1542:別の問題が舞い込んできた。
首都がある星へと戻ってきた。少し前までいたあの星とは違い、大きさが十倍近くあり、首都の広さもおそらくあの星の四大陸を合わせても足りないかもしれない。人口だって首都だけで約七十億も住んでおり、星域全体では約四百九十億いるそうだ。技術が進み、住んでいる者たちの数の把握も安易になり、こうしてきちんとした数字を観測できている。もし首都星の者たちが少し前までいた星を見れば『未開の生物』として見下していただろう。
とはいえ、あの黒髪黒目の少女のような高エネルギーを一個体から発射できる力を持っているので、侮れないものがある。きっと他にも強い生き物がいるのだろうと、私――捕縛縄は艦隊を降りる前に解いてくれた――は婚約者の隣を歩きながら、政庁と王城が鎮座する特別区域に続く空港の廊下を歩いている。
するとマスコミは私が城から逃走したことを聞きつけたようで、カシャカシャと音を立てながら遠くでこちらを見ている。婚約者は忌々しそうな顔をして、彼らをキッと睨んだ。
彼らは世間に真実を知らせる義務があると高らかに叫びながら、己の正義を追行していることに酔っている存在だ。もちろん、生きるために必要だと割り切っている者がいることも理解しているのだが……無断で勝手に写真を撮られ、私の行動を記事にして商売している姿をみれば嫌悪を抱くのは仕方ない。婚約者もまた星域最大派閥の次期総帥であるため、頻繁に彼らに追われている。だから彼らのことをあまり好きではないのだろう。そしてどこからともなく誰の声が耳に届く。
『あの殿下が戻ってきたぞ』
『帰ってこなくても良かったのにな』
『あの財閥の次期総帥の婚約者というだけで、のほほんとした生活を送れるんだ。羨ましいぜ』
私はオメガという第二の性に生まれ、普通に生きていたならば苦労をしていただろう。王族に生まれたから高価な衣装を身に纏い、王子として生きている。でも、ただそれだけだ。そして父から婚約者と添い遂げよと命を受けていた。
私は優秀なアルファとして生まれた兄のように、なにかを成し遂げたことはない。国を良くしようと改善案を出してみても却下される日々が続いていた。一方でどうだ。兄は私と同じ志を持ち、改善案をいくつも提出して政府に採用されていたのだ。父はそんな兄を誇り、私をオメガだから仕方ないと諦めている。
『…………』
ぎゅっと手を握り込んでいれば、隣を歩く婚約者が私の顔を覗き込んでいた。目に光の宿らない表情は私になにを言いたいのだろうか。
『殿下』
『なんだ?』
短く呼んだ婚約者に私は苛立ちを募らせている。
『殿下の憂いているご尊顔は私の気持ちを掻き乱します』
婚約者はふふと目を細めて笑っているが、やはり笑っているのか甚だ疑問である。だがいつも通り、婚約者としてアルファとして番としての言葉を私に投げた。いつも変わらない態度に私は募らせていた苛立ちを爆発させて、おもい切り口を開いた。
『お前はいい加減に時と場所を覚えろ!』
『おや、では公の場でなければ、堂々と口にして良いと?』
私が怒気を込めても婚約者は飄々としている。本当に嫌な婚約者だ。それに個人的な場でも密事など口にして欲しくないし、触れて欲しくもないのだ。婚約者は私を番と認めているが、私は婚約者に対して特別な感情を抱いてはない。だから愛してるなんて言われても薄ら寒い言葉にしか聞こえない。
『それも駄目だ! どうしてお前は軽々しく破廉恥な言葉を口にするのだ! 女だろう!?』
『たしかに私は女ですが、アルファでもあります。愛しいオメガを心から愛したいという気持ちを抑えるのは難しいのです。ご了承ください』
そうして『あ、もちろん身体も』とおどけてみせた……あれ……何故、婚約者の不快な言葉がおどけた仕草に見えるのだろう。いかん、騙されては駄目だと私は頭を振り城へと戻り、父から呼び出しを受けるのだった。
――謁見場。
城へと戻ったのも束の間。休む暇もなく父からの呼び出しで、私と婚約者は謁見場に足を運ぶ羽目になっていた。随分と広い謁見場には多くの者が集まり、玉座の前にある階段の下で跪く私を父が見下ろしている。
『此度は勝手に艦隊を持ち出し、管理星以外へと向かい現地の生物と接触を果たしたことは誠に遺憾である。よって、お前には暫くの間、謹慎期間を設ける』
父の言葉に謁見場でやり取りを見ていた者たちが『甘いのでは?』『まあ、王家の処分ですからな』『形骸化した象徴に多くは望むまい』と声が届いた。玉座に腰を下ろしている父には聞こえないだろう。謁見場の片隅で様子を見守る兄が不敬な言葉に青筋を立てているが彼らに苦言を呈しはしない。
『謹慎で済んでいるのは、貴様の婚約者である彼女が私設の艦隊を動かし迎えに行ったことで難を逃れていることを努々忘れてはならぬぞ』
父が小さく息を吐き私に下がれと言い放つ。そうして玉座の前に残った婚約者へ感謝を述べていた。やはり私は婚約者と添い遂げることが、一番役に立つ方法なのだろうか。社会的に弱いとされているオメガの性に生まれ落ち、評価を覆したいといろいろ努力をしたものの、結局オメガはなにもできないとレッテルを貼り続けられるままのようだ。
『はは……せめて、ベータとして生まれていれば……!』
悔しくなって目尻に涙が溜まっていく。ベータとして生まれていれば、政府の職員にでもなって適当に生きていたはずである。私は虚しくなりながら、誰にも知られまいと右腕で軽く拭った時だった。
『殿下。戻りましょう』
婚約者がまた私に声を掛ける。放っておいてくれれば良いのに、こうして私が落ち込んでいる時は必ずと言って良いほど声が掛かる。
『アストライアー侯爵から茶葉を頂きました。こちらでは枯れた文化となりますし、あまり飲めないでしょうが……身体が温まりますよ』
『お前……! 管理外の星から持って帰ってきたのか!?』
小さく笑っているが相変わらず目に光が灯っていない。そして私は婚約者の言葉に突っ込まずにはいられなかった。管理外の星から物を持ち帰るのはご法度である。政府が他の星を管理下に置くと決めなければ、物資や資源を持ち帰っては駄目だと定めているのに。黒髪黒目の少女から預かり受けたようだが、本来、管理外の星の生き物とも接触は禁止されているのだ。逃げた私が言えた言葉ではないのだが、首都星へと戻った以上、口にしなければならないことだ。
『心配は御無用です。信のおける者しか知り得ないことですから』
『……どうしてそう簡単そうに言ってのけるのだ!』
ぐぎぎと歯噛みしていれば、婚約者が私の肩に腕を回す。だから何故、安易に異性に触れるのだと言いたいものの、随分と早く歩く婚約者について行くことで精一杯だった。
◇
Aさまと婚約者の方と大艦隊が消えて数日が経った。
婚約者の方曰く、ご自身の星へ戻っている頃らしい。ちなみに双子星の前に現れた大艦隊は婚約者の方の私設艦隊であり、一番大きな艦で二キロほど船体の長さがあるとか。地球では二百メートルもあれば巨大船と言われていたのに、十倍以上の規模があるなんて驚きである。宇宙を航行するのだから、きっと使われている金属も特殊なものだろうなあと婚約者の方の話を聞いてしみじみしていた。なににせよ、無事に戻って頂いてホッとしているところである。
ただ市井の方たちはまだまだ不安に駆られているため、各大陸の陛下方は対応に追われているようだ。――次の日。朝。
気持ちの良い陽差しが窓から差し込んでいる。そんな陽を背中に浴びながら筆を走らせ、認証印を押していれば、ふと気配を感じた。これは……と私は執務室にいる方たちを見る。
「あ。誰か……というかテラさまがこちらにくるようです」
私の声にソフィーアさまとセレスティアさまが片眉をピクリと上げ、家宰さまが眉を八の字にして困り顔になった。
「……分かった。茶を用意させよう」
「ナイ。いい加減に創星神さまと気楽に言葉を交わしていることの重大さを認識してくださいませ」
ソフィーアさまとセレスティアさまは私の言葉を聞くなり準備を進めてくれる。家宰さまも席から立ち上がって、机の上に散らかっている書類を片付け始めた。ソフィーアさまの命を受けた侍女の方はいそいそと部屋を出て行く。
おそらく侍女頭さまに彼女から知らせが届くだろう。そして屋敷にある最高級の茶葉を用意するようにと言われるに違いない。テラさまならスーパーで売っているパックのお茶でも美味しく飲んでくれるだろうけれど、アストライアー侯爵家としては創星神さまに粗茶を出したとなれば大事である。
そんなことを考えながら私も机の上の書類をいそいそと片して、テラさまがやってくるのを待つ。そうして準備が整えば首筋になにかを感じる。テラさまがくるかもと私がまた告げた途端に、執務室の絨毯に幾何学模様が神々しく浮かんだ。幾何学模様を見つめていればいつも通りテラさまの姿が現れるのだが、手には大きい荷物を持っているようだった。光が収まり、執務室に静寂が訪れるとテラさまが口を開いた。
「あれ、娘たちは?」
きょろきょろと執務室を見渡すテラさまはヴァルトルーデさまとジルケさまが不在なことが一番先に気になったようである。私は礼を執ったあと疑問に答えるべく口を開く。
「ヴァルトルーデさまは図書室に。ジルケさまは二度寝を貪っておられます」
「相変わらず自由ねえ。私はアルバイトをしているって言うのに」
私の答えにテラさまが大きく息を吐いて、右手に持っていた荷物を床へと落とす。荷物と表現したものの、見た目は五歳くらいの子供のようだ。
「ふぎゃ!」
と声を上げて尻餅をついた子供は、右手でお尻を撫でていた。おそらくテラさまが連れてきたのだから、ただ者ではないのだろうと私は目を細める。
「子供のなりだけれど、一応、創星神ね。とはいえ私やグイーより若い……口惜しいけど」
「どちらの星を管理している方なのでしょうか?」
「この子はね、件の星の創星神なんだけれど……地球に居着いていたのよ。なんだか地球のコンテンツが気に入ったみたい。特に日本の、ね。あ、そうそう。グイー! ちょっとこっちにきてくれない?」
テラさまが愚痴りながら状況を教えてくれるものの、いきなりのことでどう突っ込んだものかと私は片眉を上げていると、また首筋になにかを感じた。
――軽い調子で呼んでくれるのう、テラ。まあ、惚れた弱みで行くけど。
グイーさまの声が唐突に響くと、ヴァルトルーデさまとジルケさまが気配を感じて執務室に顔を出した。グイーさまがきてくだされば、説明が始まるなあと私はお茶の用意を増やすようにとお願いするのだった。




