1620:あれ、おかしいな。
――アルバトロス王国王都。王城・謁見場控室。
謁見場の中は多くの人で賑わっているのだろう。普段より、廊下は随分と騒がしい。俺は報告のためと謁見場の控室にナイさまと共に時間がくるのを待っていた。ナイさまは淹れてもらった紅茶を飲みながら、ヴァルトルーデさまとジルケさまに女神さまとして参加するのか、側仕えとして参加するのかと問うている。二柱さまは面倒なことには巻き込まれたくないと、控室の中で待っているそうである。女神さま方にナイさまは承知しましたと答えて、一緒に出されている茶菓子を口にして幸せそうな顔になっていた。
対して俺は喉が渇いているのに、出された紅茶を飲みたいと思わないのは何故だろう。やはり緊張しているからだろうか。俺はナイさまが巻き込まれて起きたことや、起こしたことを説明するために補助役として謁見したことはあるけれど、俺がメインで参加するのは初めてである。
真贋の王冠を手に入れたこと、途中で堕ちた神さまが現れてナイさまとヴァルトルーデさまとジルケさまが助けてくれたこと、一夜を明かして隠れ里というか村を見つけたことを陛下に伝えなければならない。
先程、先に状況を把握しておきたいと陛下の使者が現れたのだが、俺たちの話を聞いて顔を引き攣らせていた。
本当に、聖遺物を探しに旅に出て、聖遺物を見つけ、あまつさえ堕ちた神さまの一件も解決できてしまうとは。グイーさまは堕ちた神さまの一件が片付いたことを四大陸の皆さまに夢で告げてくれるそうである。
有難いけれど、また騒ぎになりそうだなあと遠い目になっていると、使者の方があっけにとられながら陛下の下へと少し前に戻って行った所である。陛下が胃を痛めていないと良いけれどと、俺は小さく息を吐いた。
茶菓子を嚥下したナイさまは『あ』と小さく声を上げる。すると肩の上のクロさまと彼女の後ろに控えているジークフリードとジークリンデさんが反応した。ナイさまは大したことではないと前置きして言葉を続ける。
「アリアさまとロザリンデさまとカルヴァイン枢機卿さまと教会の皆さまが勢揃いでやってくるのでしょうかねえ?」
ナイさまの疑問に答えるのは誰だろうと俺が顔を動かせば、誰も視線を合わせてくれない。どうやら俺が答えなければいけないようだと苦笑いを浮かべた。
「フライハイト嬢とリヒター嬢には聖遺物が見つかったと報告していますからね。きっと聖王国にも知らせが入るかと」
彼女たちはアストライアー侯爵邸で俺たちが戻ってきたことを知っているし、ナイさまと話を交わしていた。当然、聖遺物が見つかったことや、俺が持っていたグイーさまの石が黒く染まったこと、堕ちた神さまの一件も耳に入っているはず。
ならば、当然彼女たちは教会に報告を入れる義務があるし、多方面に知らせを入れているのだろう。おそらくアルバトロス上層部からも聖王国に一報が入るだろうし暫く俺は忙しそうだ。
「しかしナイさま」
「はい?」
俺が真面目な表情でナイさまを見ると、彼女は不思議そうな顔になる。
「本当に俺だけの功績にして良いのでしょうか?」
「陛下がどう判断するかによりますが、私の意見はエーリヒさまが全て受け取れば良いのではないかと」
ナイさまが目を細めながら笑う。有難いことだけれど、ジークフリードとマルクスとギド殿下も関わったのだから、彼らにも功績を配分しなければならない。俺が難しい顔を浮かべていると、ジークフリードがナイさまに耳打ちをしてなにか話している。会話をしている途中にジークフリードがナイさまに話しかけるのは珍しいと俺は見守っていれば、彼女は笑みを浮かべ、彼は片眉を上げながら口を開いた。
「エーリヒ。俺はエーリヒの護衛として就いていただけだ。気にせず報酬を受け取れば良い」
どうやらジークフリードには俺が考えていたことがバレていたようだ。有難い言葉だけれど、一ケ月近く彼らの時間を俺が奪ったのだから、護衛代の報酬だけでは足りないはず。ただ、今回は素直に報酬を頂き、なにかで彼らに返すという手もあるなと俺は肩を竦める。
「ありがとう。でも、なにかの形で返すよ。まだジークフリードたちには手助けして貰わなきゃいけないしね」
「期待しないで待っておく。あと対決の件だが、俺は手を抜くつもりは一切ない」
ジークフリードの言葉に俺は本当に得難い友を得たと笑う。マルクスとギド殿下も対決に負ければ家の恥だと言って、今回の件が終われば訓練に励むと言って――彼らが謁見場控室にいないのは俺の護衛は終わったと言って、そそくさと王都の屋敷に戻っているから――くれていた。
マルクスは負けると奥方が怖いからという、彼らしい理由もあるのだが。ギド殿下にはボルドー男爵閣下が師事に就いてくれるとのことで、厳しい訓練となりそうだ。
聖遺物を手に入れることができたし、あとは爵位と聖王国の七人の騎士との対決だけだと俺が意を決していると、ナイさまが申し訳なさそうな顔を浮かべてこちらを見ている。なんだろうと俺が首を傾げると、少し悩んだ様子を見せるナイさまだが言葉にすることを決めたようだ。
「聖王国の七人の騎士との対決の件ですか……メンバーの選定は終わりました?」
「いえ、まだですね。四人しか集まっておらず……」
ナイさまの問いに俺は正直に答えた。騎士や軍人として強い人との繋がりが個人的に少なく、頼れたのは俺の友人三人だけだ。残りの三人をどうしようと悩んでいるのだが、ナイさまは誰かを紹介してくれるのだろうか。
しかしナイさまの紹介で思いつく人物といえば、亜人連合国の代表や白竜さまにエルフのお二人くらいだろうか。竜の方やグリフォンにヴァナルたちフェンリルが参加しても良いのであれば、選択肢の幅が凄く広がる。魔獣や幻獣をメンバーとして選んだ場合は聖王国側から抗議が届きそうだけれど。
「えっと……言い辛いのですが……枠が空いていれば、ヤーバン王国のアレクサンドラ陛下が参加したいと仰っておりまして。ちなみに参加する場合は身分を偽るとのことです」
ナイさまが申し訳なさそうな顔で俺に告げた。どうやら俺が聖王国の大聖女フィーネさまに婚姻を持ち掛けたことが、西大陸に広がっているようだ。でなければヤーバン王が対決の話を知っているはずもない。ナイさまがヤーバン王に伝えた可能性もあるが、彼女のことだから……俺の話なんて『めでたいですねえ』で済ませて、各国のお偉いさん方に触れ回ることはないだろう。
対戦については特に教皇猊下から言及されていないので、アリといえばアリである。しかし他国の陛下を俺が誘っても良いのだろうか。ナイさまが『ですよねえ、困りますよねえ。でも』と言って、更に言葉を続ける。
「気取った聖王国の騎士を殴り飛ばせたら、さぞかし愉快であろうなあ、と」
その言葉を聞いた途端にヤーバン王の高笑いが幻聴として鳴った。確かにヤーバン王であれば嬉々として対戦する騎士から白星を勝ち取ってくれるだろう。裏技というか反則気味な感じで面子が集まっていないかと俺は首を傾げた。
「まだ時期が決定していませんし、ヤーバン王の予定が空かないのでは?」
そう。一国の王さまのスケジュールが簡単に空くはずはない。アルバトロス王国の陛下も毎日仕事に追われているのだから。俺の疑問を聞いたナイさまは煤けた表情で言葉を紡ぐ。
「予定など国の者を殴り飛ばして勝ち取れば良い、と仰っておられまして」
「ははは……ヤーバンの陛下らしいです……えっと、お願いしてもよろしいでしょうかとお伝え頂けますか?」
本当にヤーバン王国らしいというか。というか俺側の参加面子が凄いことになっている。とはいえ、こんなにも心強い味方はいないというか。
「あの、俺が大聖女フィーネさまとの婚姻を教皇猊下に打診したという話はどこまで広がっているのでしょう……」
「ボルドー男爵さまが言うには、西大陸の各国には知れ渡っているだろうと」
俺が困り顔でナイさまに問うと、何故かボルドー男爵閣下の名が上がる。もしかして閣下は俺がフィーネさまとの婚姻を望んでいることを面白がっており、だから話がどこまで広がっているのか誰かに調査を命じたのだろうか。元公爵閣下なのだから情報網はかなり広い範囲をカバーできているはず。まさか俺の婚姻話は西大陸の各国上層部を騒がせているなんて全く考えていなかった。
「諦めましょう、エーリヒさま。人の口に戸は立てられないですから」
ナイさまは苦笑いを浮かべているけれど、どこか嬉しそうに俺を見ている。今回の件はご自身の関係していることが薄いからと、彼女も気楽に見ているのかもしれない。そうして陛下との謁見の時間となり、俺たちは謁見場に足を向ける。多くのアルバトロス王国内の貴族が集まり、玉座には陛下のお姿がある。そして王妃殿下と王太子殿下と王太子妃殿下に第二王子殿下と第一王女殿下の姿もあった。
「エーリヒ・ベナンター準男爵。此度の件、よく霧隠れの亡国から聖遺物を見つけ出したな」
玉座の前へ出るなり、そう言葉を紡ぐアルバトロス王国で一番偉い方に俺は褒められることになる。ナイさまは俺の横で良かったですねえと、言いたげな雰囲気を醸し出していた。ジークフリードとジークリンデさんはナイさまの後ろで護衛として控えている。
俺の横には『真贋の王冠』があるのだが、ヴァルトルーデさまから本物認定を受けているため、誰も偽物だとは言い出せないだろう。あとはアルバトロス王国教会の人たちと扱いをどうするか決める予定だ。俺は王冠そのものに興味はなく、フィーネさまを迎え入れるためのアイテムと捉えているだけだ。俺は陛下に真贋の王冠を見せれば、次はナイさまの番となるようである。
「ナイ・アストライアー侯爵」
「はい」
陛下がナイさまの名を呼べば、用件を伝えるべく玉座の主が口を開いた。
「侯爵はベナンター準男爵と共に堕ちた神の一件を片付けたと聞いた。各国の王にはアルバトロス王国から堕ちた神の一件は片付いたこと、今宵、創星神さまが皆の枕元に立つことも伝えた」
陛下の声に謁見場の人たちが『おお!』と声を上げた。やっと片付いたのかと安堵の息を吐いている人もいるし、やはり堕ちた神さまといえど、人間にとって恐怖の対象のようだ。会場の人たちに周知されたなと陛下が顔を動かして再度ナイさまに視線を戻す。陛下の表情は少し困っているようにも見えた。
「千年、空白地であった霧隠れの亡国をアストライアー侯爵の領地として与えてみないかと、各国の王、特に西大陸の王たちから話が舞い込んでいる」
「へあ」
陛下の声にナイさまが鳩が豆鉄砲を食ったような顔になっていた。周りの人たちは『森と廃墟の土地を貰ってもなあ』という顔になっている。陛下もそれを理解しているからこその困り顔だったようだ。
「返事は急がなくとも良いし、色よい返事でなくとも良い。飛び地管理ができるか考えてみて欲しい」
「承知致しました。熟考させて頂きます」
ナイさまの先程の顔はどこへやら。真面目な顔で陛下に答えていた。あの未開の土地と言って良い場所をナイさまはどうするつもりなのだろうと、俺が目を細めれば謁見は終わりを告げるのだった。




