1633:【⑩】エーリヒくんのお迎え。
俺の背ではフィーネさまが凄くはしゃいでいる。眼下に広がる景色に『見ろ、人がゴミの様だ! って一度言ってみたかったんですよね』とか『地上からは見えないものが見えてしまいますねえ』と言いながら、聖王国からアルバトロス王国へ向かう空の旅を楽しんでいた。
他の六人はルカに乗った俺とフィーネさまを先頭にして距離を取っており、俺は騎乗している天馬さまに少し飛ぶスピードを落として欲しいと願う。するとルカは鼻を鳴らして進む勢いを落としてくれる。
並んだ天馬さま方に乗るみんなに視線を向ければ、ニヤニヤという顔をありありと浮かべていた。ジークフリード以外。フィーネさまは俺の後ろできょとんとした表情になっている。俺がルカにスピードを落としてくれと頼んだ意味を掴み切れないようだ。そういうところも可愛いなと目を細めたあと、俺はみんなの方へと再度視線を向けた。
「どうして皆さま黙っているんですか……」
むっと俺の口がへの字になるのが分かる。聖王国から一時間、そろそろ陽が沈む頃となりあと三十分もすればみんなの顔が見れなくなるはずだ。文句を付けるなら今だと俺はルカにスピードを落として貰ったわけで。エルとジョセに乗ったボルドー男爵閣下とヤーバン王国の陛下が仮面を付けたままで笑う。
「いや、閣下の邪魔しては悪いと」
「ですな、男爵」
くくくとお二人が笑っている。気遣いは嬉しいけれど、一時間なにも俺たち二人に語り掛けてこないのは如何なものだろう。俺がどう苦言を伝えたものかと悩んでいると、後ろのフィーネさまがへらりと笑う。
「お気遣いありがとうございます! エーリヒさまとの時間がなかなか取れなかったので凄く嬉しいです!」
フィーネさまが俺の代わりにお二人へと言葉を向けた。たしかにフィーネさまとの時間を作ってくれたことは嬉しいけれど、なにか話しかけてくれても良いじゃないかと愚痴を零したくはなる。とはいえ彼女が喜んでいるならなにも言えないと俺が小さく息を吐けば、ボルドー男爵閣下とヤーバン王国の陛下が肩を竦める。
「良かったな。ミュラー嬢」
「皆の前での接吻、見物だったぞ!」
また二人がはははと笑えば、俺の後ろでフィーネさまが顔を赤く染めた。
「え、やだ! 恥ずかしい!」
へへへと照れながら彼女は右手を後ろに引いて、スナップの効いた平手打ちを俺の背中に当てた。痛くはないけれど、凄く良い音が鳴る。そういえばキスで思い出したけれど、フィーネさまの聖痕はどうなっているのだろうか。俺は後ろに顔を向けフィーネさまに聖痕はどうなりましたとなるべく優しい声色で問いかける。するとフィーネさまは少し驚いた表情を浮かべるも、直ぐに身体の力を抜いて答えてくれる。
「着替えた際に消えていることを確認しました。これで私は聖王国の大聖女ではありません」
その言葉のあとフィーネさまは安堵しているような、後悔しているような表情を見せてくれた。でも俺が見ていると気付いて、直ぐに鳴りを潜めさせる。彼女は今どういう気持ちなのだろう。
後悔を打ち消すために先程までおどけたように俺に語り掛けてくれていたのだろうか。俺は彼女がこれからやりたかったことを婚姻という方法で奪ってしまったのではないか。フィーネさまと婚姻を果たすために俺は動いていたのに、未だに迷ってしまうのは自身の駄目なところかもしれない。なにも言わない俺にフィーネさまは首を傾げたあと綺麗に笑って、手を頬に添えてくれた。
「そんな顔をしないでください。大好きな方の下へと嫁ぐのに、旦那さまが険しい顔をしていると不安になってしまいますよ?」
フィーネさまには俺が迷っていたことがバレバレだったようである。すると横に並んで飛んでいた二人から妙な気配が漂ってきて、そちらへと顔を向けるとニヨニヨしながら『若いのう』『若いですな』と言葉を交わしている。感傷に浸っていたことを綺麗に忘れた俺はニヨニヨとしながらこちらを見ているお二人に言葉を放つ。
「皆さん、したり顔で俺たちを見ないでください!」
「甘い空気を醸し出しとるからだ」
「そうだぞ。そう言うなら我々に隙を見せるな!」
なにも言い返せないと俺は前を向いて、ルカに急いでアルバトロス王国に戻ろうと声を掛けるのだった。
◇
陽が暮れて二時間ほど経っている。アルバトロス王国王都にある王城の中庭では篝火を焚き、とあるお方の帰還を待っている。私もアストライアー侯爵として件の人物が無事に戻ってくることを願っていた。
メンガー伯爵さまも珍しく登城して、息子さんの帰還を待っている。何故か落ち着かない様子で、きょろきょろと周囲を見渡しているのは何故だろう。私に彼の心境は分からないが、聖王国の大聖女さまを連れて帰ってくるとなればソワソワするのも仕方ないのだろう。
向こうで起きたことは速報として連絡が入っており、件のお方は意中の女性を連れて戻ってくるとのこと。なににせよめでたいことだと私は夜空を見上げた。双子星が綺麗に輝いており、他の星々も光を放っている。
シェクトさまとヴォイドさまとプライムさまの星はどうなっているのだろうか。以前、一度顔を見せただけで、こちらへくることはなくなっている。連絡用の石も私が一度シェクトさまと通信をしただけで、向こうから私を呼び出すことはない。シェクトさまたちは他の創星神さまとズレている気がするため心配してしまうのだ。いや、創星神さまから見れば、一人の人間が神さまが創造なされた星の未来を気にしていることに大笑いされそうだけれど。
でも、まあ気になるものは気になると私は満天の星空を見上げた。創星神さま二十七柱の星も視界のどこかにはあるのかもしれないと眺めていれば私の側にいるクロが気配を漂わせた。私が顔を上げたまま後ろに控えるセシリアさまとアルティアさまの方へと顔を向ければ、彼女たちは苦笑いを浮かべる。
「首を痛めてしまいますわ、ナイさま」
セシリアさまは声掛けのついでに羽織るものを私に渡してくれると、クロが一旦避難のために空に浮く。
「ありがとうございます。執務ばっかりなので、遠くを眺めることもしないと目が悪くなりそうで……」
少し冷えてきたと私は服の裾を持って羽織を引き込んだ。それを見届けたクロはもう良いよねと言わんばかりに元の位置へと戻り、機嫌良さそうに顔をすりすりしてくる。
「遠くを見ることは良いとされていますものね」
今度はアルティアさまが言葉を紡いだ。彼女はパンと鉄扇を広げながら、まだこない人たちを見上げている。私は苦笑いを浮かべながら、そろそろ首が痺れそうと前を向き、セシリアさまとアルティアさまの方を見る。
「そういえば、警備部の人たちにも侍女の方たちにも作ったやつが好評で良かったです」
アストライアー侯爵領の領主邸の一部屋にトレーニングルームが誕生している。真っ先にウォーキングマシーン的なものを導入して、自転車を漕ぐヤツに、腹筋台を入れ、次に筋トレ関係のマシンを入れたのだ。
日頃、運動不足に陥りやすい方たちにはウォーキングマシーンあたりが人気を誇っていて、鍛えたい方は警備部の方たちに効率の良さそうな鍛え方を聞いていた。筋トレ器具に関してはまだまだ充実していないため、警備部の方たちの意見を取り入れながら器具を導入するつもりだ。
「あれは画期的なものです。我が屋敷にも導入したいほどに」
「ええ。なるべく陽に当たらないようにしておりますが、運動を行うとなればなかなか難しいことですもの」
ご夫人たちが肩を竦めながら笑う。毛玉ちゃんたちも面白がってウォーキングマシーンに乗っているので、本当に領主邸のみんなが使っている。
要望があるなら王都のタウンハウスに入れるのもアリかなとも考えており、本当に私は充実している日々を送っていた。三人で話し込んでいれば、城の中から陛下が庭へと出てきた。
彼の後ろには王妃殿下と王太子殿下と王太子妃殿下に第二王子殿下も控え、宰相閣下と内務卿と外務卿に財務卿、農務卿も一緒である。早々たる面子だと私が背を正し、彼らの方に礼を執れば『堅苦しいことはしなくて良い』と陛下が声を掛けてくれた。少し離れた場所でメンガー伯爵さまが『へ、へへへ陛下!』と驚いているのだが、ビビり過ぎではなかろうか。私は陛下と顔を突き合わせ、視線も合わせる。
「アストライアー侯爵」
「陛下、皆さま。お久しぶりでございます。しばらく王都に向かう機会がなかったため、顔を出せず申し訳ございません」
パチパチと鳴る篝火の音を聞きながら、私は再度礼を執る。領地に引き籠っているので、王都へ顔を出す機会はめっきりと減っていた。今日は件の方たちのお迎えをと私たちは王都に出張ってきたのだ。
陛下は苦笑いを浮かべるも、直ぐに真面目な表情に戻る。初めて謁見場で陛下を見たのは四年前。凄く懐かしいなと四年前の陛下のご尊顔を思い浮かべる。その頃よりも陛下はダンディーになったというか。なんとなくボルドー男爵さまの面影が濃くなっている気がしてならない。
「気にするな。侯爵は精力的に動いていると報告が入っている。我々も侯爵に負けぬように動かねば」
陛下に褒められるのはむず痒く、私がどう答えたものかと考えていれば、どこからともなく近衛騎士の方の声が上がる。
「戻ってこられたようです!」
近衛騎士の方の声に陛下は夜空へと顔を向けた。
「そうか。無事に戻ってきたか」
私は夜空を見上げる陛下の横顔を見て、安堵している表情に目を細めた。今回のことで聖王国とアルバトロス王国の繋がりは強化されるのだろうか。聖遺物が見つかり、大聖女さまの片割れを貰い受けることで聖王国は凄く頭を抱えそうだけれど……条件を提示していたし、内内で事を進めていたのだから大丈夫なはず。潰れるようなことになればヴァルトルーデさまかグイーさまのお言葉を頂けたならどうにかなるだろう。グイーさまなら美味しいお酒で手を打ってくれるはず。
絶対に聖王国が消える未来だけは阻止しないとと私は決意を新たにし、戻ってきた方たちを迎え入れるのだった。




