1615:【⑫】エーリヒくん、決意する。
浄化魔術を施したナイさまが玉座の座面にある王冠を見ている。ナイさまは周りに散らばっている人骨に対して恐怖もなにも抱いていない。ただ、浄化魔術を施す前に手を合わせていたのは印象的なものだった。うーんとなにか考える様子を見せるナイさまは、意を決したように真贋の王冠に手を翳し、右手人差し指でちょこんと触れる。
「あ、触れられた。言い伝えだと、王になる資格のある人しか触れない、でしたよね?」
触れたあとナイさまは俺たちがいる方へと顔を向け、誰か触ってみませんかと言いたそうにしている。
「そう聞き及んでいます。ということはナイさまには霧隠れの亡国の王になる資格があると」
俺はナイさまに資格があるのではと告げれば、彼女が凄く怪訝な表情を浮かべた。嫌なら触れなければ良いのにと苦笑いを浮かべてしまうが、きっと安全を確保するためのナイさまなりの行動だろう。ジークフリードは『また無茶をして』と言いたげだし、ジークリンデさんは『死んだらどうするの』と困り顔になっていた。しかし、王冠に触れられたのであれば、ナイさまが霧隠れの亡国の王になる資格があるわけで。
空白地帯となっているため、西大陸の各国の陛下方が認めてくれれば国を再興させることは平易だろう。発展させるならば、廃墟を再生しなければならないため難易度が上がるけれど。ナイさまは俺の意見に抵抗するためなのか口を開いた。
「まさか。指先で少し触れただけですし、浄化魔術を施したあとなので触れられただけではないでしょうか?」
それはフラグを立てていませんか。そしてそのフラグは直ぐに回収されるのではと俺はなんとも言えない気持ちになる。するとヴァルトルーデさまが俺たちのやり取りを見かねたのか半歩前に進んだ。
「少しでもソレに触れれば、痛いはず。死にはしないけれど」
「では、玉座の周りに転がっている人骨は?」
ヴァルトルーデさまは真贋の王冠に王以外の者が触れれば『痛み』が走るだけで『死ぬ』ことはないと言い切った。ナイさまはヴァルトルーデさまの答えに疑問を持ったようで首を傾げている。たしかに『王冠に触れれば死ぬ』でないと、玉座の周りにある人骨の説明がつかなくなるのだが……と俺たち一行はヴァルトルーデさまに視線を集めた。
「呪われていたみたいだし、堕ちた神の影響もあった……たぶん」
少し考えた末にヴァルトルーデさまは自信がなさそうに告げた。結構適当なのだなと思うものの、二千年以上前のことだし西の女神さまがはっきりと覚えていないのは仕方ないことだろう。
「姉御は適当だなあ」
ジルケさまはいつも通り、いつもの調子で姉神さまに突っ込みを入れながら呆れ顔になっている。ヴァルトルーデさまは『そんなことはない』とジルケさまに文句を伝えているものの、軽く聞き流されていた。今のままでは話が進まなそうだと俺は西の女神さまを見た。
「ヴァルトルーデさま」
「どうしたの、エーリヒ」
「真贋の王冠は本当に王を選定するものなのですか? あと、堕ちた神さまはどうなったのでしょうか?」
俺の質問は失礼なものかもしれないが、聞いておかないとあとで大事になりそうだ。グイーさまにも確認を取らなければいけないから、ナイさまかヴァルトルーデさまかジルケさまにお願いもしなければいけない。ヴァルトルーデさまは少し考える素振りを見せたあと、俺から玉座へと視線を移した。
「今、私たちがいる場所はね、なにもないところだったから。森を切り拓く知識と獲物を狩る力とみんなを率いることができる人物が触れれば『痛み』を感じないようにした。だから王というより、みんなを導く長みたいな感じだった」
ヴァルトルーデさまが力を施した王冠は月桂樹の葉で作ったものだそうであり、リーダーの証だったとか。時を経て権力者たちが力を移譲させ、今の黄金色の王冠になったようだと静かに語る。ヴァルトルーデさまはある程度国が――国にも満たなかったらしいが――発展すれば良いと考えていたそうだが、時の権力者たちは女神さまから選ばれし者という栄光が欲しかったようである。醜い争いを見るのが嫌で西の女神さまが引き籠もった原因のひとつだったとか。はあと憂いを含んだ息を吐くヴァルトルーデさまにナイさまが肩を竦めた。
「よく千年も持ちましたね」
本当によく千年も国が持ったものだと俺も彼女に同意する。最後の方は邪な人たちが醜い争いを繰り広げていたようだから、当然の結末を迎えたのかもしれない。けれど国を盛り上げようと奮起していた陛下はいたはずだ。そして女神さまが選定した王なのだから、真っ直ぐに道を進まなければならないと考えていた人もいるはず。
「そうなの、ナイ?」
「千年も保った国はあまり聞かないかなと」
きょとんとしたヴァルトルーデさまがナイさまに首を傾げている。現状の西大陸では長く建国が続いているは五百年ほどである。そう考えると倍の時間、国として保っていた霧隠れの亡国は長い時間を国としてここにあったのだ。俺たちが知らない歴史がきっとたくさんあるのだろうなと、王冠しかない玉座を見て俺は目を細めた。
「ですので、ヴァルトルーデさまが気に病む必要はないはずですよ」
「気に病む……今の私の気持ちは気に病んでいるのかな?」
「私には分かりませんが、そう見えました」
ナイさまが笑みを浮かべてヴァルトルーデさまを見上げている。俺たちにとって二千年という時間は長いものだけれど、神さま方にとっては一瞬なのだろう。だから一瞬で滅びてしまった国をヴァルトルーデさまは憂いているのかもしれない。引き籠もった原因にもなったようだから、もっと上手くいく方法があったのではといろいろと考えてしまうのだろう。
「屋敷に戻って、美味しいご飯を食べましょう。そうすればきっと、ヴァルトルーデさまが抱えている妙な気持ちの半分くらいは消えてしまいます」
「そうだと良いな……あ、エーリヒの最後の質問に答えていないね」
へらりと笑うナイさまにヴァルトルーデさまも笑い返せば、俺の方へと視線を向けた。王冠の話となっていたから忘れるのは仕方ないから、そのまま帰ることになれば俺は再度同じ質問を投げようとしていた。ヴァルトルーデさまはきちんと覚えてくれていたようで、俺に話が逸れたねと苦笑いを浮かべる。
「堕ちた神はナイの攻撃で霧散したから私の力ではどうにもならない」
ヴァルトルーデさまの言葉から推測するに、ナイさまが放った六節の魔術は浄化の効果があるものではないようだ。攻撃といっているので、攻撃だろうけれど、あの大きな魔力の波動はどんな魔術に分類されるのやら。
ナイさまはヴァルトルーデさまの言葉に『神さま相手だったので、私が使える最大の魔術を放っただけで……霧散するとは思っておらず……その、ねえ?』と小声でぼやいていた。彼女のボヤキを聞き届けていたジルケさまは呆れた表情になる。
「神としての格もあんだろ。まあ、ナイが常識から外れているからなー」
南の女神さまの声にナイさまは『一言余計では』と言いたげな顔になっている。そしてそんなナイさまを見たジルケさまは面白そうに笑って言葉を紡いだ。
「完全に解決してーなら親父殿を呼ぶしかねえな」
「じゃあ呼んでみましょうか」
ジルケさまの言葉にナイさまが軽い調子で答えれば、破天荒聖女さまは目を瞑って暫くすれば、彼女の身体の周りが魔力で薄く光り頭の上のアホ毛が動いた。凄いものを見ているのではと俺はジークフリードとジークリンデさんとヴァルトルーデさまとジルケさまに視線をやれば、普段通りの姿が目に映った。
もしかしてナイさまがグイーさまと連絡を取ることは、彼らの中では日常化しているのだろうか……それにしても一人の人間が創星神さまと通信をするのであれば、それはもうイタコが霊を降臨させているのと同じ行為ではと思ってしまう。いや、イタコの人と神さまと通信する人を同列にするのは不味いかもしれないが。数瞬の時間が経つとナイさまが目を開いた。すると、なんとなく肩が重くなった気がした途端に。
――おお、急にどうした!? ナイの力を感知して、儂、びっくりしたぞ!
頭の上からグイーさまの声が聞こえてくる。周りの人たちも神さまの声が聞こえているようで、他の護衛の人たちは『夢で見た、創星神さまと同じ声!』と驚いている。俺とマルクスとギド殿下はナイさまが単体でグイーさまと通信していることに驚いた。
「えっと……説明すると長くなるのですが」
少し困った様子でナイさまが呟けば『あ』と声を上げる。そして何故か俺とナイさまの視線が合った。
「エーリヒさまに何故、グイーさまを呼び出したのか説明して頂きますね」
にっと笑ったナイさまは空に向かって声を上げている。
――エーリヒに?
グイーさまも疑問形で俺の名を復唱していた。どうして俺が説明を担うのだろうか、という疑問が一瞬頭の中に浮かぶものの、今回の件は俺が行動しなければ起きなかったことである。それに堕ちた神さまがどうなったのか、ちゃんと成仏? できたのか心配だからグイーさまに聞いてみた方が良いだろう。
「グイーさま。先日は神さまの島へお誘いを頂きありがとうございました。美味しい料理に楽しい話がたくさんできたこと、感謝申し上げます」
――エーリヒはちゃんとしているなあ。ナイも見習え!
俺が頭を下げると、下界を覗いているのかグイーさまがカラカラとした声を上げてナイさまを話題に乗せた。乗せられたご本人は話題に上るとは思っておらず、目を丸く見開いている。
「とばっちり……」
はあと肩を下げるナイさまに肩の上に乗っているクロさまが『グイーさまにまたお礼を言わなきゃねえ』と声を零している。グイーさまはその様子を見ていたのか、うんうんと頷いているようだ。
グイーさまのお姿は見えないけれど、なんとなく雰囲気が伝わってくる。俺は経緯を説明しようと、半歩前に踏み出して空を見上げると『話が逸れてしまったな。エーリヒ、頼む』とグイーさまの声が耳に届いた。俺はこの一ケ月間のことを前置きとして軽く伝え、霧隠れの亡国にある真贋の王冠について、そして念のためにと持たせて貰っていたグイーさまの石が黒く染まったことを伝えた。
――やっと見つかったのだな。しかし儂への恨み言だけで消えてしまうとは情けない。
ふんと鼻で笑うグイーさまであるがヴァルトルーデさまとナイさまを労い、そしてこちらへ向かうという声が聞こえると、ボロボロの床に幾何学模様が浮かぶ。そしてグイーさまのシルエットが浮かんで実体が構成された。
「少し前に下界に降りたというのに、またくることになろうとはな!」
はははと陽気に笑うグイーさまは地上に降りるなり『ふん!』と声を上げて、左手を前に出して手のひらを広げている。
「うん? 円環から外れてしもとる……仕方ない、もう少し儂の力の出力を上げて…………ふんぬ!!!」
またグイーさまが声を上げれば、どこからともなく黒い靄が謁見場の方々から集まって、彼の左手の上に黒い結晶と化した。
『グイー……! 何故、貴様が私の目の前に!!』
黒い結晶から声が聞こえた。その声は俺たちが先程聞いたものと同じだと驚いてしまう。謁見場には堕ちた神さまがいて、偶然、俺たちは接触してしまったようである。
「儂の力を使ったまでのことよ。お前さん、儂に挑戦すると意気込んで挑んだは良いが、負け続けて闇落ちしてしまうとは情けない」
はあとグイーさまが溜息を吐いて、黒い結晶へと視線をもう一度向けた。
「地上に逃げて力を貯めようと試みていたようだが、無駄に終わってしまったな! そうだのう、説教したあとで他の創星神に創り直して貰うか。テラだと甘いし……誰にするかのう」
そう告げたグイーさまは俺たちに『ではまたな!』と告げ、幾何学模様を浮かべたあとすっと姿を消した。グイーさまが消えてしばらく、あっけに取られていた面々がはっとする。
「今ので解決したのかなあ……」
「父さんだから」
「勝手に話を終わらせて戻っちまったな」
一番最初にナイさまが声を上げ、ヴァルトルーデさまとジルケさまが呆れていた。もう少し詳しく話を聞いた方が良い気がしますと、俺はナイさまに伝えて謁見場から見える茜空を見上げるのだった。




