1619:エーリヒくん、ご帰還す。
エーリヒさま一行がジャドさんたちの背に乗って戻ってきた。小型の竜の方二頭は乗っていた方たちを降ろすなり、私の下へと駆け寄って『聖女さま~』『撫でて~』と機嫌良く近づいてくる。エーリヒさま一行は小さな広場をぐるりと見渡す。家の中から出てこない人たちがいることが分かって、怪訝な表情になっていた。男の人たち三人は申し訳なさそうに頭を下げていた。
大鍋を借りた私は麦粥作りに取り掛かっている。ヴァルトルーデさまとジルケさまが私がなにかを作っているところを見るのが珍しいようで、凄く感心した表情になっていた。
そういえば南の島では下拵えくらいはするけれど、あとはエーリヒさまや一緒にきてくれている料理人の方に任せっきりである。次に南の島へ向かう時はなにか作ることにしよう。飯盒で銀シャリさまを焚けば美味しそうだと、頭の中でおこげが付いたご飯の味を思い返していると、エーリヒさま一行がこちらへと歩いてきた。
「ナイさま、お待たせ致しました!」
エーリヒさまの声に私は無事に帰還報告が終わったのかと問うてみた。町では役場に向かい、連絡を終えてきたそうである。五体満足で戻ってきた人がかなり珍しいそうで、町の領主さまにも連絡が入るとか。エーリヒさまが真贋の王冠を持って帰ってきたことも話題になっているらしい。盗られそうにならなかったのかと聞いてみれば、ジャドさんたちを引き連れていたから怖くて彼らに近づけなかったそうである。
今度はジークが私を見下ろす。ジークと一ケ月も離れることがあるなんて思いもよらなかったけれど、いつもいる人が側にいない日々はやはり寂しいものだった。リンが私を気にして側にいてくれたけれど、そっくり兄妹は二人揃ってそっくり兄妹なのである。やはりジークがいてくれないと私は駄目みたいだと実感する良い機会だったのかもしれない。
「ナイ、なにか問題は起きていないか?」
ジークの声に私は大丈夫と返した。村の人たちは外界との繋がりを嫌っているようだから、問題は今のところ起きてはいない。少し気になることといえば、男の人たち三人が村の掟を破って外へと出てきたことを咎められないかという心配だけである。
あとは、まあ、なるようになるだろうし、なるようになるしかない。村の人たちの固まった考えが解ければ良いけれど……果たしてどうなることか。私の返事にジークがほっと息を吐いて、リンの隣に並ぶ。やっぱり二人揃っていないとねと私が目を細めると、今度はマルクスさまとギド殿下――もう王族籍は抜けているけれど――が周囲を見渡しながら息を吐く。
「歓迎されてねえのな、俺たち」
「みたいだな。閉鎖的な村ならば仕方ないが……神の御使いに対して不遜な態度だと咎められても文句は言えないというのに」
森の中で誰かと鉢合せするとは思い至らず、フードも被っていなかった。アストライアー侯爵領やアルバトロス王国王都であれば変装は必要ないけれど、関わりの薄い地域では正体を隠した方が無難に事が運びそうである。
私はたしかに神さまの使いを果たした者である。注意をしなければ『神の御使い』として巻き込まれることもあると分かっていたのに、防げなかったのは遺憾の意を発したい。今度、外に出掛ける際は私が神の御使いであると分からないようにしようと決めて、大鍋の麦粥に塩を適量入れる。卵粥にしたいものの、白米で作った粥ではない。やるなら魚醤で味変くらいが妥当だろう。そろそろでき上るかなーと、ぽこぽこと鳴る鍋を見つめれば男の人たち三人が一斉に頭を下げた。
「本当に申しわけありません!」
「村の言い伝えで、外からきた者を信用するな、命を取られるぞと親からずっと言われ続けてきました」
「だから、ぎりぎりまで耐えていたのですが、もう無理だと俺たちは村の外へ出たのです。神の御使いさまにお会いできたことは本当に幸運でした」
男の人たち三人が気まずそうに顔を上げると、ギド殿下が謝るならアストライアー侯爵にと告げた。私は特に謝罪が欲しいわけではないし、それよりやって欲しいことがある。
「謝罪の必要ないので、できた粥を運んでいただけませんか?」
エーリヒさまのように美味しく作れたかは分からないが、食べられる代物である。ヴァルトルーデさまとジルケさまが私の料理の腕を疑っているようだが、味見をしたいとも言わない。
珍しいことがあるものだと苦笑いを浮かべた私はかき集めてくれたお椀に麦粥を掬う。そうして男の人たち三人は両手に持って各家の中へと踏み込んでいく。余程、切羽詰まっていたのか余所者が作った粥でも受け取ってくれたようだ。
「次に植える食料の種さえない状況でした。本当に助けていただき、ありがとうございます!」
粥を配り終えた男の人たち三人がほっとした表情で私に頭を下げる。自分たちも食べたいだろうに、彼らは己を犠牲にして先に村の人たちを優先することができるようだ。
しかし次に植える種もないとなれば、本当に底の底まで追い詰められている状況だろう。誰かのためにと行動できる人を失うのは避けたいことである。私は残った麦粥は男の人たち三人で食べるようにと告げた。
そして私は小さな広場のなるべく各家から見える位置を選んで、スーッと息を吸い込んだ。
「村の皆さまに問います! 今のままでは村はいずれ消滅するでしょう。たとえ今回耐え抜いたとしても、またいつしか同じことが起こり得ます! このまま村に閉じ籠るのか、意を決し外との繋がりを持つか、決断を下すべき時がきていることをご承知おきください!」
さて、これで村はどんな選択を下すのか。答えは分からないけれど、私が村でできることはここまでである。あとはアルバトロス王国に報告して、近くの町が支援してくれるのであれば、町に支援金を送るくらいが精々か。またロゼさんに小麦を出すようにお願いして、二日分、計六袋を出して貰った。六袋の小麦を少し残せば、次に育てる種となるはずである。村の人たちを見捨てるようで悪いけれど、部外者ができることは本当に少ない。
それに村はどこの国にも領地にも属していないから、見捨てたとしても記録には残らないだろう。あとは本当に村の人たちの意思次第である。エーリヒさまに近くの町の位置を教えて貰い、私は男の人たち三人にも伝えておく。
「では、わたくしたちはこれで」
「あ、あの! もう助けてくださらないのでしょうか?」
男の人たち三人の中の一人が私に向かって声を上げる。酷いと思うかもしれないが、手出しできるのはここまでだろう。外との関わりを持ってはならないという村の掟やしきたりを守るか、破るかは村の人たちが決めなければならない。
私は村の掟を守るか変えるかの切っ掛けになっただけに過ぎない。おそらく彼らは神の御使いである私に『村の掟は捨てろ』と村の人たちに言って欲しかったのかもしれない。でも、それはなにか違うだろうと、私は真っ直ぐに彼らを見つめる。
「わたくしにできることは終えました。あとは皆さまがどう考え、どう行動するかで未来が決まりましょう」
私の声に男の人たち三人はぎゅっと手を握りしめて、なにか考え込んでいる。私は帰りましょうとみんなと視線を合わせてから、村の出入り口を目指した。そうして暫く歩いていれば、肩の上のクロが声を上げた。
『良かったの、ナイ?』
「中途半端だから?」
『ナイなら、簡単に解決できることだよね?』
「そうだけれど、私の支援を入れて村が持ち直したとしても、それは仮初のものだから。それにまた同じことが起こって、同じことになるだけじゃないかな。だから村の人たちが考えて結論を出さないとね。現状維持か変わるか、決めるのは私じゃないよ」
どこまで手を入れて、どこで手を放すのか……は誰にも正解は分からない。ただ支援を享受するだけでは村が発展しないのは明らかだろう。あの男の人たち三人が切っ掛けで村が変われると良いのだが。ヴァルトルーデさまとジルケさまは私の言葉に耳を傾けていたようで、なんとも言えない表情を浮かべていた。
「難しい」
「他力本願じゃあ、次が乗り越えられねーってことだろ。ま、村の連中には考えを変える良い機会じゃね?」
この辺りは真面目なヴァルトルーデさまと地上に降りて雷を落としていたジルケさまとの違いなのだろう。村が見えなくなって、そろそろロゼさんに転移を頼んで良いかなと私はスライムさんを呼び出した。
ロゼさんは私たちを転移させることにウキウキしているのか、スライムボディーをぽよんぽよんと動かしている。私はアルバトロス王国の王都に戻って、上層部に連絡を入れようとするものの、はたと気付いたことがある。
「いきなりアルバトロス城に転移すると驚かれるよね……なら、王都のアストライアー侯爵邸の方が良いかな」
私は考えた末にロゼさんにアストライアー侯爵邸の東屋に転移するようにとお願いした。ロゼさんは文句も言わずに、全員近くに寄れと告げる。そういえば女神さまがいると重いとロゼさんは愚痴を告げないと気付けば、王都へと転移を終えているのだった。
◇
アルバトロス王国王都。昼食の時間の少し前。王城の執務室で仕事に一区切りつけた私は窓の外を見た。アストライアー侯爵の破天荒振りに拍車が掛かっている気がする。
他の星の創星神に玉に力を込めることを乞われ、力を込めれば玉が二つに割れ、創星神が星に戻って下位の神を二柱誕生させた……までは、まあ良いことであろう。他の星でのことなのだから。
報告を聞いた際の私は乾いた笑いを出て事態を飲み込んだというのに、しばらくたつとその星から新しく誕生した神たちがアストライアー侯爵邸にやってきたという。
そしてその神たちはアストライアー侯爵を『母上』と呼んだそうである。どうしてこうなった! と私は頭を抱え、一応、教会と聖王国にも話を伝えた。教会と聖王国は話が広がらない方が良いかもしれないと決め、極一部の者だけが知ることになる。アルバトロス上層部も同様であり、話を広げないようにと厳命していた。
「はあ。大事にならなければ良いのだが……」
「陛下。大事にならなかった試しがないので、最悪の結果を想定してみては」
盛大に溜息を吐いた私を宰相が苦笑いを浮かべながら声を掛ける。
「宰相よ。最近、アストライアー侯爵の扱いに慣れてきていないか?」
宰相はアストライアー侯爵の行動が随分と慣れてきているように見えた。昨日の夜、急遽入り込んだ報にも狼狽えもせず、宰相は報告をしている近衛騎士の言葉に耳を傾けていたなと私は思い出す。
「いえ。私はまだまだです。アストライアー侯爵が昨夜、堕ちた神さまの行方が分かったかもしれないと、女神さまと共に消えたことを予想できなかったのですから」
短く笑う宰相は動じていないのか、それとも諦めているのか……正解は分からないものの、たしかにアストライアー侯爵が戻ってきた暁には覚悟を決めておかねばならぬ。
私は窓に向けていた視線を戻して、執務を再開させようとペンを取れば誰かが執務室の扉を二度叩く。緊急性は低い用件のようだと、私は宰相に取次ぎを頼んだ。執務室を訪ねた近衛騎士は私の前で敬礼を執り用件を口にする。
「アストライアー侯爵閣下とベナンター準男爵が戻ってまいりました。陛下へご報告があると、謁見を望まれておられます」
「彼ら一行は無事に戻ってきたのだな?」
「怪我もなく戻ってこられたようです。ベナンター準男爵は真贋の王冠を手に入れたと第一報として報告を受けております。アストライアー侯爵は堕ちた神の一件が解決したために、ご報告をとのことでございます」
近衛騎士の返答に私は胸を撫でおろす。アストライアー侯爵を良く知るベナンター準男爵を失うわけにはいかない。いや、アストライアー侯爵もアルバトロス王国にとって大事な存在であることは承知している。
だがベナンター準男爵は私の飲み友達兼愚痴を聞いてくれる相手である。嫌な顔を一切見せず、酒に付き合ってくれる存在は本当に有難いものなのだ。そして美味しい酒のつまみも提供してくれる。叔父上であるボルドー男爵にも酒のつまみになるレシピをベナンター準男爵は渡しているようで羨ましい限りだ。私は立場故に彼に早々願い出られない。
ともかく無事に彼らが戻ってきたことを喜ぼう。謁見で彼らの報告を聞くのが怖いが、パフォーマンスとして必要なものである。
「分かった。では昼一番に謁見の用意を!」
私は近衛騎士を見据えて指示を出せば『はっ!』と威勢の良い声が上がり、関係者は執務室を出て行った。
「なにもなければ良いのですけれど」
「なにかあるだろうな……先に、聞いておくか。使いの者を出そう」
宰相の声に私は先に報告を聞いておいた方が良いと使いの者を出す。さて、どんな話が出てくるのかと覚悟を決めるのだった。




