1621:嬉しい報告。
陛下との謁見が終わり、俺とナイさまが控室へと戻れば使者の人がまたやってきて一通の書状を手渡された。ナイさまにはなにもなく、何故、俺だけにという疑問が湧く。確認して良いのかと使者の人に問えば、構わないと返事が戻ってきた。
俺は早く確かめた方が良いだろうと書状を開いて目を通せば、陞爵についてのことが記されてあった。伝承でしか存在を確認できなかった『真贋の王冠』を見つけたこと、ナイさまと一緒に堕ちた神さまの一件に関わったことにより、俺は子爵位を賜るそうである。とんでもない昇進だと俺が苦笑いを浮かべていると、まだ続きが記されている。俺はフィーネさまのことを考えるのはきちんと読んでからだと視線を文字に向ければ、聖王国の大聖女を娶れば伯爵位を贈るから頑張りなさいと遠回しに書かれていたのだ。
父親と同じ爵位を頂くことになろうとはと苦笑いを浮かべていると、ナイさまたちが不思議そうに俺を見ていた。俺は書状の内容を伝えても良いだろうかと、また使者の人に確認を取ってナイさまたちに告げる。
「おめでとうございます」
ナイさまが俺から書状の内容を聞くなり頭を下げた。なんだかむず痒いし、堕ちた神さまの一件はナイさまが片付けたようなものなので、俺はおこぼれを頂いた形となる。良いのかなと少し気になるものの、彼女であれば俺の陞爵に関して文句や妬みは出てこない。こういうところのナイさまのあっさりした性格はなかなか真似できないだろうと俺は彼女に頭を下げた。
「ありがとうございます。まさか準男爵から子爵位を頂くことになろうとは驚きです」
「聖遺物の一件は教会も関係していますし、聖王国の目もあるでしょうからね。男爵位では低い気がしますから、子爵位が妥当と陛下は判断なされたのではないでしょうか」
俺が頭を上げるとナイさまは肩を竦めながら笑った。なににせよめでたいとお礼をたくさん皆さんから頂き、俺は謁見場控室を後にする。廊下に出た俺は家には戻らず、いつもの外務部の執務室へと足を向けた。一応、三ヶ月の予定であったものの、一ケ月で問題が解決できたのだ。シャッテン外務卿に帰還報告をして、同僚のみんなにも挨拶をしなければ。潤滑な人間関係を築くならば、顔を出しておいた方が良い。
そうして王城の一角にある外務部執務室の前に辿り着く。ノックは必要ないだろうと、普段の調子で部屋の中へ入ると、勤務中の人たちが俺に視線を向けた。執務室のみんなは『おお』という顔になり、席から立ち上がって俺の側へと歩いてくる。そうしてやんややんやと外務部の人たちに俺は囲まれた。
「凄いなあ、ベナンター卿は。また功績を挙げたから、陛下から褒美がありそうだな!」
「土産、楽しみだ」
口々に彼らは俺におかえり、無事でよかった、土産、と声を掛けてくれる。俺が囲まれていることに少し恥ずかしさを覚えるけれど、嫌な感じは全くない。しかし、今回はいろいろと切羽詰まっていたのである。
「あ、申し訳ありません。今回、時間が取れなくて……」
俺の声にみんなが落胆した。俺の土産物の菓子は美味しいから、みんなから期待されていたとか。男性が甘い物を食べるのは女々しいと言われることがあるため、外務部の執務室で食べる一時が癒しの時間だったそうである。それは申し訳ないことをしてしまったと俺が眉尻を下げれば、囲んでいる人の中から『はい!』と声が上がる。
「なら、ベナンター卿が作った焼き菓子が食べたい!」
「俺が作った焼き菓子で良いなら。時間を見つけて、作って持ってきますね」
俺の返事に野太い歓喜の声が上がった。ちょっと野太い声は遠慮して欲しいなと思うものの、俺の手料理を楽しみにしてくれるのは有難いことだろう。前世では手作りの品は食べられないと拒否されたこともある。
今の世界ではそんなことを口にする人は滅多にいない。きっと飽食の時代が人を我が儘にさせてしまったのだろう。しばらく外務部のみんなと帰還の挨拶を交わせば、俺を囲っていた人たちが仕事に戻っていった。蟻の子を散らすような光景を見ていれば、俺の視界の端に懐かしい顔が映る。俺と視線が合った彼は小さく笑い、こちらへと近づいてきた。
「エーリヒ。無事に戻ってこられて、僕はほっとしております」
「ただいま、ユルゲン。心配掛けてごめん。あと仕事、いろいろとありがとう」
俺の職場の相棒であるユルゲンが凄く安堵した顔でおかえりと出迎えてくれた。俺も笑みを浮かべて言葉を返せば『気にしないでください』と眼鏡の位置を直しながら彼が声に出した。
「謁見場での話はもう城内に広まっていますよ。ベナンター準男爵が本当に聖遺物を手に入れてアルバトロス王都に戻ってきたと」
「そうみたいだけれど……あまり実感が湧かないかも」
ユルゲンは片眉を上げながら、また言葉を紡いだ。
「聖遺物はどうなったのですか?」
「アルバトロス王都の教会に預けたよ。厳重管理をしてくれるって。俺が持ち出したいときは、事前に連絡を入れれば用意しておくからと」
真贋の王冠は謁見が終われば、手筈通りに教会が安置してくれている。俺も常に持ち歩くわけにはいかないから有難い配慮だった。失くした時の心配もしなければいけないけれど、教会が聖遺物を紛失したとなれば大失態である。
カルヴァイン枢機卿は凄く緊張した面持ちで『お預かりいたします』と言って、王冠を持てば凄くギクシャクした動きになっていた。途中で筆頭聖女であるアリアさまが王冠を持つことになり、俺とナイさまはほっとしていたということがあった。なににせよ、真贋の王冠はヴァルトルーデさまから本物認定を受けているため、聖王国も教会も聖遺物が本物かどうかを疑うことはない。
「そうですか。今の教会であれば懐に隠す者はいないでしょうしね。さて、エーリヒ。我が外務部の長に挨拶をしてきてください」
ユルゲンが苦笑いを浮かべて『首を長くして待っておられますよ』と教えてくれる。俺はシャッテン外務卿にも挨拶をしてくると言い残し、執務室の奥にある外務卿執務室へと足を向けた。
ノックを二度すれば、部屋の奥から『どうぞ』と声が聞こえてきた。俺は『失礼します』と言葉を出して、部屋の中へと入っていく。すると執務机に腰掛けていたシャッテン卿が立ち上がり、両手を広げて俺の前に立つ。
「良かったです。ベナンター卿が無事に戻ってこられて。陛下が君を気に入っておられますから、失えば私はどうしたものかと、この一ケ月気が気ではありませんでしたよ」
ハグでもされるのかと身構えたが、シャッテン卿は喜びのあまり腕を広げただけのようである。シャッテン卿が言い終えると『怪我はありませんか?』と続けて声を掛けてくれる。
「どこにも怪我はありません。シャッテン外務卿。一ケ月という長い時間、外務部に穴をあけてしまい申し訳ありませんでした。エーリヒ・ベナンター、ただいま戻りました」
「聖遺物を手に入れ、そして西の女神さまから本物であるとお言葉を頂いていますからねえ。君が外務部を辞めないか、私は次の心配が生まれております」
俺の帰還報告にシャッテン卿は頷けば、今後の心配をしていた。俺は彼に小さく首を振ってから、俺の考えを告げる。
「できる限り外務部の仕事は続けたいと考えております。領地運営は代官の人に任せれば良いですからね」
「ええ、ええ。君は陛下の愚痴を聞ける数少ない方ですから。末永くお付き合いしたいものですねえ」
シャッテン外務卿がほっとした顔になった。陛下の愚痴を俺が聞いているのは確かなことであるものの、単にナイさまが前世の記憶持ちだから価値観のすり合わせをしているだけではないだろうか。陛下が俺を呼び出すのはそれを知りたいからであって……お酒を一緒に頂くこともある。陛下も俺が酒をあまり飲めないと知っているため強引に勧めることはない。
ただ飲んで欲しそうにしているのは分かってしまう。空気を呼んでもう一杯とお願いすれば、陛下は嬉しそうにしているのだ。お酒に強くなる方法はないのかと考えたこともあるけれど、こればかりは慣れていくしかないのだろう。
「ベナンター卿」
「はい?」
凄く真面目な表情でシャッテン外務卿が俺を見ている。
「このようなことを聞いてしまい、大変申し訳ないのですが……お土産は?」
まさかお土産について言及されるとは思っておらず、俺はずっこけそうになってしまう。
「すみません、時間が取れなくて買っていなくて……一応、外務部の皆には俺が作った菓子を持参することになりましたが」
「僕にもお願いしますね」
お土産を買っていないことが申し訳なくなってしまい気休めに自分の頬を掻く。とりあえず、外務部のみんなとシャッテン卿には気合を入れて焼き菓子を作らないといけないと苦笑いを浮かべて、俺は帰還の挨拶を終えるのだった。
◇
聖王国大聖堂で仕事を終えた私は流れてきたある噂を確かめるため、教皇猊下の執務室を目指している。大聖女フィーネとして纏っている聖女の衣装を翻さずに歩かなければならないが、気持ちがはやってばっさばさと動いているような気がしてならない。
乙女の感情が抑えらえないのだから仕方ないと諦めて、私は更に歩く速度を上げた。道すがら『大聖女フィーネさま、如何なさいました?』と声を掛けてくれる人もいるけれど、私は『ごめんなさい! 少し急いでおりますので!』と返して先を急いだ。
辿り着いた教皇猊下の執務室へと辿り着いた私は、咳払いをひとつしてから扉を二度叩いた。少し待っていれば取次役の護衛の騎士の人が『どうぞ』と言って、部屋の中へと案内してくれる。私は執務机に座す教皇猊下を見つけて、一目散に彼の下へと立った。
「教皇猊下! エーリヒさ……アルバトロス王国のベナンター準男爵さまが聖遺物を手に入れたというのは事実でしょうか?」
「彼の国の上層部から連絡は入っているよ、大聖女フィーネ。君が、聖王国を救ってくれた君が、いなくなってしまうと思うと寂しくなってしまうものだな」
私が教皇猊下に迫れば、苦笑いを浮かべながら答えてくれた。本当にエーリヒさまは目的の聖遺物を手に入れたようだ。出発前に手紙を頂いていたけれど、この一ケ月、彼が無事でいるのか不安で不安で仕方なかった。
彼は騎士でも軍人でもない、官僚務めの人である。一ケ月も旅に出て身体を壊してしまわないかとずっと心配していたのだ。教皇猊下の言葉を聞いて、私は脱力して床に倒れ込みそうになるのを我慢した。教皇猊下はそんな私を知ってか知らずか言葉を続ける。
「彼は私の無茶な要求を叶えようと必死になっている。聖王国の者たちも『三つの要求を全て叶えるなど無謀だ』と言っているからな。きっと君と彼の婚姻を認めてくれるに違いない」
教皇猊下の言葉に私は一瞬嬉しくなるものの、妙な事が起こらなければ良いなあと目を細めるのだった。




