1541:なんだかんだと。
大会議が終わって、アルバトロス王都の正面門から少し離れた空き地に私はいる。
私たちアストライアー侯爵家一行の正面には小型艇が地面に佇み、目の前にはAさまの婚約者の方が立っている。Aさまは亀甲縛りのまま逃げないようにと小型艇の一室で過ごしているそうだ。それって監禁ではという突っ込みをしたくなるのだが、私はぐっとこらえる。女装にも近づいてしまっている気もするが、Aさまの行動がマイナスへ振り切っているため、感情的に同情をし辛い状況となっていた。
『本当にご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした。今回、私の我が儘のために尽力してくださった方にもお伝え頂ければ幸いです』
婚約者の方がチョウチンを風に揺らしながら穏やかな顔で告げた。婚約者の方は当事者と対面しておけば、少しは恐怖も紛れるだろうと大陸会議に顔を出してくれたのだ。
Aさまを引き取ってそそくさとご自身の星に戻ることもできただろうに、番が関わらなければ随分とマトモな思考の持ち主だろう。まあ、番が関わることに関してはなにかズレているというか。私がお願いした亀甲縛りが失われた古の技術として、捕縛縄を用いた縛り方を隙間時間に多数学んでいたのだから。
『アストライアー侯爵やアルバトロス王国に礼をしたいところですが、制約のためなにもできないことをお許しください』
「お気になさらないでください。また双子星の前に艦隊が現れなければ良いので」
また頭を下げる婚約者の方に私は慌ててフォローを入れる。最初こそ夜に大音量を流しながら現れたり、死んだ目でAさまを見ていたりとマトモな方なのかと疑っていたのに、こうして顔を合わせる時間が増えれば、きちんとした方であると理解できる。もちろん番であるAさまに向ける感情は溢れんばかりのものだから引くこともある。まあ、ソレに関しては恋愛の領域になる。人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死んじまえ、という格言を尊重すべきだ。
『殿下には位置情報を常に示す機器を所持していただくことになりました。これで私や王家から逃げることは叶わなくなるでしょう』
ふふふと笑みを深める婚約者の方に私たち一行が若干引くものの、グイーさまの星にまた逃げてこないのであれば目を瞑るべきだろう。人権はどこにあるのと言いたいが、脳と心臓が残っていれば蘇生できるレベルの技術の星である。私たちでは想像できない位置情報システムがあるのだろうなと、私は遠い目になりそうになるのを我慢して口を開いた。
「そう、ですか」
『失われた技術に関しても情報、感謝致します。いろいろと楽しいことになりそうです』
「それは良かったです」
そんなやり取りを終えれば、婚約者の方は小型艇に乗り込んで双子星の前に現れた大艦隊へと戻って行く。大艦隊に乗り込んで星間転移であっというまに星へと戻れるそうである。
本当に技術力に天と地ほどの差があるから、婚約者の方が無用に技術を売り込んでこなくて助かった。欲深い陛下方が飛びつきそうだからなあと私は肩を竦め、一緒にきていた方たちに『戻りましょう』と告げるのだった。
◇
二つの衛星の前に待機させていた艦隊へと戻ってきた。
眼下には先程までいた星が広がっている。大気圏にある白い雲の隙間から海と大地が覗いており、アストライアー侯爵がいたアルバトロス王国のある大陸を見て私は目を細めた。愛しい番が私から逃げたことに腸が煮えくり返る――退化しているから、この表現は妙であるが――思いを抱えていたものの、殿下に少しばかりの変化があった。
以前は私と視線を全く合わせなかったというのに、他星に逃げることができたという自信からか怖がりながらも私と視線を合わせてくれるのだ。この進展を笑う者がいるかもしれないけれど、私からすれば心の底から喜ばしいことである。じんわりとしたものが下腹部に溜まっていくのを感じて頭を振れば、ふぃに後ろに控えていた護衛が声を上げる。
『お嬢さま。無事に首都星へ戻れること、我々一同安堵しております』
随分と心配性の彼女は額から出ている感覚器官を揺らしながら眉を下げながら口にした。
『殿下を捕まえてくれた方たちが理性的だったもの。敵対する理由はないわ』
私は心配性の彼女に肩を竦めて『艦隊、発信準備』と声を上げる。眼下に広がる星には、私たちの星が捨て去ってしまったモノがたくさんあった。畑で仕事をしている者や手作業でなにかを作り上げる者。
紙の本に、鍛えた長剣や武具類、多様な食事の品目に名工が作り上げた楽器で奏でる音楽。本当に羨ましいモノがたくさん存在していたのだ。少し技術を頂きたい気持ちが芽生えたものの、私たちが捨て去ったものがまだ残っているとは。
『お嬢さまの好きなものがたくさんありましたからね。居着いてしまうのではと心配したのです。殿下が眼下の星で暮らすとなれば、お嬢さまも付いて行きそうですので』
『まさか。私は次期総帥の座に指名されているもの。眼下の星で安穏と暮らすなんてことはできないわ。殿下にも王家の者としての立場がある。やはり、安易に捨ててはいけないものだわ』
そう。私は財閥の次期総帥の座に就かなければならないのだ。アルファとして生まれ、才能を十二分に生かし財閥を潤わせることに成功している。だからこそ次期総帥の座を早々に得ているのだ。私が財閥の次期総帥の椅子に就かないと宣言すれば、世界同時株安へと陥り星系経済が落ちてしまう。難儀な立場ではある。だが普通の家庭に生まれ落ちていれば、きっと殿下を番として認識することはなかった。
『殿下の部屋へ向かいます』
『承知』
私が眼前のモニターから視線を離し踵を返す。さあ、愛しい殿下。愛しい番に会いに行かなければ。心が歓喜に打ち震えるのを感じながら、艦長室の扉を潜り抜けるのだった。
◇
――失敗した。
また、逃げることに失敗してしまった。そして今度は逃がさないと言わんばかりに彼女の持つ艦隊の方へ移送されてしまっている。周りの者たちは私に『王子として責任を果たせ』というものの、そんなものは私にとって不要なものである。
普通の家庭に生まれ落ち、普通のオメガかベータとして生きていたかった。身に纏う高価な衣装も必要はなく、王子として背負う責任もない生き方に焦がれたのに。どうしてこうなったのだろうと、妙な縛り方をされている私の身体を見下ろす。
『私を縛った者は『そのうち縛られていることが快楽に変わります』と言っていたが……』
そんなことはないと私は頭を振れば、目の前に垂れている感覚器官が左右に揺れる。感覚器官を引きちぎりたい気持ちに駆られる。この感覚器官さえなければ、父から婚約者と番になれと命じられることはなかっただろう。
本当に難儀なものを持っていると私は溜息を吐いた。先程までいた星の者たちはコレがないので羨ましい。番や好いた者を前にすると、己の意思に関わらず感覚器官が勝手に動き光り輝くのだ。
そうなれば風に靡くこともなく、光かりが弱くなることもない。感覚器官の先が常に光っていれば、番持ちか婚姻済みという証拠になるのだから。だから私は淡く光っている自身の感覚器官が忌々しくて仕方なかった。はあ、と溜息を吐くと同時に部屋の扉が音を立てながら開く。音に気付いた私は扉の方へと視線を向けた。そこには忌々しい婚約者が良い顔をして立ち、縛られた私を見下ろしている。
『殿下、私と婚姻を果たす覚悟はできましたか?』
ゆっくりと私の下に歩み寄り、婚約者は床に膝を突く。相変わらず婚約者の目には光が灯っていない。
『ひっ! で、できるわけがないだろう!? 貴様は私のことをなにも考えてはいない! アルファとしてオメガの私を屈服させようとしているだけだ!』
そして無理矢理に服を剥ぎ取り行為に及ぶのだ。そんな破廉恥な行為を安易に果たすなど、アルファの考えることが理解できない。
『殿下……確かに私はそのような気持ちを抱くこともありますが、鎮静剤で精神を落ち着かせております。ですから他のアルファと同列に扱わないでください。悲しくなってしまいます』
『そうやって貴様は甘い言葉を吐いて私を騙すつもりなのだろう!? 過去の報告書の様に!』
眉尻を下げる婚約者に私ははっと息を吐いて啖呵を切る。そう過去の報告書には甘い言葉をアルファが呟きオメガを懐柔して行為に及んだことがあると記されていた。私は報告書を読んで経緯をしっているのだから、騙されないぞと眼前の婚約者と視線を合わせる。
凄んでいるつもりなのに婚約者の息が荒くなっていると同時、どこからともなく『プシュ』という音が聞こえてくる。扉を開く時の空気の音のような大きさよりも小さい音であった。そんなことより、私は今彼女の艦に監禁はされているから、そのうち女装を強要されるのだろうか。なんとういう密室での蛮行……! と私が歯噛みをしていると、婚約者が目を細めて小さく息を吐いた。
『殿下を女装させるなど……私はありのままの殿下を愛したいだけなのです』
『何故、その話を持ち出す!』
監禁と女装の話を私は婚約者の前で口走ったことはない。そんなことを口にして私が望んでいると勘違いされては困るからだ。
『アストライアー侯爵から聞き及びました。殿下は私に監禁され女装を促される可能性があり、それを恐れているようだと教えてくださったのです』
『あすとらいあーこうしゃく?』
困り顔になった婚約者は聞き慣れない言葉を発した。あすとらいあーこうしゃくとは一体誰を示すのか。私が懐疑な顔をしていたためか、婚約者は現地人である黒髪黒目の小柄な少女のことだと声に出した。
『あの子供は!』
ぐっと私が歯を噛みしめれば、婚約者が私の頬へと手を伸ばす。
『殿下。誰かを見た目で判断するのは貴方の悪い癖です。アストライアー侯爵は第三者に同席してもらい、殿下と私とで話し合いをしろと仰っておられましたよ。殿下、一度、ゆっくりと話をしてみませんか?』
そうして私の頬に添えられていた婚約者が手を放し『如何ですか?』と問いかける。たしかに婚約者とはキチンと話合ったことはない。親同士が決めた婚約だし、婚約者と会っても話が嚙み合わないことが多い。位置情報システムを付けられた私には婚約者から逃げおおせる可能性が更に低くなっている。もしかしてこれは良い取引の機会ではとはたと頭に浮かび、勝手に口から声が漏れていた。
『わ、私に手を出さないのであれば! あと監禁と女装もさせないと誓え!』
『もちろんです。きちんと婚姻を果たし、殿下と閨を共にいたします』
私の声にいとも簡単に婚約者が約束を結ぶ。口約束となるので制約は小さいかもしれないが……私が女装する未来の可能性が一瞬にして低くなった。しかし。
『だからそうやって、軽い気持ちで情事を口にするな!』
どうしていつも、いつも、情事の話を持ち出すのか。そんなことを女性が安易に口にするものではない。閨は男の方が先導すべきだと教えられている。だから、女性が簡単に口にしてはならぬのだ。
『私なりの愛情表現なのですが……』
『破廉恥なだけだろう!?』
お互いに罵り合っていれば、護衛の者たちが微笑ましそうな視線を向けている。婚約者がソレに気付けば、嬉しそうに目を細めるのだった。どうしてだ!!




