1624:【①】エーリヒくんのお迎え。
夏が過ぎ、秋がきて、冬となっていた。
アルバトロス王国の国王陛下から俺、エーリヒ・ベナンターに向け『聖王国の大聖女さまを娶れば伯爵位を授けるよ』というお言葉を頂き、公式に発表もされてアルバトロス王都の街中では俺は有名になっているとか。
まさかナイさまのように王都の街を騒がせることになろうとは。と驚くものの、聖王国の大聖女さまの一人を娶るのであれば前世の日本でだって、他国の姫を娶る男が出たぞとマスコミやメディアが騒いでいたはず。王都の人たちが面白おかしく俺の噂を話しているのは仕方のないことだと諦めるしかないようである。
冬の寒さを感じつつ、外に面しているアルバトロス城の廊下を一人で歩いていた。廊下からは城の中庭が見えて、冬だというのに綺麗な花を咲かせている。
春、夏、秋より花の数は少ないものの、品種改良された冬に咲く薔薇は寒さにも負けず、芽を付けている。きっともう少し経てば芽が育ち、花弁を開かせるだろう。庭に向けていた視線を戻して前を向いた俺の視界に近衛騎士の人が目の前で立ち止まった。どうしたのかと俺が首を傾げると、近衛騎士の人は礼を執った。
「ベナンター子爵! 飛竜騎士隊の隊長が訓練場にきてくれと仰っておりますが」
「竜騎士隊の隊長が私を呼んでいるのですか?」
どうして飛竜騎士隊の隊長が俺を呼んでいるのだろう。アルバトロス王国の飛竜騎士隊は年数が経つにつれて規模が大きくなっている。ワイバーンたちが順調に卵を産み無事に孵っていることが一番大きな要因だ。次に筆頭聖女であるアリア・フライハイト嬢が彼らとなんとなく意思疎通できることが、ワイバーンたちの暮らしやすい環境を構築しているとか。飛竜騎士の意思も伝えることができているようで、ペアの練度が上がっているそうである。
騎士から飛竜騎士になりたいという志願者も多くいて人選に苦労しているとか。外務部とは関わりの薄い部署というのに、一体なにがあったのだと俺は首を傾げると『向かってくだされば理由は分かるかと』と困り顔で近衛騎士の人が言った。
俺は外務部に知らせてから向かいますと伝えれば、近衛騎士の人は承知しましたと言って来た道を戻って行った。俺は飛竜騎士隊の隊長を待たせてはならないと、急ぎ足で外務部の執務室へと戻り、一旦抜けて飛竜騎士隊の下へ行くと伝えた。
そうして俺は王城の中にある飛竜騎士隊の訓練場に辿り着くと、とんでもない光景を目にする。一頭の方と視線が合えば、良い顔を浮かべたその方は俺の下へと近づいてくる。残りの方たちも俺に気付いてゆっくりとこちらへ歩いてきた。
「えっと……エルさん、ジョセさん。ルカ、ジア。天馬の皆さま方、どうして王都にいらっしゃるのでしょうか?」
『ナイさんからエーリヒさんが聖王国にそろそろ向かう頃だと聞き及びまして。いつ向かうかは分からないと仰っており、我々は貴方の旅立ちを逃してはならないと王都に向かわせて頂いたのです』
俺と一番に視線が合ったのはルカである。ルカは俺と目が合うなり、嬉しそうにギャロップしてこちらにきた。ぶつかると思った直前に彼は脚を止め、鼻息荒く『撫でろ』と主張してくる。
相変わらずルカは主張が激しいけれど、言葉を交わせない代わりに過剰な表現になっているだけと俺は彼の顔を撫でていれば、エルとジョセとジアと一年程前に産まれた彼らの仔が寄ってくる。他にも天馬さま方がずらりといて、飛竜騎士隊の訓練場は天馬さま方に占拠されていた。
「どうしてそうなったの?」
俺が疑問を口に出せば、大きなルカの馬体の後ろからエルとジョセが顔を覗かせた。
『妖精が噂しておりますよ。聖王国にお住まいのフィーネさんが毎夜ベランダに出て、早く白馬に乗ったエーリヒさまが迎えにきてくれますようにと手を組んで願っているそうです』
エルの声に俺は妖精さーーんと叫びたくなる。聖王国にも妖精さんがいることに驚くものの、きっとフィーネさまや大聖女ウルスラとイクスプロード嬢と聖女さま方を気に入っているのではなかろうか。
その妖精さんが面白がってフィーネさまの願いを叶えるべく、エルとジョセたちに知らせたなら納得はできる。まさかのことに驚くけれど……俺だって惚れた女の子の願いは叶えたい。俺が恥を忍べば良いだけかと口を真一文字に結んでいれば、今度はジョセが言葉を発する。
『我々はフィーネさんの可愛らしい願いを叶えようと、こうして王都へと向かった次第です。もちろんナイさんに許可を得ておりますし、アルバトロス王国の陛下にも話は通してあると』
ナイさまも陛下も簡単に許可を出さないでーーー! と言いたくなるが俺は耐える。大丈夫、文句を口に出したら誰が聞いているか分からないのが王城という魔窟だ。俺を追い落とすために耳を澄ませている人物がいるかもしれないと、大声を出したいのを俺は必死に耐えた。
「ということは、五日後に聖王国へ向かう予定はエルさんとジョセさんたちも同行することに?」
『はい』
『ええ。聖王国付近で我々に乗るか、アルバトロス王国から聖王国まで向かうかはエーリヒさんの判断にお任せします』
俺の声ににこやかにエルさんとジョセさんが答えてくれると、ルカが嘶きを何度も上げた。どうしたと俺が首を傾げると、エルさんとジョセさんが通訳を担ってくれる。
『ルカ。貴方は黒天馬です。エーリヒさんは騎乗しませんよ』
『ええ、資格があるのは白馬でしょうから。今回は我慢してください』
エルさんとジョセさんの声にルカは悔しそうに地面を前脚で蹴って穴を掘り始めた。すると近くにいたワイバーンがルカになにか伝えたそうに、こちらへと寄ってくる。ワイバーンは翼を広げてルカになにかを訴えた。ルカはワイバーンの存在に気付いて、掻いていた脚を止めて首を傾げる。するとエルとジョセがワイバーンの前に立つと、翼竜の仔も首を傾げる。
『申し訳ありません。穴は埋めておきますので、お許し頂けませんか?』
『大事な訓練場を傷付けたこと、お詫び申し上げます』
どうやらワイバーンの仔は訓練場に穴を開けないでとルカに主張していたようだ。ルカはワイバーンの仔に何度も首を下へと下げて謝っているようだ。ワイバーンの仔も止めてくれれば良かったのか、広げていた翼を仕舞いルカの方へ鼻先を近付けている。ルカも鼻先を近付けてちょこんと当てれば、ワイバーンの仔が恥ずかしそうに訓練場を爆走する。俺は爆走しているワイバーンの仔を見て心配が込み上げる。
「大丈夫かな、あの仔?」
最後、ワイバーンの仔は柵にぶつかって奥へと消えたのだが……無事だろうか。怪我をしていなければ良いけれどと願っていれば、エルとジョセが苦笑いを浮かべていた。
『照れたようですねえ』
『可愛らしい仔ではないですか』
ワイバーンは竜種の中でも弱いとはいえ、魔獣の類いだから大丈夫とエルさんとジョセさんが笑っている。うーんと俺が首を傾げると、ワイバーンの仔が消えた方向から人が走ってくる。だが、天馬さまが集まっている手前で彼はぴたりと足を止めた。どうやら天馬さまたちに囲まれている俺の下にくるのは怖いようだ。エルさんとジョセさんが顔を見合わせて、隊長へと顔を向けた。
『大丈夫ですよ。我々は貴方を襲いません』
『ええ。迎えが必要でしょうかねえ』
まあ、二十頭近くの天馬に囲まれれば、ワイバーンに慣れている飛竜騎士隊の人でも臆するのは仕方ないのだろう。俺がビビッていないのはナイさまの屋敷で彼らと話したことがあるからである。
ルカが隊長の下へと歩いていき、背の方へと回って鼻先で移動を促した。隊長は意を決したようで歩みを進め、俺も少しでも彼の負担を減らそうと足を進めた。そうして俺たちは中間あたりで対面することになった。
「ベナンター閣下。呼び出したのにも関わらず、遅れてしまいました! 申し訳ありません!」
勢いよく頭を下げる彼は、俺より爵位が下のようである。子爵位を賜ってからというもの、俺は誰かに礼を執られる機会が多くなった。誰かに頭を下げられたナイさまが微妙な表情になっている気持ちが分かってしまう。とはいえ俺も慣れなければと平静を装って言葉を紡いだ。
「お気になさらず。ご用件はどのようなものでしょうか?」
たしかに呼び出した彼が遅れてきたのは悪いことかもしれないが、きっと天馬さま方が降りてきたことに困っていたのだろう。すると隊長は片眉を上げながら困ったという表情をありありと浮かべる。
「いえ、彼ら天馬さま方をどう受け入れようかと考えておりまして。飛竜隊の厩舎では狭いので五日間をどう乗り越えようかと悩んでいたのです」
この数の天馬さま方を受け入れるにはたしかに飛竜隊の厩舎では狭くなってしまう。かと言って王城の厩には既存の馬で埋まっている。どうしようかと俺が悩んでいると、エルさんとジョセさんが不思議そうに声を上げた。
『我々は王都のアストライアー侯爵邸へお邪魔するのでお気になさらず』
『ええ。狭ければミナーヴァ子爵邸へ向かう手筈もありますので』
エルさんとジョセさんの言葉に隊長が安堵していた。けれど、少しばかり悩む素振りを見せた彼は意を決したかのように口を開く。
「そうでしたか! しかしワイバーンたちも天馬さま方がいらしたことで、遊びたいと期待している者もおります。少し相手を務めて貰えないでしょうか?」
どうだろうと隊長はエルさんとジョセさんに問うている。俺はどうするつもりだろうとエルさんとジョセさんを見た。
『おや。これは嬉しいですねえ』
『ええ。若い個体は多種との共存を学べましょう』
どうやらなにも問題はないようだ。出発までの五日間、天馬さまたちは王都の訓練場に足を向けるそうである。王都のアストライアー侯爵邸から王城までの距離はそうないけれど、天馬さま方が群れて飛べば王都の人たちは必ず目にするはず。
また騒ぎになりそうだけれど、アストライアー侯爵邸から飛び立った天馬と知れば『なんだ』となってしまいそうなのが王都の現状である。本当にナイさまはとんでもないことを成し遂げたなあと感心しながら、隊長との話を終えて俺は外務部に戻り、エルさんとジョセさんたちはアストライアー侯爵邸へ向かうのだった。
――五日後。
聖王国へ向かう日がやってきた。ド緊張して胸が高鳴るが、覚悟を決めなければならない。王都に集まってくれた協力者の顔を俺は見渡す。
「行きましょうか」
俺の声に力強い声が返ってくるのだった。




