1637:引き籠りのアルバトロスはどこへ。
――西大陸、東の端にある某国。
西大陸の王が集まる場に私はアルバトロス王国の頂点として参加していた。先程、各国の王を集めた会議が終わり歓談の時間へと移っている。王城にある豪勢な会議室で、私は席に着いたまま息を吐く。
今回、アストライアー侯爵とベナンター子爵が堕ちた神の問題を解決したという報告のために集まっていたのだ。何故、場所がアルバトロス王国ではないのかというと、単にアルバトロス王国で大陸会議が催される回数が最近増えたため、他国でやりたいと私が申し出た結果である。
各国の王たちは創星神さまからお預かりした石をどうすれば良いかと悩んでいたようだし、丁度良い時期に開催できたのではないだろうか。
アストライアー侯爵の下に返却の旅へと出るのはどうだとか、神の島へ向かうのかとか、いろいろと声が上がっていたが、アストライアー侯爵も創星神さまも話を聞けば『面倒』と口にしそうである。
だから私は各国の王を説得すべく、行っても構わないがアストライアー侯爵は快く受け取ったとしても、内心で嫌がっている可能性があるし、創星神さまがお過ごしになられている島へ人間が簡単に行けるものかと伝えた。ほとんどの王は私の声に納得をしていたが、一部の者はなにか腹の底で考えているような素振りをしていた。私はその者たちがどう動こうと責任は取らないし、取れないなと肩を落とす。
一先ず、私はアルバトロス王として今日の責任は果たせただろうと、席を立とうとした時であった。
「アルバトロス王よ」
ふいに今いる国の王が私に声を掛けてきた。大陸の東に位置する国と大陸中央に位置するアルバトロスだから、私と彼の接点は少ない。国交自体もないようなものだ。
「なにか?」
「いや……あまり根を詰めるなよ」
不思議に感じながら私が席を立って彼と視線を合わせれば、ぽんと肩に手を置かれ妙なことを口走った。私は根を詰めているつもりはないし、特に忙しいというわけでもない。
ただアストライアー侯爵が事を起こす規模が大きすぎるため、こうして事態説明や今後のことを各国の王たちに語ることが多くなったというだけ。大変ではあるものの、他国と戦争をしているわけでもなく、兵糧攻めや物資の制限を受けてもいない。胃の腑の調子が良くないというだけで、国としてはこの数年で大きく成長しているのだから。私個人のことなど二の次であるのに、何故、目の前の王は私を慮るのか。
思いもよらない言葉に呆けていれば、目の前の王が更に二度、私の肩叩き無言で去っていく。
彼の背が小さくなっていることを見届けた私は帰路に就こうと踵を返せば、今度はヴァンディリア王とリーム王がこちらへ歩みを進めている。無視は良くないだろうと私が足を止めれば、ヴァンディリア王が軽く手を挙げ、リーム王が目線を下げる。
「アルバトロス王よ。酒は好きかね?」
ヴァンディリア王が私と視線を合わせながら唐突なことを聞いてきた。
「ええ。執務のあとの楽しみですな」
たしかに私は酒、特にワインが好きである。執務の終わりに一杯飲めば気分が高揚し、一日の疲れが取れるのだ。最近はヤケ酒気味になっているが、以前までは本当に至福の時であった。
あの頃の時間が戻ってきて欲しいと願うものの、戻れば戻ったで各国の王から『引き籠もりのアルバトロス』とか『若造が』と下に見られるだけである。そう考えれば、やはり現状の方が好ましいはずだ。国の繁栄のためには私個人のことなど捨ておかねばならないが、美味い酒はいくらでも飲みたい。私の言葉にヴァンディリア王が目を細めて言葉を紡ぐ。
「そうか、そうか。良い酒を手に入った。あとで貴国へ贈ろう」
うんうんとヴァンディリア王が笑い、アルバトロス城に届けようと言葉を付け足した。私は感謝すると伝えれば、今度はリーム王が私と視線を合わせた。
「アルバトロス王。酒ではないですが、酒の肴にお薦めの品がありましてな。我らも貴国に贈りましょう。是非、賞味して頂きたい」
リーム王は年若く、在位は他の国の王と比べると断然短い故に丁寧な言葉が混ざっていた。とはいえ彼が玉座に就いた頃の初々しさは消え、今は逞しさを感じるほどになっている。
我が国の学術支援でリームの農業は改革の時を迎えようとしているらしい。アストライアー侯爵とも縁を深めている上に、彼の国の第三王子はハイゼンベルグ公爵の娘婿になった。数年前までただの隣国だったリームがアルバトロスと縁を深めたと、天へと召された私の父が知れば驚きそうだ。私はリーム王に一度頷いてから口を開いた。
「それは楽しみだ」
酒の肴も食べるのであれば美味いものが良い。以前、ベナンター子爵が提供してくれた、クラッカーという焼き菓子に生ハムやチーズを乗せたものはワインに凄く合っていた。私はリーム王が贈ってくれるという酒の肴も楽しみだと伝え二人と別れる。そうしてまた他の国の王に声を掛けられては何故か労いの言葉を貰っている。こんなことは初めてだと不思議に感じながら、帰路に就こうと廊下を歩いているとヤーバン王と鉢合せした。
「アルバトロス王よ!」
ヤーバン王は私の姿を見るなり顔を輝かせた。まるで子供のように笑っているのだが、ヤーバン王国という国の中で一番強いのだから侮れない。豪気な性格故に外交も破天荒だから、なにを言い始めるか分からないところがある。
とはいえ、きちんと私が説明をすれば理解してくれるため、他国の腹黒い王より付き合い易い。しかし産後だというのに、彼女は少し前には聖王国、そして今回は大陸東の国まで出張ってきている。
「ヤーバン王。出歩き過ぎれば、アストライアー侯爵に無茶をするなとまた言われるぞ」
私は呆れながら言葉を紡ぐとヤーバン王は後ろ手で頭を掻く。
「無茶はしておらんのだがな。アストライアー侯爵は随分と私のことを気に掛けている!」
引き籠もっていた国が途端に出歩くようになったのだから、アストライアー侯爵の心配は理解できるが。まあ目の前の女傑は些末なことだと笑って気にしないのだろう。アストライアー侯爵にも彼女は私と同じ態度で同じ言葉を紡いでいるようだから、相手が変われば態度を変えるような者ではない。アストライアー侯爵も変わった者に懐かれると私は片眉を上げる。
「おそらく侯爵の性分だろうな。聖女時代に診ていた患者にも、よく声を掛けていたそうだ」
私が肩を竦めるとヤーバン王は『侯爵らしいではないか』と目を細めた。ヤーバン王も帰路に就くということで、私は彼女と他愛のないことを語りながら廊下を進む。そして何故か今日は各国の王から声を掛けられることが多く、何故か労いの言葉を貰ったと零せば、ヤーバン王がほんの少しだけ顔を後ろに下げた。
「ははは! 腰の据わっていない王たちだ! アストライアー侯爵が起こす出来事が己に降り掛からなくて良かったと安堵しているのだろうよ!」
ヤーバン王はくつくつと笑いながら歩を進めながら『揃いも揃って小者だなあ』と呟いた。ヤーバン王ほど腹の据わった者はいないだろう。多くの王は自国の利益を優先させ、次代へと繋ぐことで手一杯なのではなかろうか。私もアストライアー侯爵がいなければ、歴史書に名を連ねただけで王としての功績は目立たないはずである。
「侯爵はアルバトロスに忠誠を誓っている。だが、それがなければ私もおちおちと玉座に就いてはいられない。だから彼らが安堵する気持ちも理解できなくはないのだがな」
私は小さく息を吐けば、ヤーバン王が笑みを消し去り真面目な表情になる。
「アルバトロス王、謙遜するな。アストライアー侯爵を飼いならしているのは他ならぬ貴殿であろう?」
「飼いならしてはいないな。偶々アストライアー侯爵が義理堅い者だったというだけだ」
アストライアー侯爵を飼いならしているのは、私ではなく叔父上のボルドー男爵だ。国のため、教会のためにと、我々の身勝手な理由で貧民街から連れ出したことを、彼女が未だに感謝していることは不思議でならない。
今の彼女であれば貧民街から拾い上げられたことを理由に、叔父上や私、そして筆頭聖女と教会に反旗を翻してもおかしくない。そして国や教会を倒す力を持っている。もしかするとなにか一つでもアストライアー侯爵から欠けていれば、今頃アルバトロス王国は亡国となっていたかもしれないと私は肩を竦めた。するとヤーバン王がくしゃりと顔を歪ませる。
「義理堅いというより、美味いものを食べられる環境だから満足していそうではあるな!」
「侯爵らしいな。今も尚、どこかに美味いものはないかと探している……魔力も底知れぬが、食欲も底知れない」
頭の中に侯爵が美味そうに食事を摂っている姿がありありと浮かぶ。役目がある時は食事をあとに回しているが、隙を見て軽食を手に取っている姿を見たことがある。取り分け用の皿に大量の料理が乗っており、私が他の者と話をしている間に綺麗に食べ切っていた。あの小柄な体のどこに収まったのか不思議でならないが、侯爵の食欲は本当に底がない。
そして今も珍しい食品や食べ物がないかと目を光らせているそうである。侯爵領の領主邸には食べ過ぎた時のために室内で運動ができる部屋が設けられたそうだ。どこまでも食べることに関して追い求めているなと感心してしまい、私とヤーバン王が侯爵を思い出して笑えば、ふと彼女が口を開く。
「私は次の夏、南の島へ行かないかと侯爵に誘われているが、アルバトロス王は行かぬのか?」
「ボルドー男爵が参加するとは聞いていたが、いつの間にそんな話を……私は執務がある。ヤーバン王は楽しんでくれば良い」
叔父上は侯爵に誘われたことが嬉しかったのか、美味い酒を用意して南の島へと向かうそうだ。ベナンター子爵も参加予定だそうだから、一緒に酒を酌み交わす気なのだろう。少し羨ましいが、私には執務がある。
「なんだ、つまらん。貴殿は行けぬか」
ヤーバン王は子供が遊びを断られて不貞腐れたような表情になっていた。一国の王がそのような顔をしても良いのかと問い質したくなるが、ヤーバン王だからこそできるのだろう。
「王位を持つ者が多く参加すれば、楽しめるものも楽しめないだろう」
私はヤーバン王に楽しんでくれと伝えれば『アルバトロス王の分まで楽しんでくるとしよう!』と告げ、私たちは別れるのだった。




