1627:【④】エーリヒくんのお迎え。
――ジークリンデさんが出場した第一戦は秒で片がついた。
大聖堂の前にある広場で教皇猊下が立ち、後ろにある二階のテラスには大聖女フィーネさまと大聖女ウルスラさまとイクスプロード嬢に聖王国所属の聖女さま方が。大聖堂の正面扉前の踊り場には神職者の方たちが固唾を飲んで見守っていたのに。
本当に一瞬で試合が終わってしまい、みんな言葉もなく呆然としている。そうして審判の人が『勝者、ベナンター子爵代理!』と声を上げれば、どっと歓声が沸き『嘘だろ?』『女に負けたぞ!』『聖王国の騎士なのに?』と集まっていた人たちから声が上がる。
神職者の人たちは残念がる人に顔を青褪めさせている人が多く、少し喜んでいるような安堵しているような人が少数だろう。テラスにいる聖女さま方は『やりましたわ!』と言いたげな顔になっていた。フィーネさまは『ジークリンデさんが負けるはずないですよねえ』と言いたげだし、大聖女ウルスラさまは『やはりジークリンデさんはお強いですね』とイクスプロード嬢と言葉を交わしているようである。
気絶から目覚め地面に膝を突いた聖冠騎士団の先鋒の年若い人は左頬を真っ赤にはらして、ジークリンデさんを厳しい表情で見上げていた。
「何故、直ぐに剣を収めた」
先鋒の年若い人はジークリンデさんに苦言を呈す。彼が口にした通り、ジークリンデさんは『始め!』の合図のあと直ぐカストルを鞘に納め、相手の間合いに入り右腕を引いて渾身のストレートを放ったのだ。そのストレートは先鋒の騎士の左頬にキレイに入り意識を刈り取った。お陰で彼の左頬がどんどんと腫れていっている。ジークリンデさんは先鋒の人を無表情で見下ろしながら言葉を紡ぐ。
「抜く必要もない相手」
相変わらず言葉少ない彼女だが、もしかするとナイさまが聖王国の聖職者にいろいろされたことを、ジークリンデさんは未だに根に持っているのかもしれない。凄く冷たい彼女の視線が先鋒の人に降り掛かっているのだが、頭に血が昇っているのか相手の人は彼女に向けた視線を更に厳しくする。
「私を馬鹿にしているのか……?」
「相手の力量を見極めるのも騎士として必要。できないなら、無駄に命を落として周りに迷惑を掛けるだけ」
先鋒の若い騎士をジークリンデさんは煽り倒しているよう上に冷たい視線が更に冷えているのは何故だろう。でも彼女が言ったとおり、自身の実力を把握できないまま無暗に突っ込んで命を落とせば、遺体を回収する手間が増えるし、遺族への通知や補償を行うことになる。勇猛果敢に挑んで命を散らしたと言えば聞こえは良いのかもしれない。でも、遺族の耳に入る前にいろいろな人の手が入っているのは確かなことだ。
「女の癖に生意気な!」
「性別は関係ない……負けた人が饒舌なのは嫌い。文句があるなら、もう一戦やる? 結果は同じだけれど」
歯噛みしている先鋒の騎士にジークリンデさんがまた言葉を放つ。本当に珍しいと俺があっけにとられていると、ボルドー男爵閣下が試合場の中へと進んでいく。彼は手に持っていた杖を地面に強めに叩きつけ、先鋒の騎士を見下ろしたあと次鋒の騎士に顔を向ける。
「お前さんが煽り倒すのは珍しいな。その役目は次鋒の私が引き継ごうか」
ボルドー男爵閣下がジークリンデさんをチラリと横目で見て笑う。彼の声に呼応したのか相手となる次鋒の騎士が厳しい表情で試合場の中へと足を踏み入れた。ボルドー男爵閣下と相手の人の背丈は同じくらいだ。お互いに不敵な笑みを携えて視線を外さない。ジークリンデさんは自身の役目は終わったと、こちらに戻ってきた。
「お疲れさまです」
「ん。疲れてない。大丈夫」
俺がジークリンデさんに声を掛ければ、彼女は小さく首を横に振る。先程までの冷めきった空気はどこかへ消えていて、意識の切り替えが凄く早い。少し羨ましいと俺が目を細めていれば、ジークフリードがジークリンデさんの肩を叩く。
「どうだった?」
「弱い。鍛え方、足りていない」
ジークフリードの質問にジークリンデさんが投げやりに答えた。ということは鍛えれば先鋒の人は強くなれるということだろうか。俺には分からないけれど、騎士の人には分かるのかもしれないと正面を向く。するとボルドー男爵閣下と次鋒の人の睨み合いはまだ続いており、観客の人たちがざわつき始めていた。ボルドー男爵閣下は引退を果たした身であるが、まだまだお元気である。杖を突いているけれど、歩行補助のためではなくお洒落の一環で持ち歩いているだけだ。
第二王子としていろいろと教育を受けてきたであろうボルドー男爵閣下は若かりし頃、戦場に立ち血気盛んな人物だったと聞き及んでいる。彼がどんな剣技を見せてくれるのか、俺は少し期待をしている。それにボルドー男爵閣下に『負け』という文字は似合わない。自信満々に余裕な勝利を得て欲しいと望んでしまうのは俺の傲慢だろうか。
対してボルドー男爵閣下の対戦相手となる次鋒の人は三十代中頃といった風貌だ。体格にも恵まれており、ジークフリードと並べば身長は同じ位であろうから背は高い方に類されるはず。腰に佩いている剣も体格故か、他の聖冠騎士団の人のものより幅の広い物を使用している。個人の個性が出る魔術師団と違い、各国の軍隊や騎士団は装備規格を統一している場合が多い。
それは訓練のしやすさや得物を失った際の代替えが利きやすくなるためである。聖冠騎士団は聖王国の神職者を守るために構成されている団体だから、もしかすると各国の軍隊や騎士団の常識は当てはまらない可能背もあるけれど・
なににせよ、一触即発の空気が流れてきており観衆の人たちが息を呑み沈黙が降りている。そして次鋒の人が額に青筋を浮かべながらボルドー男爵閣下に声を掛けた。
「最初は女。次は老人。ベナンター子爵は我々を愚弄しているのか?」
「愚弄など。彼は彼が使える伝手を頼り我々を頼ったまで。我々を侮っているのは貴殿ではないのかな?」
ボルドー男爵閣下が片手で杖を持ったまま、もう一方の手を広げておどけていた。えっと……ボルドー男爵閣下は面子が足りないならワシも参加すると言って面白がっていたような。ヤーバン王国の陛下とも意気投合して、アルバトロス王国から聖王国に向かう道すがらどんな相手がいるかと嬉々として語り合っていたというのに。
「たしかに言葉より、実力で黙らせれば良いだけだな」
「左様。手加減など不要。本気で掛かってこられよ。私も本気で貴殿と技を交えよう」
お互いに笑みを深めた二人を審判が視線を行き来させたあと、右手を天高くつき上げる。
――始め!
の審判の声と共に突き上げられた右手が下へと勢いよく下がった。一瞬の間に次鋒の騎士の人が幅の広い剣を鞘から抜き、軽々と剣を持った腕を後ろに引いて大股で前進を始めた。
「早い」
骨格が太く背の高い次鋒の人が動く姿はまるで熊か猪かと見まごう程で、突進をしている。ボルドー男爵閣下は場から動かず、持っていた杖を軽く持ち上げる。次鋒の騎士が後ろに引いていた剣を横薙ぎで前へと振れば、ボルドー男爵閣下は目の前に杖を掲げた。
十字を描くように剣と杖が交錯すれば、ガンとなんとも言えない金属音が広場に響いた。二秒足らずのやり取りというのに、凄く長い時間が掛かったように思えてしまう。感心している俺を他所に観衆の人たちは目を丸く見開いている。
「杖で幅広の長剣を受け止めたぁ!?」
「爺にあんな力があるものなのか?」
杖の由来を知らないのであれば、観衆の人たちの驚きの声は尤もだ。ボルドー男爵閣下の持つ杖は竜の牙や爪を加工したものであり、ドワーフの職人が鍛えたものである。人間が鍛えた鉄製の剣が強度で叶うはずない。さらに持ち主の腕前も加算されるのだから次鋒の人の勝ち目は薄い。試合は直ぐに終わるだろうと俺が結論付けていると、ヤーバン王国の陛下が隣に立つ。
「悪い顔をしておられるな、男爵は」
「あはは」
彼女の言葉に俺は乾いた笑いを放つしかない。普段は腰布と胸当てと外套という格好のヤーバン王国の陛下であるが、今日は仮面を身に着け他の六人と同じ黒い衣装を纏っている。
着慣れないもののためか、シャツの第一ボタンは開放されていた。とはいえタイトな衣装を着こなしており風格があるので羨ましい。彼女が腕を組めば胸の部分が盛り上がる。直視しては駄目だと俺はすぐさま前に視線を向けた。
「子爵は相手をどう見る?」
「素人見解ですが、佩いている長剣に持ち主の特徴が出ているなと」
ヤーバン王国の陛下は俺を試しているのだろうか。俺は騎士として育てられていないから本当に素人意見であるし、通説を口にしているだけなのに、視界に映っていない彼女はふっと笑っているようだ。
「おや。どういう意味か?」
彼女の疑問に俺は、次鋒の人は他の面々と違う幅の広い剣を佩いていること、わざわざ重い剣を振り回すことの意味は自身が力持ちであることを自慢したいだけだろうと語る。
俺は当たっているだろうかとヤーバン王国の陛下へ視線を戻せば『面白い考察だな!』とにっと笑っていた。あれ? もしかしてなんとなく質問したことに、俺が真面目に答えてしまったから、笑って誤魔化されているのかと目を見開いていると試合場で動きがあった。
交わっていた剣と杖が解かれ何度か打ち合ったのち、ボルドー男爵が放った刺突が相手の鳩尾に食い込んで、背の高い騎士が二、三メートルほど吹っ飛んでいる。
「勝負あり!」
という審判の声とともに会場はシンと静まり返るのだった。




