1618:【⑮】エーリヒくん、頑張る。
ナイさまとジークリンデさんとヴァルトルーデさまとジルケさまは飛び出してきた人たちの村へと向かっている。俺たちはジャドさんの背に乗っているのだが、俺とジークフリードとマルクスとギド殿下の四人がグリフォンの背に乗っていた。成人した男が四人も乗っているのだから、大きなジャドさんの背でも狭く感じてしまう。だが、ジャドさんは悠々と空を飛んでいるのだから、魔獣や幻獣の凄さを見せられている気がした。
後ろはジークフリードが騎乗しているわけだが、俺が万が一落ちてしまわないようにと、彼の腕が俺の腹に回っている。ジークフリードの方が背が高くて、俺が彼の身体にすっぽり収まっていた。邪な気持ちは一切湧かないけれど、友人であってもなんとなく気恥しい。ジークフリードはどういう気持ちを抱いているのかと、チラリと後ろを見てみれば浮かない顔になっていた。
「ジークフリード。心配?」
「多少は。すまん、気を使わせて」
俺はジークフリードはナイさまを気にしているのだと決めつけて声を上げる。するとジークフリードははっとして苦笑いを浮かべた。彼は騎士として冷静沈着な態度でいるというのに、今は普通の男である。そういう時もあるのだろうと俺は笑い『早く用事を済ませてナイさまの下へ戻ろう。村の状況も気になるから』と伝えれば、ジークフリードも『そうだな。それにナイの行動を止める人がいない』と片眉を上げた。
ジークフリードの声が聞こえていた俺たちは『ああ』と納得してしまう。ジークリンデさんはナイさまの行動を阻害するようなことはしない。ヴァルトルーデさまとジルケさまも人間に干渉するのはなるべく避けるはずだ。
ジャドさんにもジークフリードの声が聞こえていたようで、こちらに顔を向けて一言放つ。
『では、急ぎましょうか』
その声とともに飛ぶ速度が一気に上がる。空気抵抗が凄く、ジャドさんはどれくらいの速度を叩きだしているのだろう。眼下に広がる森と俺たちが飛んでいる位置とは距離があるため、視界の流れで速度は測れそうにない。
前世では交通機関が発達した場所で過ごしたから運転免許は持っていなかった。速度感覚を学んでおけば良かったかと後悔するものの、まさかグリフォンの背に乗って時速を気にする事態に陥るなんて。頬の肉が揺れるーと感じながら俺はジャドさんの背の上で耐えるしかなく。そうして街に辿り着けば、俺たちが霧隠れの森から戻ってきたことに、街の人たちが驚いた顔を浮かべている。
街に入るやいなや、歩いていた人たちが驚いて足を止めている。目立つ一行だった――ジャドさんと竜二頭に護衛が複数名――から覚えているのは当然だが、驚き過ぎではないだろうか。足を止めた人の中から進んできた男の人が俺たちの顔を見ながら声を上げる。
「あ、あんたら、戻ってこれたのか! しかも正気を失っていない……!」
「無事、戻ってきました。ご心配を掛けていたようなら申し訳ありません」
声を上げた人に俺は落ち着いて返事をした。彼らと敵対するつもりはないし、本当に霧隠れの亡国から戻ってこられた俺たちが珍しいのだろう。
「い、いや……あまりにも戻ってこない連中がほとんどだから驚いただけだ。突然、声を掛けてすまない」
じゃあなと声を上げた男の人に俺は目礼をして、役場を目指そうとみんなに声を掛ける。少し足早に歩く俺たち一行に興味を持った人は多いものの、声を掛ける街の人はもういなかった。
そうして役場で帰還報告をしたあと、役場の長から話が聞きたいと申し出を受けるものの、国境付近で人と出会ったこと、村があること、食料がなく彼らが困っていることを俺は告げた。役場の長は領主に連絡を入れてみると告げ、できれば話が聞きたいから用事が終わればまた戻ってきて欲しいと乞われてしまう。
「状況的に可能であれば戻ってきます。もし、戻ってこない場合でもアルバトロス王国に問い合わせて頂ければ良いかと」
俺は役場の長に伝えれば、みんなに行こうと声を掛ける。役場の外へ出るなりまたジャドさんの背に乗って、トンボ返りをするのだった。
◇
飛び出してきた三人の男性のあとについて私たちは獣道を進む。
村から出てはならないという掟を破って森の中へ出てきた彼らが住む場所はどんなところなのだろう。報告で聞いていた、パンデミック一歩手前だったという自由連合国の首都のように村の状況が陥っていなければ良いのだが。
なににせよ、私が外にでるとなにかトラブルに巻き込まれてしまうようだ。侯爵領領主邸に王都の二つのタウンハウスに、ミナーヴァ子爵領領都の屋敷、元デグラス伯爵領都の屋敷があるし、夏は南の島へと向かうため、引き籠もりという自覚はない。
王都へ出掛けたり、他の国へと向かうことも多いから、出掛けたいという欲もあまり生まれない。四大陸全ての人たちに顔バレしているから、面倒に巻き込まれたくなければ屋敷で大人しく過ごしている方がよさそうだ。トラブルが向こうからやってくる可能性もあるが、外に出る機会が少なければ少ないほど減るはずである。
「ナイ、危ないよ」
リンの声に私は足下を見る。木の根っこが地面から出ていて、そのまま進むとつんのめっていたはずだ。
「森の中を歩くのは久しぶりだから。危険が一杯だね……」
私は後ろを歩くリンに顔を向けて苦笑いを浮かべれば、肩の上のクロが呆れた雰囲気を醸し出している。
『考え事をしながら歩くからだよ』
「ごめん」
呆れているクロに謝れば、リンが小さく笑って口を開く。
「蛇や虫にも気を付けて。後は知らない」
「ジークリンデ、酷い」
「本当に過保護だよなあ」
何気に棘のある言い方ではあるものの、ヴァルトルーデさまとジルケさまは気にした様子はない。リンが二柱さまに毒舌を吐くのは前からである。それに女神さま方であれば蛇に噛まれても、虫に刺されても平気だろうと私は肩を竦めた。そして前を真っ直ぐ見据えつつ、足元にも注意を払いながら森の中を進んでいく。
「皆さまに乞われてわたくしたちは村へと向かっておりますが、状況はどのようなものでしょうか?」
私が声を上げると、案内として先を歩いている男性三人がびくりと肩を震わす。一瞬やましいことでもあるのかと疑うのだが、私たちの方へと顔を向けた彼らは私たちに恐怖を抱いているようだ。魔力量の差と女神さまの特殊な雰囲気に驚いているだけかと私は納得をして彼らの言葉に耳を傾けた。
「は、はいぃ! 食料が手に入らないことで、子供と老人から弱っておりまして」
「医者もおらず……俺たちは神さまに祈りを捧げることしかできない……!」
あまり楽観できる状況ではないと私は目を細めて、先を急ぐようにと彼らに伝えるのだが……私の歩幅が小さいことでどうしても速度を上げられない。身長は順調に伸びているというのに――現在百五十五センチ――悲しい事実であった。するとリンの腕が私に伸びてきてひょいと抱えられると、視界が随分高くなった。
「急ごう」
「妹は私が抱える。問題ない」
リンの声が耳元で聞こえ、ヴァルトルーデさまの声は少し離れた位置から聞こえる。
「お、おい! 姉御、なにすんだよ!!」
ジルケさまは軽くヴァルトルーデさまに抱え上げられ、慣れていないのか抵抗をしている。放せと訴えても放してくれないため、ジルケさまは早々にヴァルトルーデさまに抱え上げられていることを我慢するようにしたらしい。
男の人たち三人は私たちのやり取りを見つめながらあっけにとられている。女の人が体重約四十五キロを軽く持ち上げているのだから驚いても仕方ない。リンはずかずかと歩き始めて男の人たち三人を抜かす。ヴァルトルーデさまもリンに倣って歩けば、男の人たち三人は慌てて先を行くのだった。
辿り着いた村は本当に辺境にある過疎の村と表現するのが適切だろうか。とはいえ寂れ具合が酷く、家には蔦が絡みつき、人が住んでいない家は崩れているものもある。
私たちがきても誰も興味を持っていないのか、家から外へ出てくる気配はなさそうだ。木の窓からこっそりとこちらを覗いている人もいるから閉鎖的な村のようだ。男の人たち三人は村の人たちの態度に対して私たちに平謝りをするばかりである。
「とりあえず……食料だね。ロゼさん、度々申し訳ないけれど、予備として預けていた小麦と塩と……あと……卵はあるかな?」
村の人たちの態度を問題視したところで状況は変わらない。支援物資を出そうと私はロゼさんを呼んだ。私の影から勢いよく出てきたロゼさんは地面で何度か跳ねて、最後に私の前へと着地する。ぽよんと身体を揺らすロゼさんは元気そのものだ。ヴァナルたちが側にいないので違和感を覚えるものの、転移の際に急いでいたのだから仕方ない。
『マスターがロゼにたくさん預けてくれたからあるよ! ちょっと待ってて!』
「ロゼさん、小麦は三袋で良いよ」
収納から取り出そうとしてくれているロゼさんの下に私はしゃがみ込んで小声で囁いた。
『もっとあるよ? 自慢しないの?』
「最低限で大丈夫、ありがとう、ロゼさん」
不思議そうにロゼさんはスライムボディーを揺らすものの、私の指示に従ってくれるようだ。今、際限なく出してしまえば村の人たちがどう出てくるか分からない。村の人数は聞き出して把握しているので、最低量は三袋――約六十キロ――で十分だろう。
一気に出せば、一気に消費される可能性もある。余ればトラブルの元だろう。塩は一キロもあれば十分なはず。あとは栄養を摂って欲しい人に卵を出して貰おうと、十個だけお願いとロゼさんに伝えておく。ロゼさんが『ぽい!』と言わんばかりに小麦を三袋と塩を一キロに卵を十個出してくれた。近くで様子を見ていた男の人たち三人は目を丸く見開いている。
「すみません、大鍋はありませんか? それと外で作業ができる場所があれば嬉しいのですが」
私は近くに突っ立ている男の人たち三人に声を掛ければ、少々お待ちくださいと言い残して走って家の中へと入って行った。しばらく待っていれば、大きめの鍋を持って戻り、村の中にある小さな広場に案内してくれた。
「侯爵さま、なにからなにまで……感謝いたします」
私に頭を下げる彼らであるが、どうにも村の人たちは余所者に対して警戒心を持ち過ぎている。私たちに助けを求めた彼らは比較的若い。どうにもならない村の状況に憂いている可能性はありそうだと、私は彼らと視線を合わした。
「食料だけで状況が改善したとは言えないでしょう。あとから戻ってくる彼らの話も聞かねばなりませんし……村の現状を憂いているのであれば、閉鎖的な状況の改善を試みない限り、また同じことが起こります」
一番良い方法は近くの街の管理下に置かれることだろう。もしくは誰かが霧隠れの亡国を復活させて、村も一緒に編成して貰うかだ。みかじめ料……じゃなくて、税金を取られることになるけれど、緊急時や困った時には領主の手が入るはず。男の人たち三人は難しい顔を浮かべ、私の言葉に小さく『はい』と答えてくれるものの、一筋縄ではいかないのだろうと私は肩を竦め、麦粥を作ろうと彼らに声を掛けるのだった。
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