1629:【⑥】エーリヒくんのお迎え。
対戦試合が三つ終わると、聖冠騎士の代表者がエーリヒさまになにか話しかけていた。なにを話しているのか気になるけれど、大聖堂の大扉の上にあるテラスに出ている私には彼らの声は聞こえない。読唇が得意な聖女の人は『残りの試合は団体戦にしたい』と聖冠騎士の代表者が口にしたそうである。そしてエーリヒさまはその話を飲んだとも教えてくれた。
正直、勝負を行ってなにになるのかと言いたいし、負けた人たちの名誉が下がるだけである。しかもエーリヒさま側の皆さま――仮面で顔を隠しているけれど私には誰か分かる――は実力者ぞろいで、実戦経験も豊富な人が多い。対して聖王国の聖冠騎士団は聖職者や聖女の護衛として職務に就いているため、命のやり取りを行ったことは皆無と言って良いだろう。精々、暴れる信者の人の対応に出張ってくるくらいである。
私は胸の位置で両手を組み、広場にいるエーリヒさまへと視線を向ける。いつも通りの表情でジークフリードさんとマルクスさまとギド殿下となにやら作戦を立てている。エーリヒさまは官僚務めだから、荒事には慣れていない。この日のために訓練を受けていたようだけれど、果たしてどこまで強くなれたのだろう。男の人は自身の腕っぷしが強いことを求めるけれど、私は優しさを持っている男性の方が嬉しいのに。
とはいえ私のためにエーリヒさまは教皇猊下の無茶に付き合わされている。聖王国の政治面でみんなの考えが一緒であれば良かったのにと強く思う。でも、いろいろな方がいるのだから私とエーリヒさまの婚姻を認めないと主張する人がいるのは仕方ない。
反対している彼らを説得できれば良かったけれど『大聖女を他国に渡すなどと!!』という一点張りをされ、教皇猊下は強く言えなかった。私も出て行ってしまう身だから、彼らを強く責めることはできないし……本当に難しい。
私がアルバトロス王国へ嫁に向かい、エーリヒさまと婚姻したとしても聖王国との縁が切れることはない。
教皇猊下もシュヴァインシュタイガー枢機卿もアリサもウルスラも縁を切るつもりはないと言ってくれたから、これからも関係は続いて行く。そのうち良い報告ができれば良いけれど……と頭の中で考えていれば、エーリヒさまとジークフリードさんとマルクスさまとギド殿下が開始線へと向かっていく。
対して聖冠騎士団の残りの面々も開始線へと進み始めた。大将を務める人は聖冠騎士団の中でも強いと称されている人である。あとは若手で将来を有望視されている三人だ。
眼下に広がる光景は、大聖堂の階段を降りてすぐのところに教皇猊下が立ち、少し距離を取った場所に仮の試合場がある。その中に八人と審判の人が並び、試合場の向こうには多くの観衆が集まっていた。大聖堂の大扉前の踊り場には聖職者の人たちが固唾を飲んで見守っている。他の聖冠騎士団の人たちも勝てるかどうかとやきもきしているようだ。
「次、エーリヒさまの番……勝てるよね?」
私は心配でつい声に出してしまう。周りの人たちは私の味方だから構わないけれど、自国の人が負けるようにと願っているようにも見えなくはないだろう。ともかく無事に試合が終わるようにと願っていれば、右隣りにいるアリサが私の顔を覗き込んで片眉を上げ、左隣にいるウルスラも私の顔を覗き込む。
「お姉さまが彼を応援しないと!」
「みなさんお強いですからね。聖冠騎士団の皆さまにも頑張って欲しいですが……」
アリサが握り拳を作り、ウルスラが困り顔を浮かべて眼下の広場へと視線を移した。私は目を細めながら、エーリヒさまとみんなに怪我がないようにと願うのだった。
◇
――まさか三戦とも負けるとは。
情けない、と負けた者たちの顔を自分は浮かべた。彼らは聖冠騎士団としての自覚があるのだろうか。負ければ美しい大聖女フィーネさまがアルバトロス王国なぞに向かってしまうというのに。しかも、どこにでもいそうな男に奪われてしまうのだ。教皇猊下が出した三つの試練の内、二つを乗り越えている相手の男だが、大聖女フィーネさまには不釣り合いと言わざるを得ない。
あの日の夜、ベランダに出ていた大聖女フィーネさまが祈りを捧げていた神々しい姿が見れなくなるのは聖王国にとって大損失だ。教皇猊下も彼に連なる者たちもなにを考えているのだろう。
大聖女フィーネさまをアルバトロス王国に売り払うような真似をして……と声を大にして言いたいが、一介の騎士に発言権などない。で、あるならば自分の実力を持って、七人の騎士に選ばれ、相手を打ち負かせば良い。日々、厳しい訓練を課されて乗り越えてきたのだ。そして自分は高位の神職者の警備に就いている。それは自身の実力を認めて貰った証左なのだ。
絶対に負けてなるものかと拳を握り込めば、血が滲み出る寸でまで力を込めてしまう。これはいけないと肩の力を抜いて、自分は今回の対戦で大将を務めている隊長へと視線を向けた。
「隊長……自分が前に出ます! 機を伺い、エーリヒ・ベナンターの首を落として参りましょう!」
右手を胸に当て、自分が敵の中へと突っ込んでいくと告げれば、隊長は目を見開きながら自分を見る。勝手なことを言っているのかもしれないが、聖冠騎士団の一員としてやはり美しい大聖女フィーネさまを他国に渡すわけにはいかない。ここは引けないと隊長の目をしっかりと覗き込めば、彼は目を細めながら自分に声を掛けた。
「個で動くのは不味い。ベナンター子爵に脅威はないが、あの三人……特に赤毛の背の高い男は並々ならぬ雰囲気を持っている」
隊長と自分は対戦相手である四人中の三人を横目で見た。一番背の高い仮面を身に着けた赤毛の男の実力は本物だろう。男が身に纏う雰囲気は静かなものであるが、その内にある熱をひしひしと感じ取ることができるのだから。
もう一人の濃い赤毛の男もある程度の実力者であろう。そして金色の髪を短く切りそろえた体格の良い男も同様に。エーリヒ・ベナンターからは覇気は読み取れず、どこにでもいる男としか評せない。どうしてあんな男に美しい大聖女フィーネさまを渡さなければならないと、自分は歯噛みしながら隊長を見る。
「顔は隠され表情を読むことはできませんが、たしかに佇まいから実力者であることは分かります。しかし! 自分は大聖女フィーネさまのために敵の大将を落とすと決めたのです!」
言い終えれば隊長が良い表情になって、自分の両肩に彼の手が乗る。
「その意気や良し! ただ、単独での行動は無謀。どちらか二人と組み、開始の合図と共に隙を見て奥へと進め。牽制は私と彼が担おう!」
凄く朗らかに笑う隊長が自分の意見を肯定してくれた。自分は良かったと安堵して、対戦相手の四人へと視線を向ける。彼らもまた自分たちと同様に作戦を練っているが、我ら聖冠騎士団は寝食を共にし、日々の訓練に励んでいる。寄せ集めの者に負けるはずはないし、先に勝負をした三人の分を団体戦で取り返して見せると決意して、左手で剣の鞘をぎゅっと握り込むのだった。
◇
俺とジークフリードとマルクスとギド殿下が集まって、作戦会議、とまではいかないけれど、今から行われる団体戦に向けて雑談を交わしていた。俺を最奥に位置させて、前は三人で固めるということで話は決まり、残りは適当に時間を潰そうとなっているのだ。
相手はどう出てくるのかとか、どんな作戦でくるのかと三人は深く考えても意味はなく、相手の出方に合わせてこちらも動く寸法だそうである。魔物と命のやり取りをしているわけではないから、緊張もしていないとのこと。俺はちゃんと大将として指示を出せるのか、上手く訓練用の魔術を使えることができるのかと心配が尽きない。とはいえ、もうここまできてしまったのだから、あとはやるしかない。
ジークリンデさんとボルドー男爵閣下とヤーバン王国の陛下は少し距離を取り、俺たちの勝利を願ってくれている。
完膚なきまで潰してこいという幻聴が届きそうだけれど……試合場に立つ審判が俺たちと聖冠騎士団の人たちに向けて、こちらにこいと手を動かしている。俺はふうと息を吐いてから、ジークフリードとマルクスとギド殿下を見た。
「時間だ。行こうか」
拳をぎゅっと握り込んで足を動かそうとしたけれど、鉛のように重く一歩が踏み出せない。自分でも気づかない内に随分と緊張しているようだ。
「ああ」
「おう」
ジークフリードとマルクスが返事をくれ、ギド殿下が苦笑いを浮かべながら俺の肩を叩く。
「そう緊張するな、エーリヒ。大丈夫だ。俺たちが相手を近付けさせない」
そう言ってくれたギド殿下の声にジークフリードとマルクスが俺の方を向いてしっかりと頷いた。霧隠れの亡国で窮地に陥った時も彼らは俺を守ってくれている。だからギド殿下の言葉を信じなくてどうすると、俺は鉛のように重い足を動かして開始線へと歩いて行く。
フィーネさまたちも見ているのだから、みっともない格好だけは見せられない。もし負けるとしても情けない姿だけは晒さないようにしないと。そうして開始線に四人ずつ並んでお互いに礼を執る。すると相手の大将の人がにっと笑って声を上げた。
「我らの提案を受け入れてくれて感謝する! 正々堂々、我らの力を振り絞ろう。君たちも全力で我らに挑んで欲しい」
「はい。よろしくお願いします」
大将の人に俺が返事をすると、相手の四人の中の一人が俺を厳しい顔で見ていた。騎士の人が感情をありありと浮かべるのは珍しい。でも、仕えている主人を虚仮にされれば怒りを露わにする騎士の人をアルバトロス王国で見たことがある。まあ、その騎士は言わずもがなジークフリードとジークリンデさんであるが。俺を厳しい顔で見ている聖冠騎士団の人は、フィーネさまと俺との婚姻を良く思っていないのかもしれない。
でも、俺はフィーネさまと婚姻して、二人で幸せになると決めたから。
勝ちは譲らないと厳しい顔でこちらを見ている騎士に向けて俺も視線を返す。すると彼はぐっと口元を真一文字に結んで、剣の鞘を持つ左手に青筋を浮かべていた。そうして審判役の人が始めましょうかと声を上げれば、後ろに三歩下がって相手と距離を取る。
「では。最終、団体戦! ……――始めっ!」
審判役の人の大音声とともに観衆から『おお!』と盛り上がる声が俺の耳に届くのだった。




