1617:【⑭】エーリヒくん、決意する。
――真贋の王冠。
早朝。目覚めた俺たち一行は旅立つ準備を始めている。玉座の座面にはまだ真贋の王冠が鎮座しているのだが、禍々しい雰囲気はなく、各国の陛下方が被っている王冠と大差ないものになっていた。
ナイさまであれば触れられることが分かったのだが、彼女的に持てば霧隠れの亡国の王となるという事実が持ち上げることを拒否しているようである。ナイさまは野宿に慣れており、起きて直ぐジークリンデさんと一緒に旅立つ準備をしているのは流石というか。
ヴァルトルーデさまは久方振りの野宿を楽しんでいたようだし、ジルケさまも特に問題なく眠れたようである。ジャドさんたちをベッド代わりにしていたのは、女神さまだからこそなせる業だろう。お願いすればジャドさんたちは気軽に許可をくれそうだという事実には目を逸らしておく。
ある程度荷物が纏まってナイさまが玉座へと歩いて行く。するとジークリンデさんとヴァルトルーデさまとジルケさまもナイさまのあとに続くのが当然というように、後ろを歩いていた。
「誰が持ちます、これ?」
ナイさまが真贋の王冠に指を指して、俺たち野郎陣へと顔を向けた。
「誰が持っても問題ない」
「なら、エーリヒが持てよ。これ手に入れるために一ケ月も旅をしたんだろ?」
ヴァルトルーデさまは真贋の王冠を持っても痛みは走らないと保証してくれ、ジルケさまは俺が持てと言っている。
「それはそうですが、ナイさまが浄化されたことで王冠が誰でも持てるようになったなら、ナイさまが持つべきでは?」
「私には必要ないですし、手に入れたいと願っていたエーリヒさまが持てば良いかなと。要らなくなれば、聖王国に管理を任せれば問題はなくなるかと」
俺はナイさまに真贋の王冠を持つ資格があるのではと伝えるのだが、彼女は一瞬きょとんとしたあと俺が持てば良いと告げた。俺がどうしたものかと困っていれば、一ケ月一緒に旅をしてきた人たちが『エーリヒが持てば良い』と声を掛けてくれる。
それならばと俺は足を踏み出して玉座の前に立つ。本当は目の前の椅子に座る人物が王冠を被る資格があるけれど、霧隠れの亡国は滅んでいる。盗んでいるような気持ちに襲われつつ、俺は王冠へとそっと両手を伸ばす。俺は王冠を手に取ってゆっくりと持ち上げたあと、玉座に一礼する。
「お預かりします」
必要がなくなれば、この場所に戻すことも視野に入れておこう。でも、盗られそうだと微妙な心境になってしまった。しかし、本当に手に持っても痛みもなにも感じない。
金属特有のひんやりとした感触が伝わったあと、俺の体温が伝わって温かくなっていく。そうして俺は玉座から離れて、持ってきていた布で丁寧に王冠を包み込む。荷物の中に仕舞い込めば装飾品が取れてしまいそうだから、俺は持って移動することを決めた。
長旅だったため、野郎陣の荷物は結構な量となる。火の始末をきちんと施し、出したごみも回収しておく。そこまでする必要はないと首を傾げる人もいるのだが、立つ鳥跡を濁さずが一番良い行動のはずと俺は荷物を背負う。
「外に出よう、エーリヒ」
「うん、分かった」
ジークフリードも荷物を背負って俺に声を掛けてくれる。今回の旅で彼にはいろいろとフォローを入れてもらった。険しい道では手を引いてくれたし、力が必要な場面では変わろうかと気を使ってくれる。
一人行動は危ないからと一緒についてきてくれることが何度も会ったし、本当に感謝をしっぱなしだった。もちろんマルクスとギド殿下にも感謝しているし、他の護衛の人たちにも俺はたくさん迷惑を掛けている。
とりあえず、聖遺物である真贋の王冠を持ち帰ったことである程度の功績は得られるはずだ。あとは爵位と七人の騎士との対戦を乗り越えれば、フィーネさまとの婚姻許可が聖王国の教皇猊下から下る。よし、と俺は気合を入れて謁見場の扉を見ると、ジャドさんと小型の竜の方二頭が側に寄ってきた。
『我々は空いた隙間から飛び、門の方へ行きますね』
「ジャドさんと竜の方たちなら大丈夫だと思うけれど、気を付けて」
穏やかな声でジャドさんが告げるものだから、俺も釣られて穏やかな声で答えた。
『はい』
『気を付ける~』
『直ぐに一緒~』
そう答えた彼女たちは脚を少し折って翼を広げれば、空中に浮いて空へと消える。ジャドさんたちの姿が見えなくなれば、ナイさまが出ましょうかと声を上げ、俺たちも頷いて大扉を出る。長い廊下を歩いて行き、城の外を目指した。ナイさまたちは崩れてしまった城が珍しいようで、きょろきょろと顔を忙しなく動かしていた。まるで俺たちがここに入った時と同じだと少し可笑しくなる。
城の外に出れば、廃墟の街が眼前に広がっている。先に出ていたジャドさんたちと合流すれば、ナイさまたちはまた顔をきょろきょろとさせながら、周りを興味深そうに観察していた。気が済んだナイさまが俺の方へと視線を向ける。
「道案内をお願いします」
「もちろんです。大分歩くことになりますが……」
街まで結構な距離がある。半日近くは歩くのではないだろうか。俺が心配をしていると、小型の竜の方二頭がぬっと顔を伸ばす。
『疲れたら乗せてあげるー』
『雄は知らない~歩けー!』
ケタケタ笑う竜の方二頭の声にナイさまがありがとうと答えていた。なんて女尊男卑なと思うものの、男の方が体重が勝るから致し方ないのかもと俺は肩を竦めて前を見る。
「では出発しましょう」
来た道を戻るのは億劫だけれど、近くの街で帰還報告を済ませておかないと大変なことになる。霧隠れの亡国に入るなら役場に一声掛けておけと、街の人に勧められたのだ。
俺たちは役場で旅券を見せ、旅の日程も知らせている。帰還しなければアルバトロス王国の行政機関に連絡を入れてくれる。だから帰還報告を済ませなければ、迷い人としてアルバトロス王国へ連絡が入る。怠っても良いけれど……やはりきちんと手続きを踏んでおくべきだと、昨日ナイさまに話をして、街へ一度戻ることをお願いした。
廃都を出て、森の中をひたすら歩いて行く。途中、朽ちた村があったりと物寂しい光景を何度も見ることになっていた。ナイさまは一瞥して前を向いているけれど、ヴァルトルーデさまは廃村が気になるようである。
過去、人の営みがあったとなれば少し感傷に耽っても仕方ないのだろう。そうして道なき道を進んでいると、襤褸をまとった人が俺たち一行の前に出る。野盗かと身構えるのだが、それにしては殺気がないというか。今回の旅で野盗に何度か出くわしているため、俺でも見分けることができた。でも、ジークフリードとジークリンデさんは気を抜かず、飛び出てきた彼らを厳しい視線で見ていた。
「あ、あの!!」
「夢で見た、神さまの使いの方ではありませんか!?」
突然、飛び出てきた人たちが平服しながら声を上げた。神さまの使いはナイさましかいない。ナイさまは『しまったな』という表情で、平伏したままの彼らを見下ろしていた。
きっと、文明から遮断されて生きてきた人たちだろう。もしかすると霧隠れの亡国の生き残りだろうか。なににせよ、彼らを無視することもできるけれど、神さまの使いと口に出されればナイさまは下手な行動を打てない気がする。
「顔を上げ、お立ちください」
「は、はい!」
ナイさまの声に飛び出てきた人たちが立ち上がる。人数は三人。全員、成人男性であるものの、質素な生活を迫られているのか細身である。細身であるものの筋肉はきちんと備わっているようだから、力仕事を主としているのだろう。彼らが立ち上がったことを見届けたナイさまは静かに口を開いた。
「貴方方がおっしゃる通り、わたくしは創星神さまの使いを務めた、ナイ・アストライアー侯爵です。如何なさいましたか?」
ナイさまの声に飛び出てきた人たちは顔を青く染めた。侯爵位を持っている人に逆らえばどうなるかを知っているからだろう。これで無茶な要求を飛び出てきた人たちは言えなくなっただろうか。彼らがなにを言い出すか分からないから、俺が前に出て彼らの蛮行を止めるかと考えていれば話が進んでしまう。
「本当は二日前に近くを通り過ぎていた彼らから、食料と金目の物を狙おうとしておりました……」
飛び出してきた人たちの中の一人が俺たちへとちらりと視線を向ける。どうやら霧隠れの亡国へ向かっていたところを見られていたようだ。霧隠れの亡国から戻ってきた人たちは弱っていることが多いから、そこが狙いだと彼らは考えたのだろう。だが、何故か俺たち一行の中にナイさまがいて、彼らは急遽目的を変えたようである。
「しかしアストライアー侯爵さまがいると分かり、我々になにか言葉を頂きたくお声掛けをさせて頂いたのです!」
「暴力で盗もうとするほど、貴方方は困っておられるのですか? 見た所、野盗を生業にしているようには見えません」
ぐっと歯噛みして答える男性にナイさまが小さく首を傾げる。たしかに野盗のような柄の悪さはなく、彼らは朴訥とした村人という印象が強い。
「情けないことに」
「今年は食料が少なく、村にいる者たちは常に腹を空かせておりますので……」
彼らの声にナイさまが暫く考え込む。どうやら彼らの村は霧隠れの亡国と隣国の国境に位置しており、隣国との関係は凄く薄いものであるそうだ。とはいえ偶に行商人がやってきては物々交換をしていたとか。
行商人からはぼったくられていたそうだが、生活に必要な塩や農耕器具に衣料品を手に入れていたと。不作のために行商人は村を目指さなくなり、食糧不足に喘いでいると。
よく村として成り立っていたなと感心するが、まさか俺たちを狙うとは驚きである。本来であればこの場で切られたとしても文句は言えない。でもナイさまだし、神さまの使いを果たした実績がある。彼らを切る行為はマイナスでしかないだろうと、俺はナイさまを盗み見ようと横目を向ければ視線が合った。
「エーリヒさま、申し訳ないのですが……別行動を取りませんか?」
「それはもちろん構いませんが、どうなされるのでしょう?」
ナイさまの声に誰も反対しない。俺も反対はしないけれど、一応、理由を聞いておかなければと口を開いた。
「村に向かい、必要な食料を置いて参ります。アルバトロス王国に戻れば、隣国に話を通して、近くの領へ編成できないかと、支援と同時にお願いしてみます」
妥当な判断だろうと俺は頷いて、ナイさまの願いを呑んだ。準男爵位が侯爵位を持つ方に対してかなり失礼ではあるけれど、俺たち一行のリーダーは俺だからとナイさまは相談を持ち掛けてくれたのだろう。しかし何故、街まであと数時間という距離というのに彼らは外との関係を拒んでいるのだろう。不思議に思ったおれは、飛び出してきた人たちへ視線を向ける。
「ひとつ、貴方方に質問です。あと数時間歩けば他の街へ辿り着くことができます。何故、そうしなかったのでしょうか?」
「外に出ると呪われてしまう!」
「だから昔から伝わる場所にしか俺たちは出て行けない!」
彼らにとって、ご先祖さまたちの言葉は信用すべきものだったのだろうか。村という小さなコミュニティー故のしきたりだったのかもしれないと俺は息を吐く。するとジャドさんが俺の隣に立った。
『では、男性陣は我々の背に乗って街を目指しましょうか。その方が時間が掛からないかと』
『きんきゅうじたい~』
『雄でも乗せてあげる~感謝~!』
そうした方が良いだろうと俺は頷き、男性陣の方へと確認を取る。ジークフリードはナイさまを置いていくことが気がかりのようであるが、全員無事だということを証明しなければならない。戻ってくるのだからそう心配は必要ないだろうと、俺は行こうと声を上げる。そして。
「閣下。直ぐに戻ります。あと村の件を町の役場に一報を入れておきます。なにか動いてくれる可能性もありますから」
ナイさまたち言い残して、俺たちはジャドさんたちの背に跨るのだった。




