1635:堕ちた神さまのその後。
フィーネさまが大聖女の位を退いたこと、そしてエーリヒさまとの婚約が正式に発表された。
アルバトロス王国では聖王国の象徴を手中に収めたエーリヒさまを讃え、聖王国ではエーリヒさまを泥棒猫と蔑む声と教皇猊下の三つの試練を乗り越えたことを讃える声に分かれているそうである。
割合的には泥棒猫が『2』となり試練を乗り越えたことを『8』となっているそうな。そして聖冠騎士団の負けてしまった七人は隊長が辞職したことによって、残りの六人は騎士団に残ることができたそうだ。
私もエーリヒさまたちと聖冠騎士団の七人との対戦を見てみたかったけれど、聖王国へ向かえばいろいろと不都合が出てくると遠慮したわけで。私の代わりにヴァルトルーデさまが見学に行き対戦の状況を聞いたものの、なんか凄かったという簡素な言葉で締めくくられてしまった。あとから出た報告書を読めば、リンとボルドー男爵さまとアリーさまは即勝って、残りの試合が団体戦となってもエーリヒさまたちがあっさりと勝ったようである。
試合に出ていたジークに『どんな感じだったの?』と私が問うてみれば『騎士として標準的な強さ』という言葉を紡いでいた。魔術で隊長格の方を強化した時は驚いたけれど、アルバトロス王国の聖女が扱う強化術より下だろうとも語っていたのだった。
そして、エーリヒさまが手に入れた真贋の王冠はアルバトロス王国とアルバトロス王国教会と聖王国との友好の証として、二国間を二年間縛りで行き来することになったとか。
アルバトロス王国教会と聖王国の大聖堂に飾られるそうである。完全に客寄せパンダと化しているけれど、教会の信者の方が増えるならば大いに役に立って欲しい。最近、アストライアー侯爵領が聖王国より適切なのではという噂が流れているそうだから、幻の聖遺物が見つかったことで噂が掻き消えると良いけれど……はあ、と私は大きく口から息を吐く。
「……普通の王冠なのに見てもっ、楽しい、のかな?」
私は最近できたトレーニングルームのウォーキングマシーンに乗って足を必死に動かしていた。負荷を掛けて足に力をいれないと動かないようにしているから、結構体力が必要となる。
エーリヒさまがフィーネさまを連れて戻ってきた二週間前から本格的に取り組み始めたけれど、初期より足に筋肉が付いたような気がするし、歩くことが楽になった。運動不足に陥っていたと実感するとともに、セシリアさまとアルティアさまの悩みを聞いて本当に良かったと、私は手摺に乗っているクロに視線を向ける。
『変質しちゃったけれど、ヴァルトルーデさま由来のものだからねえ。興味ある人はあるんじゃないかな?』
そういうものなのかなと私は首を傾げながら足を動かし続ける。動かなければ体力が落ちてしまうのは直ぐだと後悔して下を向くけれど、まだ取り戻せると前を見た。
クロはそんな私を苦笑いを浮かべながら見守ってくれている。待っているだけだから暇だろうに、いつも飽きないのだろうか。でも、喋り相手になってくれるのは有難いと私が笑えばクロがこてんと顔を傾げる。毛玉ちゃんたちも一緒にウォーキングマシーンに乗って歩いているのだが、遊んでいることの方が多い。ワザと足を止め、ベルトが動いてぺしょっと床に落ちるのを楽しんでいた。なにをしているのやらと片眉を上げていれば、筋トレマシンの方で鍛えていたジークとリンが私の様子を伺いにきた。
「大丈夫か、ナイ。あまり無理をするな」
ジークが凄い汗だと言って清潔な布を渡してくれた。私は足を止めないまま顔の汗を拭う。
「ありがとう、ジーク。慣れてきたから、少し長めにやろうと思ってて」
へらりと笑えばジークがなんとも言えない顔になる。彼の隣に立っているリンは肩を竦めながら口を開いた。
「ナイは筋力が戻れば十分。強くなる必要はない」
「うん。私の護衛はジークとリンだから、強くなる必要はないけれど……最近、ユーリが重くなってきてるから。この歳で腰をヤりたくない……」
私が強くなる必要はない。身の回りの警護はジークとリンが主で、あとは警備部の方たちが担うものである。だからと言って体力維持を怠けていれば、成長著しいユーリの進化についていけないのだ。二十歳で腰をヤるとか情けないにも程があるし、ユーリもまだまだ甘えたい盛りだろう。あと十年は体力が落ちないように頑張らなければと、私はもくもくとウォーキングマシーンに乗り続ける。
ヴァルトルーデさまとジルケさまが屋敷に早く戻ってこないかなと考えつつ。
◇
創星神である父さんに呼び出されて、私と末妹は島へ戻っている。
ナイの屋敷の昼ご飯を食べ損ねているから早く戻りたい気持ちに駆られるものの、創星神である父さんの命には逆らえない。それに私たちが昼を抜いていると知ったディオが父さんの屋敷でご飯を作って待ってくれていたのだ。話が終われば提供してくれると言っていたから早く終わらせてご飯を食べたいと、北と東と南の妹たちと一緒に庭の東屋へと向かった。
そこには真面目な表情で空を見上げる父さんがいる。丸い机の上には堕ちた神を封印した石が置かれていた。私たち四姉妹がきたことを父さんは確認して『ちょっと待っていてくれ』と一声掛けられる。
私たちは座って待っていようと東屋にある椅子に腰を掛けた。屋敷で過ごしている北と東の妹も父さんの用件を知らないようで、一体なにが起こるのかと謎めいている。けれど机の上に堕ちた神を封印した石があるから、ソレに関することだろう。
待たされることになった私たちはなんとなく堕ちた神が封印されている石に視線を向ける。なんとなく目の前の石がぴくりと動いたように見えたのだが気のせいだろうか。じっと石を見ていれば、動くことはなかった。気のせいかと私が息を吐くと南の末妹が肩を竦める。
「堕ちた神とはいえ、ナイが吹き飛ばしちまうとはなあ」
呆れた声を上げる末妹に私は当時の状況を思い出す。私の身体が急に反応して『あ』となり、堕ちた神が見つかったとざわざわと心が揺らぎ始めたのだ。嫌な予感がすると慌てて惰眠を貪っていた末妹に伝えれば、丁度そこにユーリと遊んでいたナイとジークリンデがいた。
私の話を聞いていたナイは大体の場所を知って、エーリヒたちが危なくなっている可能性があると気付いたらしい。一緒に行かせて欲しいと懇願され、仕方ないと連れて行ったのだ。
そして転移した瞬間、ナイは怪我を負っていたエーリヒとジークフリードを見て目を丸く見開いていた。その途端に彼女の魔力が大量に放出されて、魔術を行使していた。本当に一瞬の出来事だったように思うけれど、ジークリンデは平然としていたからああいう状況に慣れていたのだろう。
「驚いた。ナイ、怒ってた」
私はジークリンデのように落ち着き払ってはいられなかった。ナイたちを守るにはどう動けば良いかと悩んでいたから。私の悩みをあっさりとナイは吹き飛ばしたのである。だから私も末妹も、あの時はあっけにとられていた。
「ありゃ、仲間が傷ついていてキレていたからな。ナイらしいつーか、呆れるっつーか」
末妹がはあと息を吐いて、後ろ手で頭を掻く。話を聞いていた北と東の妹は苦笑いを浮かべた。
「お嬢ちゃん、執着心が強いのねえ」
「意外ねえ」
ふふふと笑う二人の妹たちの声が聞こえれば父さんに動きがあった。ふん! と父さんの踏ん張る声が聞こえると、どこかの神さまの気配が漂う。
『グイー、どうした?』
七色に光る創星神の声が庭に響く。気配は一つだけではないから、ナイにそっくりなあの二柱も側にいるのだろう。私の口元にいつの間にか力が込められていて『あれ?』と不思議に感じる。すると末妹が『姉御はなにやってるんだか』と呆れた様子で私を見ていた。北と東の妹も『あらあらまあまあ』と私を見ている。私はまあ良いかと父さんの方へと視線を向けた。
「おお、シェクト! すまんな、また呼び出して!」
『時間は十分アルから気にしない。ヴォイドとプライムにも良いこと』
「そう言ってくれると助かるな! 今日はお主に頼みたいことがあってなあ。少し儂の話を聞いて欲しい」
そう告げた父さんは例の創星神に堕ちた神の経緯について語った。本当に父さんに敵わないからとやさぐれてしまうのは如何なものだろう。妹たちも呆れてものが言えないようで、父さんの声を黙って聞いている。
最後に堕ちた神が逃げおおせた場所を見つけてナイが一撃を与えたと父さんが口にすると、例の創星神が『グイーの所に行く』と声を上げた。父さんはいきなりのことに『へあ?』と呆けていれば、庭の地面に幾何学模様が浮かんだ。そうしてスライムのような例の創星神とヴォイドとプライムが姿を現す。
「いきなりやってくるヤツがあるか!?」
『堕ちた神に興味、湧いた』
父さんが驚きの声を上げると、例の創星神はしれっとした態度で机の上に昇ってじーっと封印した石を見つめている。なんとなく石がタジタジとしているのは気のせいであろうか。例の創星神は父さんより古い神となるから封印された石が慄くのは仕方ないのかもしれない。そして例の創星神が創った二柱の神も立ったままじーーっと堕ちた神を封印した石を見下ろしていた。
「母上に手を出した不届きな神はコレですか」
「しかし、流石は母上ですね。不届き者を退けたのですから」
二柱の神は微動だにせず、まだ石を見下ろしている。そんな二柱の神の横に腕を組んだ父さんが並んで、にっと笑う。
「儂のところにいても、恨みつらみを募らせるだけだろう? なら他の創星神に預けて更生を願うか、罰を与えるかして貰えば良いかと考えてな!」
ちなみに父さんは母さんにも相談したけれど『私の下にいると厄介なことになりそう! パスで!!』と言われてしまったらしい。たしかに母さんの美貌に心を奪われた神がいるから、堕ちた神を封印した石が邪な気持ちを抱く可能性は捨てきれない。だったら父さんが考えた通り、例の創星神に相談するのが一番良い手だろう。今だに二人の神はじーーっと石を見つめたままで、関係ないというのにこちらまで怖くなってくる。
「父上。父上がよろしければ、我々が石を預かりませんか?」
「ヴォイド。なにか思いついたのですか?」
「ええ、プライム。少しばかり試したいことが」
二人の神の片割れがにっこりと笑い、もう片割れが不思議そうな表情になる。悪いことを考えているナイの表情にそっくりだから、封印された堕ちた神はとんでもない目に合いそうである。二柱の神の声に例の創星神は父さんの方へと視線を向けた。多分。
『グイー。我らが預かって良いか?』
「もちろんだ。そのために相談を持ち掛けたからな! シェクトの星であれば早々悪戯はできぬだろうし、頼んで良いか?」
父さんの声に例の創星神がスライムの身体の一部を伸ばして、堕ちた神を封印した石を取り込んだ。用は終わったとばかりに例の創星神一行は風の様に消えていく。父さんは茶でも飲んで行けば良いのにと愚痴を零して、私たちの方へと顔を向けた。
「親父殿、なんであたしと姉御を呼んだんだ?」
いらなくね、と末妹が言葉を付け足せば、父さんがにかっと笑って後ろ手で頭を掻いた。
「なんとなく! というか、お前さんたちが戻ってこんから儂は寂しいぞ!」
ナイの屋敷には一瞬しかいていないのに、父さんは既に寂しさを覚えているようである。母さんと顔を合わせない時間は千年を過ぎることもあるのに、寂しいと思うのかと不思議な気持ちに駆られていればディオがお昼ご飯の用意ができたと呼びにくるのだった。




