1608:【⑤】エーリヒくん、決意する。
――あの国を目指した連中、ほとんど戻ってこねえんだよ。
そして、仮に戻ってこれたとしても霧隠れの亡国についてなにも語ることはなかったという。カルヴァイン枢機卿が教えてくれた『真贋の王冠』は西の女神さまが二千五百年ほど前、亡国にて王権を争い尽くしていたところを見かね聖遺物を下賜したそうである。
王に選ばれた人物は選定のために荒廃していた亡国を立て直し、賢王として名を残しているそうである。歴代の王も王冠により選定され、手堅い治世で亡国を治めていたとか。そんな中、真贋の王冠で王を選出できなかった時期の亡国は荒れ、そして見つかればまた隆盛して息を吹き返すことを繰り返していた。そして千年前、真贋の王冠は誰も王として認めず彼の国は亡びてしまったということだ。
宿屋を二件、三件と回り霧隠れの亡国についての情報が集まってきた。どの話も一環して霧隠れの亡国を目指した者は高確率で戻ってこないこと、無事に戻ってこれたとしても様子がおかしく道中で起こったことを話したがらないと。四件目の宿屋から出た俺は地面を見た。
「ふう。目指すべき道は見つかったけれど……」
一応、集めた話の中から霧隠れの亡国を目指す道はある程度分かった。明日には今いる街を出発しなければと俺は前を向く。すると宿屋の外で待っていてくれたジャドさんと小型の竜の方が俺の方へと歩いてきた。
『浮かない顔をしておりますねえ、エーリヒさん』
ジャドさんが俺の顔を覗き込みながら、首を右へ左へと傾げていた。
「ジャドさん。無事に辿り着けるか不安で。俺だけなら良いのですが、みんなを失うわけにはいきませんからね」
『危なければ、直ぐに撤退しましょう。もし仮に聖遺物が手に入らずとも、フィーネさんはエーリヒさんと番になりたいと願っているのです。彼の国から奪ってしまえば問題ありません』
傾げていた首を正面に戻したジャドさんは俺の方へと顔を近付ける。グリフォンの顔が真正面にあるのは随分とインパクトがあるけれど、旅を一緒にしているお陰なのか慣れてしまっていた。
俺の位置にナイさまが立っていたならば、ジャドさんは頭の上に顎を置いてぐりぐりしていただろう。ナイさまほど俺に魔力は備わっていないので、ぐりぐり攻撃を受けることはない。少し寂しいのかと片眉をあげつつ、ジャドさんの言葉を否定しなければと俺は慌てて口を開いた。
「それはそうだけれど……うーん。でも教皇猊下が示したことに俺が答えられないなら、そうなるかなあ。俺だけでフィーネさまを掻っ攫えるか微妙だから」
『その時は我々も助力いたしますよ。ねえ?』
なんだろう。ジャドさんの助ける線引きが随分と低いというか、安請け合いをし過ぎというか。
『エーリヒ、助ける!』
『悪い奴らから、女の子助けるのー!』
小型の竜の方二頭がケタケタ笑いながら参加を表明してくれる。ジャドさんがやってきただけでも聖王国は大騒ぎになるのに、更に小型とはいえ竜が二頭くれば更に混乱するはずだ。
いや、過去にナイさまがキレて代表さまを聖王国にけしかけたことがあるから、耐性が付いている可能性もあるのか。いや、でも、普通の人たちならば魔獣が一頭国に入り込んだとなれば、不安になるのは間違いない。なににせよ、軽い気持ちで参加表明してくれる彼らを俺は止めなければ。でなければ俺は天馬さま方に乗り、ジャドさんたちをたくさん引き連れて聖王国へ向かう羽目になりそうだ。
「あの国が悪いわけじゃないからね?」
『聖女さまのお金盗った! 悪い奴たくさん~!』
『そだよー! 代表が目を離すなって言ってたの~!』
俺が困り顔になると竜の方は『ぷんぷんだよー!』『かんかんだよー!』と言葉を口にする。どうやら亜人連合国の皆さまはナイさまたち聖女さまのお金を聖王国の一部の聖職者が奪っていたことを許していないようだ。教皇猊下が亜人連合国が聖王国に対してまだ目を光らせていると聞けば顔を青く染めそうだなと俺は苦笑いを深める。ジャドさんは四年前の聖王国の一件を知っているのか、俺から顔を放して目を細めた。
『一応、下手人は粛清されたようですが、悪いことを考える者はどこにでもいますからねえ』
みんなは過激だなと俺が黄昏ていると、周囲の人たちの視線が刺さっている。流石にジャドさんと小型の竜の方を引き連れていると悪目立ちするのだが、アストライアー侯爵家の紋章と亜人連合国の国章が印籠代わりになっていた。
次の宿へ行こうと俺が声を上げれば、ジャドさんたちが『はい』『行くー』『行こう~』と返事をくれる。そうして街を歩き始めれば、ジークフリードとマルクスとギド殿下が一緒に戻ってきた。
三人の手元には細々したものを抱えていた。野菜だったり、お菓子だったり、日用品だったり。おそらく話を聞く代わりとして、店で買ってきたのだろう。食料品は旅の邪魔にはならないし、日用品も必要なものであれば使うことができる。頼れる仲間を持ったなあと俺が感心していると、竜の方二頭が三人の下へと走って行った。そうして竜の方二頭はジークフリードとギド殿下の背を鼻先で押して、俺の下へと誘導している。
何故か竜の方たちは背中押しをマルクスにはしない。気になって少し前に聞いてみれば『押すとこけそう! エーリヒも!』『ジークフリードとギドはね~びくともしないよ~!』と答えてくれていた。どうやらマルクスは二人より体幹が弱いようである。そして俺は更に弱いのだろう。
ジークフリードとギド殿下が俺の前に立ち、遅れてマルクスも立ち止まる。背中を押していた竜の方は身体はそのままに、首だけ横に伸ばして俺の顔を覗き込みドヤとしている。ジャドさんが『まだまだ子供ですねえ』と呟けば、竜のお方が『違うもん!』『僕たち立派な成竜だよー!』と抗議していた。彼らのやり取りを俺たち人間は苦笑いをしていると、ジークフリードが俺に半歩近づく。
「エーリヒ、宿は取れたのか?」
「ごめん、まだ。でも情報は手に入れることができたよ」
相変わらずジークフリードは穏やかな声で問いかけてくる。そういえば彼が口調を荒げるところを聞いたことはない。ちょっと聞いてみたいという気持ちを抱いてしまうのは、彼の友として失格だろうか。
でもまあ、ナイさまの側にいたなら事件に巻き込まれて大変なことになっている。ジークフリードが言葉を荒げるタイミングなんてないのかもしれない。俺が宿をまだ取れていないと知って、マルクスとギド殿下も半歩俺に近づいた。
「なら、でけー宿に部屋があるか聞いてみようぜ」
「宿がなければ、野宿でも構わないからな」
男だけの旅というのは気軽なものだと俺は肩を竦める。女の子が同行していると、いろいろ気遣わないといけない。こうして旅に出る機会を得られたのは教皇猊下のお陰だと笑いながら歩き始めれば、他の護衛の方たちも情報集めから戻ってきた。
俺たちは全員で街にある大きな宿を目指す。商業区の一番奥、大きな屋敷がどんと構えており、軒下に下がる看板には宿屋の文字が。俺は聞いてくると言い残して、みんなの下を去ろうとすれば『旅のリーダーがそんなことをしなくても』とジークフリードが代わりに向かってくれる。
しばらく待っているのだが、宿屋の隣から綺麗な女の人が薄着で出てくる。時刻は夕方。なんとなく女性の職業に察しが付く。
『色目に惑わされてはなりませんよ、皆さん』
ジャドさんがマルクスを見ながら言葉を発していた。マルクスは身体をびくっとさせて『なにを言っているんだ! ねーよ、ねえから!』と否定をしている。いや、俺たちは成人しているから店に向かうのは自由だけれど、行くなら奥さまに絶対バレないようにして行けと心の中で念じていれば、ギド殿下も残念そうな表情でマルクスを見ていた。
『匂いが凄い~』
『いろんな匂いが混じって変~』
小型の竜の方がしょんぼりと首を落としてなにかに耐えている。するとジャドさんが『香水ですねえ』とぼやいた。距離があるから俺には分からないけれど、彼ら魔獣の鼻は良い。小型の竜の方は匂いに耐えかねたのか、俺の両脇に顔を突っ込んだ。
『汗の臭い~!』
『まだマシー!!』
「俺は男だから良いけれど、女の人にやっちゃ駄目だからね!」
いや、本当に。デリカシーがないと怒られる案件だ。ノンデリ竜と言われても面白くないだろうと俺が苦笑いを浮かべていれば、ジークフリードが大きな宿屋から出てきた。
「一人部屋は無理だが、何人かで固まれば部屋はあるそうだ。あと厩も借りれると。どうする?」
「泊まろう。もう陽が暮れるしね」
俺の声にみんなが頷く。そうして大きな宿の中に入るのだが、どうやらここは貴族とお金持ち向けの宿のようだ。内装を随分と凝っているし、床材も良い物を使用している。受付にある装飾品も良い物が多いように見受けられた。
俺たちはアルバトロス王国の貴族のため問題になることはない。ただ、店の主人は俺たちが国外の貴族であると知り少し驚いている。手続きを済ませて食事の時間を聞き、各々、各部屋へと荷物を置いて食堂に集まる。ここは食事を摂るだけではなく、旅の同行者が集まって話し合いの場ともなっていた。俺たちは一つのテーブルを選んで、集めてきた情報を提示する。みんなこの街で聞き込んだ話は同じで代わり映えはしなかった。話が一段落するとマルクスが胸元から紙を取り出す。
「この辺りの地図を買ってみた。役に立つかわかんねーけどな」
「目指す先では魔物がでるそうだ。十分に気を付けよう。エーリヒは俺たちの後ろでじっとしているんだ」
マルクスの声にギド殿下が地図を見て、魔物が出現する場所を指で示した。
「分かった。ちょっと情けないけれど……頼みます」
俺が頭を下げるとみんなが『気にし過ぎだ』と苦笑いを浮かべる。そしてマルクスが軽く息を吐いて、両手を頭の後ろに置いた。
「ま、ジャドたちがいるから俺らが役に立つか微妙だけどな」
たしかにジャドさんたちがいるから俺たちの出番は少ないかもしれない。するとジークフリードが腰に佩いている剣から気配を感じ取る。
『魔物がでるのですね。マスターの下を離れて久しいですが、土産話として手強い相手がいらっしゃると良いのですが』
「レダ。どうした急に」
腰元の剣にジークフリードが話しかけていた。そういえばジークフリードとジークリンデさんが佩いている剣は亜人連合国のドワーフが鍛えた逸品で、いつの間にか言葉を操れるようになったと聞いている。南の島で剣が喋る姿を見たけれど、慣れていない俺とマルクスとギド殿下は驚いていた。その雰囲気を察したのかレダという剣がご機嫌に声を上げる。
『ジークフリードさん。今まで剣として黙っておりましたが魔物が出るとなれば別です。私が力を振るえる場がきたならば、先に喋れるということをお伝えした方が良いでしょう?』
レダという剣が自慢げに声を上げると、ジークフリードが『そうか』と何事もないように答えている。そうして話を進めようと珍しく彼が場の進行を進めていた。なににせよ、明日からは魔物に注意しながら森の中を移動することになる。そして今日が寝台で寝れる最後になりそうだなと俺は目を細めるのだった。




