1625:【②】エーリヒくんのお迎え。
自分が聖王国の騎士を務めて五年という時が経っているが、今が一番身震いしている。
決して恐怖なんてものではない。
自分がアルバトロス王国のエーリヒ・ベナンター準男爵との対戦を務める七人に選ばれたことに対するものだ。そしてエーリヒ・ベナンターという小者の相手を務める時間が刻一刻と迫っていた。聖王国の大聖堂では選ばれた七人が一堂に会している。どのお方も実力は十分持っており、訓練でも自分が彼らの相手を務めた際は彼らの剣を崩すことに難儀していた。
「皆、今日は集まってくれて感謝する。教皇猊下はアルバトロス王国との関係性を重視するあまり、負けても問題はなく、我らの首が飛ぶことはないと仰ってくださったが……」
年長の騎士が神妙な面持ちで声を上げ、我ら六人を見渡した。年長の騎士は長年聖王国の護衛を果たしており、部下からの信頼を篤く、実力も十分持っている。彼の言葉は途中で止まってしまったが、言いたいことは十分に理解できた。教皇猊下は命を投げ捨てる必要はないと遠回しな言い方をしていたが、騎士としては黒星が付く試合なぞあってはならない。
ましてや我らの美しい大聖女フィーネさまが他国の者に盗られるなど、あってはならぬことである。神職者の者たちはアルバトロス王国のアストライアー侯爵と彼女に連なる者たちは神さま方と懇意にしているため、立場的に逆らえば自身が不利になると言って美しい大聖女フィーネさまを聖王国に留め置くことは諦めているとか。
一部、美しい大聖女フィーネさまの引き留めを画策している者がいるらしいのだが、裏でコソコソしているようで、表立っての活動は分からないようになっていた。我ら七人は騎士である。裏でこそこそするなど言語道断。エーリヒ・ベナンターとの対戦に正々堂々勝てば良いことと、昨日七人で杯を交わしている。だから、集まっている皆の表情は真剣そのもの。
「ええ。騎士としてアルバトロス王国の若い官僚なぞに負けるわけにはいきません!」
「我らは騎士。聖王国の神職者と聖女さま方を命を賭して守ると誓いました。政治的に聖王国が良い立場にないという事は理解しておりますが……」
「……我が国の偉大なる大聖女さまをどこの馬の骨とも知らない者に奪われるわけには」
「大聖女フィーネさまはアルバトロス王国の軟弱者に騙されているだけでは?」
「そうであるのなら、やはり我々は負けるわけにはいかない」
年齢はバラバラであるが、美しい大聖女フィーネさまに向ける忠誠心は熱い物を持っているようだ。同じ意思を持つ彼らであれば自分の意見も受け入れてくれるだろうと口を開いた。
「ええ。聡明で美しく、お優しい大聖女フィーネさまは恋も愛も知らない無垢なお方。アルバトロス王国の外交官は優しい大聖女さまに付け込んだ! そんな輩を騎士である我々が許せるわけがない!!」
そう。あの輝く銀髪を靡かせ、女神さまと見紛う整ったご尊顔、しなやかな女体を持ち合わせる美しい大聖女フィーネさまにアルバトロス王国の芋男が添い遂げるなど断じて否である。美しい大聖女フィーネさまと添い遂げ、真実の接吻をするのは自分であると言いたい気持ちはあるものの、以前友人と共にした酒の席でつい口走ると『気持ち悪いぞ、お前』と真顔で返ってきたので自重した。
「皆、剣を抜け」
年長の騎士が覇気を纏い、剣の柄に手を掛けた。俺たちも彼に倣って佩いている剣の柄に手を掛ける。年長の騎士が剣を鞘から音も立てず抜き目の前に掲げた。
「我ら選ばれし聖冠近衛騎士!」
大聖堂に年長の騎士の大音声が響く。それに合わせて自分たちも剣を掲げて、剣先を七本交わした。
「力を解放すべきは今、この時也!! 行くぞ、皆の衆!!」
更に年長の騎士が声を張って、大聖堂の正面にある大扉を見つめていた。自分も大扉を見つめ、すうと息を大きく吸い込む。
「応!!」
という声は今まで上げた同じ言葉の中で一番勢いのあるものだ。聖王国の
◇
少し気になることがあって、あたしは聖女の権限を使って大聖堂の中二階のベランダで姿を隠していた。階下の祭壇の前では聖冠近衛騎士――一応、聖王国で一番強い騎士団であり、高位聖職者の護衛を努めている――の七人が随分と気合を入れていた。そして先程、正面扉から出て行った。外では少し前にベナンターさまがアルバトロス王国からやってきており、聖都の人たちが集まり普段より随分と騒がしくなっていた。
「うわあ……滅茶苦茶気合入っていたなあ。フィーネお姉さまは知らない方が良いかな。ベナンターさまが負けるなんて思えないし」
だってベナンターさまはきちんと聖遺物を探し出し、七人の騎士との対戦も準備を終えている。爵位の低さについてもアルバトロス王国の陛下が力技を使うと聞いた。
もちろん聖遺物を見つけているし、神さまの島へ向かったり、女神さまたちに美味しい料理を提供している彼だから、聖王国的に大聖女フィーネさまが彼と婚姻するのはなにも問題はない。アルバトロス王国と神さま方とナイさまとの関係を強化してくれるだろうと教皇猊下は見込んでいるのだ。だけれど、噂や想像に囚われている人たちは大聖女フィーネさまとベナンターさまとの婚姻を快く思っていない。
フィーネお姉さまの気持ちを全く考慮していないことに腹が立つけれど……現実なのだ。だからあたしは先程まで眼下にいた熱血連中を心配していた。全員負けるだろうなと。はあと短い息を吐いて顔を上げれば、女性の神職者が心配そうにあたしを見ていた。
「アリサさま、大聖女フィーネさまがお待ちですよ?」
「あ、はーい! すぐ行きます!」
女性の神職者の人の声にあたしは素直に頷いて、フィーネお姉さまの下へ行こうと立ち上がる。あたしの少し後ろを歩き始めた女性の神職者が不意に声を上げた。
「随分と気合を入れていた彼らは勝てるのでしょうか?」
「無理でしょうね」
女性の神職者の人とあたしは窓から見える、大聖堂の正面広場に視線を向ける。そこには多くの天馬さまとグリフォンさまに竜のお方、そしてアルバトロス王国のエーリヒ・ベナンターさまが先頭に立っているのだった。
◇
――はあ。はあぁぁあああああ。
と心の中で私は盛大な溜息を漏らす。聖王国の教皇の座に就いて数年が経ち、聖王国の情勢も落ち着いてきたと安堵していれば西の女神さまがお姿を現したとなったり、創星神さまが夢でお告げをしたり、アストライアー侯爵に神さまの島へ行こうと誘われたりと破天荒なことが起きていた。
本来、我々が信仰している神と直接対面できることなどあり得ないのに、生きている時に奇跡を体験できようとは。そして大聖堂の正面扉の前にある踊り場に立つ私は、またとんでもない光景を見ている。眼下に広がる広場にはエーリヒ・ベナンター子爵が真っ白な衣装に身を包み、少し緊張した面持ちで立っている。彼の後ろには真っ黒な衣装に外套を羽織った者たちが六人控えていた。
顔は仮面――仮面舞踏会のような目元を隠すものではなく、顔全体を隠していた――を身に着けているため、誰なのか分からないが……なんとなくアストライアー侯爵の直衛である双子というのは分かる。他の四人も風貌から実力者であるというのは理解した。私の背後で控えている聖冠騎士団より選ばれし者七人は厳しい表情でベナンター子爵一行を見下ろしていた。
私はまた溜息を吐きたい気持ちを抑え、心を落ち着かせるため目を瞑る。
「逃げている場合ではない……現実と向き合おう」
そうして私は目を開いて眼下を見るのだが、ベナンター子爵一行はまだそこにいた。私の側仕えが不思議そうに顔を覗いている。
「猊下?」
「独り言だ。気にしないでくれ」
そう。気にしないでくれ。今から起こる茶番に気付かれぬように振舞わなければならないのだから。聖冠騎士団より選ばれし者七人には申し訳ないが、全敗しても構わないと伝えている。
騎士の矜持を傷付けただろうが、政治的判断は大聖女フィーネをアルバトロス王国へ嫁がせることになんら問題はない。聖王国内の一部の者たちは納得していないが、最近聖職者として格を上げた私の言葉には従うしかないと歯噛みしている。私の周りに控えているたくさんの神職者たちはベナンター子爵がどう出てくるかと息を呑んでいる。聖女たちは大聖女フィーネと大聖女ウルスラの下でこっそり今回のことを楽しむそうだ。
さてと、と私はワザとらしく声を上げ一歩足を前へと踏み出す。
「アルバトロス王国、エーリヒ・ベナンター子爵よ! 女神さまの申し子である我が国の大聖女を娶るなど夢のまた夢! しかし貴殿の心意気を無下にするような狭量な心を私は持ち合わせていない! だから三つの試練を貴殿に与えた…………」
私は声を上げながら羽織っている外套を捲るように右腕を大きく動かしてから前に突き出せば、周囲の者たちと集まった民衆が『おお!』と声を上げた。どうやら観衆の心は掴んでいるようだ。
「だが叶えることは無理であろう! 伝承に残る聖遺物は入手困難な代物が多く、探し求めた冒険者も神職者も手に触れることはできなかった!」
私の声に民衆が『そうだ、そうだ』と声を上げる。彼らを騙していることに胸がいたくなるものの、茶番を実行すると決めたのは私自身である。ここは道化を演じきれと心で強く念じた。
「おいたわしや、猊下……」
嘆いている側仕えの声に無視を決め込んだ私はベナンター子爵の言葉を待つ。するとベナンター子爵が一歩大きく前に出て、私に対して礼を執った。
「聖王国、教皇猊下から頂いた三つの試練のうち、私は二つを超えることができました! 一つは低い爵位についてですが、アルバトロス王国、国王陛下より大聖女フィーネさまを迎え入れた際には伯爵位を賜ることとなっております!」
ベナンター子爵がアルバトロス王国の封蝋を施した書状を広げて我らに見せた。知っているから見る必要はないが演出の一環だ。集まっている民衆や事情を深く知らない者たちが『本物?』『おそらくは』と口々に声を上げている。
「そしてもう一つ、こちらをご覧ください。千年前に滅びた霧隠れの亡国より『真贋の王冠』を手に入れて参りました! 残すは聖王国の騎士七人との対戦です!」
ベナンター子爵の側に控えている仮面をつけた赤毛頭の男が恭しく被せた布を取り払い、周りの者たちに聖遺物を見せる。観衆たちは『おお!』と声を上げているが、真贋の王冠が聖遺物だと知っているのだろうか。
たしかに王冠が纏う雰囲気は特別なものであり、陽の光を反射して眩く輝いている。西の女神さまも目の前の聖遺物を本物だと認めたそうだ。そうなれば我々は反論することはできない。アルバトロス王国の教会が所蔵することになるのは少し悔しい気持ちがあるが、発見者がベナンター子爵なのだから仕方ない。
「承知した! だが、聖遺物が本物とは限らぬ! 私自らが確かめよう!」
そうして私は側仕えと数名の神職者と護衛と一緒に階段を降り、ベナンター子爵と対面した。私は厳しい視線で彼を見る。
「すまないな」
「いえ」
小声でやり取りをしながら、見つかった聖遺物は本物であると私が認定すれば、また観衆たちからわっと声が上がった。階段の上にまだいる聖冠騎士団の七人はベナンター子爵に厳しい視線を向けたまま。




