1638:お戻り、クレイグくん。
――ここはどこだ……?
私の全力を以てしても倒せなかったグイーの星でないことだけは分かる。随分と静かな地へと辿り着いたものだと、グイーの力によって閉じ込められた私はきょろきょろと周りを見渡す。
勝てないからと暴れた私をグイーは力を行使して閉じ込め、地上へと放り投げた。これ幸いと力を貯め込んで復讐の機会を狙っていたというのに、黒髪黒目の人間に負けてしまうとは。弱くなったつもりはないというのに、何故、人間如きに負けてしまったのだろうか。
あの黒髪黒目の人間はグイーの娘を従えていた。
もしかしてグイーが新たに儲けたなにかしらの神であったのだろうか。人間に擬態して地上で暮らしていたというのであれば、私は本当に運がなかったというべきだろうか。グイーにまた閉じ込められた私であるが、グイーへの復讐の炎は消えていない。機会を伺い、何千、何億、何兆年の時間でも耐えてみせよう。いつかくるグイーに勝つ時がくるまで。
私は何故、こんなにもグイーに対抗心を燃やしていたのかと、過去を振り返る。
しかし、グイーに勝ちたいという気持ちがあるだけで、どうしてこうなってしまったのか私は忘れてしまっているようだ。随分と静かな場所にきたためか、感傷に浸ってしまった。感傷に浸るよりもグイーへの復讐の炎を燃やそうとすれば、私を覗き込む者がいる。
その者は黒髪黒目の人間にとてもよく似ている。お前たちの所為で復讐の機会を失ってしまったと、心に怒りが灯ったというのに力が湧いて出てこない。何故と、もう一度力を練っても、以前のように力を生み出せる感じがしない……グイーがなにか対策を施したのかと歯軋りしていれば、黒髪黒目の人間にそっくりな片割れが口を開いた。
「貴方には担って欲しいことがあります」
じーっと黒髪の男が私を見下ろしている。隣では白髪の女も私を見下ろしており、目を細めて口元を歪に伸ばす。
「ええ。母上に迷惑を掛けたことを後悔してもらわねば」
ふふと黒と白の神が笑った。笑ってはいるものの、感情が薄く気味悪く感じてしまう。私は堕ちたとはいえ神という存在だ。だというのに目の前の黒と白の神に恐れを成してしまうとは。
グイーの陽気で適当な性格とはまた違う雰囲気の黒と白の神は私になにをさせるつもりだろう。私はグイーに復讐を果たすためだけに生きているというのに、別の仕事を与えられたとしても到底受け入れられるものではない。むっと心の中に反感が生まれる。長き時間、グイーへの復讐をと心に燃やし続けていたのに、別の感情が私の心に浮かぶとは驚きだ。
「母上の星の創星神に嫉妬しているようですが、貴方はこれから父上の星で存在して貰います」
「存在を塗り替え、悪として父上の星で生き続けなさい」
黒と白の神が口にした言葉に私は怒りを覚えた。グイーに抱いている気持ちはただただ『復讐』というものだけである。だというのに目の前の黒と白の神は私がグイーを『嫉妬』していると判断したようだ。復讐と嫉妬は全く違う感情であろうと、なにを言っているのだと私は笑った。すると白と黒の神の瞳から光が消え失せる。
「我々には貴方が抱く感情など些末なこと」
「貴女が母上に迷惑を掛けたことに後悔する日がくれば良いのですから」
ふっと笑う黒と白の神が私の存在を塗り替えようと干渉を始めた。私は全力で力を振り絞っているというのに、黒と白の神の干渉は止まらない。私が空に浮けば、黒と白の神と視線が合った。
「さあ。父上が描く未来を私たちが叶えましょう」
「ええ。いつか母上に良い星だと仰ってくださるように」
にこりと不気味な笑みを浮かべる白と黒の神に私は恐怖を覚える。なんだ、目の前の神は。どうして私を作り替えようと干渉をして、くる。私は、グイー、に、ふくしゅうを、ちかっている。だから、だれにもじゃまをされてはならない、というのに。ちからが、ぬけ、いしきがうすくなって……いく。
――貴女はこの世全ての悪。
――世界の憎悪をその身に受けなさい。
わたしはだれだ。いま、どこにいる。わからない。ただ、まっくろなせかいがひろがるだけ。
◇
夕方。クレイグが霧隠れの亡国からアストライアー侯爵領の領主邸へと戻ってきた。
ジャドさんの背に乗ったクレイグが庭へと降り立てば、屋敷の人たちに囲まれておかえりという言葉を浴びている。私は少し遅れてクレイグの下へ行けば、彼が礼を執った。顔を上げたクレイグに私はくすぐったさを覚えながら言葉を紡ぐ。
「ご苦労さまです、クレイグ」
「ご当主さま、ただいま戻りました。霧隠れの亡国についての調査結果は後ほど報告書として上げさせて頂きます」
怪我はないようで私は胸を撫でおろす。私が命を出してクレイグには霧隠れの亡国へと向かって貰ったけれど、自分で動いていないせいか屋敷ではソワソワしていたのだ。
やはり無茶はしていないかとか、危険な目に合っていないかと気になってしまう。セシリアさまとアルティアさまに『落ち着いてくださいませ』『ジャドさまたちが一緒であれば、問題など起こりませんわ』と諭されたけれど、落ち着かないものは落ち着かないわけで。ジークとリンも『大丈夫だ』『クレイグはもう大人』と割と心配はしていなかった。サフィールも『大丈夫だよ、クレイグなら』と余裕の態度である。私が心配症なだけかと首を傾げるものの、やはり気になって仕方ない。
とはいえクレイグに私の気持ちがバレるのは恥ずかしいから、当たり障りのない言葉を紡ぐ。
「承知しました。村はどうでした?」
あの寂れた村の状況はどうなっていただろうか。一応、物資を渡したものの数日分だけであった。近隣の町に村の存在を知らせて、支援が入ると聞いてはいたけれど……私はそこまでの情報しか知らない。
「侯爵家に村が編入されれば税を取られるようになると知った途端に反感を抱いたようです」
クレイグが片眉を上げながら教えてくれた。村の人たちは近隣の町の支援を受けられたことによって、以前の生活よりマシになっているそうだ。
それでもよろしくない状況なので、早くアストライアー侯爵家の傘下に入った方が良いだろうとクレイグが口にした。でも、やはり税を徴収されることが気に入らないようで、答えを渋っているとか。とりあえず、考えておいて欲しいと伝えてクレイグは村を出たそうである。今頃はあーでもないこーでもないと村の人たちで話し合っている最中だろうか。
「今まで自給自足で生活していたようですからね。税を取られることなどなかったでしょうから……」
はあと私が溜息を吐くと、クレイグは仕方ないと言いたげであった。にっちもさっちもいかなければ強制編入となるのだが、村の人たちは気付いているのか。
「彼らが拒否すれば強制的に従わせます。ご承知おきください」
「その際は私も当主として村へ乗り込みましょう」
お互いに片眉を上げて肩を竦めていると、遠くから可愛らしい姿が見える。私がクレイグから視線を外せば、ユーリと乳母の方の姿をはっきりと捉えることができた。軽い足取りでユーリは庭を走り私たちを目指しているようだ。大きくなって随分と走り方もしっかりしてきたけれど、ユーリを見ているとどうにもハラハラしてしまう。
「……ユーリの下に行きたいけれど、我慢しなきゃ」
ぐっと私が走り出したい衝動を我慢していると、肩の上のクロが『ナイ。行っちゃ駄目だよ』と告げ、ジークとリンも『ここで待とう』『ユーリなら大丈夫』と口にする。ヴァナルと雪さんと夜さんと華さんも地面に座ってじっとユーリを見守っている。毛玉ちゃんたち三頭はユーリがこちらにきて遊んでくれるかもしれないという期待で尻尾をぶんぶん振っていた。
「心配しすぎだろ、ナイは。芝生の上にコケたところで死にはしねーよ」
「ユーリは女の子だよ。顔を怪我して傷が残ったらどうするの」
そうなれば由々しき事態である。貴族だから傷もの令嬢と蔑まれてしまいそうだ。私に向けられた言葉であれば耐えたり、反論したりするけれど……ユーリは優しい子だから、不躾な言葉を我慢してしまいそうである。小さい頃に負った怪我が治っても、大人になっても傷跡が残ることなんて多々あることだ。むーと私がクレイグを見れば肩を竦めて口を開いた。
「治して貰えば良いだけだろ。そのための金は持ってんだし」
「それはそうだけれど、治して貰わないに限るでしょ」
できることなら、怪我なんて負わないで欲しいものだ。とはいえ痛い思いをしなければ、他の人の痛みは分からないだろうから悩ましい部分でもある。ユーリは乳母の方を引き連れて、私たちの前へと辿り着く。息を切らしているので、ユーリは急いでここまできてくれたようだ。私が少し背を屈めると、ユーリがにぱっと笑いこちらへと更に近寄った。
「クレイグにいたま! おきゃえりなさい!」
「おう、ユーリ。戻ったぞ」
ユーリは両手を上げてクレイグの側へと寄って、ユーリを片手で抱き上げた。ユーリは嬉しそうにしながら落ちてしまわないようにと、クレイグの肩に手を回している。
「何故ぇ」
私の言葉に乳母の方が気まずそうな顔を浮かべると、クレイグは不敵に笑う。
「ナイは毎日、毎日、顔を合わせてるからじゃねーか? なあ、ユーリ」
クレイグは私と視線を合わせたあとユーリの方へと顔を向けた。そしてユーリは『クレイグにいたまのだっこ、うれしい』と声を上げる。気まずそうな顔を浮かべた乳母の方は『クレイグさんが戻ってこられたと聞いた、ユーリさまが庭に出ると仰いまして』と私に教えてくれた。ユーリの目的はクレイグだったと分かったけれど、姉として複雑な気分になりそうだ。
「ほら、変な顔してねーで屋敷に戻るぞ。そろそろ陽が暮れる」
クレイグの声に私は返事をして、今回一緒に霧隠れの森へと行っていたジャドさんたちにもお礼を伝えて、屋敷の中へと入るのだった。




