1582:まだかなあ。
神さまの島へ向かう面子を集めつつ、ジークとの婚約についても同時に進めている。
周りの皆さまはめでたいめでたいと反対の声を上げる方はいないし、アストライアー侯爵との婚約は俺が! という立候補者もいないため手続きは順調だ。ジーク以外に婚約者が名乗り出られても困るだけ……というか、即お断りしなければならない面倒がないのは有難い。もしかするとアルバトロス王国上層部にそんな話が届いているのかもしれないが、握りつぶしてくれているのかも。なににせよ、婚約の話はどんどん進んでいるというわけである。
私の気が変わらない内にという考えの方も一部いるかもしれないが、考えを変えるようならあんなこっぱずかしい告白なんてしない。いや、うん、まあ、寝込んでいて覚えていなかったというオチは付いたけれど。
朝ご飯を終え、執務室を目指す私のうしろにはジークとリンが控えてくれている。肩の上にはクロがいるし、ヴァナルと雪さんと夜さんと華さんと毛玉ちゃんたち三頭も一緒だ。
ロゼさんは私の影の中でじっとしているようだが、副団長さまの下でなにかしているらしい。なにをしているのかロゼさんは『秘密』と言っていたので、副団長さまに『危険な事だけは避けてください』とお願いの手紙を送れば『大丈夫ですよ。害のあることをしようなど、ロゼさんも僕も考えてはいませんから』と返事がきている。それとともに『神さまの島への面子ですが、僕とファウストも参加して良いでしょうか?』という内容も一緒に届いている。相変わらず好奇心旺盛のようでなによりと、日時は未定ですが承知しましたと昨日返事をしている。
本当に欲望に忠実な方たちだと苦笑いを浮かべると、ジークが歩く速さを少し上げて私との距離を縮めた。
「どうした、ナイ?」
「ううん、なんでも。二人とも今日は訓練に参加しないの?」
「もともと休みの日だ」
「だから、他の人もいない」
私はそっくり兄妹の声に、そういえば庭から聞こえてくる声が聞こえないなと窓の外を見る。いつもであれば時折威勢の良い声が執務室の中であったり廊下に届いて、警備部の皆さまが訓練に励んでいるんだなあと目を細めている。
その中にはジークとリンもいて、一緒に励んでいるんだと思うと自然と私も仕事を頑張らなければと思える。今日は今日で、ジークとリンは休みの日だから部屋でゆっくりしていても良いのでは、とそっくり兄妹の顔を見上げる。なんとなくジークと私の距離が半歩近いような。負けじとリンも普段より距離が近いような。
「二人とも距離、詰めてない? 嫌ってわけじゃないけれど」
嫌なら私が半歩距離を取るだけである。性格の違いで物理的な距離感が合わない人がいるのは前世で学んでいる。やっている人は無意識のようだし、注意されても効果は薄いから、生まれ持ってのものだろう。
害がない、もしくは無意識であるならば、こちらが我慢すれば良いだけである。ただ、他の人がどう思うかは変わってくるし、セクハラで訴えられても知らないぞとは思っていたけれど。私は相手がジークとリンであれば問題なく受け入れられる。でも前までの距離と今の距離が違うのであれば、違和感を覚えるのは当然で。片眉を上げている私に二人は不思議そうな顔を浮かべながら答えてくれる。
「そうか?」
「いつも通り」
そっくり兄妹がふっと笑う。なんだか揶揄われているようでむっと顔をしかめた私はジークとリンを見上げる。するとクロが私の顔に顔を擦り付けてきた。
『近いねえ。悪いことじゃないから良いんじゃない、ナイ』
それもそうかと私はクロに頷いて、再度執務室を目指す。そうして辿り着いて部屋の中へと入れば、いつもの面子が待ってくれていた。そうして仕事を始めるため私は自席に腰を下ろし、ジークとリンは壁際に控えてくれる。しばらく書類を捌いていれば、家宰さまが私の机の前に立つ。どうしたのだろうと私が書面から視線を外せば、緩んだ顔の家宰さまが声を上げる。
「ご当主さま。ご婚約の話でございますが、王家は承知したとのこと。あと、聖王国の教皇猊下から神の島行きの件、是非ともお願いしたい、とのことでございます」
家宰さまが普段より半音高い声で教えてくれる。どうやらジークと私の婚姻話となるので嬉しいようである。聖王国の教皇猊下の件は腹を決めたかというような雰囲気があった。
フィーネさまとアリサさまとウルスラさまに神さまの島へ赴くことになったけれど、一緒に行きますかー? という問い合わせを送っていたのだが、三人は行きますと返事をくれていた。そして、できれば教皇猊下も誘って欲しいのだが、無理だろうかという旨も記されていた。私は特に問題ありませんよと再度返事を送って、今日、戻ってきた答えがソレである。
二十七柱の創星神さまが揃った場には立てなかったけれど、二柱さまであればどうにかなるかもと思ったのかもしれない。教皇猊下が腹を決めたことで、聖王国の地位が少しでも向上すれば良いけれど。神さまとの場に慣れない方も参加しているのでお手柔らかにお願いしますと、グイーさまにはお願いしておこう。今回は私がゲストとなるから、多少は融通してくれるはずと家宰さまと視線を合わせる。
「承知致しました。では、いろいろと進めていきましょうか」
禁忌の森の近くの新規開拓や種苗研究所とか、婚約の話に神さまの島行きの話とか。いろいろ本当にあるため、忙しい日々を送ることには変わりない。でも私が寝込んだためなのか、仕事を捌く量が少し減っている。
家宰さまは書類関係を捌ける人員を増やしたようである。既存の人員に負荷が掛かっていないのであれば問題はない。あとは新しく雇い入れた方が無事に仕事に慣れてくれ、アストライアー侯爵家に馴染んでくれれば良いけれど。お貴族さまの屋敷としては例外的な場所らしいから、さてはてどうなることか。
そういえば預かっているグリフォンさんたちの卵さん四つとポポカさんたちの卵さんが孵る気配がないよねと、私は首から下げている卵さん四つの上に手を置く。すると家宰さまが目敏く私の手に視線を向けていた。黙ったままだとお腹を空かせた腹ペコ当主となってしまうと私は慌てて口を開く。
「グリフォンさんたちの卵さんとかポポカさんたちの卵が孵るのはまだでしょうかねえ?」
これで腹ペコ当主の誹りは免れたと私は安堵の息を吐く。とはいえ、本当にグリフォンさんの卵さん四つとポポカさんたちの卵はいつ孵るのか。ジャドさんたちの話によれば、卵が孵る期間はまちまちなのだそうである。早く孵る場合もあれば、一年、十年、百年掛かる場合もあるとか。一応、侯爵領領主邸の魔素は濃いから、他の場所で卵を育てるよりも早く孵るはずである。
「そればかりは分かり兼ねますね。自然のものでございましょうし」
家宰さまが苦笑いを浮かべながら答えてくれ、話を聞いていたソフィーアさまとセレスティアさまがこちらに顔を向けていた。
「そういえば、前回より孵るのに時間が掛かっているな」
「まさか卵さま方になにか……!?」
ソフィーアさまが考える仕草を取り、セレスティアさまはガタリと席から立ち上がる。するとソフィーアさまが『落ち着け』とセレスティアさまに声を掛ければ『失礼しましたわ』と言って椅子にお尻を戻していた。
「グリフォンさんたちは呑気に構えていますが、私が首から下げているのもおかしな話ですし、孵って欲しいところですねえ」
すりすりとお腹の位置にある卵さんを撫でる。ずっと首から下げている――寝ている時は外している。頭の側にあるけれど――ので、そろそろ抱卵から卒業したいものである。
人間が抱卵から卒業するってなんだとセルフ突っ込みをしてしまうのだが、本当に服の間に卵さんを仕舞い込んでいる。妊娠と間違われたこともあるので、お腹が膨らまないように工夫をしていた。なでり、なでりと卵さんを撫でていれば、ソフィーアさまが肩を竦め、セレスティアさまは嬉々とした表情になっている。
「ナイがそうやって口にすれば、とんでもない事態になりそうだ」
「わたくしは一向にかまいません。増えてもジャドさまたちであれば、十分に立派な仔を育て上げるでしょうから」
ソフィーアさまは具体的な話を避けているようだ。例えば卵さんが分裂するとか、一個の卵から二頭孵るとか。前回がソレだったから今回はどうなるのやら。
卵さんに変化はあまり見られないから魔素を貯め込んでいる可能性もある。特殊個体が生まれてもなんらおかしくはない。エルとジョセの仔であるルカとジアは黒天馬と赤天馬だ。三頭目の仔も力が随分と備わっているため、エルとジョセは大成すると確信しているようだし。
ジャドさんたちの仔であるアシュとアスターはヤーバン王国で雄グリフォンの纏め役となっているらしい。イルとイヴは侯爵領邸で雌グリフォンさんたちと仲良く暮らしている。卵さんが四つ孵れば、現状に少しばかり変化が訪れるのだろう。良い変化でありますようにと願いつつ、懸念しておかなければならないこともあると私は口を開く。
「とんでもないことが起きることに対して否定ができません……それでもって、グリフォンさんたちや天馬さま方が増えることは悪い話ではないですしね。人間に手を出すようであれば、考えなければいけませんが」
本当に人間と敵対するような仔が生まれなければ良いのだが。もし仮に誕生してしまったなら、討伐依頼が舞い込んでくる。暴れる幻獣、魔獣が一体いれば国家規模での編成が必要となるから、大災害といっても過言ではない。過去の記録によれば幻獣、魔獣の被害で潰れてしまった国もあるとか。もし生まれてきた卵さんの中でそうなる仔がいれば……うーん、考えたくないなと私は苦笑いを浮かべる。
「その時は腹を決めないといけないのだろうな」
「なるべく避けたい事案ですわ」
困り顔になるお二人に私は作業をしましょうかと声を掛ければ、すっと空気が締まったものになる。時折、脱線しつつも、お茶休憩を取ったり、舞い込んできた案件に取り掛かったりと忙しない日常が始まっていた。




