1606:【③】エーリヒくん、決意する。
――アルバトロス王国王都、教会。
普段、寄り付きもしない場所へ向かうためか、少しばかり緊張を覚えている。とはいえ南の島組の面子が二人いる上に、話の場に同席してくれるそうだから有難い限りだ。そうして俺が教会へと続く階段に辿り着けば、出迎えのシスター二人がしずしずと近づいてくる。おそらく俺より年上の人だろうに、随分と綺麗な方たちである。髪色はフードに隠れて分からないものの、顔かたちは凄く整っていた。俺の前に二人が立って礼を執る。
「シスター・ジルと申します。本日はエーリヒ・ベナンター準男爵閣下の御案内を務めることになりました」
「シスター・リズと申します。よろしくお願い致します」
顔を上げた二人に俺が『お世話になります』と伝えれば微笑みを持って迎え入れてくれる。そうして、シスター二人は参りましょうと告げて、教会の聖堂に続く階段を昇って行く。
俺が今いる教会は王都の中で一番規模が大きい。アルバトロス王国教会の筆頭聖女さまが所属している教会であり、ナイさまも以前世話になっていたそうである。ナイさまがボルドー男爵さまと初めて出会った場所も目の前の教会だったとか。
そう考えると親しみやすい場所かもしれないと思うのは現金なのかもしれない。教会の大扉を潜れば、信徒の方たちの姿と真正面には祭壇が目に映る。祭壇の上には大きなステンドグラスがあって、陽の光を取り込んで床に様々な色を映している。
「ステンドグラス……大きいな」
普段、見慣れないもを見た俺の口から勝手に声が零れていた。前世で洋館に立ち寄った際にステンドグラスを見たことがあるけれど、教会のものは凄く規模が大きい。周囲にも女性を描いたものがたくさんあり、絵物語のようになっている。俺がポツリと零した声をシスター・ジルとシスター・リズは耳聡く拾っていたようである。整った目を細めて小さく笑った。
「教会のステンドグラスには女神さまの奇跡を記しておりますが……」
「アストライアー侯爵閣下のお陰でカルヴァイン枢機卿が頭を悩ませております」
シスター二人が微笑みから苦笑いへと変わる。まあ、教会のステンドグラスに描かれているのは西の女神さま、ようするにヴァルトルーデさまである。ステンドグラスの女神さまは随分とふくよかに描かれているから、教会としても真実を描くべきという人と西の女神さまが『このままで』と仰ったのだから現状維持派に分かれているとか。
カルヴァイン枢機卿――前回、神さまの島行きで一緒になったので、いろいろと話をさせて貰い少し仲良くなっている――は二つの派閥に挟まれて、肩身の狭い思いをしているとか。
ヴァルトルーデさまが自身のお姿を西大陸の人々に正しく伝えることに対しては消極的だ。だから、現状維持派を支持した方が良いのではとカルヴァイン枢機卿に伝えておいた。俺の助言に効果はないだろうけれど、教会のステンドグラスはこれからどうなるのか。俺が口を出しても仕方ないとシスター二人に苦笑いを浮かべて、ふと思う。
「お二人はアストライアー侯爵閣下とお知り合いなのですか?」
そう、目の前のお二人の口振りからするに仲が良いのではないだろうか。でなければ『アストライアー侯爵閣下のお陰で』なんて言葉と紡げないはず。そして二人のシスターはステンドグラスの現状を楽しんでいるようにも見える。でなければなにかと問題に巻き込まれるナイさまに付いていけないだろうと、俺はシスター二人に問うてみた。
「閣下が保護された頃からのお付き合いをさせて頂いております」
「最近は領地に引き籠もられており、会えず仕舞いで寂しい限りですが……とはいえ侯爵閣下の御活躍が届かぬ日はありません」
どうやらシスター・ジルとシスター・リズはナイさまと幼い頃から付き合いがあるようである。こうしてナイさまの話ができるのは、俺もアストライアー侯爵と親しいと彼女たちも知っているからだろう。移動まで黙っていても良いけれど、やはりこうして誰かと会話しながらの移動の方が楽しい。ナイさまには話題になって貰って申し訳ないけれど。
「あはは……アストライアー侯爵閣下ですからね」
本当にグリフォンの卵がまた孵ったことも、また竜の卵を預かったことも、神さまの島へと向かったことも、ナイさまでなければ出来なかった偉業である。他の星の創星神さまの部下が侯爵邸にやってきたという話もあるし、本当にナイさまの下ではいろいろと起きている。俺もナイさまに負けない、とまでには行かないけれど、アルバトロス王国史に少しばかり名を残すことを目指そう。だからこそ今日はカルヴァイン枢機卿に相談に乗って貰おうと教会に訪れたのだから。
祭壇を目の前にして、横にある扉から教会の内部へ向かう。聖堂とは雰囲気がガラリと変わり、人気はなくしんと静まり返っている。その分、鳥のさえずりや木々の葉が風に揺れる音が聞こえてきて、落ち着いた雰囲気が漂っていた。
「木々も随分と大きいですね」
教会の中庭にある木々の幹は太く、地面に張った根っこも大きなものであり、枝から生えている葉もびっしりと生い茂っている。樹齢は軽く百年以上経っていそうだと俺はシスター二人に告げた。するとシスター・ジルが困ったような嬉しいような顔を浮かべる。
「アストライアー侯爵閣下が王立学院の生徒会長として、建国祭の祝いの場で聖女の舞いを披露したことは御存じでしょうか?」
「はい。私も閣下が舞う姿を在校生として見ておりましたから」
ナイさまはファーストダンスは踊れないとなり、急遽、聖女の舞いを踊ることになったはずである。一年生と二年生の時に生徒会長たちのファーストダンスを見ていたけれど、聖女の舞いもまた違った雰囲気があって俺は良いものを見れたと思っていたのだが。シスターたちは過去を振り返っているのか片眉を上げながら笑い、シスター・リズが頬に手を当てる。
「練習としてこちらで舞っていたのですが、侯爵閣下の魔力が漏れ出ていたのでしょう。庭にある木々の成長が途端に良くなり、今日までに幹の太さが三倍近くになってしまったのです」
シスター二人は困り顔でいるものの、なんとなく楽しそうである。多分、二人はナイさまの活躍を聞いて楽しんでいるタイプのようだ。俺は二人のように状況を楽しむ胆力は持っていない。
「ナイさま……」
俺は呆れてしまい、つい名前でナイさまのことを呼んでしまう。
「ナイちゃんですからねえ」
「ナイさんですもの」
シスター二人も俺に釣られたのか、ナイさまのことを名前で呼んでいた。そうしてシスターは失礼しましたと俺に小さく頭を下げて、カルヴァイン枢機卿が待つ執務室へと連れて行ってくれる。部屋へと足を踏み入れれば、カルヴァイン枢機卿が席から立って俺を迎え入れてくれた。応接用の机を挟んで立ったまま、一先ず挨拶を交わそうとすればカルヴァイン枢機卿が口を開く。
「ようこそお越しくださいました。ベナンター準男爵閣下」
「カルヴァイン枢機卿。私の要請にお応えいただき感謝いたします」
先を越されてしまったと俺は苦笑いを我慢しながら一礼を執れば、目の前の枢機卿に着席を促された。前世の世界での枢機卿といえば、長く生きている方が多かった記憶がある。そして自国や地元で功績を挙げた人物がその地位に就いていた。
目の前の彼も数年前の教会横領事件で名を馳せた人物だ。その事件の真ん中にナイさまがいたことは言うまでもない。とはいえ彼の事件が切っ掛けでアルバトロス王国の教会は随分と良い方向へと進んでいるようだ。まあ、本物の女神さまが御降臨されるなどとは全く考えていなかっただろうけれど。
「いえ、お力添えできるのかまだ分かりませんし、お気になさらないでください。しかし聖王国の教皇猊下も立場故に無理難題を言わずにはいられなかったのでしょう」
目の前に腰掛けたカルヴァイン枢機卿が穏やかな表情で告げた。たしかロザリンデ・リヒター侯爵令嬢の思い人だとか。カルヴァイン枢機卿もまんざらではない様子と噂で耳にしたのだが、果たして彼らは上手くいっているのだろうか……誰かの心配をする前に自身のことを考えなければと俺はしっかりと前を向く。
「ええ。理解しております。だからこそ猊下が出された三つの問題を乗り越えていかなければと私は考えております」
そうして俺は教皇猊下から届いた手紙に記されていた三つの試練を目の前の彼に伝え、明かしても構わないことも話しておく。
「爵位と七人の騎士との対戦はどうにかなりそうなのですね」
爵位は陛下が用意してくださる。対戦の方は俺の友人を頼って、ジークフリードとマルクスとギド殿下が出てくれる約束を取り付けた。女性の騎士が登場すればジークリンデさんが対応してくれるそうである。あと二人足りないけれど、連戦しても問題ないだろうとみんなが口にしていた。そして俺は彼らを束ねる総大将ということだ。そして残りの一つの問題。
「ええ。あとは聖遺物を手に入れろという問題が私には難しく。申し訳ないのですが、国教について詳しくなく。カルヴァイン枢機卿に話を聞ければ幸いだと打診した次第です」
そう。俺は前世の記憶を持っているためなのか、転生した先の宗教に全く興味が持てなかった。実家も熱心に教会へ赴くことはなかったから、当然といえば当然なのかもしれない。
きちんと国教を信仰している人たちには申し訳ないが、聖遺物がどんなものがあるのかさえ知らない。前世であればカルチャーとしてゲームや漫画で登場していた。でも今の世界ではゲームも漫画もなく、言い伝えさえ俺は知らない。
「聖王国には聖杯や聖骸布が保管されておりますね。アルバトロス王国の教会では高名な聖人が身に着けていた物が聖遺物となっております。一般公開はされていないので、知らないのは仕方のないことでしょう」
カルヴァイン枢機卿が丁寧に説明してくれる。どれも国宝級以上の価値があるそうだ。とはいえ女神さまが御降臨されているため、聖遺物が霞んでしまっていますがとカルヴァイン枢機卿が苦笑いを浮かべる。俺は教会や聖王国にある聖遺物をどうこうするつもりはない。今回、俺が彼に話を聞きたかったのはその先の事だ。
「教会に安置されていない聖遺物はありませんか?」
そう。できれば新しい物を見つけたいという気持ちがある。爵位と騎士との対戦は人任せになってしまった。だから、聖遺物はどうにか自分の力で見つけ出したい。といっても、こうして話を聞いたり、他国へ向かうなら入国許可を貰ったり、俺がアルバトロス王国所属だという身元証明を発行して貰うことになるけれど。
「見つけ出すおつもりですか?」
「できうるならば、になりますが」
カルヴァイン枢機卿が驚きで目を丸く見開き、俺は少し苦笑いを浮かべながら答える。ただカルヴァイン枢機卿は俺の言葉に驚いただけで、馬鹿にすることもなくしばし考える素振りを見せた。
「聖峰の頂上に修験者の剣が刺さっているというものがありますが……当事国が管理しておりますから……他には」
ふむふむと俺が聞き入っていれば、どうにか手に入りそうな聖遺物の話題を聞くことができるのだった。




