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1630:【⑦】エーリヒくんのお迎え。

 開始の合図とともにジークフリードとマルクスとギド殿下が相手の方へと凄い勢いで走り出す。相手は前衛二人、後衛二人の構成のようだ。さて、どう出るのかと俺が目を細めれば、マルクスとギド殿下が前衛二人と剣を交わし、ジークフリードは後衛の二人目掛けて飛び込んだ。


 そしてジークフリードの長剣は大将格の騎士が長剣で受け止め、もう一人の後衛の騎士がジークフリードに容赦なく打ち込もうと剣を上段で構える。ジークフリードはもう一人の後衛の騎士の存在に気付いているのだが、二対一でどう対処するつもりなのだろうか。加勢した方が良いかもしれないと俺は魔力を練って、中級の水魔術を唱えようとしたその時。

 

 ジークフリードに打ち込もうと剣を上段に構えていた騎士の人が横に吹っ飛ぶ。


 ぐふっと息を漏らす声がこちらまで届いてきているから、吹っ飛んだ騎士の人が受けた衝撃は如何ばかりか。そして騎士の人が吹き飛んだ原因はジークフリードの長い脚が繰り出した蹴りだった。


 「っ、蹴りを入れるとは卑怯な!」


 吹っ飛んだ騎士の人が地面に膝を突き、腹に手を当てて抗議の声を上げる。その声はジークフリードの耳に届いているけれど、彼が大将格の人から視線を逸らすことはなかった。


 「試合の規定では、蹴りを入れてはならぬと決まっておりませんので」


 表情を変えずジークフリードが言葉を紡げば、聖冠騎士団の四人の口元が歪に伸びていく。もしかして挑発されたと感じた彼らが怒ってしまったのだろうか。対戦ルールは命を奪うこと、金的、目突きが禁止と審判役の人が告げただけである。魔術も訓練用の術を併用すれば問題視することはないと言っていた。使用する得物にも言及されていないから、ジークリンデさんは素手で止めを入れたし、ボルドー男爵閣下は杖で、ヤーバン王国の陛下は大剣を使った。


 相手が騎士の人たちだから、彼らの矜持を尊重すべきかもしれないが、そんな余裕は俺にはない。ジークフリードも今はナイさまの騎士ではなく、俺の友人として助力してくれているからなんでもアリの戦法を執っているようだ。このままジークフリードに相手の攻撃が集中するのは駄目だと判断した俺が発動させようとしていた水魔術を放とうとすると、相手の大将格の人がジークフリードと剣を交えたまま口を開く。


 「そう君が言うのであれば、我々もなんでもアリで良いのだなっ!!」


 大将格の騎士の人が咆えると交えていた剣が前へ前へと押し込まれ、ジークフリードがたまらず後ろに引き下がって距離を取った。そうしてマルクスとギド殿下と剣を交わしていた二人の騎士と、もう一人の騎士が大将格の人のところへと戻って行った。

 そうして大将格以外の騎士が『隊長!』と声を上げれば、彼ら三人は魔力を練り始める。練った魔力を放出すると大将格の人へと吸い込まれれば『ぬん!』と声を上げて、着ている上半身の鎧を吹っ飛ばした。

 

 「おいおい!」


 「凄いな……」


 マルクスとギド殿下が感心しながら俺の下へと戻ってくる。相手の大将格の人の身体が二回りくらい大きくなり、元々筋骨隆々な身体が更に太くなっていた。ジークフリードも一旦俺の下へと戻ってきて、状況を見守っている。ただ大将格の騎士へと魔力を注ぎ込んだ三人は疲れているようだ。きっと、彼らの魔力量はそう多くないに違いないと目を細めれば、ジークフリードが俺の隣でぼそりと呟く。


 「身体強化の魔術か。一人だけに施してもどれほどの意味があるのか」


 ふうとジークフリードは息を吸って吐いてを繰り返して息を整えていた。ふいにナイさまは付与術は得意だったはずと俺の頭の中に過る。


 「ナイさまならどれくらいの人に施せるんだろう……」


 「学院へ入る前の討伐遠征で初級程度の魔術を二十人くらいに施していた。今ならとんでもない人数に付与できそうだな」


 俺の口から勝手に出ていた言葉はジークフリードの耳に届いていたようだ。答えてくれたジークフリードはどことなく嬉しそうである。ジークフリードとナイさまの関係は少し前に一段上に昇っているが、ちゃんと上に昇っていけるのか俺は心配である。でも今は俺自身のことを優先しなければと気を引き締める。


 「アストライアー侯爵の身体強化魔術か。受けてみたいな」


 「制御、きちんとしてもらえよ、ギド。吹っ飛んでいきそうだ」


 ギド殿下とマルクスが軽口を叩いている。たしかにナイさまは魔力の制御が苦手だから、過剰に施されることもあるだろう。そして吹っ飛んでしまうことも。ジークフリードは聞こえないと言いたげに前を向いたまま状況を見守っている。観衆の人たちは珍しい光景に驚きながら聖冠騎士団の勝利を願っており、彼らの声に気を良くしたのか大将格の人が良い顔を浮かべてこちらに視線を向けた。


 「ははは! 我が部隊が誇る強化魔術に恐れ戦いただろう!」


 彼の声に俺たち四人は『なにを言っているのか』という表情になってしまう。


 「筋力が膨張しただけにしか見えないが……どう思う、エーリヒ」


 「強化魔術を受けたことがないからなんとも言えないけれど、強くなった雰囲気は感じられないかも」


 俺の言葉にジークフリードは『そうか』と小さく呟いた。マルクスとギド殿下も特に脅威は感じていないようで、相手の方へと視線を向けたままだ。

 

 「なら、打ち合わせ通りにいくか」


 ジークフリードが俺を見てにっと笑う。珍しい表情だけれど、俺を安心させるためのものだろう。だから俺は彼の言葉を重く受け取ることはなく、いつもの調子で返事をする。


 「そうしようか」


 俺が首を縦に振ると、マルクスとギド殿下も良い顔になった。


 「分かった」


 「よし、決めよう!」


 前を向く三人はぐっと足に力を込めて地面を蹴った。もともと足の速い三人だけれど……俺は。

 

 「――"風よ、吹け"」


 相手の意表を突くために、俺は右手を翳してナイさまから教えて貰った簡単な強化魔術を三人に付与する。すると三人の足の速さが段違いに上がり、相手の騎士たちの下へは直ぐだった。キン――と剣と剣がぶつかる音が試合場に響けば、観衆の人たちもわっと盛り上がる。状況は俺が場から動いていないから、三対四で剣戟を繰り返し、派手な動きをみんな取っていた。


 同じ日々を過ごして刺激を求めている人には、目の前で繰り広げられている光景は胸が躍るようである。そして大将格の人が長剣を振り下ろせば、石畳の試合場にぶつかって大きな石の塊が跳ねる。『いけいけー!』という声や『おお』という感心の声が湧けば、聖冠騎士の四人の口元が綻んでいた。けれど俺たちは打ち合わせ通りの形へと持って行く布石は既に打っていて……聖冠騎士の四人がいつの間にか一ヶ所に集まり、背中同士をぶつけることになっていた。

 

 ――今だ!


 目に映る光景に俺は魔力を最大限に練り右手に集中する。四節の魔術を唱えることなんて滅多になく、打てば俺の魔力は尽きてしまう。でもジークフリードたちが作ってくれた好機を逃すわけにはいかない。

 

 「エーリヒ!」


 「遠慮なんていらねーぞ!」


 「ああ! これで最後だ!!」


 三人が聖冠騎士の四人がバラけてしまわないようにと適度に剣を打ち込んで、逃れられないようにと動いてくれていた。彼らの声に答えるべく俺は、四節目の詠唱を口に出す。


 「――"激流、全て流せ"」


 俺の魔力で構成された大量の水が試合場に固まっている聖冠騎士の四人を目掛けて襲い掛かる。ジークフリードとマルクスとギド殿下はタイミングを見計らって、俺が放った魔術から距離を取った。

 発生した大量の水は聖冠騎士の四人を包み込んで四角い形になっていた。その中で聖冠騎士の四人は水の中でもがき苦しんでいる。西大陸の人たちのほとんどが泳ぐ機会はなく、しかも鎧をまとっているから上手く身動きが取れないはず。審判役の人はどうしたものかと悩んだ末に、また教皇猊下へと視線を向けて判断を仰いでいる。そして。


 「そこまで! 魔術を解いて!」


 その声に従い俺は放った魔術を解除する。四角い形の水の塊は一瞬にして崩れ去り、大聖堂前の広場に薄く広がっていく。水から解放された聖冠騎士の四人は咽ながら息を吸い込んで、肺に空気を送り込んだ。魔力を使い過ぎると身体にだるさが襲い掛かってくると自覚しているところに、審判役の人が俺たちの勝利を告げた。随分と陽が傾いていることに俺が気が付いたのは、もう少しあとのこととなる。


 ◇


 陽が随分と傾いて、そろそろ茜空が広がる頃になっている。


 アストライアー侯爵領領主邸の庭で遊んでいたユーリは乳母の方と一緒に部屋へと戻り、私とクロは残って東屋でぼけーっと過ごしていた。ジークとリンとエルとジョセにルカとジアに産まれた仔と天馬さま方とジャドさんをはじめとしたグリフォンさんたちは聖王国へと旅立っている。

 エーリヒさまが最後の試練を乗り越えるため、助っ人として向かっているのだが、そろそろ決着は付いた頃だろうか。聖王国の騎士の人に負けると不都合があるから、皆さまには負けないで欲しいけれど……勝負は時の運ともいうし、果たしてどうなっているのやら。東屋で私が冷めた紅茶を飲み干せば、おばあが物憂げにトコトコと歩いてきて顔を寄せてくる。


 『ピョエぇ』


 なんとも情けない声で鳴くおばあに笑いが漏れてしまう。クロも私の肩の上で仕方ないなあとおばあに顔を近付けて首を傾げた。


 『仕方ないよ、おばあ。おばあは空を飛べないでしょ?』


 おばあはみんなと一緒に聖王国へ向かいたかったけれど、飛べないという理由からお留守番をすることになったのだ。でもまあ、いつもいる人たちがいないから、おばあが情けない声で鳴くのも仕方ないし、連れて行って貰えなかったおばあは悲しいのだろう。私もおばあの顔に手を伸ばして、嘴の近くをゆっくりと撫でる。よくおばあをベッド代わりにしているジルケさまもいないから、余計に寂しいのかもしれない。


 「あ、そうだ。おばあ、みんなに内緒でジャーキー食べようか。ちょっと良いお肉が手に入ったから作ってみたんだよ」


 私の声に真っ先に反応したのは足下にいた毛玉ちゃんたち三頭とヴァナルだった。雪さんと夜さんと華さんも食べたいのか、床にべとっと付けていた顔を上げてこちらを見ている。


 毛玉ちゃんたちは私の身体をスンスンスンスン嗅いで、ジャーキーの在りかはどこだと言いたいらしい。おばあもさっきまでの物憂げな顔はどこかに行って、眼をキラキラと輝かせている。

 現金だなあと私は笑って、侍女の方にジャーキーを持ってきて貰うようにお願いした。そしてジャーキーを受け取ってみんなに渡す。随分と美味しそうに食べるみんなの様子を見て、私はなんとなくジャーキーを齧ってみる。硬いし、味はほとんどないなあと渋面になってしまった。一番の原因はなんだろうと考えて、ふと気付く。


 「塩気がないから……人間にはやっぱり合わないねえ」


 口の中に残っているジャーキーを嚙みながら喋れば、肩の上のクロが呆れた様子で私を見ていた。


 『分かっているのにどうして食べたの、ナイ』


 「ほら、今なら止める人いなから」


 そう、ソフィーアさまとセレスティアさまは実家に戻っているし、ジークとリンは聖王国にいる。セシリアさまとアルティアさまは執務を終えて屋敷で過ごされているため、私を止める人はいなかった。侍女の方は大丈夫かと心配そうに見ていたものの私の行動を止めることはない。クロは聖王国の方へと顔を向ければ『早く戻ってきて、ジークぅ~リン~』と声を上げた。

 

 『駄目だよ。みんながいないからって気を抜いちゃ』

 

 クロが私の方へと視線を戻せば『はーーい』とちょっとふざけながら返事をするのだった。

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― 新着の感想 ―
蹴り技が卑怯? 勝負に負けそうだからと試合形式を変更させるよりも正道でしょうよ しかも三人分の無駄に魔力を浪費した見せ筋強化で自身の防具破壊……敵を集めて一網打尽に倒した戦術と比べる気にもならないほ…
そもそも騎士でもないエーリヒに騎士7人と戦えというほうが卑怯だと思うが、それに隙があれば文官エーリヒを殺そうとするのはアリなんか?実行してたら神の誰かが神罰を下してたかもしれないのに。 ましてエーリヒ…
あるぇ~特攻はぁ…気持ちわるい騎士と護衛くんは……そっかジーク君にギト殿下にマルクス君達が早すぎたのね!エーリヒくんはよく見て状況把握に努める 阿呆騎士達は目前に立たれてアタフタ ジークのけりを受けて…
2026/06/29 20:15 あかマント
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