1612:【⑨】エーリヒくん、決意する。
一夜明け、俺たち一行は霧隠れの亡国とされる場所に辿り着く。
朝。霧隠れの亡国へと辿り着いたというのに村や町はなく、時折、石造りの建物が苔や草に覆われて廃墟と化しているところを見るくらいだった。あと半日ほど歩けば、霧隠れの亡国の首都であった場所へ入ることになるのだが、果たして元首都はどうなっているのだろうか。
今のところ、魔物にも人にも会うこともなく進んでおり、ただひたすら歩くことに少し疲れてくる。とはいえ俺の我が儘で休憩を取る分けにはいかないし、早く元首都に入りたい気持ちもあった。俺の足よ持てと念じながら、一歩一歩前へと踏み出していく。途中、休憩を取ろうと小川の近くで腰を下ろした。アルバトロス王国を出てから四週間近くが経っていること、もう少しで目的の場所へ辿り着くことに少し気が抜けてしまいそうだ。
俺は一行の指揮役として楽をさせて貰っているのだから、気を抜いては駄目だと軽く首を振る。宿で用意しておいた保存食をみんなに渡しながら、俺たちは地面に腰を下ろした。
ふと俺はナイさまから預かった品の存在を思い出す。霧隠れの亡国は空白地のため、グイーさまから預かった石を置いてはいない。もしかしたら堕ちた神さまがいるかもしれないと、出発前に予備の石を俺に渡してくれていた。ナイさまが俺に渡してくれた時には既に首から下げられるように加工がなされており、俺は首から石を取り出して変化がないか確認をする。
「石は反応なし。心配し過ぎだったのかも」
小指の先ほどの大きさのグイーさまの石は無色透明である。ダイヤモンドのようにも見えるし、形が複雑な水晶のようにも見えた。グイーさまが創造した石だから、俺の知らない元素で構成されていそうだ。ダイヤモンドより硬いのであれば浪漫があるけれど……グイーさまがお創りになった石だしなあと俺は苦笑いを浮かべる。
「持っていて損はないからな」
ジークフリードが俺が持ったグイーさまの石を見て肩を竦めた。たしかになにが起こるか分からないからナイさまの配慮は有難い。けれど首から下げられるように加工していたのは意図的でなかろうかと疑ってしまう。
でも、ナイさまのことだから『持ち運びが便利』とか『なくさない』とか、単純なことを思いついて加工を指示したように思える。四大陸中ではグイーさまの石は厳重に管理されているというのに、俺がグイーさまの石を持ち歩くことになろうとは。
俺が肩を竦めると、今度はマルクスがグイーさまの石を覗き込んでいた。不思議そうな顔を浮かべながら、じっと石を見つめている。
「本当に創星神さまがお創りになった石なのか?」
「そうだよ。ナイさまから直接俺が預かったし、同席していた西の女神さまも南の女神さまもなにも仰らなかったからね」
たしかに特別な形をしていたり、特別な雰囲気がある石ではないから、マルクスの疑問は尤もだろう。でも、まあ。出所が出所のため本物としか言いようがない。ナイさまが俺に偽物を渡す理由もないから、そういうことだ。そしてギド殿下も興味深そうに覗き込む。
「まさかこうして、目の前で見えることになろうとはな」
ギド殿下はリーム王国への引き渡しの際に見ていたはずだが、ここまで近くで見るのは初めてのようである。石が本物かどうかは気にしてはいないものの、本当に堕ちた神さまがいるのかどうか半信半疑のようだ。
ナイさまが各地を渡り歩いてからまあまあの時間が経っているというのに、各国のグイーさまの石は反応を示していない。本当に堕ちた神さまがいるのかと、誰かが疑い始めても良い頃なのだろう。神さま案件となっているので、凄く時間が掛かる場合もあるだろうし、俺には神さまの行動を予測するなんてできないから待つしかない。ただ大きな被害にならないようにと願うことが、唯一できることだろう。
世間話をしながら呼吸を整えれば、元首都を目指そうと俺たちは立ち上がる。
そうして休憩した場所から二時間ほど歩けば、街を囲う壁が見えてくる。でも。
「ボロボロだ」
「亡国、だからな」
俺とジークフリードが目を細めて、先にある壁を見つめた。大昔、都を囲む巨大な壁は随分と痛んで所々が崩れていた。崩れた壁の間から見える街並も廃墟しかない。
ただ大昔は栄えていたことだけは分かる。小さい国であったそうだが、王が選ばれなくなるまでは文明の先端をいく国だったとか。小さな国だったという証拠は元王都の規模を見れば分かる。ざっくりだが、メンガー伯爵家の領都ほどの規模しかない。
他に大きな領地もないようだし、霧隠れの亡国は王都だけが栄えていたのだろう。千年前に滅びた国であるため、俺が見たことを処理して答えを導き出すしかないから間違っている可能性もあるが。まあ、ちゃんとしたことは本職である歴史家の皆さまに任せれば良い。霧隠れの亡国の場所はこれではっきりとしたのだから。
俺たちは壁の中に入ろうと先を急ぐ。そうして壁の中へと足を踏み入れれば、石造りの街並みは崩れ去り廃墟となっている。人の気配は感じられないが、俺たち一行を警戒して息を顰めているのだろうか。
「誰か住んでいるのか?」
「どうだろうな。住んでいたとしても、真っ当な者ではないかもしれない。十分気を付けよう」
マルクスとギド殿下が顔を方々に動かしながら口を動かしていた。既に剣の柄に手を置いているから、なにがあっても直ぐに動けるようにしていた。ジークフリードと他の護衛の人たちも同じで、顔を忙しなく動かしながら厳しい表情になっている。俺たちは王城を目指そうと街の中へ中へと進んでいく。その途中。疲れが溜まっていたのか、周囲が霧に包まれていることに気付くのが遅くなっていたようだ。
『霧、ですねえ。随分と濃い』
ジャドさんが首を捻りながら声を上げ、小型の竜の方二頭も『見えないねえ』『足下気を付けよう~』と注意を促してくれた。また昼日中に霧が立ち込めたことに、また魔物が出るのかもしれないと俺は不安を抱える。前の魔物より強くなっているかもしれないし、みんなでは対処できないかもしれない。一人で不安を抱えていると、ジークフリードが俺の背中をポンと叩いた。
「またか。魔物が出る可能性もあるな」
少し俺の前に出たジークフリードはこちらを見て笑みを浮かべている。どうやら俺の心配が彼にバレたようで、不安にさせまいとしてくれているようだ。
「とりあえず、城を目指そうぜ」
「だな。そこが一番怪しい場所となるからな」
マルクスとギド殿下も軽い口調で廃都の真ん中にある一番大きな建物へと顔を向けている。元王都の街並み同様に王城もまた朽ちているけれど、形はまだ残っていた。
霧隠れの亡国にあるという『真贋の王冠』は本当に存在するのだろうか。亡国となって千年近く経ているから、盗賊や無頼漢に盗まれている可能性だってあるし、亡国の生き残りがどこか遠くへ運んだ可能性もある。
――でも、この目で確かめなければ謎は謎のままである。
多くの人たちが『真贋の王冠』を手に入れるために、霧隠れの亡国を目指したという。そのほとんどは未帰還で、戻ってきたとしても恐怖に震えて話ができない状態に陥るそうだ。俺たち一行は王城まで辿り着いた。そして今から中に入って『真贋の王冠』を探すことになる。この先どうなるのか覚悟を決めなければと俺は息を呑む。
――行こう。
という言葉は声にはならず、俺はみんなを見渡して頷くだけだ。でも、みんなは俺の意思を感じ取ってくれたのか、一歩を踏み出して王城を目指した。そして辿り着いたその先には大きな建物があるものの、大きく崩れて形を成していない場所がたくさんあった。門扉は腐れ堕ちており、城の中に入ることは簡単だった。また暫く歩き続ければ、王城の中に入る場所を見つけた。
「ここから行ってみるか」
「だな」
「脆くなっているだろう。十分気を付けよう」
ジークフリードとマルクスとギド殿下が崩れた場所から入ろうと、石造りの壁に足を掛けている。その姿を見た俺は頷き、ジャドさんと小型の竜の方二頭は首を傾げている。
『我々は待っていた方が良いでしょう……重いですからねえ』
たしかに脆くなっているからジャドさんたちは庭で待機していた方が良いかもしれない。荒れ放題になっているから庭とは言い難い場所だけれど、彼女たちが待機するだけなら十分だろう。ジャドさんは俺たちから少し離れると、小型の竜の方二頭が面白そうな顔を浮かべていた。
『ジャド、重い~!』
『大きいもんねえ~』
ケタケタと笑う小型の竜の方二頭にジャドさんはぬっと顔を近付けた。むっとしているものの、怒気は感じない。
『雌に対して失礼ですよ。雌の竜から嫌われたらどうするつもりです』
『それは嫌だ~』
『モテモテになりたいねえ』
なんだか力の抜けるやり取りだと俺たち四人は肩を竦めた。そうしてジャドさんたちは俺たちに『気を付けて。なにかあれば叫んでください』と告げる。俺たちは行こうと頷き、城の中へと足を踏み入れた。城の中は随分と静かで、床の隙間から草が生え、壁には蔦が張っている。廊下の壁には絵画が残っているものの、劣化していて絵の内容は分からない。
飾られている壺も割れ、フルプレートの鎧も朽ちてボロボロになっていた。幽霊が出そうだと俺が苦笑いを浮かべると、ジークフリードが『ナイがいなくて良かった』と苦笑いを浮かべている。
そういえばナイさまはなんでも平気そうなのに、幽霊だけは駄目だと聞いている。アンデッドは物理で殴ることができるけれど、幽霊は殴れないから怖いらしい。神さま方とも仲が良いのに何故幽霊が怖いのか、俺にはよくわからない。けれどジークフリードが優しい顔で告げていたから、まあ、良いかと思考を止める。
「どこにあるんだろう」
「隅々まで探すしかない。随分と崩れている場所があるから、埋もれているかもしれないが」
俺の疑問にジークフリードが答えてくれた。たしかに聖遺物が埋まっていれば掘り出さなければならないが俺たちでは限界がある。ひとまず崩れていない場所を探してみようと、廃城を歩き回ること二時間。
城の規模から考えるに、謁見場へと俺たち一行は辿り着いていた。一部が崩落しているもののボロボロの玉座は残っており、陽が射し込んで王が不在の椅子を照らしていた。玉座の前まで行ってみようと、謁見場の真ん中を俺たちは突っ切って行く。周りは崩れているのに玉座と玉座まで続く道は随分と綺麗だった。まるで状態保存の魔術を掛けているように。
そうして玉座の前に辿り着けば、腰を掛ける部分に黄金色の物が乗っていて、周りには人骨が散らばっていた。霧隠れの亡国にいた高位の人たちか、王冠を盗もうとした泥棒なのか。分からないけれど、俺は息を呑んで黄金色の物の前へと進み出た。
「これは……王冠、だよな?」
俺は本物なのかと首を傾げ、ジークフリードが目を細める。
「千年もの間、このままだったのか」
千年間、このままだったことに驚きだし、盗まれなかったのも凄く不思議である。そういえば廃都に立ち込めていた霧はいつのまにか晴れていて、普通に歩けるようになっていたとふと気付く。もしかして俺たちは王冠に導かれたのだろうか。そんな、まさか、と俺は心の中で否定していると、マルクスとギド殿下が口を開く。
「ま、見つかって良かったじゃねーか」
「王冠だけは輝きを失っていないのだな。聖遺物と呼ばれるだけはある」
どこか安心したかのような二人の声だった。一先ず、王冠を持って帰らなければと、俺は用意していた布を取り出した。そうして俺の手が王冠に触れる直前。
「……熱っ!」
胸の位置に突然、痛みが走る。痛いというよりは、熱さによって痛いと感じたという方が正解だろうか。そういえばグイーさまの石を首から下げていたと、俺は一旦王冠から離れて石を取り出した。
「え?」
俺が執り出した石を目の前にすれば、透明だった石が黒く染まっている。それを見たみんなは驚いて目を見開いた。
「黒くなっているじゃねーか!!」
マルクスの大きな声が謁見場に響く。まさかこのタイミングでグイーさまの石が黒くなるなんて。黒く染まれば女神さまが感知できると言っていたけれど……果たしてこれからどうなるのかと俺は焦り始めるのだった。




