1626:【③】エーリヒくんのお迎え。
曇天の空から陽射しが差し込んでいる。聖王国の大聖堂前の広場では多くの人が集まって、俺たちと教皇猊下と聖冠騎士団の七人に視線を行ったり来たりを繰り返している。
――凄く厳しい視線を受けている。
大聖堂の前にいる七人の騎士から発せられている気迫は並々ならぬものではない。ないけれどボルドー男爵閣下――俺が子爵位になったので少々おかしな呼び方ではあるが――の眼光より怖くない。
踊り場に立つ七人の騎士と引退状態の元高位貴族の人との違いはどこにあるのかと考える。やはり、ボルドー男爵閣下が若かりし頃に戦場に立ったことが大きいのか。聖冠騎士団の人たちも魔物退治に参加したことがありそうなものだが、そういえば聖王国で魔物が出るという話は聞いたことがない。
先程、俺の隣で『真贋の王冠』を本物判定を下してくれた教皇猊下が始めようかと告げると、聖冠騎士団の七人が階段を降りてくる。先頭は壮年の男性騎士で少し遅れて年齢がバラバラの六人も一緒に広場に降り立った。
ちなみに俺たち一行の七人は俺とジークフリードとジークリンデさん、マルクスとギド殿下にヤーバン王国の陛下とボルドー男爵閣下である。俺以外は仮面を身に着け、黒い衣装で統一させている。対して俺は全身白色の衣装に身を包んでいた。どうしてこうなったかと言えば、妖精さんのお陰である。亜人連合国のエルフのお二人が悪乗りして、衣装を作ってくれたのだ。
そうなれば俺は身に纏う選択しかなく、それなら俺以外の人は黒の衣装を纏って引き立て役となろうとなった。少し、いや大分恥ずかしいのだが、聖王国の皆さまは違和感を覚えないようで、階段を降りてきた聖冠騎士団の人たちに熱視線を向けている。
教皇猊下の後ろに聖冠騎士団の七人が並べば、俺の後ろにも六人が並び紫電を散らしていた。
聖王国側は男性ばかりの構成になっているから、ジークリンデさんとヤーバンの陛下に出番はあるだろうか。ジークリンデさんは一戦も交えず終わってもなにも言わないかもしれないが、ヤーバンの陛下は不満たらたらになりそうである。俺は教皇猊下との交渉でどうにか一人一戦の確約を取り付けなければと教皇猊下と視線を合わせた。
「猊下。七人の騎士との対戦ですが、私を大将とし、一人一戦ずつ剣を交えませんか?」
「もちろん。そして、勝ち星の多い方が勝者という事で構わないかな。ただし大将戦の勝ち負けは星三つ分としたい。如何かな、ベナンター子爵?」
あっさりと対戦方法と勝敗の行方が決まる。教皇猊下はなるべく俺に有利になるようにと考えてくれたようだ。しかし聖冠騎士団の七人が負けたとなれば、聖王国の人たちから支持を失ってしまうのではないだろうか。
そんな不満を抱えていれば教皇猊下が俺に『騎士団の規模縮小を考えていたから気にしないで欲しい』と小声で告げる。理由を知りたいところだが、今は勝負の時である。ちゃんと勝てるようにしなければと俺は聖冠騎士団の七人を見た。そして教皇猊下が大聖堂の正面扉の上にあるテラスへと振り向いた。
「大聖女フィーネ!」
教皇猊下が大音声を上げてフィーネさまの名を呼んだ。すると大聖堂のテラスにはいつの間にかフィーネさまの姿がある。後ろにはイクスプロード嬢と大聖女ウルスラが控え、更に他の聖女さま方の姿もあった。
こうしてみると本当に壮観な光景であり、彼女たちが信者の人たちから信頼を集めていることに納得できる。しかし教皇猊下は何故フィーネさまを呼んだのかと俺が首を傾げると、また大音声を上げる。まるで集まっている人々の耳に届くようにと。
「アルバトロス王国のエーリヒ・ベナンター子爵はそなたを娶りたいと私に申し出、二つの試練を乗り越えた。残りはあと一つ! ベナンター子爵が最後の試練を乗り越えれば、君はアルバトロス王国へと向かうことになろう。覚悟はあるか?」
教皇猊下が言い終えると、フィーネさまが胸元で手を組んでテラスの柵へと一歩近寄る。そして彼女は空を見上げた。
「教皇猊下がお決めになられたことであれば、わたくしに否やはありません。聖王国とアルバトロス王国との懸け橋となるべく務めましょう」
すると曇天の空から一筋の光が漏れ、フィーネさまを照らした。自然現象が偶然起こったにしては酷く演出的である。もしかしてグイーさまが見ていらっしゃるのかと俺が訝しんでいれば、少し離れた位置――天馬さま方やグリフォンの皆さまの中――にいるヴァルトルーデさまとジルケさまが妙な表情になっていた。
どうやらグイーさまも今の状況を神さまの島から眺めているようで、時間を持て余しているグイーさまの酒の肴となっているようだ。なんとなくグイーさまがお酒を片手にドヤ顔になっている姿が俺の頭の中に浮かぶ。本当に俺たちの婚姻は派手なものになったなあと目を細めていると、観衆の人たちがわっと盛り上がっている。
「も、もしかして……」
教皇猊下が口の端を歪に歪めながら小声を上げた。俺は彼に止めを刺すかもしれないと思いつつ、嘘は吐けないと覚悟を決める。
「見ていらっしゃるようです」
「う」
誰がとは伝えなかったが、察しの良い猊下は気付いてくれたようだ。右手を鳩尾に当てているが、おそらくグイーさまたちはこれからも俺たちの行動を見守ってくれているはず。諦めましょうと言いたい気持ちを我慢しながら、俺はテラスにいるフィーネさまと視線を合わせる。
「大聖女フィーネ! 貴女を迎えるべく、アルバトロス王国より参りました!」
俺の声にフィーネさまの表情が途端に緩くなる。本来、俺が聖王国の大聖女さまを呼び捨てにできようはずもない。が、フィーネさまとの手紙のやり取りで呼び捨てにして欲しいとお願いされていたのだ。俺は少し悩みつつも、彼女の願いならばとOKを出したのだが火に油を注いでしまったようである。聖冠騎士団の七人中、一番年配の人が咆えた。
「ふざけるな! アルバトロス王国の貴族といえど、我々聖王国の大聖女さまの意思を無視して奪うような行為は断じて認めん!!」
フィーネさまの意思を俺は無視をしていないのだが、事情を知らない人からすればそういう考えに至っても仕方ないのだろう。教皇猊下は年配の人の言葉を聞いたあと、俺の近くで耳打ちする。
「すまない。何度言い聞かせても大聖女フィーネ派の騎士たちは納得しなくてな……はあ」
大聖女フィーネ派は多数いるらしいが、その中でも過激派が存在しており、随分とフィーネさまを神聖視しているらしい。それが彼らということかと俺は七人の騎士を見る。
彼らの理想を押し付けられるフィーネさまの苦労は如何ばかりか。ただ偶然、西の女神さま由来の聖痕が現れたというだけで、フィーネさまは至って普通の女の子である。そんな女の子が至って普通の幸せを願うことのなにが悪いのだろう。
「認めてくださらなくとも結構! 私は己が力で大聖女フィーネをアルバトロス王国へと招き婚姻を果たす!」
だから俺は彼らの神経を逆撫でする言葉を選んだ。ボルドー男爵さまとヤーバン王国の陛下が『もっと言ってやれ!』『おお! 腰抜けのようでいて、割と芯が通っているではないか!』と面白がっている。教皇猊下は本当に申し訳ないと頭を抱えたいようだが、群衆の前で立場のある人ができることではない。そして七人の騎士は不敵な顔になって更に厳しい視線を俺へと向けていた。
「喧嘩を売っているのかな……」
「これから対戦するのです。怒りはその時に向ければ良いでしょう」
七人の騎士の中で一番年配の人が俺の前に立ち顔を近付けてくる。視線と視線がぶつかり合うけれど、目の前ですごんでいる男に怖いという感覚を抱けない。
ナイさまが凄んだ時の方が怖いし、ヴァルトルーデさまとジルケさまが少し怒って神力を放っている時の方が迫力がある。それ故か俺の口から余裕の言葉が放たれており、受け取った年配の人はひくひくと眉の端を動かしている。まるで毛虫が動いているようだと少し明後日な感想を抱いてしまった。すると眉を毛虫の様に動かしながら、年配の人が俺と顔の距離を取る。
「その言葉……後悔なさるなよ?」
どすどすと足音を立てながら、彼は聖冠騎士団の六人の下へと戻って行った。教皇猊下がふうと息を吐いて『作戦を立てる時間を取ろう』と仰って、俺もみんなの下へと戻った。俺がみんなの輪の中に加われば、にやにやと俺を見つめていた。俺が余計なことを言ってしまったから、一先ずはそれについて弁明しなければと頭を下げる。
「えっと……ごめんなさい。啖呵を切ってしまいました」
俺が頭を上げれば、ボルドー男爵閣下とヤーバン王国の陛下がにいと口元を伸ばした。
「構わんよ。全て勝てば良いのだからなあ」
「ボルドー卿の仰る通りだな! 事情を知らぬとはいえ、自身の気持ちを押し付けすぎではないか!」
不敵に笑うお二人に、俺は頼もしい人が助っ人になったものだと苦笑いを浮かべる。ジークフリートとジークリンデさんとマルクスとギド殿下はなにも言わないけれど、俺がやりたいようにやれば良いというスタンスだ。
若手組が余裕でいられるのは、みんながフィーネさまの気持ちと教皇猊下一派はフィーネさまと俺の婚姻を認めてくれていることを知っているから。俺が申し訳なさそうにしていると、またボルドー男爵閣下とヤーバン王国の陛下がにたりと笑う。いや『嗤う』と表現する方が正解かもしれない。
「現役を去って久しいが、自尊心が高いだけの者に負けはせんよ」
「卿が負けるところなど想像できぬよ」
ふふふ、はははとお互いに笑う合っている二人であるが、たしかにボルドー男爵閣下とヤーバン王国の陛下が負ける姿は思い描けない。不敵に笑うボルドー男爵閣下が俺を見る。というか見下ろしていた。
「さて、一番槍は誰が務めますかな、ベナンター閣下」
彼の質問に俺はしばし考えた。相手に女性騎士が混ざっているだろうと考えていたのだが、本気の人選だったようで女性騎士はいなかった。
「ジークリンデさんにお願いできますか?」
俺がジークリンデさんに視線を向けると、感情を見せないまま彼女が頷く。ジークフリードが隣で『少しでも良いから喋れ』と苦言を呈しているが、特にジークリンデさんは気にしている様子はなかった。
そしてジークリンデさんが佩いている腰元の長剣が『よっしゃ! 盛り上げようぜ、ジークリンデ!!』と気合を入れているのだが、持ち主は『煩いよ』と一言で黙らせている。しょげている長剣というのもなかなか見れない光景だが、肝の据わった人の反応も変わっていた。
「喋る剣か。私も欲しいが……アストライアー侯爵に頼めばできるだろうか……ぬう」
ヤーバンの陛下が呟いているのだが、ツッコミを入れると話が明後日の方向に進むと分かっているようでみんな黙ったままである。ジークリンデさんが簡易的に作られた試合会場へと歩いていく。
「雲が途切れましたな」
「先程まで曇天でしたのに」
ボルドー男爵閣下とヤーバンの陛下が空を見上げれば、試合開始の合図が掛かるのだった。




