1628:【⑤】エーリヒくんのお迎え。
ボルドー男爵閣下が一礼を執り、こちらへと戻ってくる。次鋒の人は気絶しており騎士の人たちに運ばれていった。大丈夫なのか気がかりではあるものの、聖王国の聖女さまがいるのだから平気だろうと俺は前を見る。
俺の隣に立っていたヤーバン王国の陛下は『ふむ』と頷いて、天馬さまやグリフォンさんたちの輪の中へと入って行った。そうしてこちらに戻ってくると、彼女は身の丈ほどの大剣を肩に乗せて戻ってくる。俺はぎょっとしてヤーバン王国の陛下を見れば、視線に気づいた彼女が俺にむかってにっと歯を見せながら笑った。
「武器に本人の特徴がでるのであれば、私はコレが似合いだろうな!」
はははと豪快に笑うヤーバン王国の陛下に俺はなにも言えないが、突っ込まなければ空気に飲まれてしまいそうだとなにか言葉を紡がねばと考えていれば、彼女は試合場へと進んで行ってしまった。入れ替わりに戻ってきたボルドー閣下もにっと面白そうな表情を浮かべて俺の横に立つ。
「一体どこから、あんな大剣を……」
「趣味でヤーバンの職人に鍛えさせたものらしい。こっそり持ってきていたようだなあ」
はははと髭を撫でながら笑うボルドー閣下に俺は呆れた視線を向けるしかない。どうやってこっそり持ってきたのだろうと、俺は懐疑な顔を浮かべていたのか、ボルドー男爵閣下は口元を伸ばしていた。
「なに、勝てば良いだけのこと。面白くない試合であれば、自ら楽しくするしかないだろう?」
たしかに勝てば良いけれど、無茶はしないで欲しいというのが本音である。とはいえヤーバン王国の陛下の辞書には無茶という言葉はなさそうだ。とりあえず、次の試合を見守ろうと俺は前を向いた。
するとヤーバン王国の陛下は肩で掲げていた大剣を片手で振り下ろして、ピタリと途中で止める。自重で地面に突き刺さりそうな大剣をよく片手の膂力だけで止められたものだと感心してしまった。観客も見たことのない光景にわっと沸き立つ。そして観客が盛り上がっていることを悟ったヤーバン王国の陛下は不敵に笑って、六人の聖冠騎士に視線を向けている。
「さて、私の相手を務めるのは誰か!」
ヤーバン王国の陛下の声に答えたのは、六人の聖冠騎士の中で一番の巨躯を持つ男だった。ずんずんと音を立てそうな歩き方でヤーバン王国の陛下の下へと歩いて行く。
「女が相手であろうと容赦せんぞ!」
「無論、手加減など不要。貴殿の全力で掛かってこられよ。私も全力を持って相手を務めよう!」
相手の騎士はヤーバン王国の陛下より三十センチほど背の高い人である。二メートル近く背丈があるボルドー男爵閣下より高いのではないだろうか。相手の騎士の特徴は巨躯というだけで、他に目立つような情報はない。
佩いている剣も他の騎士と同じものを使用しているため、随分と短いように感じてしまう。開始線に並んだ二人は一礼を執ると、審判の人が『始め!』と声を上げれば、空気がふっと重くなる。空気が変わった途端にヤーバン王国の陛下は後ろに五メートルほど下がって距離を取っていた。相手の騎士はありありと舌打ちをして、一気に片が付かなかったことに苛立ちを覚えたようである。
「察しが良いな……」
「殺気が駄々洩れすぎだろう」
空気が重くなったのは相手の騎士の殺気だったようである。にやりと笑う相手の騎士にヤーバン王国の陛下もにやりと笑って応酬した。
「それは失礼」
「では、こちらから!」
相手の騎士は剣を抜かないまま左手を前に突き出すと足下に魔術陣が浮かぶ。それと同時にヤーバン王国の陛下が地面を蹴って五メートルの距離を詰めようと走り出す。
「魔術だ!!」
「早っ!」
どこからともなく誰かの声が俺の耳に届く。魔術が放たれて被害を受けてしまうのではと観客の人たちが慌て始めていたが、どこからともなく試合場を囲むように結界が張られる。一体誰がと魔力の元を辿ってみれば、テラスにいる聖女さま方が施したもののようだ。
「少しは面白くなってきたかな?」
隣に立つボルドー男爵閣下が笑い、ジークフリードとジークリンデさんが『相変わらずだ』『ね』と呟いていた。マルクスとギド殿下は騎士の人が魔術を扱っていることに驚いている。
とはいえ騎士は対魔術師戦も想定して訓練を受けているはず。牽制程度の魔術では倒れないだろうと俺は前を見る。放たれた魔術は火属性のもので、中級程度といったところだろうか。
一応、対戦用にと殺傷能力を低くできる魔術を併用させることもできるのだが、果たして相手の騎士の人は付与してくれているのだろうか。相手の騎士から放たれたいくつもの炎はヤーバンの陛下を目指して飛んでいる。するとヤーバンの陛下は止めた足を大きく開いて大剣を握り直す。
「ふんっ!」
大剣を横腹にして右から左へと振れば、ヤーバン王国の陛下に迫っていた炎が消えていた。片手であの重量のある大剣を振り回せることに俺が驚いていると、横でボルドー男爵閣下が『ヤーバン王だからな』と小声で呟いた。
「そのような火力で私を止められると? 随分と侮られたものだ!!」
舐めた真似をと言いたげにヤーバン王国の陛下は腰を深く下げたあと、足を使って空へと飛びあがる。遅れて大剣も空に浮いていることが本当に信じられない。付与魔術や補助系の魔術が得意な人がいれば、大剣の重量を軽くすることができるけれど……生憎と俺のメンバーには魔術を得意とする人はいないのだ。ヤーバン王国の陛下は己の力のみで大剣を軽々と扱っている。
空へと飛びあがったヤーバン王国の陛下を見上げる相手の騎士は急いで腰に佩いている剣を両手で鞘ごと横に構える。大剣の重量と重力が乗ったヤーバン王の剣撃を果たして相手の騎士は止めることができるのか。
「くっ!」
鞘ごとの剣に大剣がぶつかると直ぐにひびが入って真っ二つに折れる。相手の騎士はそのままでは頭をかち割られると、次の行動に移ろうとしていた。折れた剣から左手を放して手甲を翳して大剣を防ごうと試みている。
「うぉおおお!」
大音声が響くのだが勝敗は決まったように見えた。左手を頭の上に掲げた相手の騎士とヤーバン王国の陛下が大剣を寸での所で止めている。審判の人が目を見開いて右腕を上げようとしたところで、ヤーバン王国の陛下が相手の騎士と視線を合わせたまま咆える。
「止めてくれるなよ、審判! まだ彼の目は死んでいない、継続だ!」
その声が響くと同時に、どちらもにっと口角を上げて距離を取る。審判の人は迷った末に教皇猊下に助けを求めれば、目線で続けようと命じていた。審判の人は上げかけていた右手を下げて、状況を見守る態勢に戻す。
まさか続行するとはと俺は驚いているとボルドー男爵閣下が『やんちゃな方だ』と肩を竦めていた。ヤーバン王国の陛下は大剣を構え直すかと思いきや、地面に突き刺して無手で構えを取る。相手の騎士の人も無手で構えを取れば、はっとお互いに息を吐いて距離を一気に詰めた。
「ぐう!」
「ぬう!」
お互いにお互いの拳が腹に入っている。苦悶の声を零しながら、二手、三手と繰り広げられる攻防は素人の目では捉えることはできない。なにが起こっているのかと俺が固唾を飲んでいると、近くにいるジークフリードとジークリンデさんが『無手であれば、互いに良い勝負か?』と『どうだろう。あの人の方が少し有利かも』と声を交わしていた。
一体どちらが勝つと観客の人たちも盛り上がってきたのか、ワイワイと声を上げている。手だけの応酬かと思いきや、足蹴りに肘、膝が繰り出され、上手く相手の勢いを殺すか捌くかを繰り返している。時々、ヤーバンの陛下が突飛な動きをとり、相手の騎士の人が目を丸くしているがどうにか食いついていた。するとヤーバンの陛下が相手の外套を掴んで身体を引き寄せる。
「ふん!!」
とヤーバンの陛下の声が響くと同時にお互いの額と額がぶつかり合い鈍い音が広場に響いた。その音が耳に届いた瞬間『不快』という感情が沸き上がる。なんだろうゴリというか、ミシというか、表現しきれない音が耳に届いたのだ。
「う、うわ……」
俺の口から情けない声が出て、つい、手で口元を塞いでしまった。ヤーバン王国の陛下は相手の騎士の人の外套を掴んだまま立っているけれど、相手の騎士の人は意識を失い首がガクンと垂れている。
「相手の頭の骨が心配になる音がしたな」
「しょ、勝負あり!」
ボルドー男爵閣下の声が届いて直ぐに、審判の人の声も広場に響く。観客の人たちはわっと盛り上がることはなく、沈黙がおり顔を青褪めさせていた。まさか外套を掴んで頭突きを入れようとは誰も思っていなかったようである。
相手の人たちは騎士であるけれど、俺たちの側は騎士と退役軍人と王さまと官僚という混成部隊だ。それに騎士道精神はマルクスとギド殿下しか持ち合わせていないはず。うーんと俺が肩を竦めていると、聖王国側の人が慌てて倒れた相手の騎士の人に集まって治癒が施されている。ヤーバン王国の陛下は様子を見守ったあと、こちらへと戻ってくる。
「何故、引いている?」
開口一番、ヤーバン王国の陛下は不思議そうな表情で俺に問うた。ドン引いていたけれど態度に出ていただろうか。とりあえずバレているなら取り繕う必要はないかと気になることを聞いてみた。
「流石に頭突きはないのでは……相手の人は大丈夫でしょうか」
「なに、死んではおらん。治癒を施したから問題ない」
ふうと息を吐いたヤーバン王国の陛下の額は微妙に赤く染まっていた。そりゃノーダメージというわけにはいかないかと俺は目を細めていると、相手の大将格の人が前に出てきて俺を呼んでいた。
俺の視界の端ではヤーバン王国の陛下と対戦した騎士の人がどこかへと運ばれていく。意識はあるようで、彼を運んでいる人と一言二言交わしていた。俺は安堵の息を吐いて、目の前に立つ大将の人を見る。
壮年の男性であるが顔は凄く整っており、イケメンと言って差し支えない。聖冠騎士という職に就いているからだろう、不潔な感じは全くなく髪も綺麗に整えている。ただ苦虫を噛み潰したような表情で俺を見ており、三戦連敗という状況に気持ちが焦っているようだ。
「対戦方法を変更したい。まだ勝負をしていない者たちとの団体戦は如何だろうか?」
「受けた場合、勝ち負けはどう判断なされるのしょう?」
「私か君が落ちれば負け、は?」
急な提案であるものの、団体戦も悪くはないのだろう。耳を傾けていたジークフリードとマルクスとギド殿下に不服はないようである。それならばと俺は勝敗の決し方を聞いておく。
俺を狙われれば不利な状況に陥るのは目に見えているから相手の狙いはソレだろう。どうしようかと俺が三人に視線を向ければ『好きにして良い』と無言で返事が届き、ボルドー男爵閣下とヤーバン王国の陛下も好きにすれば良いというスタンスのようだ。
「分かりました。受けて立ちます」
「ありがとう」
俺の言葉に大将格の人が頭を下げて、仲間の輪の中に戻っていく。さて、少し作戦を練ろうと俺たち四人が集まって、いろいろと話込むのだった。




