり中のテオと背が少し伸びたアンファンは出るべきところが出始めている。羨ましいと声を上げたくなるが、当主として情けない姿は見せられないと私はぐっと堪えた。
「学校も残り少なくなっておりますが、学んだことは生かせそうですか?」
「はい」
「もちろんです」
私の疑問にはっきりと答えてくれた二人であるが、学校で友人を得ることはできただろうか。テオは騎士として、アンファンは侍女や側仕えとして友人から情報を得ることもあるだろう。
馬鹿な話をすることだってあるし、色恋の話をすることもあるだろう。だから、彼らに得難い友人がいれば私は嬉しい。でも、当主だからあまり踏み込んだ話は聞けないなあと苦笑いを浮かべて、私は二人が学校を卒業したあとはどうしたいかの確認と屋敷の現状を伝えておくのだった。




